愛馬の名前は
2023年1月7日に、SQEXノベルより書籍化します
ありがとうございます!
ステイシーは、やればできる子だった。
ダンスや詩歌など苦手な分野もあるが、基本的に器用なのでやろうと思えば何事も及第点を取ることができるし、作業は早いほう。基礎体力はあるし、豊富な魔力であらゆる場面において臨機応変に対応できる自信がある。
……だがそんな彼女も、今回の「宿題」には頭を抱えてしまった。
「どうしよう……全然思いつかない……」
「ステイシー様、お気持ちは分かりますが傍目からだと馬の前でしゃがみ込む令嬢という奇怪な光景に見えるので、せめてお立ちください」
「そ、そうね」
本日の護衛になってくれたサミュエルに冷静に突っ込まれて、ステイシーは立ち上がった。そんな彼女の正面にいた馬が優しくいななき、ステイシーの肩に自分の額を押しつけてきた。
この馬は、先日リュートと遠乗りに行った際にステイシーの愛馬になることが決まった。
小柄で心優しい牝馬で、ステイシーの相棒になることが分かっているのか彼女が王城の厩舎に現れると嬉しそうに蹄を鳴らして迎えてくれるため、ステイシーもすっかりこの馬が好きになっていた。
そんなステイシーだが、リュートから「愛馬の名前を決めてやってくれ」と言われており……それでかなり悩んでいた。
「陛下の愛馬の名前がロロだから、やっぱりコンビとしてふさわしい名前がいいかしら。……サミュエルには何かいい案、ない?」
「ありますが、お教えしません」
「ええー」
素っ気なく返されたので文句を言うと、サミュエルは微笑を浮かべて続けた。
「別に、意地悪をしようと思っているわけではありませんよ。なぜなら……私が挙げた名前が何だとしても、あなたの思考を邪魔してしまうからです」
「私の思考の、邪魔?」
「今私が愛馬の名前候補を挙げたとしても、よいことにはならないと思うのです。その名前を比較対象としてしまい、ステイシー様は一層悩まれることでしょう。後に、『やっぱりサミュエルが考えた名前の方がよかった』などと思ってしまうかもしれない。……それくらいなら、最初から比較対象を作らない方がよいのではないでしょうか?」
「……それもそうね」
確かに、サミュエルがどのような名前を挙げたとしても、ステイシーはその名前を比較対象にしてしまうだろう。場合によっては、「やっぱり別の名前がよかった」と、愛馬に対しても失礼なことを思ってしまうかもしれない。
「でも、いい案が浮かばなくて……」
「変にこねくり回すより、素直な気持ちで考えればいいと思いますよ。これから長い時間を共に歩む相棒になるのですから、あなたが呼びたい名前であることが一番です」
「私が、呼びたい名前……」
ステイシーは一つ瞬きして、牝馬を見上げた。
まるでステイシーの気持ちを肯定するかのように、愛馬はブルル、と優しく鼻を鳴らしてくれた。
数日後、ステイシーの愛馬の名前が決まった。
「メディか。いい名前だな」
「ありがとうございます、陛下」
リュートが褒めてくれたことが分かったのか、ステイシーの愛馬・メディも彼に首筋をなでられて誇らしげにいなないた。
ステイシーは知らなかったのだが……国王夫妻の愛馬の名前は巨大な筆で紙に書かれ、それが一定期間城内に掲示されるのだった。
子どもの命名か、と最初ステイシーは愕然としたが、「王妃の愛馬となると、王族も同然ですからね」とサミュエルに説明されて、そういうものかと納得した。
「メディという名には、何か由来があるのか?」
「……。……私の生まれ育った屋敷は、メディ村というところにあったのです」
メディをなでるリュートの手が、ぴたりと止まった。
彼の視線を受け止め、ステイシーは微笑みを返した。
「とても小さな集落なので、陛下はご存じでないと思います。……母たちが私を大切に育ててくれた、緑と愛情に満ちた村。もう二度と訪れられないだろうあの村の名前を、私の大切な相棒に付けたいと思ったのです」
「……」
「陛下?」
「……王妃が生まれ故郷に訪れてはならないという法律などは、ない」
リュートは優しい眼差しで言い、手の甲でメディの背中をなでた。
「いつか、メディと一緒に里帰りをすればいい。ここがおまえの名の由来となった村なのだと、メディにも教えてあげてはどうだ」
「……。……いいのですか?」
「当然だ。……俺はあなたを甘やかすのが仕事だからな。行きたい場所があるのなら、その背中を押して見送ろう。……俺のところに無事に帰ってくること、というのだけが条件だ」
「あ、ありがとうございます、陛下……!」
思わずじわりと目頭が熱くなり、ごまかすようにメディの脇腹に額をくっつけた。
「そうだね、いつか行ってみようね」と言っているかのように、メディは優しく鼻を鳴らしてくれた。