17.日曜礼拝
敬虔なゾフィーは、妊娠前、ほぼ毎日曜日に教会へ礼拝に行っていた。
ラルフとの結婚は、子供と離れ離れになりたくないのなら避けられないことはわかっていたが、まだ完全に決意しきれず、どうしようか神の前で自問してみようと久しぶりに礼拝に行くことにした。
ゾフィーが王都の中央教会に着いて馬車から降りると、見慣れた教会の建物が目に入った。黒っぽい外壁や高い塔が厳かな印象を強調しており、ゾフィーはいつになく緊張した。
教会の馬車停めには、既に何台も馬車が停まっていたが、ステンドグラスが美しい礼拝ホールはそれほど混みあっていなかった。日曜朝の最初の礼拝には、多額の寄付をしている信者か教会の運営を無給で手伝う信者しか参列できないが、その後は誰にでも開かれている礼拝なので、大抵多くの人々で教会は混雑する。
ゾフィーの頭の中は子供と結婚問題でいっぱいであり、日曜礼拝の初老の神父の説教にも気もそぞろで、頭の中に入ってこなかった。礼拝の後、すぐに立ち去る他の信者達を横目に、ゾフィーは目を閉じて手を胸の前で合わせながらベンチに座り続けていた。
――私は、この子と離れ離れにならないためにラルフ様を利用するの? 私がルディ兄様を殺したようなものなのに、子供と幸せになってもいいの? そんな資格あるの?
ゾフィーはそう自問しているうちに、いつの間にか涙を流していた。
「お嬢さん、どうされましたか?」
ゾフィーが驚いて目を開くと、先ほどの礼拝で説教をした神父が目の前に立っていた。
「私でよければ、お話を聞きますよ。私達神職者には守秘義務がありますので、信者から聞いた打ち明け話は誰にも漏らしませんので、ご安心ください――さあ、ここでは何ですから、こちらへどうぞ」
通されたのは、最低限の家具しか置かれていない殺風景な小さな部屋だった。その部屋は、信者達が神職者に打ち明け話や懺悔を聞いてもらう場所である。
そこでゾフィーは、ルドルフが情死するきっかけとなった自らの犯した罪を告白した。自分がルドルフを殺したようなものなのに子供と一緒に生きる幸せを追求していいのだろうか、自分の子供のためにラルフを犠牲にしていいのだろうか、だからラルフとの結婚を迷っている。そう神父に打ち明けた。
「貴女は、その方が成さぬ子を愛し、例え実子ができても差別しないと信じられますか?」
「はい、彼はそういう点では誠実な方と思えます」
「子供は何よりも大切な存在です。大人が保護して健やかに育てなければなりません。その成育過程で愛してくれる人がいることは、子供にとってかけがえのない経験となり、血となり、肉となり、人格に大きく影響することでしょう。だから、その方がお子さんを愛して大事にするのなら、例え血が繋がっていなくてもお子さんにとっても彼は愛情を与えてくれる大切な存在になるでしょう」
「でも初婚の彼を利用するようで罪悪感があります」
「もしその方が結婚を決意して貴女にプロポーズしたのでしたら、彼にとってそれは犠牲ではないと思いませんか?」
「でも、私は元婚約者を死に追いやった罪深い人間です。それなのに子供と一緒にいられる幸福があってもいいのでしょうか?」
「元婚約者の方が自殺されたのは不幸でしたが、貴女のせいではありません。それはその方自身の決断だったのです。亡くなった方への義理だてや貴女の罪悪感よりも、これから長い人生のあるお子さんの幸福を追求することのほうが大事ではないですか? 貴女自身もまだまだこれから生きていかなくてはならないのですから、幸福になってよいのですよ」
図らずも神父の言ったことは、ラルフがゾフィーに言ったことと重なった。ゾフィーは、霧の中に微かな光が差してきたように感じた。彼女は神父に礼を言い、教会を出て待たせてあった侯爵家の馬車に乗り込んだ。
ところが馬車が教会を出発してしばらくしてゾフィーは異常に気付いた。普段、教会からロプコヴィッツ侯爵家のタウンハウスまでは馬車で10~15分ぐらいなのに、やけに長く時間がかかっている。ゾフィーが、ふと外を見ると見慣れた道ではなく、王都郊外へ向かっているようだった。
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