騎士、主君の恋の相談に乗る
リュート・アダム・ランメルスは、困っていた。
「……いや、そういうわけではない。先ほども言ったように、私は妃とは対等にものが言える関係でありたいのだ。だから王妃候補である君のことをもっと知りたいと思っている」
「滅相もございません、陛下。わたくしごときの話なぞをして、陛下のお耳を汚すなんて……」
「そんなわけはない。お互い話をしなければ、理解は深まらないだろう? たとえば……君はどのような花が好きなんだ? 今度贈ろう」
「いいえ、いいえ。陛下のお手を煩わせるわけにはいきません」
「……」
(……またこのパターンか)
「お疲れ様です、陛下」
「ああ……毎度のことだが、すごく疲れた」
令嬢とのお見合いを終えて自室に帰ったリュートがうめくと、国王親衛隊である騎士のサミュエルが苦笑いを浮かべた。
「陛下のお眼鏡に適う女性、なかなか現れませんね」
「……俺が皆に申し出ているのは、そんなに難しいことなのだろうか……?」
ソファに伸びていた国王はいつも皆の前では凜としているが、今は気心の知れたサミュエルしかいないため、ごろんとだらしなく寝返りを打って尋ねた。
「というか、貴族の屋敷では一体どういう淑女教育をしているんだ? 女性たちは夫の前では、好物や好きな花の種類さえ言うことが許されないのか?」
「普通の貴族の家ならさすがにそこまでではないでしょうが、陛下が陛下だから令嬢たちも余計萎縮してしまっているのでしょう」
「何だそれ……」
「まあ確かに、清楚でおとなしい女性が好まれるのは確かですよ。俺だって、小柄で可愛くて物静かな奥さんがいつかほしいですからねぇ」
「その点では、俺とおまえは意見が合わないな」
ソファでゴロゴロしながらリュートはつぶやき、大きなため息を吐き出した。
リュートは、先々代国王の第二子として生まれた。そのときから既に四つ年上の兄が王太子になっていたため、リュートは早くに家族のもとを離れて騎士団で生活するようになった。
騎士団はむさくるしい場所だが、自分のことを尊い第二王子ではなくて一人の騎士として接してくれる仲間たちや容赦なくしごいてくる上官たちのことが、リュートは大好きだった。
そんな彼なので、王侯貴族たちとは少し違う感覚を身につけていた。
サミュエルはおとなしい女性が好きらしいが、リュートは快活に笑うおしゃべりな女性が好きだった。尊敬する上司が結婚すると、よく彼の妻が弁当を持ってきていた。仲良くしゃべりながら二人で弁当を食べる姿は――リュートにとって、憧れだった。
いつか自分も結婚するなら、あの上司夫妻のような関係でありたい。一緒に笑って一緒に歩いて、いろいろな話ができる。そんな妻を迎えたいと思っていた。
……だが彼が二十歳のとき、名君だった兄王が落馬事故に遭った。兄の馬が暴れ始めたとき護衛をしていたリュートがとっさに馬を駆り、飛び降りるよう指示した。
このことで兄王は足から落ちて半身不随となったが、もしあそこでリュートが飛び出していなければ兄はきっと馬に乗ったまま、崖から落ちて死んでいただろう。
兄は体も弱くなり、政治を行うことができなくなった。また医師たちは、世継ぎに関しても難しいものがあるかもしれない……と言っていた。
よって、健康なリュートに王位が回ってきた。椅子に座ったままの兄が辛そうな顔で、「すまない、リュート」と言ってきたので……リュートは兄を励まし、必ずこの国を守ると約束して王冠を受け取った。
リュートは政治が苦手だったので、遠慮なく他人に頼ることにした。幸い城には優秀な大臣や官僚たちがおり、また騎士団時代の仲間たちも手を貸してくれたため、リュートはなんとか王として政務を行うことができた。
だが、問題が発生した。
結婚だ。
「アロイシウス様にお子がいらっしゃらないので、陛下にはお世継ぎを作っていただかなければなりません」と重鎮に言われる。探せば王家の血筋の者もいるのだが、それよりもリュートが妃に子を産ませる方が手っ取り早い。
ということで、騎士時代は数えるほどだった縁談が、一気にどっと舞い込んできた。リュートとしても国王の責務は果たすつもりなので、共に国を支え生涯を歩む伴侶を選ぼうとしていたのだが……。
「こうなったら俺の意見は押し殺して、皆が勧める令嬢を妃にするしかないか……」
「そういう手もありますけど、陛下は嘘が苦手ですからきっと王妃様を泣かせますよ」
「だよなぁ……」
サミュエルの言うとおりだ。
自分としても、「本当は自分のタイプではないけれど結婚したからには慈しみ愛する」なんて器用なことができるとは思えない。誰もが不幸になる未来しか見えなかった。
かくしてリュート王は魔物討伐を行ったり政治を行ったりする傍ら、王妃候補の令嬢たちとお見合いをして――話が盛り上がらず気まずい空気のまま解散する、ということを繰り返していた。
だが、彼が二十二歳のときに行われた、魔竜討伐作戦。
そこでリュートは、運命の女性と出会った。
「サミュエル。なぜ神官は結婚できないのだろうか」
「そりゃあ、女神様の愛娘だからでしょう」
神学の教科書を見れば最初の方のページに載っているだろう内容をサミュエルが述べると、執務用デスクの前でぼんやりしていたリュートが悲しそうにうめいた。
「ああ、そうだよな……。だが、いいではないか。星女神様はあんなにたくさんの娘がいるのだから、一人くらい俺がもらっても……」
「いや、だめでしょう。というか、本人にその気がないのに無理矢理連れ去りでもしたら、陛下、星女神教会を敵に回しますよ? なんてったって相手は、神官から頭一つ飛び出た聖女なんですからね」
「分かっている……」
リュートは、深いため息を吐き出した。
彼が今懸想している女性の名は、ステイシー・リートベルフ。リートベルフ伯爵の娘で、星女神教会の神官だ。
先日行われた魔竜討伐作戦のキャンプで、リュートはステイシーと話をした。そうして……二十数歳にして初恋を経験したのだった。
それを最初聞いたとき、サミュエルは自分の耳が腐ったのかと思った。だが主君は本気で、星女神の娘である神官に恋をしたのだった。
だが、リュートが惚れるのも分かる。ステイシーは貴族の娘でありながら快活な性格でキャンプでの休憩中はぽんぽんとリュートと言葉を交わし、冗談を言い合って笑うこともあった。
かと思えば神官としての能力は非常に優秀で、魔竜の首を落として全身に毒の血を浴びたリュートを守護魔法で守り抜いた。おかげでリュートは毒を一切受けることなく帰還することができたのだった。
明るく活発で、神官としても優秀。しかも調べたところ、星女神教会でもストイックに職務に励み悪人を懲らしめるステイシーは神官たちからの支持も得ており、大司教もことさら彼女を大切にしているという。
ということで、リュートはあろうことか女神の娘――神官である限りは独身と純潔を守らねばならない女性に、恋をしてしまった。
「まあ、神官や聖女でも還俗さえすれば結婚出産も可能ですけどね」
「だがそれには、本人の意思が必要不可欠だ」
「そうそう、そうなんですよ。どうにもステイシー嬢は教会で生き生きと生活してらっしゃるようですし、還俗は望まないでしょうね」
「……」
頭を抱えてしまったリュートを、サミュエルは見守る。
(無理強い……は宗教的にもだめだし、陛下はなさらないだろうなぁ)
還俗した神官を妻に迎えるには、相当の覚悟が必要だ。
女神は自分の娘に甘く、娘を泣かせる男に容赦しない。神官が還俗してでも結婚したというのに幸せになれなかった場合、大司教は元神官の夫を破門することをためらわない。
下級神官でさえそうなのだから、それが聖女であればたとえ国王相手であろうと、大司教たちはリュートを完膚なきまでに叩き潰すだろう。
「……まあ、美しい初恋には蓋をして、割り切って別の令嬢と結婚するしかないですね」
「……だよな」
すっかりしょげてしまった様子の国王の尻を叩いて会食に向かわせ、サミュエルは思う。
彼だって、リュートには幸せな結婚をしてもらいたい。ただでさえ彼は苦労しているのだから、妃と二人きりの時間くらいは心穏やかに過ごしてほしかった。
(……まあ、やれることはやりますからね、陛下)
騎士は、心の中だけで言ったのだった。