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第一章)貧民街の何でも屋① 下層のリーオ

「はぁっ、はぁっ」


 リーオは、もつれる脚を宙で空回しして、何とか地面を蹴り出し、身体を前へと押し出す。

目の前には、薄暗い十字路。

しかし、兄月から零れる光が、家々の隙間から足元を照らす。


「待ちやがれ、このクソネズミ!」


 待てと言われて待つ阿呆はいないだろう。

今夜が片満月でよかった。

双満月程明るすぎず、半月程も暗くはない。

無闇に走り回るには心強く、探し物をするには心許ない。

光と影が混じる中、追っ手の気配を感じて更に走る。


「はぁっ、っっん。はぁっ、はぁっ」


 心臓が暴れ回り、鼓動だけで目玉が飛び出しそうだ。

(ハーフ)とはいえ、岩窟人(ドワーフ)族の血が恨めしい。

力だけはあるが、人間(ヒューム)族程に持久力がないのだ。

荒い息で喉を切ったか、口の中に鉄の味が広がり、粘ついた唾が呼吸を(はば)む。

荒れた石畳造りの路地を走り、土壁の凹凸を掴んで無理やりに体をよじる。

道というより、家の隙間と呼んだ方が正しいような路地に踊り込み、闇に紛れ息を殺す。


──ダダダダっ


 幾人かの足音が通り過ぎるのを、転がっていた木箱の影に隠れてやり過ごす。

胸を必死に握りつぶし、爆ぜる鼓動を少しでも隠す。

紅潮する顔を押し殺し、喉奥から撒き散らされる呼吸を噛み潰す。


──ちくしょう、あのガキ

──もう少し向こうを探すぞ


 人の気配が過ぎ去るのを待ち、服で口元を覆い、できるだけゆっくりと、そして音を立てないように息を吐き出す。

そして大きくゆっくりと息を吸い、あとは多少落ち着きを取り戻した呼吸に任せる。


 危なかった。

いくら急いでいるとはいっても、やはりゴロツキの店で金を使って情報を集めるというのは、悪手にも程があった。

子供だと思って適当にあしらわれた挙句、手持ちの金を狙われてこのざまだ。


 だが、手応えはあった。

間違いなく、あの店(・・・)はこの町に存在する。

目星もつけた。

あとは何とか、たどり着けばいいのだ。


 あの、〈何でも屋アウトローズマーケット〉に。



挿絵(By みてみん)

「いらっ……、なんだ、ガキか」

「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」


 あれから二日。

やっとの思いでたどり着いた店は、なんというか、思いっきり普通の喫茶店だった。

この下層で酒場ではなく喫茶店だというのが珍しくはあるが、それでも他にない訳では無い。

外観はただコンクリートを塗り固めただけの安っぽい建物。

いかにも下層らしい、ただのオンボロビルだ。

大きめの窓に飾り気のない看板。

錆びた鉄くず(ラスティトラッシュ)〉の文字も薄くかすれている。

見た目には、本当にただの喫茶店だ。


 恐る恐る中へ入ってみても、やはり喫茶店に違いない。

明るい内装こそ、外観とギャップがあるとはいえ、むしろ〈何でも屋アウトローズマーケット〉の事務所としては、もっとイメージが遠くなってしまった。

淡いグリーンを基調に明るく塗られた壁に、真っ白なカウンター。

2セットあるテーブル席には、ブラインドが下ろしてあるが、気持ちのいい陽の光が差し込んでいる。


 カウンターの中には、今どき珍しいくらいに無機質な作りをした旧式の自動人形(オートマタ)が一人。

躯体(ボディ)ラインからして女性型なのだろうが、切れ長の目がデザインされただけの凹凸のない仮面のような(かお)をしているので、男性女性という以前に、完全に人形といった風情だ。


 店内には、あと二人。

店の奥のカウンターで、もはや風景と同化しているかのように、その場所が似合う高齢の男性が一人。

そして、その手前で突っ伏している若い男性が一人だ。

そう言えば、先程声は、二人分聞こえたような……


「あ? んだよ、ガキならジュースでも飲んでさっさと帰んな」


 飲食店としては信じ難いが、どうやらこの男も店員の一人のようだ。

ボサボサの黒髪。

いかにも今起きましたと言わんばかりの汚れた目。

ズレた丸メガネの下の眼光だけは、身を刺すように鋭いが、寝起きのその顔が全てを台無しにしている。

ダボついたカーゴパンツと厚手のブーツは、どう見ても喫茶店の店員というより、工場の作業員だ。

よれよれの白いTシャツの下にある肉体は、それなりに鍛えこんでいるようだが、どう見ても下町のチンピラだ。

この店の用心棒なのだろうか。


「申し訳ございません、お客様。あの穀潰しは気になさらず、ごゆっくりしていってください。御主人様(マスター)、お客様に失礼ですよ」


 男の風体に呆気に取られていると、柔らかな声音(こわね)自動人形(オートマタ)が話しかけてきた。

御主人様(マスター)には、とんでもない毒を吐いてはいたが。


 よく見てみればこの自動人形(オートマタ)、古臭く無機質な見た目とは裏腹に、その所作はかなり洗練されている。

コーヒーを用意しながらも、店の雰囲気を壊さないように極力音を立てずに動き、歩き方ひとつにしても妙に色っぽい。

別に人間そっくりに動く魔動人形(オートマタ)など珍しくもないが、それだけでは無い、なんというか華があるのだ。


 (かお)はやはり、目らしき切れ込みが二つあるだけの仮面なのだが、ロングスカートのような四枚のプレートが腰周りに付いている。

ツインテールに模した頭飾りからも、やはり女性型なのだと推察できるが、頭の上に申し訳程度に付いている頭冠(ブリム)は、もしかしてメイドのつもりなのだろうか。

もし、あの失礼な男の下品な趣味なのだとしたら、殺意が湧くレベルだ。




「いや、その……」


──カランカラン


 ここへは客として来た訳では無い。

そう伝えようとした瞬間、入口から次の客が入ってきた。

その姿を見た瞬間、思わず飛び退いてしまった。


「あら、見かけない子ね。おねーさんが驚かせてしまったかな?」


 穏やかな口調でそう言ったのは、実に(いろ)っぽい、目のやり場に困る女性だった。

まるでおとぎ話に聞く魔女のような、つばの大きな三角帽子。

豊満な身体に吸い付くようなドレスを身にまとい、はち切れんばかりの胸元を強調させた妖艶さをこれでもかと振りまいたような女性なのだが、驚いたのはそこでは無い。

彼女は向こう側が透けて見える水の塊、いや、水でできていた。


「おぉ、アっズリアちゃーん。いらっしゃーい。こっち来て好きなもん頼んでよぉ」


 初対面でこれだけ殺意が湧くことも珍しいのだが、先程までのつっけんどんとした態度から豹変した男がアズリアという客を鼻の下を伸ばしまくって呼ぶ。

アズリアも困った表情で、じゃあねと手を振って男の横へ腰掛けた。


 先程は驚いてしまったが、あのアズリアという女性の外観は聞いたことがある。

動く水の塊、つまり人工水魔(スライム)だ。

危険度が少なくなんでも食べる粘魔(スライム)を人工的に生みだて街中へ放ちゴミ処理や水路の清掃にすることはよくある。

彼女は、どんな変態が考えついたのか、その人工水魔(スライム)そういう目的(・・・・・・)の為に造り変えれた高性能の魔動人形(ゴーレム)で、公営娼館で働く高級娼婦のはずだ。

命令(プログラム)通りの反応をするだけの汎用娼婦ではなく、高級娼婦ともなれば、擬似精神(ゴースト)を保護され、人間と同様に扱われていると聞くが、こんなところでお目にかかるとは思わなかった。


「ヴィオラちゃーん、いつものー」

「あ、こっちもレモネードを……」


 何となく言い出せる雰囲気ではなくなってしまい、仕方なしにレモネードを注文する。

焦るな、ここがそう(・・)と決まったわけじゃない。

自分にそう言い聞かせ、しばらく様子を見ることにした。


「どうぞ、レモネードです」

「どうも……。あ、おいしい」


 どうやらこの魔導人形(オートマタ)は、ヴィオラというらしい。

あの男の事を御主人様(マスター)と呼んでいたということは、おそらくはアズリアのような独立個体(スタンドアローン)ではなく、主従関係を契約した従属個体(プラグイン)なのだろう。

いや、主従の御主人様(マスター)ではなく、まさか喫茶店の店主(マスター)ということなのか?

あのデレデレした顔を改めて見てるが、そうではないと信じたい。


御主人様(マスター)口輪筋(こうりんきん)口角下制筋(こうかくかせいきん)に重大な弛緩(しかん)を確認。人中(じんちゅう)の拡大率113.8%。……これは重症ですね」


 ヴィオラのやれやれといった口調と辛辣なつぶやきに思わず吹き出してしまいそうになる。

こんなことでこぼしてしまうには、このレモネードはもったいなさすぎる。

甘すぎず、ジンジャーの刺激が舌に刺さるかと思えば、レモンの苦味と酸味がさわやかに喉を洗い流してくれるのだ。


 だが、いつまでもこの店で和んではいられない。

一息に残ったレモネードを飲み干し、ヴィオラへ本来の目的であるソレを尋ねてみることにする。


「あの……、ラピス級(クラス3)精霊圧縮機エレメンタルコンプレッサーは手に入りますか?」

※ブリム……メイドさんの頭飾りのことです

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