第二章)錆びた鉄くず④ 四年前の街角で
もう四年ほど前になるか。
フェルムは、当時21。
この下層の端での生活にもようやく慣れてきた頃だった。
「おいフェル坊! 13mmのボルト持ってこい」
「あ゛っ!? ふざけんなジジイ。てめぇの後ろに箱があんじゃねーか」
「おぉ、これか。はて、どうしてこんなところに……」
「てめぇ、ボケるのは寝てからにしろよコラ。道具は片付けろっつってんだろぉが」
下層の街は、上層に近い中央部分から順に1から50の区に分かれている。
1桁の区画は、個人ではなく上層の顧客用に商人連合が用意した区だ。
10番台は、下層でも比較的裕福なやつら。
20番台は、職人達の工房が多い。
40番台は、区画の整備すらされていない都市の外縁部で、ここに国営の魔動人形や20番台で暮らす農家が農作物など食料品を作っている。
最後の50区は、公式には帝国内と認めていない場所、すなわち貧民街というやつになっている。
さて、その上で俺がいる34区、30番台の区といえば、20番台の市街地から落ち延び、40番台の農地との狭間、ギリギリで貧民街堕ちしていないだけという崖っぷちの連中が暮らす場所だ。
ここでは、上にあがりたいという野心と下に落ちたくないという焦り、そしてそれを食い物にする獣たちが入り混じる、ある意味、都市外よりも危険な街なのだ。
当時のこの場所には、まだ喫茶店〈錆びた鉄くず〉はなかった。
上層から流れてきた廃棄物を引き受けて、部品取りや修理をして下層に回す違法修理工房をやっていた。
「おいフェル坊! 3番レンチは……」
「てめぇの前掛けに入ってるのはなんだ? ボケジジイ」
「おぉ、あったあった」
この工房の主は、メルト。
通称・メル爺。
巌窟人の老人なのだが、巌窟人の特徴である豊かな髪は、すっかり禿げ上がり、胸を覆い隠すほどあるはずの髭も、ボサボサになって口元を隠すばかりになっている。
本人は遮光板だと言いはっているが、トレードマークの丸メガネはただのサングラスだろう。
メガネ自体は二重になっていて、一枚目がサングラス、それを上に開けると老眼鏡になっているのだ。
俺がここに居着いたのは、15の頃。
それからもう六年、このジジイと暮らしている。
口開けば憎まれ口を叩き合うような間柄だが、そこそこに楽しくはやっていたと思う。
「メル爺さん。今日の分が届いたぞ」
「あいよ。うちのはいつのとこに置いてあるから持って行ってくれ」
〈配送屋〉と呼ばれる男が大型の自動駆動車で裏の廃材置き場に廃棄物を下ろしていく。
上層から絶えず放り出されてくるこいつらは、壊れたり型落ちになった魔道具や魔動人形の成れの果てだ。
本来は魔力と魔核の干渉や機密術式の秘匿などに考慮して、専門の処分場に回されるはずだ。
だが、大半の収集業者は、金のかかる処分場ではなく、下層へと落とす。
ものの例えではなく、実際に画像へ繋がる穴に放り込んでいるのだ。
その名も〈下層連絡集積所〉。
もう名前からして隠すつもりもないゴミ捨て場なのだから笑えない。
一応名目では、たまたま下層へ繋がっているかもしれないが、あくまで廃棄物を溜めておく場所であり、廃棄しているわけではない、ということだ。
ともかく、こうして出た廃棄物をこの配送屋が集め、メル爺が買い取り、メル爺が修理してそれを配送屋に売る。
そうして下層にも上層の技術が回っていくという訳だ。
「まいど。相変わらずここの品は物がいい。ところで爺さん。跳ね兎だとか三つ腕はねえかい? 最近、顔役連中によく売れるんだよ」
「はん、あんな胡散臭い魔導義肢なんぞ作る気はないわ。道具はどんなものも使い手あってこそじゃ。使い手の方を使うような道具なぞ、わしは作らん!」
これはメル爺のこだわりのようなものだ。
これについては、俺と少々意見が異なるが、言わんとすることは分かる。
どちらにしろ、メル爺の腕を、あんなチンケな代物を作るのに使わせなくて良かったとは思う。
結局、配送屋は再精錬した魔核や精霊圧縮機、作業用魔動人形を何台か買っていった。
その日の廃棄物は、いつもと少し様子が違っていた。
どうにもならないようなゴミがほとんどなのは、いつも通りだが、所々に不自然な程に細かく破壊された部品が混じっている。
多少大きなものでも拳大に満たない程しかない。
そして、そういった部品のほとんどが、なかなか見ないような上級品でできているのが気になった。
「むぅ、惜しいのぉ。ネジやらボルトは使えるが、ギアも刻印回路もオシャカになっとる。……どこぞの研究施設でも潰れたかの」
なるほど。
メル爺の見立て通りかもしれない。
上層の研究施設なら最新の部品が使われていても不思議では無い。
予算が凍結されたか、研究に不具合でもあったか。
機密部品を丁寧にぶち壊したが、正規ルートで廃棄する予算などとうに無くなった、という感じかもしれない。
「まぁ、そういうのから何かを見つけるのはあんたの得意だろ」
「ふぁっはっは。分かっとるのぉフェル坊。こうなったら最新式の増幅器の一つや二つ、掘り出してやらんとな」
実際、この山のように積み上がったガラクタには、そのまま使えるような部品など数える程しかない。
だが、それもメル爺にかかれば話は別だ。
普通なら廃棄一択の部品でも、壊れている箇所をほかの部品から取り寄せて直す事など朝飯前。
なんなら用途が異なる部品同士を掛け合わせて新しい道具を生み出したりもする筋金入りの技術者だ。
いくらガラクタとはいえ、元が最新式の部品だ。
そこそこにいい代物が出来上がることだろう。
そんなやり取りをした後、ガラクタの仕分けに精を出していると、ふいにメル爺から声がかかる。
「うぉぉい、フェル坊。アラスタんとこ行って一番いい魔核と魔鉱砂を三単位、買ってきてくれ」
「あぁ!? くそっだりぃな。ついでに通りで昼飯買ってくるぞ」
魔核とは、魔術を発現させる魔石や術式を刻み込んだ刻印回路に魔力を送る動力源。
魔鉱砂は魔鉱石を加工した後にできる砂で、練ってやると刻印回路同士を繋ぐ魔力媒体となる。
逆に、そのままだと魔力を封じる絶縁体にもなる。
しかし、一番いいものという指定は珍しい。
余程、上物の部品でも出たのだろうか。
それはさておき、メル爺につかいを頼まれたついでに昼飯を食いに行く。
三単位となるとまあまあの量だ。
愛車の三輪駆動車に荷車を取り付けて出発する。
目当ては大通りにある〈酔いどれ水猪〉亭だ。
入り組んだ路地をいくつか入ったところにあるうちの店とは違い、〈酔いどれ水猪〉はメインの大通りに店を構えている人気店だ。
ここの特徴は、味の方もさることながら、食堂での飲食だけではなく、露天商や冒険者用に持ち帰りの食事も売っていることだ。
サンドイッチや柔らかく煮込んだ肉など、何日もかかる遠征向きでは無いが、その日の昼飯にするならこの店の料理が外で食えるのはかなりアリだ。
もっとも、いくらメル爺といえど、男二人で仲良く顔を突合せて飯など食いたくもない。
自分の分は先に済ませて、メル爺の分だけ弁当を買えばいいだろう。
「いらっしゃい。おぉ、フェル坊か。ひとりか?」
「坊はよせよ。ガキ扱いはジジイだけで充分だ」
「ガハハハ。俺から見りゃまだまだガキだ。ほれ、そこのカウンター使いな」
この豪快な親父が〈酔いどれ水猪〉の店主、通称・オヤジだ。
元は外部の冒険者だったらしいが、引退してこの街に店を開いたのだそうだ。
「おう、メル爺さんに近いうちに寄ってくれと伝えてくれ。うちの家の方のコンロが機嫌悪くてなぁ」
「お? んなもん、飯待ってる間に俺が見てやるよ」
「フェル坊で大丈夫か?」
「ふざけんな。飯作って待ってやがれ。それとジジイの弁当もな」
オヤジの住居部分にはこれまでも何度か入ったことがある。
従業員用の通路から店の奥へ入ると洗濯物が大量に干してある中庭へと出た。
〈酔いどれ水猪〉は、よくある宿屋兼酒場ではなく、食堂一本でやっている珍しい店だ。
この大量の洗濯物は、大勢の客をさばくために雇った料理人達の服や、食堂で使ったタオルなどだ。
洗濯物を大きく避けて壁沿いに進むと、食堂のある棟より一回り小さな小屋がある。
ここがオヤジ達家族の居住スペースだ。
「さてどれどれ……」
陶器で作られた立派なキッチンだ。
レンガを組み合わせて作った土台に陶器のパネルをきっちりとはめ込んだ高級品。
花柄の飾りはオカミさんの趣味だろう。
なかなか下層ではお目にかからない上物だ。
この街では、おしゃれなどに回す余裕がある家庭はそうはない。
さすがは人気店の店主と言ったところだ。
コンロの下の棚を開けて身を潜らせる。
どんなものでもそうだが、高級品だろうと廉価品だろうと、基本となる構造は同じだ。
あとはオプション機能やら品質の差でしかない。
このコンロの場合、二口あるコンロのそれぞれに火属性の魔石が埋め込まれている。
そこから刻印回路で火力の調整や時間の設定ができるようになっている。
さらに回路は、台の外側にはめ込まれている魔核へと繋がり、公共の魔力配線から魔力を取り込んでいる。
少し調べてみると、案の定、火力を制御する刻印回路がススと油で不具合を起こしている。
刻印板を取り外し、汚れを落とし、途切れた回路を刻み直して元に戻す。
「……よし、こんなもんだろ」
「おう、直ったぜ。まだおかしかったら、弟子でも走らせてくれ」
「おっ、すまねぇな。金はかみさんから貰ってくれ」
「大した手間じゃないからいいわ。それより飯になんか1品つけてくれよ」
「がははは。それなら任せとけ。しっかり食っていけよ」
すぐに昼飯の大皿が用意される。
葉野菜のサラダに大ぶりの肉の煮込み。
潰した芋にも茹で豆やら細かな肉片が混ぜられている。
皿の大半を占める味付けされたパスタの上に、おまけだと分厚いベーコンが2枚も添えられた。
「へへっ、悪ぃな」
久々の外食はかなり豪勢なものになったが、それをさっさと平らげ、腹をさすりながら店をあとにした。
──その頃、
「やはりこれは古の……。まずいのぉ。フェル坊め、早よぉ帰ってこんか」
この世界での魔道具や魔工技術の基本。
魔力タービン……奴隷や低級魔物を使役して回す魔力発生機。こちらでいう発電所。
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魔力ケーブルで魔力を各地へ配布
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魔核……特殊な魔鉱石を加工して作る素材。魔力を貯め、魔力を送るバッテリー。
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刻印回路……魔力の波長や出力の増減、また発動する術式もここで組み込む。電線とCPUが一緒になったようなもの。
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魔石……魔術の出力装置。刻印回路との相性が重要で、炎の魔石でも氷の魔術は出せるが効率は悪い。




