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おしゃべりなマリッジブルー(下)

4、それなりに楽しい日々


 ここまできてようやく私たちが絡んでくる。シラウオくんが突然私に話しかけてきたのだ。

「僕はサワヤカとは小学校からの付き合いなんだけどさ」

「そんなこと知ってる」

「ははっ」

 彼はなんだか元々の薄ら笑いに加えて更に――結婚する相手に対してひどい表現であるかもしれないが、私は好きな人間ほど東京の埋立地の地下に広がる下水通路なみに曲がりくねった表現で書いてしまう癖があるので御了承頂きたい――不気味なにやけ顔になった。

 どうやらこのキツイ言い方がツボだったらしい。それから彼はそのシラウオのような手で身振り手振りを交えて話した。そして私たちは、二人の恋は放っておいたら成就しないだろうとの予測――今思うと主人公的恋愛カップルに対して本当に大きなお世話だが――のもとに行動を開始した。

 とりあえず二人が挨拶できるぐらいの仲にするためにはどうすればいいか、私たちは一週間ほど、毎日放課後の学校に残って話し合った。

 その結果、とりあえず私たちが仲良くなればいいのではないかという結論に達した。それから私たちはわざとらしいほど挨拶を言った。特に朝は、私とペパーが、シラウオくんとサワヤカがそれぞれ一緒に登校するので必ず挨拶を欠かさなかった。

「おはようございます。いい天気ですね」

 私が下手な詐欺師のように話しかける。

「おはようございます。全く君の言うとおりですね」

 シラウオくんは映画『シベリア超特急』を彷彿とさせる棒読み具合で言う。

「こんな日にはピクニックにでも行きたくなりませんか?」

「そうですね。全く君の言うとおりですね」

「あなたはロボットですか?」

「ええ、まあ、はい。全く君の言うとおりですね」

「違うでしょう」

「はあ、そうですか。全く君の言うとおりですね」

「死んだほうがいいんじゃないですか」

「そうなんですか。全く君の言うとおりですね」

「私たちって這い寄る混沌、ニャルラトホテプを倒すために生まれてきたんだっけ?」

「そうでしたそうでした。全く君の言うとおりですね」

「私たちって将来結婚しますよね」

「はい。それはもう。全く君の言うとおりですね」


 シラウオくんは、仲が良くもないのに挨拶を言ったり仲良くしたりは出来ないといった。今考えると世の中と折り合いをつけることができない、キュウリのみじん切り並みの青臭さが可愛くてちゃんちゃらおかしい。

 しかしその態度は当時の私を妙に納得させた。私だって笑ってられないくらい負けじと、いや、むしろ勝っているほど青臭かったのだ。まるでスイカの漬物並みに、だ。

 そういうこともあって私は仕方なく、私の言うことを全肯定するように命令した。その結果、以上のような――何の意味も無く、しかも途中で私が若干、ちょっと、少しばかり不機嫌になりだしているものとなった。これは会話ではないと思った。

 せっかくシラウオくんと話せるというのに無意味すぎる――会話になってしまった。これでは仲が良いというよりも電波的つながり――「私たちは前世からの赤い糸、宇宙の運命の戦士なのよ!」と言って自作の電波系漫画をコンビニの雑誌コーナーに並べて満足げな表情を浮かべ、しかも相手の男もそれに対してそうですねそうですねと言っているような関係――のカップルになってしまう。私たちは、正直なところ、「アホ」というやつだったのかもしれない。でも私たちは電波系ではあるにせよ、カップルという形には程遠かった。

 しかしながら、その効果があったのだろう、ペパー達はお互い不可解な友人を持っている同士で少し話すようになった。毎朝、私たちが会話を始めるとその横でまともな会話が始まる。私たちはアホな会話をしていると見せかけて聞き耳を立てる。

「いつからあの二人、あんなに仲が良くなったんだろう?」

「あ、あたしにもわかんないんです」

 プレーリードッグのようにオドオドと答えるペパー。

「なんで敬語? ですか? 同い年ですよね?」

「いえ、はい、あの……同い年……よ」

「ペパーさんは」

「あ、ペパーでいいで……よ」

「いいでよ? ハハハッ!」

 サワヤカは漂白剤でも使ったかというくらい白い歯をキラキラさせて笑う。お前は新庄か。

「違っ! いいですって言いそうになって……」

 ペパーの頬はニホンザルの尻のように赤くなる。

「ペパー……はどんなものが好きなんだい?」

「どんなもの? どんなもの。好き。なもの」

「そうそう」

「サワヤカくん」

「え?」

 サワヤカは喉の奥に小鳥でも飼っているのかのような声で驚く。

「は、どんなのが好き?」

「……くん、はいらないな。サワヤカでいいよ。そうだな、バスケ……が好きかな」

「バスケ、私も好き」

「そう! 良かった!」


 二人のお互いに対する想いを知っている身としてはもどかしいことこの上ない。それはさながら口の中に入った髪の毛がとれず、結局鏡をみながら挑戦するが取れないといったレヴェルのもどかしさだ。

 とはいえうまくいっているようでよかったよかった。とも素直に思えず、うまくいったらうまくいったでなんだか腹立たしい。

 しかしそんな調子で日々は過ぎていった。私とシラウオくんは不思議な関係だった。もはや意地になって電波会話を続けるほかなかったから。

 あるときなどは、私たちは意味を成さない言葉で外国語っぽく会話すること――「黄色い青黄色い青黄色い青?」「くとぅぅるるるるる」や「アブトルダムラルエステルホリマク?」「ライティライティライト?」「ライチラライチララライチ」などであるが――をやりすぎて二人してトランス状態に入ってしまったこともあるくらいだ。

 なので(?)お互いのことは全くと言っていいほど知らなかった。二人きりで会うこともなかったのだ。

 そんな私たちとは違ってペパーとサワヤカは少しずつ仲良くなっていった。そのうちペパーから語られる話には頻繁にサワヤカのことが出てくるようになった。ペパーは楽しそうに話しているが私としてはどこが面白いのか分からない。

 私は恋をするとは成る程こういうことかと勉強していた。恋とはつまり、「ゲッツ!」を笑えてしまうようになる一種の病気のようなものであると定義づけよう。



5、ふざけた作戦は愛のうちに


 このまま二人は放っておいてもくっつくのだが、私とシラウオくんは更にここで最後のトドメ……違った、仕上げをしようと企んだ。今考えると最悪なことだった。本当に余計なお世話だ。クリーニングに出した夫のスーツに付いていたキスマークを店員に指摘されて、旦那さん浮気してるんじゃないのと言われるくらい余計なお世話だ。そんなことはまだ一度も経験していないが。

 ……話がそれた。その作戦とはこうだ。二人の恋の炎を更に燃え上がらせるために、私がサワヤカに近づき、シラウオくんがペパーに近づく。そして私たちはよせばいいのに、このドカポン以上に友情を破壊しそうな作戦を行うことにした。

 私は好きでもないバスケの勉強をした。昼も夜も読みふけった。その結果『スラムダンク』の知識は得た。面白かった。ゴリがいいんだ……ゴリが……。現実に帰ろう。

 それから私はサワヤカとよく話すようにした。主にサワヤカの部活が終わった後の体育館だった。後日全てが丸く収まった――もちろん、私とシラウオくんにとってはだが――あとでサワヤカにそのことについてどう思っていたか尋ねたところ、何故突然話しかけてきたのかわからなかったと言っていた。

 そんなことをしていたとはいえ私はサワヤカにちっとも魅力を感じていなかったのでつまらなかった。まだシラウオくんと電波会話をしてたほうがましだと思った。

 でも一緒にいて少しは他の女子に優越感が得られた。というのもサワヤカは友達である私の口からかなり控えめに言っても「美!」という顔をしていた。これならペパーが美美ッときたのも頷けると思った。そのまま美美美婚(古い言葉だ)をしても不思議じゃないようだった。

 少しの優越感と一緒に少しの劣等感を感じるほどだった。そして気がついたのは、相手もちっとも私のことはなんとも思ってないことだった。おそらくつまらないと思われてるのだろうなと思った。ものすごく面白くて、ものすごく仲が良くなってもそれはそれで問題が発生しそうな気もするが。

 その日もサワヤカの部活が終わるのを待っているペパーの方を見ると、なんだかシラウオくんと楽しそうに話していた。電波っぽい会話もせずにお互いの趣味について話しているらしかった。

 シラウオくんは見たことないくらいバカっぽくガキっぽく身振り手振りを使って話していた。顔が緩んでいる。ペパーは若干おしゃべりになっているような気がした。

 さて……気がつくと隣のサワヤカの様子がおかしかった。学生カバンの金具を留めたり外したりしていた。それを何度も繰り返した挙句、私に話しかけてきた。

「マリさん」

 私のことだ。

「ん?」

「シラウオとマリさんは付き合ってるようにみえるけど」

「は」

「付き合ってる?」

「つっつつ、つっつきあってないよ」

「突っつきあってないか」

「付き合ってない!」

 人生で出したことないような原始人じみた大声がでた。

「……そうか」

 そう言うとサワヤカはなんとなく……なんとなく過ぎてどんな感情なのか分からないような顔をしてうつむいた。体育館の床に影が落ちた。

「サワヤカ君はペパーとどうなの? 付き合ってるの?」

 サワヤカはゆっくりと顔をあげると言った。

「……付き合って、ないんだな……」

 その顔にはさっきよりも表情はあったけれど、泣いてるような笑ってるような、より感情がつかみにくいものになっていた。私は自分で仕組んでおいて後悔した。

 罪悪感が今度は私のこうべを垂れさせようとしていた。私はそれを隠すように、サワヤカを励ますように言った。

「ペ、ペパーは誰とも付き合ってないみたいよ」

「……そうなのか。ありがとな」

「……や、いいよ」

「俺、もうちょっと練習するから……んじゃ」

 そう言うとサワヤカはかなり遠くのゴールめがけてボールを投げた。

 しかし、ボールはリングに当たって跳ねた。

「ハハ……」

 サワヤカは困ったような顔で笑った。


 そんな私たちを遠くから見ていたペパーは一人で帰ってしまった。いつのまにかペパーとシラウオくんの会話は終わっていたみたいだった。私は彼女を追っていったが、目が合うと何も言えなくなってしまった。

「…………」

 彼女はこの世のどんな言語も受け付けないといった風情の早足で帰っていった。私は、ふざけてドカポン以上に友情を破壊しそうな作戦なんて言っていたあたりがひどく懐かしかった。


 そして私は家に帰ることにした。途中の帰り道でシラウオくんと会った。

「やや! ヤアヤアヤア」

 シラウオくんの明るさにイライラした。何も考えずに楽しそうにしやがって、と思った。

「…………」

「どうしたのさ?」

「…………別に。なんでもないよ」

 なんでもないわけないが、感情の整理がついていないのだ。しかもこんなありきたりな台詞を言ってしまった自分にも腹が立った。

「本当に?」

「……私はね。自分でこの計画を立てて自分で後悔してんの。それで今不機嫌だから近寄らないで」

「…………」

「わかった?」

「わからないよ」

「は?」

「わからないって、言った」

 シラウオくんは天才バカボン並にあっけらかんとして言った。

「く…………」

 私はイライラして死にそうだった。

「それだけでそんなに怒るわけないもん。優しいマリさんはさ。だからどうして怒ってるかわからない」

「…………」

「でもさ、怒るのも分かる気がする。僕だって不機嫌になった。だってペパーさんが可哀想なんだよ。……けど、不機嫌の原因ってやつはそれだけじゃなくて、それを考え直していくと面白いことがわかったんだよ」

「何」

「今は言わない。僕とマリさんの不機嫌は同じ理由なのかわからないし、それに情けは人のためならず、って状況も避けたいしね。人のためを思ってやった行動はやっぱり人のためにならないとさ。納得いかない。失敗気味だけど。僕は、それからにするよ。とか言って逃げてるような気もするけど」

「?」

「不機嫌を煙に巻いて治してみました」

「あ……」

「じゃ、バイバ~イ」

「……うん。さよなら」



6、手榴弾を片手に


 私は家に帰るとお母さんが作ってくれた晩御飯を食べた。コロッケはさくりと箸で切れた。でも気分はそう簡単に割り切れるものじゃなかった。

 風呂場に入ると、眼鏡が曇った。眼鏡を外して湯船につかりながら、ずっと考えた。私は自分も含めてみんなの気持ちがもっとわかればいいのに――それこそ登場人物の気持ちが全員分書いてある小説みたいに――と思った。

 しかし、頭のどこかではそんな小説つまらないなとも思っていた。そして私は風呂をあがると唐突に、

「私は自分のことをよくわかってるつもりだったけど、そうでもないんだ。不機嫌の原因? 何がしたいかわからない。シラウオくんは自分のことわかってるのかも……それともみんなわかってないのかな……どうすればいいのかな? ゴン太(人形)……」

 とやりたくなったがそこはグッとこらえた。その頃の私は自分のアイデンティティを死守することがアイデンティティの一部のようになっていたのだった。私は眼鏡から水滴をふき取り、かけなおし、こんなことはやめようと決心した。裸に眼鏡一丁だった。

 次の日私は自分が撃ったミサイルが誤爆して味方に降り注ぐ中、援護射撃もなく手榴弾一つ持って敵地へ突撃していく軍人将校のような気分で学校へ行った。

 勢いあまって授業が始まる一時間も前に教室に着いてしまった。これではソワソワして逆効果だ。そんな気分でいると、突然教室のドアが開いた。そこには、シラウオくんとサワヤカが居た。二人ともびっくりした様子だった。

「あれ? どうしてここに……?」

 と私から言った。どうしてここに、もないもんだ。授業はここであるんだから。

 そしてシラウオくんは落ち着き払って言った。

「……マリさん。みんなの恋はどこへ向かってくんだろうねえ? 教えてもらいたいくらいだ。そうそう、最近知ったんだけど、水は流れてないと腐るらしいよ。ブルース・リーが言ったっけ? 違うか。宮本武蔵だったっけ? 違うな。だからそれで、澱んで沼になる前に、えっと。話がそれちゃったな。何が言いたかったんだっけ? まあいいや。あとで何十年か経って、あの時僕らはアホだったなあって愉快に話せるのかな? 誰かの結婚式でくだらない語り草になるのかな」

 シラウオくんがのんびりと話す。

「あら。全然話が飲み込めていらっしゃらない。そりゃそうか。……つまるところね、ベトナム戦争ばりの泥沼戦は早くも今日でおしまいってことだよ」

「そうなの?」

「マリさんも終わらせようとして来たんだよね。そんなことぐらいはわかるよ」

「……」

 黙っていると、今度はずっと下を向いていたサワヤカが言った。

「俺……」

 そこへペパーが教室に入ってきた。私たちを見ると一目散に逃げ出した。それを見てシラウオくんは楽しそうに笑う。全く性格が悪いな。サワヤカは固まって動けないみたいだ。じゃあ、私か。役者が全員そろったかと思えばすぐにまたバラけてしまった。さあ、そろえに行こう。私は走ってペパーの後を追いかけた。

 朝の学校の空気は鋭いくらいに澄んでいて、呼吸するのが気持ちいい。しかしペパーは足が速かった。特に運動が出来るわけではないとさっき書いたが、少なくとも私よりも速いことは確かだった。慣れないことをしているので私の走り方はぎこちない。パタパタと間抜けな音がする。

「ちょっと待って! ペパー! ペパーってば!」

 ペパーは返事もしない。いったい何を考えてるんだろう。

「ペパー! おえおあー」

 言葉が崩れていく。ペパーは怒ってるんだろうか。

「ペパー! 待てこの!」

 や、我ながら待てこのは無いよな。段々体力とともに精神力も限界に近づいていた。

「ペパー! ペパー! ペパー! ぐっはっぐっはっ……はあ。はあ。ずず……」

 とうとう私の限界だ。鼻水まで出てきた。気がつくと学校中を一周していた。足がもつれる。校舎の壁にもたれて言う。

「ペパー。……ごめん。ごめん。だから話を……」

 ペパーは近づいてくる。

「油断したな!」

 私はアホだ。私ってやつは……アホなのだ。ペパーを抱きしめるようにして捕まえた。ペパーはじたばたしていたがしばらくするとおとなしくなった。

「……どうして逃げるのよ? ペパーだってなんかよくわかんない決心に突き動かされて朝早く来たんでしょ? シラウオくんもサワヤカ君もそうみたい」

 サワヤカ君、という言葉を聞くだけでペパーの身体は釣り上げられた魚みたいにびくんと反応した。そして身体が硬直していく。布越しに心臓の鼓動を感じる。鼻水をすする音が聞こえたのでペパーの顔を見ると泣いていた。

「……ぐっす、ふ……はあ……ずず…ふ……」

 私は本当になんてことをしてるんだろうと思った。こんなに可愛いひとを泣かせている。

「…………」

「あたしが悪いの」

「……え?」

「あたしが全部。マリちゃんにはシラウオくんがいるのに、どうしてサワヤカくんと話すんだろうって思って……う…ぐす」

「それは……違……」

 今考えると違わないな。こりゃ。もっともな疑問だ。

「マリちゃんが誰と話したって自由なのに……あたし、嫌になって……シラウオくんと話してるときもそんなことばっかりずっと考えてて…考えるのも嫌で……」

 ペパーの話を聞きながら、私は、昨日シラウオくんに言われたことが分かった気がした。

「違うよ!」

「……え?」

「他のことはどうだかわからないけど、今回は絶対に私が悪い。どうしても。どう考えても。だから、謝らせて」

「そんな、あたしが……」

「とにかく、あの二人のところに行くよ」

「…………」

 ペパーは手を引っ張るとついてきた。不思議な感覚だった。私はペパーに引っ張られるようにして友達になったのに、今はペパーを引っ張っている。

 それは私たちが変わってしまったせいかもしれないと思った。

 何を経て? 恋を経て? クサいな。青汁以上に――青汁だけでも十分だというのにそこへさらにキュウリのみじん切りやスイカの漬物をぶち込んだように――青臭い。

 窓から青空が見える廊下を歩くと二人の待つ教室へ着いた。シラウオくんとサワヤカは笑っていた。

 こっちのことも知らずに笑いやがって、と思ったが、今考えるとあれはきっとシラウオくんがサワヤカの気分を和ませていたのだろう。教室に入った私たちを見ると、サワヤカが震える声で言った。

「ペ、ペパー……。あの、ちょっと、いいか……?」

「…………うん」

 と言ってペパーはサワヤカに恐る恐る近づく。そのやりとりに見とれていた私の視線を遮ってシラウオくんが言った。

「僕らは出てようか。僕らには僕らの、アレがあるから。その、話が」

「ん? そうなの?」

 私はわざと意地悪な鈍感さを発揮した。

「…………うん」

 シラウオくんは窓の外を無理やり眺める。その角度はきっと首が痛いに違いない。



7、告白と電波は紙一重で


 私たちは教室を出て、誰もいないのを確認すると校舎裏の花壇の前で座って今までのことを話し始めた。

「色々あったね」

「僕もそう思うよ。ほんとに」

 シラウオくんは両手を組んで、人差し指同士をクルクル回し始めた。

「私たちがやったのは正しかったのかな。笑って許してくれるといいけど」

「何が正しいかよくわかんないけどうまくいったみたいでよかったよ。ほんとに」

「それで、話っていうのは何?」

 大体の見当は付いている。

「それは……」

 シラウオくんは恥ずかしがっている。こんなシラウオくんは珍しい。いつも薄気味悪い笑みを浮かべているからだ。

「それは?」

「あの……僕が不機嫌になってたのはさ、マリさんがサワヤカと話してたからで」

「うん」

「自分たちでやっておいて身勝手な話だけど」

「うん」

 シラウオくんは深呼吸を繰り返し、何度も唾を飲み、話し出した。

「それでわかったのは、ああ、僕はマリさんが好きなんだなってことで。不思議な関係だったけど僕はそれが楽しくて楽しくてたまらなくて」

「……私、ずっと考えてたんだけど、不機嫌になった原因。後悔と、あと何かなって。それでいつの間にか好きになってた自分に気がついちゃって……恥ずかしいけど、好きよ。電波会話がないとそれなりに寂しいものよね」

「そう! そうなんだよ」

「スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ」

「キスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキス」

 私たちはキスをした。甘ーい!


 ……という素敵なエピソードは、私たちが結婚しようとする今の今までペパー達に言ってきたウソで、本当は教室を出た後、ちゃっかりしっかりドアのスキマからペパー達を見ていたのだった。すいません。

「さあ、いよいよクライマックスよ」

 ドアの陰からのぞきながら私は言った。

「…………いいのかなあ。僕らよく考えるとしっかり謝ってない気もするけどなあ」

「私たちが結婚するときにでも謝ればいいと思うけど」

 実際そうなりました。

「結婚!? するの? 僕ら!」

 実際そうすることになりました。

「するって言ったじゃん。しないの? 静かにして。ほら、始まったよ」

「…………嬉しいけどさ」



8、大団円は迎えずに


 教室の中では静かで穏やかな空気が流れていた。

「ペパー。俺な」

 サワヤカは学生カバンの金具を留めたり外したりしながら言う。ペパーは泣いたせいでうさぎのように赤い目だった。

「…………」

「俺、ずっと、女の子が怖かったんだ。多分」

「……ん」

 静かにうなずくペパー。

「バスケが好きで、それだけやってればそれでよくて、それ以外はどうでもよくてな」

「…………そうだったんだ」

「一人でフリースローの練習するのが好きなんだ。誰にも邪魔されずにな。ウチの学校のひとたちが集団で行動してるのを見て、どうして一人で行動しないんだって思ってた。一人がいいだろって。ずっと放課後に残って一人でやってたらいつの間にか、上手だって誉められるようになった」

「それで?」

「フリースローのコツってのは、誰も気にしないことなんだ。自分とゴールしかない世界で当たり前のように投げるんだ。ヒュッてな」

「うん」

「でも、ペパーが現れたんだ。自分とゴールしかない世界ってのはなんだかかっこいいよな。でも、寂しい。寂しいんだ。バスケは一人でやってるわけじゃないのにそんなこと言っててな」

「あたしも、寂しくてずっと不安でたまらなかったよ。いつも遅くまで一人で練習しててすごいって思ってたけど大丈夫なのかなって思ってた」

「ん。大丈夫じゃなかったな。ペパーと会ってからは特に。無理やり俺とゴールの間に入ってディフェンスされてる気分だった」

「そんな」

 マジに不安そうな顔をするペパー。

「いや、気にしなくていい。俺は、ペパーが好きだから、自分の中に招いたんだ」

「あ、あたしも……」

「それで俺は気付いた。敵だけじゃなくて味方まで消しちゃいけないよなって。気付かせてくれたのが、ペパーなんだ」

「あたし、そんな大したこと言えないけど……サワヤカく……サワヤカの練習してるときの横顔が好きで、それで、授業中寝てるときの横顔も好きで……」

「ハハハハッ。大好きだよ、ペパー! 俺は、笑ってるところが好きだ」

「あははっ。ありがとう。ありがとう!」


 というわけでペパー達は付き合い始めた。私たちも付き合い始めた。結婚はなぜか私たちのほうが早い。

 これを書いている今、結婚式はとうとう明日に迫っている。結婚式でこれを話すとあの二人は一体どんな表情をするだろう?

 もうあれから八年も経つ。私たち四人はみんないい大人だ。『天才テレビくん』を見ても恥ずかしくなったりむかついたりする気持ちも無いくらいだ。『真剣十代しゃべり場』はまだ少しイラッとするが。あれもう終わったっけ?

 二人はこれにさすがに怒ることはないとは思うが……。謝っているから大丈夫だとは思うが……。一抹の不安を拭い去ることができない。たった今、夫になるシラウオくんがこの原稿を読んでいるが、

「全然マリッジブルーになってない」

 との有難い御言葉を頂戴したのでついでにここに書いてしまおう。私に文章を改めさせることの出来なかった共犯者にしてやれといった気持ちで。

 ……思えば私はいつだってシラウオくんを共犯者にしているような気がする。私が原稿を書いているのを横で見ているシラウオくんをチラチラと盗み見ながら、まあそんな関係が私たちの関係なのだろうと思った。

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