遠乗りデートでの寄り道
2024年9月6日、コミックス2巻発売です!
ステイシーと共に遠乗りデートに行ったリュートは途中で、孤児院に立ち寄った。
道中で顔なじみの行商人であるロールから購入した食材を届け、そこで育てられている子どもたちの様子も見る。様々な……本当に様々な理由で親がいない自国の子どもたちが伸びやかに育っている姿を見るのは、リュートにとっても嬉しいことだった。
ステイシーやドロテアにとっては初めて訪れる孤児院なので緊張するかと思ったが、彼女らはあっという間に女の子たちに囲まれた。元々田舎育ちだというステイシーはともかく、公爵令嬢として蝶よ花よと愛でられて育ったドロテアも案外順応性は高く、「一緒におままごと、というものをしてきますね」とドヤ顔で去っていった。
「あ、あの……へいか」
サミュエルと二人その場に残ったリュートに、小さな声がかけられる。振り返ると、孤児院の建物の陰に体の半分以上を隠した男の子が。
大柄なリュートは子どもを怖がらせないよう、膝を折ってしゃがんで視線を合わせてから返事をする。
「ああ、こんにちは。俺に何か用事かな?」
「……ん。へいかに、ききたいことがあるの、です」
慣れないながらに頑張って敬語でしゃべろうとする姿は微笑ましく、リュートはもちろんのこと基本的にお堅いサミュエルも相好を崩し、「ステイシー様もいらっしゃらないし、相手をしましょうか」と言ってきた。
リュートがもちろん、とうなずいて手招きをすると、男の子はおずおずと建物の陰から出てきた。
「あの、あの……へいかって、すっごくつよいんだ……ですよね?」
「はは、そうだな。この国を守るために毎日体を鍛えている」
「まものも、たおせるのですか?」
「何匹も何十匹も倒したことがある。これまでで一番の獲物は……毒の息を吐き出すドラゴンだな」
即位して間もない頃に、討伐に赴いたドラゴン。あれは幾多の魔物と戦ってきたリュートでも手強く感じたが、当時神官だったステイシーらのサポートを得て首を落とすことができた。
……そういえばあのとき初めてステイシーと知り合い、彼女に惹かれるようになったのだった。
そんな甘酸っぱい思い出に浸りかけたリュートの背中に、容赦ない一撃が入る。振り返らずとも、サミュエルの仕業だと分かる。ともすれば不敬罪になりそうなほどの強烈な突っ込みだったが、リュートは筋肉が分厚いのでこれくらいの威力でないと通じないのだ。
「……そういうことで、俺はとても強い。この力で、君たちを全力で守ると誓おう」
国王ではあるものの騎士の誓いを立てるリュートを、男の子はきらきらした目で見てきた。最初のおどおどした雰囲気はもうなくなっていた。
「そ、それじゃあ、あの……へいかって、……ますか?」
「うん?」
「目からビーム、出ますか?」
まさかの、特殊攻撃である。
背後でサミュエルがブッと噴き出した気配を感じつつ、リュートは崩れそうになる笑みを貼り付けて男の子の頭を撫でた。
「目からビームは……出ないな」
「えっ」
「ほーら、だから言っただろう!」
どこに隠れていたのか、別の男の子たちが飛び出してリュートたちの前にやってきた。
「いくらへいかがつよくても、目からビームは出ないって!」
「おまえ、ゆめを見すぎなんだよ!」
「うううっ……」
仲間たちにはやし立てられたからか、質問した男の子は悔しそうに目を潤ませている。
これは、いけない。
目からビームを出せないことについてリュートには何の瑕疵もないのだが、これが原因で子どもたちが喧嘩をするようなことになってはならない。
「君たち。そういう言い方は――」
「言っただろう! へいかのビームは、口から出るんだよ!」
まさかの、発射部位の問題であった。
背後でサミュエルがゲラゲラ笑っている気配を感じる。
固まるリュートを、子どもたちが期待の眼差しで見てくる。先ほどまで泣きそうになっていた子まで、リュートの顔を――厳密には口元を、きらっきらの目で見つめている。
皆に見つめられたリュートは。
「……口からも、ビームは出ないな……」
躊躇いがちに、そう答えたのだった。
孤児院訪問を終えて、リュートたちはそれぞれの馬に乗った。
「子どもたちの面倒を見てくれて、ありがとう。大変ではなかったか?」
「全然! とっても楽しかったです!」
リュートと併走するステイシーに問うと、彼女は満面の笑みで答えた。
ステイシー曰く、彼女は家事が得意ではないものの心得自体はあるので、おままごとも難なくこなせたという。逆にお嬢様育ちのドロテアはごっこ遊びとはいえ勝手が分からなくて、女の子たちからおままごとのやり方を教えてもらったそうだ。
だがドロテアは努力家の秀才肌なので、教わったそばからどんどん知識を吸収して見事おままごとマスターになり、女の子たちから「これなら、どこにおよめにだしてもはずかしくない」と太鼓判を押されるまでになったという。
孤児院などの施設訪問は、王族の公務の一つだ。兄のアロイシウスは、妻のメラニーが長旅に耐えられないかもしれないので孤児院訪問などには連れていかなかったそうだが、ステイシーならこれからもリュートと一緒にあちこちに行けるかもしれない。
そんな、「これから」を想像するのはとても楽しくて……幸せな気持ちになれた。
「……陛下?」
「……いや、何でもない――いや、一つだけあった」
ステイシーに問われたリュートは途中で思い直し、彼女の方を向いた。
「つかぬことを聞きたいのだが、いいだろうか」
「はい。なんでもどうぞ」
「ありがとう。……その」
「はい?」
「ステイシーたち神官や聖女は、努力をすればビームを出せるのだろうか」
リュートの真剣な問いに、しばしの間馬の蹄が立てるぽっくりぽっくりという音のみが響き――
「……ビームは、ちょっと無理ですね」
ステイシーは、一言一言噛みしめるように言ったのだった。