国王、結婚に乗り気になる
そうしてある日、転機が訪れた。
「……うぉい、マジかよ……」
「それ」を手にしたサミュエルはうめき――そして、一目散に国王の執務室へ駆けていった。
「休憩中失礼します、陛下」
「入れ。……何かあったのか?」
「はい。……ステイシー嬢が、夫君を募集しているそうです!」
「……」
執務室に駆け込んだサミュエルを、リュートは静かなまなざしで迎えた。
だが……これは落ち着いているのではなくて、予想外の話を聞いて思考が停止しているだけなのだと、サミュエルは知っている。
「…………は?」
「繰り返します。ステイシー・リートベルフ伯爵令嬢が、夫を迎えるおつもりなのです!」
「……は、そ、な……何だと!?」
「こちら、ステイシー嬢の夫君の募集要項です」
「夫君の募集要項」
サミュエルが持っていた書類を受け取ったリュートは、まずすさまじい速度でそれらに目を通した。そして、改めてじっくり各項目を読み直す。
「……」
「……」
「……なあ、サミュエル」
「何でしょうか」
「俺……うぬぼれてもいいんだろうか」
書類から顔を上げたリュートは、声が弾みそうになるのを堪えられなかった。
ステイシーが夫の条件として挙げたのは、以下のとおり。
・とろとろに甘やかしてくれること
・とびっきり優しいこと
・誠実で、浮気を絶対にしないこと
・ステイシーが家事を一切しないのを許可すること
・身長は三十八トル以上であること
・猫が好きなこと
・金持ち(少なくとも年収二十万クルル以上)であること
・筋肉質で、片手でレンガブロックを粉砕できること
「俺はステイシー嬢だけを愛し、とろとろになるまで甘やかし、優しくできる自信がある」
「ほぁい……」
「おい、間抜けな声を上げるな。それから……王妃になるのだから、家事をする必要はない。俺は高身長だし、猫なら既に何匹も飼っている」
「陛下、案外小動物が好きですよねー」
「可愛いからな。それから……金なら十分にある。そして――サミュエル! すぐにレンガブロックを持ってこい!」
「なんかそう言いそうな気がしていたので、一つだけですが持ってきています」
「でかした!」
喜色満面で立ち上がったリュートは、サミュエルがどこからともなく取り出したレンガブロックを受け取った。庭園などでもよく使われている、お手頃サイズのものだ。
「やるぞ!」
「お待ちください。シートを敷きますので」
「おまえはよく気が利くな、さすがだ」
サミュエルがせっせとシートを敷いてから、リュートは利き手である右手でレンガブロックを掴み――
「……ふんっ!」
「……」
「……うおおおぉ!」
「お、割れましたね」
バァン、と奇妙な音を立てて、レンガブロックが割れた。おかげで、リュートが着ていた立派なジャケットが赤茶色に染まった。
「うーむ……一回では粉砕できなかったな。それに、割れただけで粉砕できたわけではない。これは、練習あるのみだな」
「ええ、はい。陛下ならいつかできるでしょうね」
ドアの外で待機していた使用人たちを呼んでシートの上を掃かせ、サミュエルはうなずいた。突っ込むよりももうこの国王のやりたいようにさせる方がいい、と悟りを開いた様子だ。
「これらの条件は……まるで俺自身を示しているかのようじゃないか。もしかしてステイシー嬢はこの条件を挙げることで、俺にアピールをしているのではないか? 還俗してもよいと思うくらい……俺のことを、好いてくれているのではないか……?」
「んあぁ……そうかもですねぇ……」
いい年をした国王がそわそわもじもじするのを死んだ目で眺めた後、サミュエルは咳払いをした。
「あー……それじゃあ陛下は、ステイシー嬢に求婚すると?」
「する!」
「もし断られたらどうするんですか? 権力をもって無理矢理王妃にしますか?」
「しない! なるべく穏便に口説き落とし、ステイシー嬢も納得してくれた上で婚約したい」
「……そうですか」
それまでは死んだ目をしていたサミュエルだが、ほんの少しだけ笑顔になった。
いくら国王の腹心の近衛騎士でも、主君が清らかな聖女に無理矢理な関係を求めようとするのであれば諫言するつもりだったのだろう。
「よし! では俺はレンガブロック粉砕の練習をして、万全の状態にしてからステイシー嬢に求婚しよう! よいだろうか」
「んー……自分の娘を妃にしたがっている大臣とかは文句を言いそうですが、陛下が望んだ女性が王妃になるのが一番ですからね。それに元聖女なら権力もあるので、貴族たちにナメられることもないでしょう。後は陛下さえきちんとステイシー嬢を慈しめば、星女神教会ともよい関係を築けるから、かえっていいかもしれませんねぇ」
正直なところ、そこらの令嬢を妃にするよりずっといい。
ステイシー嬢はなかなか気が強くていい意味で図太いようなので、彼女自身が納得して首を縦に振るのなら……おそらくとんでもなく強い妃になるだろう。
「……分かりました。陛下がここまで真剣になられるのですから……とことん協力します。大臣たちにも納得してもらえるよう、頑張りましょうかね」
「サミュエル……! ああ、おまえのような部下を持てて、俺は幸せだ!」
「はは……。……あ、そうだ。念のため、身長測っておきましょうか」
「ん? ああ、そうだな。……何トルになっているだろうか。三十九トルくらいあるだろうか?」
「どうでしょうねぇ」
「……」
「……」
「……サミュエル……どうしよう……。身長が、足りない……」
「ま、まあステイシー嬢も高身長の基準として三十八トルを指定したのでしょうし、少々低くても許してもらえるんじゃないですか?」
「ううむ……。……身長を伸ばすには、ミルクを飲めばいいのだっただろうか」
「そう言われていますが、さすがに陛下の年だともう無理ですよ」
「……」
身長は若干足りなかったものの、「だめだと言われたら諦めましょう」とサミュエルに言われたので、仕方ないものとした。
そしてリュートは練習の末についにレンガブロックを一撃で粉砕できるようになり、緊張しながら求婚の準備を進めてリートベルフ伯爵邸に向かった。
城の使用人たちは、国王陛下の求婚がうまくいくのかどうかはらはらしながら、その後ろ姿を見送った。
そして数時間後、ステイシー・リートベルフの肩を抱いて満面の笑みで城に帰ってきた国王を、皆は割れんばかりの拍手で迎えたのだった。
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