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歌姫は運命に出会う

最後の伏線回収です。

「・・・やっべえ・・・」


少年はその青い瞳に狼狽の色を浮かべた。


父の気まぐれで許され、様々な国に派遣される使節に付いて来るのを楽しんでいた少年はまだ11歳だというのに、既に170センチ近く、大人と遜色のない背丈があった。手足は細かったが、容貌も大人びていて、子供が迷い込みましたという言い訳が通じないことは彼自身よく分かっていた。


神の国フィルカ。


神話にさえ出てくる古い国には、高い白い塔がそびえ建っている。神域とされるそこには近づいてはいけないと、共にやってきた大臣にきつく言われていた。


けれど神が降り立つ、と噂の塔に、好奇心に負けて(むしろ神なんているもんかと馬鹿にした気持ちで)近づいて、管理されている敷地に入るつもりはなかったのだが、何故か迷いこんでしまった。

そうは言っても豪胆な性格の少年は入ってしまったものは仕方がないと早々に反省をやめて、逆に好機とばかりに塔のまわりをいろいろと見て回った。

しかし、特に珍しいものがあるわけでもなく、ただ白く古ぼけた塔が森の深くに建っているだけと知った彼は、急速に興味を失って人目につきにくい近くの木陰に腰を下ろした。


(なんだ・・・こんなものをこの国の奴らは崇めてるのか。馬鹿馬鹿しい)


歩き疲れた疲れもあって、そのまま少年はすぐに眠ってしまう。

すると、突然顔の上に何かが落ちてきた。


「・・・ん・・・?」


冷たい感触に目を開ければ、それは緑の玉飾りだった。

銀の装飾が見事だったが、高価なものは何でも手に入れることができる少年は、興味なく捨てようとする。


けれど。


泣いているような子供の声を聞いて、ふと手を止めた。

起き上がり辺りを見回せば、すっぽりと白い被り物をしている子供がしゃっくりあげながら草の上を四つんばいに這っている。何かを探しているようだった。


「おい」


少年が声をかけると、その子供はびくり!と体を震わせた。慌てて逃げようとして、しかし、足をもつれさせて転んでしまう。


「馬鹿、大丈夫か?」


助け起こして、白い服についた泥をはたいてやると、その子供はひどく驚いた様子だった。

それから急に、ぼろぼろと泣き出してしまう。


「何だよ、痛かったのか?どっか怪我したか?」


子供は首を振った。しゃっくりあげながら、指で何かを示そうとする。

塔の窓を指し、それから地面を指差す。

何かを伝えようとしているのは分かったが、ちっとも意味がわからなかった。


「何だ?お前、しゃべれないのか?」


子供の口を指差すと、また、子供は首を振る。


「ん?しゃべれるのか?しゃべれるなら、しゃべれよ。わかんねえから」

「・・・~~~~」


子供はようやく口を開いたが、何を言っているのかわからなかった。

そういえばこの辺りは言葉が違うのだということに、彼は今更ながらに気がついた。

大臣ほどの偉い人間になれば共通語を話すことができるが、このような子供はまだ無理なのだろう。


「えー・・・っとなあ・・・」


言葉が通じないと知って、少年は少し困った顔をした。

するとまた子供は泣き出してしまう。


「わ・・・な、泣くな。そうだ、これやる」


まだ3、4歳にみえる小さな子供に接したことがない少年は、手の中に持っていた玉飾りを子供に差し出した。

すっぽりかぶっている大きな頭巾のせいで顔が見えなかったが、声から少女だということは分かったからだ。 

女の子ならば綺麗なものが好きに違いないと勝手な思い込みで子供の目の前にそれをかざした。


「綺麗だろ?ほら、手を・・・」

「~~~~!!」


すると突然子供がぴょんぴょんと飛び上がって、少年の指に挟まれた玉飾りを取ろうとする。


「なんだ、これを探していたのか?」 


ようやく伝えたいことが分かって、彼は小さな手のひらに玉飾りを握らせてやった。

初めて、子供が顔を見せて嬉しそうに笑った。

真っ白な頬を赤く染めて、黒い瞳にきらきらとした光を浮かべている。


「よかったな」


その表情にほだされて少年も微笑んだ。だが、子供はすぐにまたきょろきょろと地面を探し始める。

そして少年に玉飾りを指して何かを訴えかける。


「~~、~~~」


どうやらこの玉飾りに鎖がないかと聞きたいらしい。

首にかける動作を繰り返す子供のために、少年も自分のいた辺りを探してやることにした。そして、ばらばらに散っている銀の鎖を見つけてしまった。

それを見て、子供はしくしくと静かに泣き始めた。

どう考えても人の手で意図的にちぎられたとしか思えない状態に、少年の胸が痛む。


「・・・これ、やるよ」


少年は自分が首につけていた金の三連の鎖のうちで、一番短いものを引き抜いた。そして玉飾りに鎖を通してやって、子供の首にかけてやる。


ペンダントにしては長い鎖に少し笑って、彼は頭巾の上から子供の頭を撫でた。


「ほら、これで失くさないだろ?色が違って悪いが、そこは勘弁してくれ。まあ、金色も綺麗だろ?」


鼻の頭を赤くした子供はきょとんとした顔をして、それから自分の首にかけられたペンダントを見、そしてもう一度少年を見た。そして。


「~~~~~」


また、見ているこちらまで微笑んでしまうような愛らしい笑顔で笑った。

少年は思わず、また子供の頭を撫でていた。

くすぐったそうに子供が軽やかな笑い声を上げる。


「・・・なあ、俺、帰りたいんだけど、どこから出ればいいのかわかんねえんだ。お前知ってるか?」

「~~~?」

「えーっと、だから・・・街に出たいんだが。ま、ち。分からないか?」

「・・・ま・・・ち・・?」

「そうだ。街」


初めて子供が意味の分かる言葉を発して、少年は顔を綻ばせる。すると、子供は今まで少年がいたのと反対側を指差した。


「~~~~、~~~、~~まち~~」


どうやら分かってくれたらしい。

地面に木の枝で下手な地図を書いてくれた。

それをすぐに頭に叩き込んで、少年は立ち上がる。

つられて子供も立ち上がったが、膝を超えたあたりに頭がある程度だった。


「ありがとな、これで帰れる」

「~~~~。・・・あ、・・・が・・・とう」

「ちょっとは分かるのか。いや、こっちこそ、“ありがとう”。じゃあな、もう失くすんじゃないぞ」


たどたどしい共通語でお礼を言った子供の頭をもう一度撫で、少年は子供と別れた。


小さな白いローブに包まれた子供は、その後姿にいつまでも手を振っていた。




やがて時は流れて、少年は青年になった。

激動の日々を生きる中で、他国で迷い込んだ経験など忘れてしまった。


そして子供は少女になった。悲しい日々を送る中で、少女はずっとかすかな思い出だけを大切に生きてきた。


けれど、少女は思い出を捨てた。

もっと大切な人ができたから。

その人のことを思い出さなくてももう一度笑えるようになったから。


この先もきっと、真実を二人が知ることはない。

それでも、確かに、その日から運命は始まっていたのだ。


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


昔に活字中毒のように書いていたシリーズの1つめです。

このあと、アキューラ内での身分格差とかフィルカとの確執とか平和になった子供世代の話とかまだまだ彼らにも色々あるのですが、概ね幸せに生きていきます。

どれも長いので、気が向いたらまた投稿するかもしれません。

⇒5月15日から「花の冠を戴いて~自信を持てない歌姫は、慈悲と無償の愛を王に捧げ続ける~」として投稿を始めました。こちらもお付き合いをいただけると大変喜びます。


https://ncode.syosetu.com/n2206hq/



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