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歌姫は勇気を知る

再び争いが始まった。

ザイーツに王子を殺されたと思っているアキューラ側は、一時停止させていた戦線を再開。猛烈な勢いで南国に攻め入った。既に撤退を検討し始めていたザイーツ連合ではあったが、戦意を回復し領土に攻め込んだアキューラへ怒りを露に応戦した。

戦火はますます激しくなっていた。

ティカージュも危険ということで、シェーナはラコベーゼへと移された。カナスの館にいた使用人たちは誰もシェーナを責めはしなかった。彼女のせいではないことは屋敷の誰もがわかっていて、むしろカナスが大切にしていた“歌姫”を守ろうと、心を砕いていた。

けれど、シェーナの憔悴はひどくなるばかりだった。戦場で傷ついた多くの兵士が運ばれてくるためにイマルはティカージュの病院に残っていて、シェーナの面倒を見るのは専ら双子の姉妹だった。

「シェーナさま、少しはお食べになってください」

「お願いです、食べてください。今のシェーナさまを見たら、カナスさまがなんて言うか・・・」

「このままでは死んでしまいます。お願いです」

「・・・・いいんです・・・。私・・・なんて・・・もう、生きていたって、仕方ない・・・」

「シェーナさま!そんなことおっしゃらないでください!」

「そうです!あの方は幾度となく死地を乗り越えられた方です!きっとご連絡があります!だから、どうかそのときまでお体を大切になさってくださいませ」

「・・・・ごめんなさい・・・一人に、して、おいてください・・・」

シェーナは首を振り続けた。

何かをする気力を全て奪われて、ただ毎日、ぼんやりと窓の外を見続けた。時折、きらりと光を反射する胸のペンダントを見ては、涙を流し続けた。

どれだけ祈っても、どれだけ自分を責めても、カナスは帰ってこない。

消息不明からもう、1月が経とうとしていた。

生きているのなら連絡があってもおかしくはない時間が過ぎた。それでも連絡がないのは、やはりもうこの世にいないから。

考えると、気が狂いそうだった。

シェーナは眠っている時間が増えた。

眠っていてこのまま目覚めなければいいと何度も思った。それでも繰り返し朝はやってくる。

(早く・・・早く・・・死んでしまいたい・・・いなくなりたい、つらいの・・・もういやだ・・・)

でも、シェーナは自分で死ぬのが怖かった。

そう、シェーナはずっとずっと怖かったのだ。臆病で、自分がいなくなれば皆が幸せになれるとわかっていたのに、死ぬだけの勇気が出なかった。

だから、ずっと嫌われていたのだ。分かっていた。けれど、見ないふりをしてきた。

今も怖い。死ぬのは怖い。

(こんな私・・・消えてしまえばいい・・・)

死にたいと望むのに、自らの命を積極的に絶つ勇気もない臆病な自分が、シェーナは誰より嫌いだった。

それでも、飛び降りようとするたびに足がすくみ、刃物を持つたびに手が震え・・・どうしても、できなかった。だから、ただ、待つしかないのだ。

死が迎えに来てくれるのを何もせずに待つしかないのだ。

(ごめんなさい・・・ごめんなさいごめんなさい・・・っ)

雨の中震える子犬のように、シェーナは身を縮こまらせて、ただ誰にともなく謝罪し続けた。


それから幾日か過ぎた朝、突然どやどやと騒がしい足音が屋敷に響いた。

「・・・・?」

ぼんやりと目を覚ましたシェーナの部屋に、ジュシェたちが飛び込んでくる。

「シェーナさま!お逃げください」

「お早く、ここから出てください!」

「ジュシェ・・・?ニーシェ・・・?」

二人は慌ててシェーナの服を着付けると、腕を引いて部屋からシェーナを連れ出した。

「ま、ま・・・って、くださ・・・。なん・・・どうしたの、ですか・・・?」

体力が落ちているシェーナはすぐに息が切れ、足がもつれる。ほとんど両側から抱えられる格好で移動させられていたシェーナだったが、突然服を後ろにひっぱられて、こてんと転んだ。

姉妹が慌てて受け止めてくれたおかげで、背中をぶつけなくてすんだが、3人で床に転がることになった。

「どこに行く気だ?」

頭上から降ってきた声に、シェーナがびくりと身をすくめると、姉妹がシェーナの前に立って彼女をかばった。その向こうにいるのは、白い軍服を着た大柄な男だった。

「どこでもいいでしょう」

「勝手に屋敷に入ってきた人たちに説明する必要はありません」

ジュシェとニーシェは、今までシェーナが聞いたことがないほど冷たい声で対応する。

「なんだと?国王陛下の命だぞ!」

「私たちは王太子殿下に仕えるものです。主人の許可なく立ち入ったものに対する礼儀はわきまえていません」

「そこをどきなさい」

「このアマ・・・!」

大男が顔を怒りに染めるのと同時に、双子は俊敏な動きで懐に忍ばせていた小刀を男に突きつけた。いざというときのために、護身術を仕込まれているのだ。

だが。

「きゃあ・・・っ!」

「黒髪・・・こいつが“歌姫”だな。おい、そこの女ども。この小娘が大切なら剣を引け」

「「シェーナさま!」」

別に背後から迫っていた兵士にシェーナはあっさりと捕まった。腕をつかまれて、宙吊りにされたシェーナは自身の体重と、男の手の力に悲鳴をあげる。

「い、いた・・・い・・・っ!」

「やめなさい!」

「シェーナさまから手を離せ!」

「お前らが手を引くのが先だ。さもないと・・・」

「ひっ」

ぴたりとシェーナの頬に突きつけられた刃に、か細く恐怖に満ちた声があがった。

「陛下は“歌姫”をご所望ではあるが、女としてはご興味がない。多少傷をつけても、歌えればそれでかまわぬそうだ」

つ・・・とシェーナの頬にわずかな赤い血が流れた。

「「やめて!!」」

「では、どうすればよいかわかるな」

双子は顔色を変え、あきらめたように刀を床に落した。

かしゃーんと金物特有の甲高い音が鳴った瞬間、動きを封じられていた大男が双子を殴り飛ばした。

「こいつら!舐めやがって!!」

床に転がされ、靴底で踏まれても、二人はうめき声一つ上げなかった。それが、彼女たちなりのプライドだった。しかし、シェーナにはとても耐え切れたものではない。

「ジュシェ!ニーシェ!やめて!やめてぇえ!!」

シェーナは声の限り叫んだ。

「殺さないで!二人にひどいことしないで!」

「“歌姫”、あの二人を助けたいですか?」

暴れるシェーナの腰を抱えなおした男が、気持ち悪いくらいの優しい声で問うた。勿論、すぐにシェーナは頷く。

「な、なんでも、する・・・なんでも、する、から・・・」

「素晴らしいお心がけだ。この召使たちもあなたほど従順であれば、怪我をせずともすんだものを。では、“歌姫”。我々と来ていただきましょう。国王陛下の御許へ」

「こ・・・くおう・・・陛下・・・?」

「そうです。陛下は大層あなたのことをご心配なさっておいででした。王太子殿下がお亡くなりになられ、この国に身寄りもないあなたが大層心細い思いをしていらっしゃるだろうと」

「シェーナさま、騙されないでください!そいつらは・・・国王の一派は、シェーナさまの“歌”を手に入れようとしているだけです」

「ついていってはいけません。どのような無体な仕打ちをされるかわかり・・・あうっ!」

「陛下に対して何たる暴言を!まさに万死に値する行為だぞ!」

「やめ・・・やめて!ひどいことしないでっ!」

思いとどまるように声をあげた姉妹を、大男が再び蹴る。それをもう一人の兵士が止めた。

「やめろ。マルナン公爵の件でも明らかだったろう、この姫はとても気が弱い。下手に壊してしまって歌えなくなっては、我々が陛下のお怒りを買うことになるぞ」

「ち・・・っ」

大男はまだ気が治まらないのか、ぐったりとしたジュシェに向けて唾棄した。

「シェー・・・ナさ・・・ま・・・」

「ジュシェ!」

「シェーナ=ロワデセル姫。我々と共に王都に行っていただければ、これ以上彼女たちを痛めつけることはしません。ご一緒に来ていただけますよね?」

「・・・も、もう、二人を・・・な、殴ったりし・・・」

「もちろん、お約束いたしますよ」

「駄目です・・・シェーナさま・・・」

「ニーシェ・・・」

「私たちは、いいです・・・から・・・」

だから、行っては駄目だと。そう繰り返すぼろぼろのニーシェに、シェーナの心は決まった。

「わ、わかりました。王都に、連れて行ってください」

「っシェーナさま!」

「でも、二人が・・・一緒がいい、です。お願いです。わ・・・私は、体が弱いので・・・二人が、いて、くれないと、怖いです。う、歌えないかも、しれないです・・・だから・・・」

怯えた様子で、それでも必死に言葉を続けるシェーナの心には不信があった。

マルナンは目の届かないところでナルを殺してしまった。だから、ジュシェもニーシェもこのままでは殺されてしまうかもしれない。

交渉ごとなどしたことのないシェーナは不安だったが、男は少し考えた後で、顎を引いた。

「よいでしょう。ただし、常に見張りをつけさせていただきます。それに、この双子はルナード族。腕も立つと評判ですから、お世話をするとき以外は手足を拘束させていただきますよ」

「そんな・・・」

「シェーナ姫、我々もぎりぎりのところまで譲歩しているのですよ」

不満をあげかけたシェーナだったが、男の冷たい目つきにすくんでしまって、それ以上言い返すことができなかった。

「では、レルベンドまで参りましょう」

「い、今すぐ・・・?二人の怪我は・・・っ」

「ご心配なく。馬車に医師も乗せております。手当てさせましょう」

「でも・・・」

「王都までは姫君をのせた馬車のスピードでは10日ほどかかります。これ以上王をお待たせするわけにはいきません」

男はシェーナを小脇に抱えたまま、踵を返した。まったく心の準備ができない状態で、シェーナはぶるりと震える。

それでも後ろから引きずられてくるジュシェとニーシェのために、精一杯意識を保っていた。


「ジュシェ、ニーシェ!大丈夫ですかっ?」

シェーナのいる馬車に投げ込まれた二人は確かに怪我の手当てはされているようだった。

けれど、両腕と両足をきつく枷で戒められているのが痛々しい。

「ひどい・・・こんな・・・」

「シェーナさま、私たちのことはお気になさらずに」

「大丈夫ですよ。こんなこと、子供の頃から慣れっこです」

「そんな・・・」

泣きそうに瞳を揺らめかせるシェーナに、二人は笑いかけた。

「それよりも、問題はこれからです」

「ええ。シェーナさま、この先は誰にも心を許してはいけません」

「どういうことですか?」

「・・・おそらく、カナスさまを手にかけたのは・・・国王の手の者です」

「!!?」

潜められた声が告げた内容に、シェーナは目を見張った。

「そ・・・んな・・・。どうして・・・ですか・・・?」

「国王は、カナスさまがずっと目障りでした」

「自分にとって代わろうとしているのだと、ずっと目の敵にしてきました」

確かにカナスからそんな話を聞いたことがある。けれど、現実に父が子を手にかけることなど、シェーナには信じられない。父はシェーナを嫌っていたが、それでも殺そうとまではしなかった。これほど疎まれる“シャンリーナ”であっても。

「だから、カナスさまを前線に赴かせ続けました」

「それでも、カナスさまはお亡くなりになられなかった。むしろ御名をあげられた」

「国王はますますカナスさまをお厭いになった」

「スパイをもぐりこませ敵に情報を漏らしたり、指揮系統を撹乱したり、国王の嫌がらせは年々ひどくなってきていた」

「今回のことも、どこからか情報を掴んで、ザイーツのしわざにみせかけたのでしょう」

「だから、ザイーツはあれほど謂れのない争いだと主張しているのでしょう」

「弔いと称して国民の怒りを利用し、ザイーツを手に入れることができれば、一石二鳥と言うわけです」

「・・・・・・」

にわかには信じられなかったが、双子が嘘をいう理由もない。シェーナは黙り込んだ。

「それに加えて、シェーナさま・・・あなたの人気も利用しようとしているのです」

「“歌姫”の名前を、今度は自分のために使おうとしているのです」

「私・・・?」

「そうです。シェーナさまの評判は民衆の間に広がっています。それだけではありません。シェーナさまの“歌”には不思議な力があります。それらを上手く利用して、自身の御世をより強固にするつもりなのでしょう」

「カナスさまがいらっしゃらない今、民衆の支持を得、より支配を強める気なのです」

「シェーナさま、隙を見て逃げてください」

「そうです。あの国王に、これ以上の力を与えては・・・私たちのように、祖国を失う人々が増える一方です。私たちが必ず逃がして差し上げますから」

「・・・・でも・・・」

「どうかそれまではご健やかに」

「お体を大切になさってくださいませ」

「・・・・・」

姉妹の言葉が重い。

何も返すことができず、シェーナはただ頷いた。

まずは体力を少しでも戻すことが必要のようだ。

カナスがいないことをただ嘆いているだけではいけない。彼がいなくなってから初めてシェーナは前を向いた。

けれど、結局できることなど何もなかった。

強大な権力の前に、シェーナや双子が抗えることなど実際には何もなかったのだ。

まず、馬車で移動している間はジュシェとニーシェと共にいることができるが、走る檻から逃げることなど物理的に不可能であった。宿泊する貴族の館では双子と隔離され、逃げられないように眠るときまで見張りをつけられた。一度だけ脱走を試みたが、すぐにばれて、反抗を起こす気がなくなるほどに双子を目の前で痛めつけられた。

それからは双子と話もできないまま、王都に連れてこられてしまった。

「ジュシェとニーシェは?!」

「生きていますよ。さあ、あなたはこちらへ」

「でも・・・っ」

「これ以上わずらわせないでください、シェーナ姫?また、あの二人が痛い思いをすることになりますよ?」

「・・・っ」

シェーナは当に後悔していた。

目のあるところにいれば知らずに殺されてしまうことはないとはいえ、かえって二人を苦しめた結果になってしまった。

うなだれて引きずられたシェーナは、王宮の女官たちに禊をさせられ、ふわりと真新しい紅のローブを与えられた。見目苦しいシェーナに、せめてまともな色だけでも纏えということらしかった。

王宮は何もかもが大きく、きらびやかで、シェーナの身をすくませる。

長いローブの先を女官たちが捧げ持つ中、促されてシェーナは謁見の間に踏み入れることになった。

そこには、ラコベーゼよりもさらに広く荘厳な空間が広がっていた。

壁一面に金を顔料に混ぜた壁画が描かれ、柱は女神の彫刻が刻まれた太いもので、真っ赤な絨毯の上の王の台座は、すべて金で作られていた。さらにあちらこちらに宝石があしらわれている。

「・・・っ・・・」

そしてその場所に、当たり前のように座っている国王、スロンは、半年ほど前に見たときと同じ、シェーナをすくませる恐ろしい雰囲気を持っていた。

そしてその台座を囲む左翼右翼に、直近の貴族たちが並んでいた。

「シェーナ=ロワデセル姫、ご到着です」

がくがくと震える足で、シェーナはその場に跪いた。

この恐怖は本物だ。本能的な恐怖に、手のひらに汗がにじむ。

ナルをけし掛け、シェーナを殺そうとした。カナスが助けてくれなければ、この人に殺されていた。そのときの恐怖がどんどんとよみがえってきて、シェーナの呼吸を苦しくさせた。

死んでしまいたいと思っていたけれど、それでも怖いものは怖い。

そして、今度は、助けてくれるカナスはいないのだ。この場に、本当にひとりぼっち。

「ふむ、さてそなたは面白い名を民衆にもらっているそうだな。“歌姫”か。初めて会ったときにはどうしようもない屑が来たかと思ったが、なかなかどうして、役に立つ娘だったか。余の見る目も衰えたものよ」

「いやいや、陛下。こんな小娘がまさかそのような力を持つとは誰も思いますまい」

「ええ、本当に、みすぼらしい小娘ですからなあ」

「まあ、“歌使い”の名は虚勢ではなかったわけですか。カビの生えた古参国の迷信かと思っておりましたが」

「確かに。やれ神だ、信仰だと、うるさい国ですからな。ろくな軍力も財力もないくせに」

嘲笑が沸き起こる。シェーナの肩が震えた。

本当に悪意しか感じられない場所は、息苦しくて倒れてしまいそうだった。

「あの王子も、そのような世迷いごとを信じていたのでしょうか」

だが、そんなシェーナを留めたのは、貴族の一人が発した言葉だった。その彼の言葉をきっかけに次々とカナスへの罵倒と嘲笑が広がる。

「軟弱な奴よ。神に頼るなど、なんたる脆弱ぶり。巷では“歌姫”の祝福がなかったゆえに、奇襲をうけ不幸にあったと評判ですぞ」

「女に頼るなど、軍神キルファードを戴くアキューラ王家の風上にもおけませぬな」

「なすべくしてなされた天罰でしょう。奴めは陛下の座を狙っていたとの噂もございますし」

「なんと、恐れ多い。アキューラをお守りくださる軍神は不届き者を始末してくださったのか、ありがたいことだ。正しく頂に立つべく方をお守りくださったのですな」

「奴らめが崖下に落ちたことは確認済みだそうで。これで陛下の御世もゆるぎなく、民のためとなりましょうぞ」

(・・・なんてことを・・・)

シェーナは唇を震わせた。確実にカナスがいないのだという絶望を味わうと同時に、シェーナは彼らの喜色に信じられない気持ちになる。

自国の王子を失ったというのに、この貴族たちの態度はなんなのか。

“国王は、カナスさまをお厭いなのです”

ジュシェの言葉がよみがえった。

カナスが国王を追い落とそうとしているなど聞いたことがない。それなのに、国のため、民のためだとそう言って戦っていたカナスが死んだことを喜ぶなんて・・・。

「ふむ。余は世迷いごとは信じぬが・・・まあ、せっかく“歌姫”の名がついているのだ。この先は余が面倒をみてやろう。面倒を見ていたあれがいなくなって路頭に迷うこともない。感謝して、余のために歌うがよい」

「さすが、陛下はお心が広いですな」

貴族たちが偽善に拍手を送る。気持ちが悪い。

シェーナは床についた手を拳の形に握りこんだ。

「では、さっそく一曲歌ってもらおうか。“歌姫”」

その命令に、シェーナは反応しなかった。

すると野太い声が、鞭のような鋭さでシェーナにぶつかってくる。

「聞こえぬか!歌えというに!」

「・・・・っ」

その声に、昔の恐怖がよみがえる。シェーナは怒鳴られるのが苦手だ。何より、スロンが恐ろしい。心臓が引き絞られるかのように痛んだ。臓腑が冷えて、気持ちの悪さがせりあがってくる。

「まあ、陛下。お気をお鎮めくださいませ。陛下の覇気に触れては、このような小娘、萎縮して声もでませぬ」

「ふん・・・なるほど、一理あるな」

貴族の一人がたしなめたおかげで、スロンの口調が少し和らいだ。

「のう、何もそなたをとって食おうというわけではない。ただ、ここにいる余の忠実な部下たちに褒美としてそなたの歌声を聞かせてやろうというだけだ。余が、“歌姫”を手に入れた記念としてな。怖がらずともよかろう」

手に入れた。

スロンはまるでシェーナを物のように言う。ふと、カナスの声が耳によみがえった。

“俺の歌姫様”

からかって彼はシェーナをそう呼んだ。

それでもその響きは、とても優しくて、大切にしてくれているのが伝わってきた。

たとえ、彼が“歌”だけを欲しかったのだとしても・・・それでも、彼はやはりこの国王とは違ったのだ。

「そなた、あのカナスにも歌わされていたのであろう?ならば、余のためにも歌うがよい。余のために歌うほうが、よほど名誉なことなのだぞ。ほら、歌うがよい。その祝福の歌とやらを」

(・・・歌わされていた?・・・違う・・・私は・・・)

胸の中で、何かが熱くなった。

恐怖で凍り付いてしまっていたはずの体のなかで、とくん、とくん、と確かに刻む心臓の音がはっきりと聞こえる。冷たかった指先が、ほんのりと熱を取り戻した。

「・・・・や・・・です」


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