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おしゃべりなマリッジブルー(上)

1、ラブストーリーは唐突に


 地下街の雑踏を歩いていると、人酔いして吐きそうになる。じゃんじゃんばらばらと動き回る人格の波を見て、この全員が全員とも「自分がこの人生の主人公ですよ」という顔をしてるのを見るとうんざりする。

 世の中、どいつもこいつも人生を重苦しく背負って「自分が主人公だ」なんて思ってるから始末が悪い。ATフィールドのぶつかり合いだけが人生ってわけでもないだろうに。もう正直に認めちゃえばいいんだ。

 私は他の人生の脇役なのです。

 ポークソテーの脇のモヤシ炒めです。

 なんちゃって。そうすりゃ見える景色もあるだろう。

 ……とか考えてたのが当時の私。


 話を始めるかね。

 さて、唐突かつはっきり言ってしまうとこの話の主人公は、私たちではない。私たちが付き合うようになったきっかけというのはやはり彼女ら主人公的大恋愛カップルにあって、私たちのことを語るにはそれ抜きでは大根と玉子の無いおでんのような、しかもこんにゃくもからしも無く、いったい何を食べればいいのか? 辛うじて餅きんちゃくでも食べてようかな、という、いや、人それぞれ食の嗜好というものはあるのであくまでも私個人の好みの話だが、とにかくそういった――なんのことを話してたのかよくわからなくなった――話になってしまう。

 それくらい私たちの恋愛は平々凡々としていて大恋愛とは程遠い。けれどもお互いにケンカして戦々恐々としているより遥かにいいということで私と彼は意見が一致している。

 私たちは大体そんな人々だと思ってもらおう。それに、私たちの恋愛だってそれなりに思うところがあったりなかったりもするのだ。

 結局何が言いたいのか。

 申し訳ないのだけれど私はいつも話がわき道にそれてしまって、コースアウトくらいならまだいいものの時々ふと気がつくと逆走していたり、スタート地点でひたすらくるくる回り続けていただけだったりもする――かなり大真面目に。天然というやつなのか。だからこそ誰もツッコミをいれることができないのだろう ――ので、そこのところは本当に申し訳ない。先に謝っておこう。

 まあ、若干、ちょっと、すこしのろけさせて頂ければ私の彼はそんなところが好きだと言ってくれる。書いておいてすぐ消したくなるような衝動に駆られたが、私たちの結婚式に話す馴れ初め話としてはごく自然なのろけ具合だろう。

 心配なのは、私たちの馴れ初め話を聞かせてくれと言ってくる人々は、私が話してあげるといつも不満そうな顔――焼きチーズケーキをオーダーして、レアチーズケーキが出てきたときのような表情――をしたり、あるいは目をキラキラさせて面白かったという顔――これは焼きチーズケーキを頼み、レアチーズケーキが出てきたが満足して食べてしまったというような表情――をする。人生を楽しむなら後者のほうがずっといいだろう。

 そちらのほうが私としても嬉しいし、なにより私たちは根っからの脇役気質だ。カーネーションの横のかすみ草のようなものだ。そもそも結婚式ですら煩わしくさえある。

 けれども私の、ウェディングドレスを着てみたいというそれなりの乙女チックな欲望が残っていたのが災いして式を行うことになった。

 若干、ちょっと、すこし後悔している。これがマリッジブルーというやつだろうか。私もとうとうマリッジブルーに陥るような女になったか。

 ……失礼。また話がそれた。馴れ初め話だった。

 さっき言ったとおり、私たちが出会うためにはまず彼女らが出会わなくちゃならないのだ。

 彼女と彼が出会ったのはナノミ高校一年の春だ。

 その年の学校の近くの桜は台風で散っており、しかもそれを悲しんだ変質者が桜の木の下に死体でも埋まっていると思ったのか毎日毎日全裸で土に頭をこすりつけるように祈っていた。それはさながらモズグス様のようで――知らない人には申し訳ない。顔を床に叩きつける祈りをしすぎて顔が変形してしまった偉い人だ――怖かった。とはいえそんなもの全く二人には関係ないのだった。

 また話がそれた。彼女はいつも笑っていて、笑わせていて、行く先々にいちいち太陽を持っていくのかと思うほど明るい、感情表現の上手な女の子だった。

 と言えば聞こえがいいものの、まだまだ子どもっぽいというのも確かだった。高校一年生に、落ち着いた冷静な態度を求めることに無理があったのかもしれないが。しかしそれから私は彼女に引きずられるように友達になった。



2、土曜日の家庭科室


 クラスメイトになった時点で出会ったといえば出会っていたが、私自身の感覚としては土曜日にあった家庭科の調理実習で出会ったような気がする。

 私と彼女は同じ班であり、腹の立つことに私の大嫌いな「キュウリの酢の物」、「たらこスパ」、「サワラのホワイトソース焼き」という逆三種の神器とでも呼んでいいメニューだった。しかし私は周囲のクラスメイトに弱みを見せたくなかったので極力無表情で調理を行っていた。

 その横で彼女はというと、てめえわざとやってんのかと暴言を吐きたくなるほどに料理を作ることが苦手らしかった。油を飛び散らせ、小学校のときのキャンプファイヤー並みのフランベを作った――というかそもそもそんなに油を使う料理じゃないのだけれど――かと思えば包丁を手から滑り落とし、隣でまな板を洗っている私の上履きの先っちょを切った……というくらいはまだまだ序の口なのだが、後で本人に何か言われるかもしれないのでこのくらいに留めておこう。

 とにかく、彼女にとって料理というものは遥か彼方の雲の上に存在するもので、自分で作り出すのではなく神様からのお恵みのようなものだった。……マナか?

「……そのくせ、キュウリを切るその手は、ネコの手なのよね」

 彼女の唯一マニュアル通りの動作を見て、思わず私は言った。まあ、個人的にはネコの手は切りにくいことこの上ないと思うがね。

「何?」

「いや、危なっかしいなあと思って」

「じゃあ手伝ってよ」

「いいよ」

「これもやってくれる?」

 彼女は調子に乗って色々と私に回してきたが、別段断る理由もないので手伝った。

「いいよ」

「ねえ、今日、帰り、一緒に帰らない?」

 あまりにも唐突なその話題に私は慣性がついていたのでつい、

「いいよ」

 と言った。何故彼女が突然それを言い出したのかは不明だが、あとになってそれを聞くと「寂しそうな顔してたから」ということだったらしい。全くの不覚だった。

 ……というような、実にありふれた出会いだったわけだ。

 こういうことになったのは、私自身がこれまたコッテコテの人間だったからということもあるだろう。男の子に人気のありそうなキャラ。

 図書委員をやっていて、静かで、メガネで、三つ編みで、勉強が出来て、ふと物思いに耽ったりする――考えていることは「カップ焼きそばって焼いてないのにどうして誰も文句を言わないのか」というようなことや、「チープ」と「陳腐」って音の響きも意味も似てるけど何か関係あるのか? というようなことだったりで大して深遠なテーマというわけでもなかったが。後で私の彼に聞くと、それは見破られていたそうだ。

 「あ、こいつはなんだか既存のメガネっ娘キャラとは違う」といった――ような人間だった。そういうわけで私と彼女は性格的には陰陽思想を体現するかのようだった。まるでちょっと昔のどこぞの日曜朝の二人組変身ヒロインアニメ的な二人だったわけだ。

 ところが彼女は別に運動が出来るわけでもなく、勉強もずば抜けているというわけでもなく――これは自慢になってしまうが私の結婚式だ、少しくらいいいだろう。私自身は、勉強では学年の一位か二位にしかなったことがない。だから彼女にはお茶とお菓子を振舞いながらよく勉強を教えてあげていたものだ――分かりやすく言えば90年代後半の少女マンガのような、誰にでも共感されやすい主人公だった。彼女は、明るく見えてそれなりに悩みもあった。その原因が彼女の彼(ややこしい言い方だが)、であった。

 ルックスもよし、性格も優しい、バスケ部に所属していて背も高い。かなり遠いところからのスリーポイントシュートが得意だ。

 勉強は少し苦手な――授業中に寝て注意される、母性本能をくすぐるようなタイプで、特に何が出来るというわけじゃないが勉強は出来るというような女の子(私か?)にも狙える余地が残されているような――男の子だった。ついでに説明しておくと、彼女も彼女の彼も私も私の彼も同じクラスだった。



3、名状しがたい私たち


 本当に文章がややこしい。人称代名詞で貫き通そうと思っていたが、この先の展開を思うにやはり名前は付けておくべきだろう。とはいえ本人たちに迷惑のかからないようにすることも重要だ。そこで偽名を使わせていただく。

 彼女はペパーミント・パティに似ている。運動が得意でもないペパーミント・パティだ。少し長いのでペパーと呼ばせてもらおう。ペパーの彼は、まあ、爽やかなのでサワヤカとでも呼ぼう。

 そんなわけで(どんなわけだろう?)サワヤカもまた主人公気質だったわけだ。サワヤカが居眠りして怒られているようなとき、ペパーは星を含んだ目で彼を見ていた。

 そのとき後に私の彼になる男はというと、クラスの中央の列の一番前の席――ロイヤリティボックス。先生との至近距離で授業が受けられるからだ。私しか呼んでいなかったが――だったにも関わらず、堂々と『がきデカ』(私たちの世代では読んでいる人などほとんどいなかったが)を見つからずに読んでおり、しかも授業中にやっていることと言えば鼻先に鉛筆をのせてバランスをとってみたり天井を見上げてぼーっとしてみたり――確かに天井には何故か靴跡が残っていて、それは私も気にはなっていたが――というようなことばかりしていた。

 中肉中背、お前の家にはリンスを補充する人間がいないのかというほど髪がぼさぼさで、授業で当てられると答えられる問題には答えられる。要するにごく普通の人間だった。見た目は。その特異な行動には誰も注目しなかった。

 ……私を除けば。

 私は、こいつはちょっとヘンなんだと思っていた。そして私は彼を心の中で、シラウオと呼ぶことにした。なんとなく、手がきれいでシラウオみたいだったからだ。

 それにしても人物紹介がゴチャゴチャとして――それこそ私の部屋のように雑然として足の踏み場もない、局地的にカタストロフィでも起こったか? もうどうにもならないのか? きれい好きの私の救世主、シラウオくんをもってしてもやはりこのプチカタストロフィは防ぎきれないのであった……というような状態になって――いるがとりあえず登場人物はペパー、サワヤカ、私、シラウオくんの四人だけだ。

 みんなに偽名を使っておいて自分だけ使わないのは嫌な感じがするので私のことはマリッジブルーのマリちゃんとでも呼んでいただければ結構。

 さて、ペパーはサワヤカに対する片思いで悩んでいた。

「サワヤカ君が私のことをちっとも見てないのが辛い……だけど見られても緊張して困っちゃう……ねえ、どうすればいいのかな? ゴン太(人形)……」

 なんだか私に言わせれば恥ずかしすぎる――思い出したくもない過去の自分が作ってしまった不発弾(自作ポエムなど。黒歴史とも呼ぶ)を、仲が悪いというわけではないけれど決して良くはないといった関係の人に発掘されてしまったというような――言葉であるが、本人は夢心地なうえに本気で参っているのでこんな台詞も出ていた。

 ところでどうして私が、ペパーが一人で部屋の中でつぶやいたらしい台詞を知っているのかといえばそれは盗み聞きしたからで、彼女の部屋に遊びに行って少しドアの前で聞き耳をたてると聞こえてきたのであった。私としてはもっとはっきりとしたボケ的なボケを期待していたので、この言葉を聞いたときには対応に困り、結局一時的に記憶を抹消した。

 いつも明るかったペパーが本気で悩んでいる。私はそのときにペパーがサワヤカを好きなのだと確信を持った。

 そして学校で二人の動向を一部始終観察した結果、サワヤカもペパーを好きなのだという結論に達した。ありがちな話だが、ペパーもサワヤカもお互いを好きすぎてまともに顔を見ることが出来ないだけだったのだ。

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