4.夜会*
R15です。
そうしてゾフィーの閨の手ほどきは無事に終わり、いよいよ夜会の日になった。
コーブルク公爵家に着いた馬車から降りようとする着飾ったゾフィーを出迎えたルドルフは彼女に手を差し伸べた。ルドルフは婚約者が愛する女性だからこういう態度をとるわけではなく、他に恋人がいても婚約者には最低限の義務を果たそうとする律儀な性格をしていた。そんなことはかえって残酷なのに、27歳になっても男女のことに関して朴念仁なルドルフはまるでわかっていなかった。
普通の婚約者のように2曲続けて踊ったルドルフとゾフィーは、ドリンクを受け取り、友人知人のところをまわった。最後にゾフィーの両親のところに行った後、ゾフィーはまだ話していなかった友人を見つけたので、ルドルフに両親と少し話していてと頼んだ。律儀なルドルフがそれを断るはずはなかった。
ゾフィーがしばらくして両親のところに戻ってくると、彼女の父マティアスとルドルフはいなくなっていた。ルドルフが悪酔いしたようなので、マティアスが休憩室まで送っていったという。
ルドルフとの婚約続行に反対するゾフィーの母ビアンカにはあの計画は知られていないようだった。ゾフィーは父とルドルフのところに行ってくるとビアンカに言い、ダンスホールから出る直前にもう1杯グラスを取り、あの小瓶の液体を垂らして一気に飲んだ。休憩室に向かう途中でダンスホールの方に戻るマティアスに出くわし、耳元でささやかれた。
「ここから3番目の部屋だ。アイツが行為中にあの女の名前を呼んでも最後まで我慢しろ」
休憩室として指定された部屋では甘く退廃的な匂いのする香が焚かれていて、部屋に入った途端にゾフィーは頭がぼうっとしてきた。部屋は薄暗く、中に置かれたベッドに誰かが横たわっているのが辛うじて見えた。ゾフィーがベッドに近づくと、それは愛しいルドルフだった。彼は熱にうかされたように汗をかいて辛そうにはぁはぁと荒く息をしており、意識が混濁していて誰が来たかわからないようだった。それを見たゾフィーも息があがってきて暑く感じた。
「ルディ兄様……愛しているわ」
ゾフィーがルドルフに深く口づけると2人とも媚薬と香の効果も相まって興奮が高まり、行為にひたすら耽った。
彼女は愛するルドルフと繋がることができて幸せを感じていた。
「あぁ、アンネ! アンネ! 君はもう僕のものだっ!」
だが、ルドルフは混濁した意識の中でアンネと愛を分かち合ったと思い込んでいるようだった。他の女の名前を呼んで自分の中で果てたルドルフを思うと、涙がぽろりとゾフィーの目からこぼれてきた。
――あぁ、どうして涙が出てくるの……彼が別の女性を想っていることは承知の上でこうしたのに……
翌日昼近くになって目覚めたルドルフは、叫び声をあげた。その叫び声でゾフィーも起きてルドルフのほうに向いた。ルドルフは、どうやら何も覚えておらず、自分もゾフィーも一糸まとわず同じ寝台に寝ていたことに激しく動揺していた。
「ゾフィー、これは一体……?! まさか?」
「私達、昨晩、激しく愛し合ったのよ。覚えていない? ルディ兄様ったら、ひどいわ。私にこんなにたくさん愛の証を付けてくれたのに?」
明るくなった部屋の中では、ルドルフが付けた赤い印がゾフィーの白い首にも胸にもありとあらゆる所に赤く点々と見えて、ルドルフは息を呑んだ。
「湯あみする前にもう一度愛し合いましょうよ」
「そんなことするわけないだろう!」
口づけようとするゾフィーにルドルフは怒りをあらわにして突き飛ばし、脱ぎ散らかした自分の服を急いで着ようとした。
その時、コンコンとノックの音が聞こえ、ルドルフが制止する前にゾフィーが返事をしたため、侍女がドアを開けて湯あみの準備ができたことを告げた。2人のあられもない姿が丸見えだったのはもちろん、部屋には濃厚な情事といかがわしい香の残り香が混じった匂いが充満しており、何が起きたかもちろん火を見るよりも明らかだった。
他の侍女達もドアの前に既に控えており、噂話の大好きな女性使用人達から貴族令嬢や婦人達へ話が広がるのも時間の問題だった。そうなれば、社交界にこの話が広がり、ルドルフがこれ以上、結婚を引き延ばすのは無理になる。
「クソッ!……こんなことをするなんて軽蔑するよ! 君のことはもう幼馴染とすら思えない!」
ルドルフは、普段の礼儀正しい彼らしからぬ態度でゾフィーを思いきり罵った。そして服を着た後、彼女を顧みることなく部屋を出て行った。
「ルディ兄様、ごめんなさい、ごめんなさい……私を嫌いにならないで……」
ゾフィーだけが残された部屋では、彼女のすすり泣きだけが部屋に響いていた。
読んでいただきありがとうございます。応援していただけるとうれしいです。