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神官、国王と語らう

 ステイシーがじっと見ていると気づいたのか、足を洗っていたリュートがこちらを見てきた。爽やかな深い青色の目に見つめられると、ついどきっとしてしまう。


「私の顔を見ているようだが……泥でも付いていたか? 一応拭ったはずだが……」

「あ、いえ、大丈夫です。ただ、陛下が格好いいのでつい見とれてしまったのです」


 ステイシーは、正直に言った。

 もちろん、特別な意味はない。ただ、貴公子が「お美しい令嬢ですね」と言うのと同じようなノリで国王の容姿を褒めただけだ。


 ……それなのに。


「……えっ?」

「えっ?」

「……俺は、格好いいのか?」


 リュートは、心底びっくりしたように問うてきた。


(えええ……? この方が格好よくないのなら、世の男性の顔はイモ以下になってしまうわよ……?)


 ステイシーの方こそびっくりなので、思わずリュートの顔をまじまじと見てしまった。


「えっ……も、もちろんですよ。私がこれまでに出会ったことのある男性の中で一番、格好いいと思います」

「……」

「……あ、あの、陛下。すみません、いきなり変なことを……」

「……いや、変ではない。ただ……そういうことを女性から言われたことがなくて」


 さすがに今の発言は国王に対して無礼だったか……と気づいて後悔したが、リュートは大きな手でステイシーを制するとうつむいてしまった。風のいたずらでふわりと持ち上がった髪の隙間から見える耳が、ほんのりと赤い。


「その……君は確か、リートベルフ伯爵令嬢だろう?」

「あ、はい。ですが私は十二歳まで田舎で暮らし、それ以降も教会生活が長かったので、ほとんど淑女教育を受けておらず……」

「いや、責めたいわけではない。むしろ……なるほど。だからなのか」


 ステイシーにはよく分からないがリュートの中では何か納得がいったようで、顔を上げた彼は嬉しそうに微笑んだ。


「リートベルフ伯爵令嬢……いや、名前で呼んでいいか?」

「え、ええと……恐れ多いのですが、ステイシーと呼んでいただければとても嬉しいです」


 驚きながら言ったその言葉も、ますますリュートを喜ばせたようだ。

 彼は「了解した、ステイシー嬢」と微笑んで水から足を揚げた。


「もしよかったらたびたび、こうして話をしないか。ステイシー嬢となら、楽しくしゃべれそうだ」

「不敬罪にならないでしょうか……」

「ならない。……そんなこと、絶対にさせない」


 リュートは、力強く言った。


 そうしてステイシーは、旅の合間にリュートと話をするようになった。


 話といっても、教会での生活やステイシーの好きなものなど、本当に当たり障りのない内容ばかりだった。だがそれを聞くリュートはとても嬉しそうで、美男子の笑顔を見られるだけでもステイシーは幸せだった。


 とはいえ、ステイシーだって身の程はわきまえている。


(私は神官で、陛下はクライフ王国を統べる方)


 ステイシーはあくまでも神官として旅に同行しており、ついでに国王の雑談相手になっているだけ。彼のことが格好よくて素敵だとは思うが、それを恋愛に展開させるほどではない。


 だから、いざ魔竜の巣に到着したときは自ら進み出て、リュートに強力な守護魔法を掛けた。

 魔竜は普通の竜よりも強力で、猛毒の息を吐き出したり毒牙で噛みついてきたりするだけでなくて、その血液にも毒素が含まれている。


 魔竜の首を刎ねるのは、リュートの役目だ。その際、国王の身に一滴たりと猛毒の血を浴びさせるわけにはいかない。


 錫杖を手にしたステイシーが祈りを込めて守護魔法を掛けると、淡い光に包まれたリュートは真剣な目でステイシーを見てきた。


「陛下、ご武運を」


 ステイシーが微笑むと、リュートはしっかりとうなずいた。


 そうして、他の神官たちの守護魔法を受けた騎士たちを連れて、リュートは魔竜に挑んだ。漆黒の竜がリュートに毒の息を吐きかけるたびに守護魔法が反応して、ステイシーの魔力が削られていく。


 先陣を切る者ほど魔竜の攻撃にさらされるので、その者に守護魔法を掛ける者の負担が強くなる。だから、神官の中で最も強いステイシーが国王の守護を担当したのだ。


 戦いが長引くにつれて、ステイシーたちの体力と魔力も消耗していく。部下たちの中には途中で倒れて交代する者もいたが、常に毒の霧の中にいるリュートを守るためにはステイシーは最後まで自力で立っていなければならない。


(陛下、頑張って……!)


 頭がガンガンしてきて使用人に支えられながらも魔力を送り込んでいたそのとき、ついにリュートが魔竜の首を切り飛ばした。すかさず大量の血が吹き出て、神官たちは歯を食いしばりながら騎士たちを毒の血から守る。


 すぐにリュートたちは駆け戻り、下級騎士たちが彼らの衣服を脱がしていく。血にまみれた服を全部着替えるまで、神官は守護魔法で騎士たちの肌を守らなければならない。


 そうして、リュートが着替え終わり髪もきれいに拭い、「もう大丈夫だ」と言われた瞬間――ステイシーは、気を失った。











 ステイシーら神官たちの守護魔法のおかげで、国王含む魔竜討伐隊員たちのうち誰一人として欠けることなく王都に凱旋することができた。


 魔力を使い果たしたステイシーたちはしばらく寝込んだが、彼女らとて自分の限度は分かっている。数日はベッドから起きられなかったが十分な睡眠と食事を取ると、皆やがて元気に仕事に復帰できるようになった。


 そして、ステイシーたちは魔竜討伐における功績をたたえられ、それぞれ昇級したり報酬を与えられたりした。

 中でも神官たちのリーダーで国王リュートを守り抜いたステイシーには、「聖女」の称号が贈られた。


 大司教より聖女の証しである銀のサークレットを授かったステイシーは、クライフ王国の星女神教会のトップクラスに上り詰めた。聖女は他にも数名いるが、彼女らの中から司教、そして大司教が選ばれるのが基本だ。


 また大司教などにならずとも、聖女が還俗を望んだ場合に妻として望む者はあまた現れる。そして聖女を輩出した一族は一目置かれ、平民出身の聖女の場合は貴族のもとに養子に行くことが多い。


 ……そのため、これまでステイシーを半ば放置していた父伯爵は慌てて娘に会いに行き、手のひらを返した。そうして政略結婚を勧めてきたのだが――


 まさかの国王・リュートが、ステイシーの夫として立候補してきたのだった。

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