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2.従兄のプロポーズ

 マティアスが珍しく帰宅してルドルフとの既成事実を作れとゾフィーに迫った翌日、ハインリヒが侯爵家に来ると急に先触れがあった。彼はゾフィーの件でマティアスとは折り合いが悪かったが、珍しく帰宅した翌日にマティアスは帰って来ないだろうとの読みだった。


 ハインリヒが応接室に通された後、最初はビアンカが同席したが、すぐに見合いのごとく『後は若い2人で』と言い残し、退室していった。その途端、ハインリヒはゾフィーの隣に座り直して彼女の手の上に自分の手を重ねた。


「ゾフィー、聞いたよ。また結婚式が延期になったんだってね。もう向こうの有責で婚約破棄して僕と結婚しないか?」


 ルドルフに手を握られたこともない初心なゾフィーは、耳まで赤くなった。


「ハインリヒ兄様、気持ちはうれしいのですが、お父様が婚約破棄を許しません。それに何よりも私がルドルフ様を慕っているのです……」


「あんな浮気者を?! 君が僕のことを兄のようにしか思ってないのもルドルフをあきらめきれないのもわかってる。だけど、このまま結婚しても、君は侍女の愛人にべったりの夫と結婚生活を送ることになる……ごめん、君を傷つけたいわけじゃないんだ」


 ゾフィーが項垂れたのを見て慌ててハインリヒは謝った。


「だけどこれが現実なんだよ。ルドルフと婚約解消したとしても、ずっと年上の知らない男と結婚させられるだろう。僕だったら、君をそんな不幸な目に合わせないよ。僕と結婚しないか。僕のことなら君は子供の頃から知っているから、兄のように慕ってくれていると信じているよ。僕なら、君の気持ちが僕のほうに来るのを待てるよ。それまでは白い結婚にしたっていい」


「兄様が私の気持ちを待てるなら、結婚しなくても待てるでしょう?」


「いや、ただ待つだけじゃなくて、何か保証がほしい。結婚して一緒に暮らして初めてわく感情もあるはずだ」


「私はやっぱり、ルドルフ様への未練を心の中に残したまま、兄様と結婚できません」


「そうか……でも僕はあきらめないよ。また来るね」


 ハインリヒは、ゾフィーを抱きしめて額にチュッとキスをし、彼女の顔が真っ赤になったのを満足げに見て応接室を出た。


 ハインリヒは、その足でビアンカの部屋へ行こうとした。そこにタイミング悪く帰宅したばかりのマティアスにばったり出くわした。


「何の用だ、ハインリヒ。まさかまたゾフィーを誘惑したんじゃないだろうな」


「誘惑だなんてとんでもない。私は愛しい従妹殿を地獄の結婚から救い出したいんです」


「そんなこと言ってもゾフィーはどうでもよくて次期侯爵を狙っているだけだろう? 残念だったな、無駄だよ。うちにはルーカスがいる」


「ああ、娼婦の息子ですね。社交界で何て言われるやら」


「黙れ! もう二度と来るな!」


「そうは言っても叔父上の奥様である叔母上が私を呼んでますからね。来るときは来ますよ」


 ハインリヒはそう言って手をひらひらさせながら飄々とマティアスの前を去って行き、ビアンカの自室のほうへ向かった。それに対してマティアスは怒りが中々おさまらなかった。


 ――コン、コン


「叔母上、僕です」


 ハインリヒがビアンカの部屋の扉をノックすると、待ちかねたかのようにすぐに彼女の返事があった。


「ああ、ハインリヒ。入ってそこに座って。――首尾はどうだった?」


「どうもこうも、ゾフィーはまだルドルフに固執していますよ。叔父上がその気持ちを利用してルドルフとの結婚をどうしてもごり押ししようとしてるから、もうそろそろ諦め時かもしれませんね」


「冗談じゃない! それじゃあ、あの卑しいルーカスがこの家を継ぐっていうの!」


「うーん、今の所、ルーカスが家督を継ぐのを防ぐ良案が見つからないんですよね。彼の母方の出自が卑しいのは確かですが、彼は見栄えはいいし、優秀です。社交界で彼の評判を落とす工作活動は僕には荷が重すぎます。それとも何かいい案あるのですか?」


「それを考えてやってくれるのは貴方じゃなくって?」


「僕は面倒なのは嫌ですよ。もう他に婚約者がいる女っていうだけで面倒なのに、その上、家督争い工作まで!? 一応、ゾフィーには待つとは言いましたが、叔母上がルドルフとの婚約破棄と僕の爵位継承を保証してくれないのなら、近いうちに僕はもうこの計画から下ります」


「そんな、困るわ! マリアンヌ姉様だって貴方が侯爵になってくれたほうがいいはずだわ!」


「僕を侯爵にしようって考えを母は変えつつあるみたいですよ。僕が他の女性と結婚してその家の爵位を継いでもいいって母は思っているみたいです」


「そんな! なら、ルーカスとルドルフが消えたら?」


「やめてください! いくら僕がクズでも犯罪の片棒を担ぐつもりはないですからね!」


 そんなリスクを負うよりも、別の条件のよい婿入り先を探すほうがハインリヒにとって容易だろう。ハインリヒはクズを自認していたが、その性格を他人の前ではうまく隠していて容姿はいいし、学業も中々優秀だったからだ。


 ビアンカは、部屋を出て行くハインリヒの背中を憤然としながら見送った。

読んでいただきありがとうございます。応援していただけるとうれしいです。

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