虐げられた姫君は乾いた大国で自らを知る1
はじめての投稿で上限文字数いっぱいに投稿してしまったのですが、改めて、あまりに読みにくいので3つに分けました。いいねをいただいていたのにすみません…
昔々、ある小さな国に美しい銀の髪のお姫様がおりました。そのお姫様は世界中を見渡すことができる、真っ白な塔に住んでいました。
お姫様は塔の上から毎日美しい声で歌いました。
その歌は国中に響き、人々はその歌で一日の労働の疲れを癒していました。
あるとき、大陸中を巻き込んだ大きな大きな戦が始まりました。
大陸のあちこちで戦いが起き、家が焼け、たくさんの人が死にました。
それを塔のてっぺんから見ていたお姫様はたいそう悲しみ、毎日泣いて暮らすようになりました。お姫様の美しい歌は何年も聞こえなくなりました。
そんなある日、ついにお姫様の国にもたくさんの軍勢がおしよせてきました。
長い戦いの末、東の雪の国と、西の砂漠の国がちょうど同じだけの領土を手に入れてしました。
お姫様の国はちょうど大陸の真ん中にあったので、この国を攻め落としたほうが勝ちということになったのです。
両方の国は一歩も譲りませんでした。
そしてあとはお姫様が住んでいる塔だけ残されたのです。
塔の真下で、東の国と西の国は何日も何日も戦い続けました。それでも決着がつきません。
そうして5つ目の太陽が昇ったとき、両軍はふと美しい歌声を耳にしました。塔の上を見上げると、太陽の光をきらきらとはじく美しいお姫様が涙をながしながら歌っていました。
その声がたいそう澄んでいて、そしてたいそう悲しげだったので、兵士たちは刀を落とし、涙を流して戦いを止めました。
お姫様の歌声は風に乗って大陸中に響き渡りました。
その歌を聞いた者は皆、悲しい気分になって涙を流しました。
世界中が悲しみに包まれたので、もう戦いを続けようという人はいませんでした。
東の国と西の国は自らの愚かしさを嘆き悲しみ、それぞれ自分の国に引き上げていきました。
こうして、世界を巻き込んだ戦争は終わりました。
お姫様は世界を救った歌姫として、たくさんの人たちに称えられました。白い塔は平和の象徴とされ、人々は毎日塔に向かって祈りをささげました。
もう、誰も争おうとはしませんでした。
そうして再び、銀のお姫様の美しい歌声が国中に響き渡るようになりました。
それから長い長い時間が過ぎました。
それでも大陸の中心には白い塔が建っています。ただ、小さな国を一望できるくらいの高さになってしまいました。
その小さくなった白い塔にもお姫様が住んでいます。
そのお姫様は生まれてこの方、人前に姿をみせようとはしませんでした。
ただ、時折、塔の上からそれはそれは美しい歌声が聞こえてくるだけです。
人々はその神秘的なお姫様に、伝説となっている銀のお姫様の姿を重ねました。
美しく長い銀の髪、透けるような白い肌、すらりとした長身にか細い手足。歌だけでなく、その姿でも人々を魅了したとされる美しいお姫様の姿を。
しかし、そのお姫様は実は銀のお姫様とは全く違います。
黒く跳ねる短髪、子供みたいな小さな背丈とすっとんとした体型、けれど子供とは似つかない鬱屈した眼差し、笑わない薄幸の唇。まとう雰囲気は暗いの一言につきました。
とてもおとぎ話のお姫様にはふさわしくなく、みすぼらしくて誰もあこがれないお姫様です。
お姫様の名前はシェーナ=ロワデセル。
これは、そんな一風変わったお姫様の物語です。
* * *
トポル大陸の中心に位置する、フィルカ王国。
古の国として有名なこの国は、大陸でもっとも小さな国である。人口もすくなければ、産業もたいしたことがない。豊かとはいえないけれど、貧しくて飢えているわけでもない。人々に不満もあれば喜びもある、ごく普通の国だ。
ただ一つだけ“特別”なのは、この国には世界の始まりから建っているといわれる白い塔があることだ。
幾度も改修されていてその形が昔どおりとはいえない。けれど、どれだけ争いの激しい時代であっても、その塔だけは戦火に焼けることなく残っていた。
いつしか塔は、昔そこで争いを止めたという銀のお姫様の伝説とあいまって、平和の象徴として諸国から崇められるようになった。
フィルカ王国の王族は塔の護り人として、“白の神官”と呼ばれる。特に王女は、“歌使い”と呼ばれ、敬愛の対象だった。彼女が生まれるまでは。
“とらないでぇ!わたしのおにんぎょう!”
“うるさいわね!いいじゃない、あんたはオヒメサマなんだから、また新しいの買ってもらえば”
“ねこさん返してぇー!”
“ひっつくんじゃないわよ!このチビ!”
“あっ!・・・いた・・・いたいよぉおー、えーん”
“泣いたってだれも助けてくれないわよ。あんた、呪われた子なんだから。じゃあ、もらってくわね”
“えーん、えーん・・・”
“また不作だとよ”
“あの姫さまが生まれてから嵐や洪水が頻繁に起きて・・・”
“白の神官の血を引いてなければ殺してやるのに。悪魔の子め”
“本当にこれもらっちゃっていいの?”
“うん、だから、いっしょにあそんでくれる?”
“いいよ。じゃあかくれんぼしましょう”
“・・・・どこ?どこいったの?みんな、どこいったの?”
“――――だれがあんたなんかと遊ぶもんですか。くすくす、これはありがたくもらっていくわね”
“じゃあね。はやくお迎えが来てくれるといいわね”
“置いていかないで。一人にしないで。こわいよ、こわいよぅ・・・”
“ま、素敵。こんな豪華なドレス、塔から出ないあんたにはもったいないじゃない”
“欲しいならあげます”
“いいの?”
“私には似合わないから”
“そうね、あんたいつも真っ白な服ばっかりだものね。ドレスもあんたみたいに辛気臭い子に着られるより、私のほうがいいわよね”
“掃除は自分でもできます。だから、今日はもういいです。帰ってください”
“あらいいの?いつも悪いわね。じゃあこれを着てデートにでも行こうっと”
シェーナは孤独だった。いつの間にか人間が怖くて、嫌いになっていた。
そんな彼女の心を癒すのは、彼女が歌う歌につられてやってくる小鳥たち。
裏表のない鳥たちをみているときだけ心が休まった。
塔の者以外はこんな彼女を知らない。
誰もがあこがれるお姫様そのものだと思っている。大切に、大切に育てられているのだと。
だから、金の髪の美しい女性が豪奢なドレスを着て塔からのを目撃して、それをお姫様だと思った。
この国では、銀がもっとも尊い色であるが、金も珍しく崇められる。
加えてその女性の美しい顔立ち、スタイルのよい体つき。長年、人々が想像していた通りのお姫様の姿に、噂はすぐに国中に駆け巡った。
“歌使い”は金色の美しいお姫様だと。
塔の者たちはあざ笑った。それが、シェーナをいつもいじめている侍女だと知っているから。
けれど、誰も間違いを訂正しようとしなかった。国王さえも。
シェーナの姿は、彼らにとって都合が悪く、あってはならないものだったから。
しかし、それが思わぬ悲劇を引き起こすことになる。
アキューラ王国。
東の民アバス族が、自らが祀る戦いの神キルファードの名のもとに建国された新興国家である。
古くからある国を手中に収め、いまや大陸の北から東の大部分を治める大国にまで成長した。
現在のトポル大陸は他に、西のほとんどを治めるクラコズィリル王国、南に無数に存在する小国が寄り合って作るザイーツ連合などがあるが、いずれもアキューラに及ぶ戦力があるとはいえない。
停戦協定を結んでいた時期もあったが、血気盛んなアキューラ現国王スロンが即位以来、強大な軍事力を背景に一気に世界制圧に乗り出し、諸国に魔手を伸ばし始めて数十年。
さらに最近飛躍的なスピードで侵攻を早めているのは、その息子カナスが前線に立ち、不利な状況をものともせずに戦績を上げているからだという。
アキューラでは軍神と崇められている彼だが、一方で高貴な身分を感じさせない粗野な振る舞いと礼儀のなさで他国ではひどく評判が悪かった。
おまけに稀代の女好きとしても有名で、落とした国ごとに后を迎え、愛人の数は優に10をこえると言われている。
そんな彼が次に目をつけたのが、平和の象徴といわれるフィルカ王国だった。
「何!和平を受け入れると?」
「はっ。しかし、条件が・・・・」
「我が国に攻め入らぬとの確約がもらえるのであれば、できる限り飲もう。して、どのような条件なのだ?」
国王は、国家滅亡の危機回避へ瞳を輝かせた。
「はい。一つ、これより西への侵攻の際、この地を通過することを是認すること。その際、水・食料の補給に協力すること」
「うむ。予想通りだ。戦火の拡大を黙認するのは心苦しいが・・・いずれは停戦もなされよう。ここで逆らっても勝ち目はなし、国民を失うわけにはいかん。了承しよう」
渋い顔をしつつも、国王は頷いた。
すると兵士が次の条件を戸惑った様子で口上する。
「そしてもう一つ、なのですが」
「何だ、申せ」
「・・・それが、歌使いの姫君を御前に、と」
「な、何?ひ・・・姫を?」
途端、国王が顔色を変えた。
「何故だ?カナス=フェーレは確かに軍門に下った国の姫を集めているが、しかし、いずれも美姫と評判のものばかり。とてもうちの姫は・・・」
「僭越ながら陛下。少し前から庶民の口に上っている姫に関する噂が原因ではないでしょうか?」
隣に控えていた文官が、おそるおそる述べると、広間がざわざわと騒がしくなった。確かに、とか、ありえなくはない、と賛同する声ばかりだ。
ますます王は青ざめた。
「馬鹿な・・・あのような愚にもつかぬ噂のせいで・・・?ええい、使者殿はなんと申しておる?連れてまいれ!」
「お、お呼びします!」
そして連れてこられた使者の言葉から、やはり「金色の姫君」についての噂を耳にしたことがカナスの興味を引いたのだとわかり、広間は静まり返った。
「どういたしますか、陛下!あちらが金色の髪の美姫を要求しているのであれば、シェーナ様を差し出したところで怒りを買うのは必死。ここは、あの侍女に身代わりに・・・」
「待て。姫は昔から“歌使い”として有名であった。手に入れれば当然歌わせようとするだろう。あの“歌”は王家の姫にしか歌えん」
「そのようなこと、他国の者には分からぬ。適当な歌でも歌わせておけばよい」
「ばれるに決まっておろう!あれは特別な歌だ。もし、以前にどこかで耳にしている者がアキューラにいれば、即座に偽物だとばれよう。そうなれば、たばかられたと知ったアキューラは怒り、我が国は滅びることに」
「いや、だがあの姫ではどちらにせよ怒りを買うことに違いはない。あの王子は面食いの色狂いとして有名だ。とても姫では満足すまい」
「だが・・・」
ああでもない、こうでもない、と議論を続ける大臣たちの中から、ふとこんな声があがった。
「あの姫はやはり呪われた御子であった。あのとき、始末しておけばこのようなことには・・・」
その悲嘆に国王は一度目をつぶり、そして意を決したように立ち上がった。
「姫と侍女を共にアキューラの王子に差し出そう。真実を話し、“歌”と“美姫”の両方を差し出すしかあるまい。それに姫の歌を聞けば王子の心も少しは休まろう」
「しかし・・・上手くいくでしょうか。向こうの勘違いとはいえ、結果的には騙したことになるゆえ」
「姫に命をかけてやってもらうしかあるまい。国を守るは王家の務め。どんなことをしてでも怒りを解いてもらわねばならぬ。そのためなら、よろこんでその身を差し出すだろう。そのために、あれを育ててきたのだ」
確固たる決意をした国王に、大臣たちはそろって頭を下げた。そして国王が退席をしたのを見計らい、ぼそりと誰かが呟く。
「いっそ疫病神がいなくなれば、この国は救われるかもしれぬ・・・」
それに否定の声をあげる者はいなかった。
* * *
シェーナがアキューラの第二の首都とよばれるラコベーゼに着いたのは、それから10日後のことだった。
石造りの城はフィルカではみたこともないほど大きく、細工の行き届いた豪華な造りだった。
これよりももっと大きく豪奢であると評判の首都の王城とはどのようなものなのか想像もつかない。
完全なる敵陣のなか、シェーナはごくん、と一つ息を飲んだ。感情の動きがほぼないと言われるシェーナであるが、それは正の方にいかないだけであって、負の方には動きまくりだ。メーターを振り切ることだって多々あって、ただ、それを出すと酷く折檻されるため顔に出にくくなっているだけのこと。
それは今は幸いなのかもしれない。
こんなに怖いのだから、感情が出るようでは今頃真っ青で涙目でになって倒れていたかもしれないから。いや、実際には倒れてしまいたいくらいだ。
だか、今、そんなことでは駄目なのだ。
シェーナの肩に国民のすべてがかかっている。
本当はこの場に、2人いるはずだった。
シェーナと侍女のルーナ。
けれど、ルーナはアキューラとの国境を越える際、逃げ出してしまった。
私には関係ないはずだ、国の犠牲などまっぴらだ、と。
出立しなければ指定された刻限までにラコベーゼにはたどり着けない。
遅れることなど許されるはずがなく、一団は恐怖におののいたままアキューラに一人きりの姫を連れて入った。
すべてを包み隠さず話しなさい、と父に言われた。
どのような状況に合っても、国のためを思いなさい。お前たちの命でどれだけ多くの命が救われるか知っているか・・・。
幾日も、幾日もそう説かれた。
だから、シェーナは覚悟を決めた。
たった一つ二つの命で、国中が救われるのならそれがいいはずだと。けれどルーナはそうではなかったようだ。
シェーナには王族のプライドがある。
ルーナは美しいけれど、いつも賢く卑怯だった。
いまあるのはその違いだ。
シェーナも、もう少し賢く自分勝手だったらきっと違う国に逃げていた。
だって、殺されるに決まっているから。
死ぬのが怖くない人なんていない。
でも、多分、逃げても一緒なような気がしたのだ。
どこにいっても、自分は生きていけなくて、のたれ死ぬしかない。
「国王陛下、並びに、王太子殿下、ご着席」
宰相の声に、シェーナははっとなって、頭を下げた。
幾人もの足音が続いて、やがて椅子に座る音が聞こえてくる。
するとすぐに、声がかけられた。
「ふむ。そちが歌使いの姫君か?」
「は・・・はい」
「よい、面をあげよ」
シェーナはおそるおそる顔を上げた。
とはいってもまだ、白いフードをかぶったままなので視界はよくない。
ただ、自分に先ほど話しかけていたのが50くらいの国王で、王子はその隣のもっと若い20代前半くらいの人だということを知った。
王子は興味がないようで、左足の上に、右足の足首を乗せるような格好で足を組み、肘掛に肘をついたままそっぽを向いている。
まさかもうばれているのかとシェーナは肝の冷える思いをしたが、国王がやけに楽しそうに言葉を続けてくるのですぐにそれに答えるのに必死になった。
「名は?」
「シェーナ=ロワデセルと申します。今年、16になります」
「16か。年の割りに随分とちいさいな」
「はい。あまり・・・伸びなくて」
「まあ、まだこれから伸びるということもあろう。余は背の高いほうが好みだ。我が城には医術にも精通しておるものがおおい。それらの者の言を聞き、背が伸びるよう励むがよい」
「・・・はい。ご随意のままに」
何故ここで王の好みが出てくるのかよく分からなかったが、シェーナはとりあえず頷いた。
ちらりと見た王子はあいかわらずつまらなそうで、あくびをかみ殺している。
「それにしても、うむ、確かに銀の姫君の血を引くといわれる歌使いだな。鈴の音のような美しい声だ。そちの歌声も評判どおり美しいものであろうな」
「では、陛下のために一曲・・・」
「いや、その前にその無粋なフードを取れ。顔が見たい」
ぎくり、とシェーナの体が強張った。
それは段取りと違う。
シェーナの“歌”には特別な力があると言われる。
それは、人の心を穏やかにさせる力。
自分では分からないが、周りがそういうのでそうなのだと思っている。
怒っていた人を落ち着かせたり、泣いていた人を泣き止ませたり。
だから、まず、歌いなさいと言われていた。
歌えば、シェーナが本物の姫であることが分かってもらえるかもしれない。
少しでも気分がよくなればその後の話も聞いてくれるかもしれない。
でも先に、姿が違ったと見咎められれば歌わせてももらえないかもしれないから。とにかく歌いなさい、と言われていた。
「どうした、早くその美しい顔を見せろ」
「・・・っあの、これは、我が国の正装でして、上の者に直接顔をご覧に入れるのは・・・失礼にあたりまするゆえ・・・」
「そのような風習、我が国にはない。はようせい」
「でも・・・・」
「余の言うことが聞けぬと申すか?」
シェーナがフードの端を握ったままでいると、途端上機嫌だった国王スロンが恫喝するような低い声に変わった。
シェーナは震え上がり、「とんでもない!」と頭を振った。
そして一度息を吐く。
さらに大きく吸って、もう一度吐いた。
その間に、自分に何をしに来たのだと問いかける。
国のみんなのためだろう、なんだかんだと言ってもここまで育ててくれた人たちのためだろう、と心に言い聞かせる。
少し気持ちが落ち着いた。
「何をしておる!」
「失礼を」
最後にシェーナは白いローブの下にある守り石のネックレスを服の上から握り締めた。
さよなら、とその石に心の中で呼びかけて、ばさりとフードをとる。
首にかかるかかからないかの黒髪が、ぴょんっと外向きに跳ねた。
そのとき初めて、王子が驚いたようにこちらを見た。
フードなしでみると、カナス王子は噂のような野蛮な人間には見えなかった。
薄茶色のさらさらと流れる髪、シャープな輪郭、整った一文字の眉、長いまつげの二重の瞳、上品な口元・・・絵にかいたような王子様だった。
こんな姿なら無理やりに亡国の王女を集めなくても、女性が放っておかないと誰もが思うほどの美しい男性だった。
一方、彼と同じ髪の色をしたスロン国王は目つきが鋭く、まるで海賊か山賊として手配書に載っていそうな悪人顔だ。親子とは思えないほどカナスと似ていない。
その恐ろしげな容貌の国王が、いままでにやつきと言ったほうがいいほどの笑みを浮かべていたにもかかわらず、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「いかなることか、これは!余は“歌使い”の姫を所望したのだぞ!」
「はい、ですからわたくしがはせ参じた次第でございます」
「お前はただの小娘ではないか!銀の髪でもなければ、金の髪でもない。闇の髪色に平凡な顔立ち。年頃の娘とは思えぬその小さき体!フィルカは余を馬鹿にしておるのか?!」
予想されたとおりの罵倒をうけ、シェーナは膝を折り、神に祈るように両手を組んだ。
「とんでもございません。わが国王陛下はアキューラ国王スロン様に心よりの忠誠を誓うよう、わたくしによく申し付けられました」
「では何故、そなたのような醜きものを!」
「お目汚しは承知しております。ですがどうかお話を・・・」
「うるさいうるさい!衛兵、即刻この場でその娘の首を跳ねよ!フィルカに送り返してくれるわ!ついでにあの塔に砲弾の一発でも打ち込んでやれ!」
恐ろしい命に、シェーナの体はすくみあがった。ぎゅっとペンダントを力の限りで握り締める。
すると初めての声がそこに割り込んだ。
「お待ちください。いいではありませんか。話を聞いてからでも処断は遅くありません」
凛とよく通る声だ。それがカナス王子の声だと知ったのは、彼がじっとこちらを見つめていたからだ。
青ざめた顔で見返せば、彼は腕を組みなおしてシェーナに問うた。
「お前の話を聞こうではないか、フィルカの姫君。それが自称でなければ」
「は・・・、あ・・・ありがたき幸せに存じます」
「堅苦しい口上はいい。俺は短気なんでな。さっさと要点を述べろ」
「は、はい」
しかし、どれほど外見がよくとも中身は勇猛果敢な軍人。
つまらない話であれば即刻斬るとでも言いたげな鋭い視線に、シェーナの手が震えた。
お腹のあたりが冷えるまで、恐怖でいっぱいになる。しかし、必死でそれを隠しながらシェーナは間違った噂の経緯を説明した。
シェーナは百年に一度だけ生まれるという災いの子だった。黒髪の少女は百年に一度しか生まれない。
そしてフィルカに黒髪の少女が生まれると、必ず国に災厄が降りかかるのだ。
だから黒髪の赤子は“神に見捨てられた子”と名づけられ、1歳を迎えぬうちに神の元に返される。
そのとき、黒髪の少女はこの世の災いを連れて行ってくれることから、死後は神殿に奉られることになるのだ。
それが古くからのしきたりだった。
その“神に見捨てられた子”が王家に生まれたのはシェーナが初めてだった。
王家の姫君は“歌使い”として神の加護を受けた存在。
神の贈り物として大切に育てられるのが定石であった。
唯一“歌”を歌える能力をもつ姫を人の手で殺せば、神の怒りを買うのではないか。
もう、“歌使い”が王家に生まれないのではないか。
それを恐れた大臣たちは、古来よりのしきたりを破り、1歳をすぎても黒髪の少女を生かしておいた。
けれど災いをもたらす子が生きていればだと知れれば、民はたちまち恐怖に襲われる。
それだけ、“神に見捨てられた子”のいた時期は悲惨なものが多かったのだ。
だから彼らはシェーナを隠した。
人目に触れないように、神聖な塔に閉じ込めて、この国の幸せだけを歌うようにシェーナに要求し続けた。
シェーナのことを知っているのは、古くから王家に使えているもの、そして、塔を管理する神官たちだけ。
決して人前に姿をみせない秘密の姫君は、いつしか神聖化されていた。
そして、侍女が軽率な行動に出て、それが彼らの想像とそっくりだったから、勝手に噂が広まってしまったのだ。
本当のことは、すべて置き去りにしたまま。
「しきたりのために赤子も殺すか・・・。古い国は随分と残酷なことをする。神の国とはよく言ったものだ」
聞き終えたカナスはふん、と鼻で笑った。
心から軽蔑したような表情に、シェーナも瞳を伏せる。
「返す言葉もございません。ただ、我が国では、それは絶対的な決め事でしたから」
「しかし、その話もよくできたものだ」
「―――!?」
だが、続いた言葉にシェーナは驚いて顔をあげた。
「王家の姫君が一度として人前に顔を現さないことに誰も不審を抱かなかったのか?美しいのならば人目につかせて当たり前。それを隠しているということは本当は姫君はいない、か、醜いせいででられないか。疑うのが当然だ。ただ、たまたま塔から出てきたというだけで盲目的に信じるとは思えないな」
「そんな・・・」
「それに何故、そのような噂が出たときに誰も否定をしなかった?それが本当は真実だったからではないのか?」
「違います!私の存在が知られるわけにはいかず仕方なく・・・」
「もうよい!くだらぬ!」
必死の弁解を続けようとするシェーナの鼓膜を、どすの利いた声が震わせた。
四肢を縮こまらせて隣に視線をやれば、スロンが虫けらでも見るような目つきでシェーナを見ていた。
「さっさとその娘、処分せよ。余を馬鹿にしたフィルカにも目に物を見せてくれよう」
「お、お待ちください!国王陛下!本当に、私がシェーナなのです。私が、聖フィルカ28代大司教ロブドアの娘です!銀の姫の血を引く、“歌使い”の娘は私なのです!」
「聞く耳もたぬわ。衛兵、さっさとせい」
「信じてください!我が国は決してあなた様をたばかるつもりは・・・っ、これをご覧くださいませ!」
何を言っても無駄だと悟ったシェーナは突然ローブを脱いだ。人前でこんなことをするのは初めてで、つつましく大人しく生活してきたシェーナには恐ろしいことであったが、それでもこれしかないのだ。
「お目汚し、失礼いたします。ですが、どうか・・・これが、王族の証です」
シェーナは震えながら胸の前で服をかきあわせ、折れそうに細い腰を公衆にさらした。
真っ白な肌の右の腰のあたりに太陽のような文様が描かれている。それは、生まれつき“歌使い”だけが持つあざだ。
銀の姫君にあったといわれるこのあざから、フィルカ王国の国旗が作られたと言われている。それはどの歴史書にも書いてあるほどの有名な事実だった。
「これは王族の血を引くものにしか現れません。これでは証拠になりませんか」
泣きそうになりながら、シェーナはそれでもまっすぐに国王を見た。
だが、スロンはむしろ違うところに目がいったようで、シェーナの胸元を見てますます興ざめた表情になった。
「そんなもの、あとから入れることもできよう」
「違います!これは生まれつきです!」
「そもそも、王族にしか現れぬということも真実か否か怪しいではないか」
「・・・・そんな」
取り合わぬスロンにシェーナはぺたん、とその場にへたり込んだ。
これ以上どうしたらいいのかわらなくて、涙がこぼれそうになる。
(ごめんなさい、お父様。ごめんなさい、フィルカの人たち・・・)
「もうよい、くだらぬ時間をこれ以上費やす気はない。さっさと打ち首に・・・」
「父上」
だが苛立ったスロンの命を止めたのは、またしてもカナスだった。
「一国の姫君がこのような場で自ら体をさらすということは大変な勇気でしょう。どうですか、その勇気に免じて、もう一度チャンスを与えてみては?」
「・・・え・・・」
「なんといってもフィルカの姫は“歌使い”と呼ばれるのです。殺してしまったら、美しいと評判の歌はもう二度と聞けないかもしれないのですよ。私は一度くらいその歌を聞いてみたい」
「カナス、くだらぬ口答えを・・・」
「それにフィルカは神の国として長らく独立を保っていた。信仰には薄い私でも、その古の神とやらの影響力くらいは予測できます。大義なく安易に攻め込めば、諸国が手を組んで守ろうとするかもしれません。それは我が国にとっても望ましい事態ではないでしょう。フィルカは服従の意を示しておりますし、無用な争いを巻き起こす必要はありません。ここはまず、きちんと真偽を確かめるべきでは?」
「・・・うむ」
カナスの理論的な説得に、スロン一人の怒りに支配されていた場で、感嘆の息がいくつも漏れた。
それだけで、感情で走る国王よりも理性的な王子のほうが慕われているのだということが分かった。
スロンはしばらく考えた挙句、にたりと笑い、顎を触りながら頷いた。
「よかろう。では、人の心を穏やかにすると自慢の歌を聞かせてもらおうか。それが真実であれば、フィルカは真実の姫を差し出したと信じよう」
「・・・はい!ありがとうございます!」
カナスの手助けで差した光明に、シェーナは瞳を輝かせた。あたふたと外布をまとい、立ち上がる。
「それでは・・・」
「まあ待て」
だが、スロンが口を開こうとしたシェーナを止めた。
「おい、あれを連れて参れ」
そしてじゃらじゃらとたくさんの指輪がはめられたスロンの手が撫でたのは、真っ黒な豹だった。
とげとげとした首輪をつけているので、ペットなのだろう。その首輪から伸びる鎖の先はスロンが持っていた。
「美しい毛並みの獣だろう?これは余の一番の気に入りでな。しかし、気難しい奴で、余にしか触らせん。この、カナスでさえも恐れて近づこうとせんわ」
優越した視線をカナスに向け、スロンは嫌な笑い方をした。
「人の心など不確かなものだ。前もって心地よいと信じておればそのように聞こえる。だが、獣はそうはいかん。そなたの歌でこのナルを手なずけて見せよ。それができれば、そなたが真の“歌使い”と認めよう」
ナル、と呼ばれた黒豹は、赤い瞳を怒らせ、シェーナに向かってぐるるるっとうなり声を上げた。
その恐ろしさにシェーナの顔が蒼白になる。
せっかく立ち上がったのに、また座り込みそうだった。
「小娘、怖いか?震えておるわ。ほら、“歌使い”。ナルに触れてみよ。でなければ、余は認めん。そなたの首を持ってフィルカにたちまち攻め入ってやろう」
「・・・・っ・・・」
―――フィルカに攻め入る。
その言葉に、シェーナはぐっと腹に力を込めた。
そんなことはあってはいけない。
塔の中でいつも見ていた綺麗な街並みを、あこがれた人々の笑い声を、駆け回りたかった自然を壊させてしまっては、ここで役に立てなければ生まれてきた意味が何一つない。
「私が、その豹に触れることができましたら、本物とお認めくださいますね?」
「おお、泣き言を言うかと思えば。気の強い小娘だ」
「お認めくださいますね?」
シェーナはその黒い瞳でスロンを一瞬たりともそらさずに見つめた。気がついたら震えは収まっていた。
負けない、かすかの望みがあるなら。
たった一つの、自分の生きた意味を失いたくない。そんな気持ちがシェーナを奮い立たせていた。
「よかろう。できれば、な」
「私が本物とお認めくださったあかつきには、フィルカは条約を果たしたとお認めになり、約束どおり我が国に攻め込まないと・・・」
「わかったわかった。約束しよう。ナルがそなたに触れられることを許したのであれば、フィルカ領土には手を出さないと、約束してやろう」
スロンはどうでもよさそうに手を振りながらそう言った。
あきらかにできるわけがないという態度だったが、確約を貰い、シェーナは安堵の息を吐く。
「それでは、歌わせていただきます」
「せいぜい食われぬようにな」
はははっと残酷に笑うスロンを気にもせず、シェーナは自分の中にある旋律をそのまま声に乗せた。
ざわついていた謁見の間が、すぐに静まり返る。
人々はシェーナの世界に引き込まれるように、黙って聞き入っていた。
しかし言葉をもたぬ獣はそう簡単にはいかない。
広間にはシェーナの歌声と黒豹の唸り声だけが響き合っていた。
だが、それはやがて一つの旋律だけになっていく。
牙を見せ、威嚇していたナルが少しずつその目つきを変えた。
シェーナはそっと黒豹に近づき、小さな手をナルの鼻先に伸ばした。
するとナルは一度警戒したように低く唸ったが、それでもシェーナが触れた瞬間に大人しくなった。
そのままシェーナが鼻から額にかけて撫でても噛み付くどころか、まるで喉を鳴らす猫のようにシェーナに擦り寄ってくる。
おおっと驚きと感嘆の声が上がった。
シェーナが歌うのをやめても、ナルは唸り声一つあげなかった。
「いい子、あなたはいい子。捕まえられて悲しかったんですね?自由になりたいんですね?」
ぎゅっとシェーナがナルの首を抱きしめてやると、ナルはぺろりとシェーナの頬を舐めた。
恐ろしかった赤い瞳が、とても悲しそうなものになっている。
「ナル!」
だが、突如響いたピシリ!という鞭の音に、ナルがびくりと反応した。
そしてまた攻撃的な声をあげ、シェーナを首から振り落とす。床に転がったシェーナを、スロンはあざ笑った。
「懐かせられなかったような。つまり、お前は偽物だ」
「そんな・・・」
鞭の恐怖でナルを支配している国王は、自分以外に自慢の獣が懐くのが許せなかった。それだけだった。
「この娘をとらえよ!」
誰もが理不尽だと知っていた。しかし、王の命に逆らうものはいない。
背後から伸びてきた腕にあっさりとつかまった小さな体は、よじってもよじっても動けなかった。
むしろ背の高い兵士に取り囲まれて足が浮く。
だが、そのとき。
「グアゥッ!!」
「ひっ!?」
ナルがシェーナを捕まえた兵に跳びかかった。
鋭い爪が兵の肩の肉を切り裂く。
反対側の男は左目をえぐられた。
「ナル!?」
ナルは美しい毛並みを血でよごしながら、シェーナの前に立った。
背中側には尻尾をまきつけて、まるでシェーナを守るように。
何度も何度も咆哮を上げ、肩を下げた状態で今にも飛び掛りそうなポーズをとった。
スロンは怒りに顔を真っ赤にし、ナルごと始末するように檄を飛ばした。
しかし。
「これは、認めざるを得ないでしょう」
かたん、と立ち上がったカナスに、恐れおののいていた兵士たちの、そしてシェーナの視線が集まった。
「誰にも懐かなかった黒豹が彼女を守ろうとしているのです。今ここで強情を張り、優秀な兵を黒豹に傷つけられるのは害にしかならない。ここは、我々の負けです」
「負けだと?!」
「いいではないですか、彼女がフィルカ王国シェーナ=ロワデセル姫ということで。それを認めたからといって、何の損もない。本来必要ではなかったフィルカにまで戦力を割くことは、計画の遅れにつながりましょう。それにこの“歌”の能力。我が国の手におさめておけば、後々何かの役にたつかもしれません。上手く使えば兵の士気をあげることも可能でしょう。耳にも心地がよい音楽ですし、日々の慰めにも・・・」
「余はそのようなことはどうでもよい!歌などこれっぽっちも興味はないわ!ただ、美しいと評判の金の姫を所望しただけだ!そんな不吉でみすぼらしい娘がフィルカの姫であろうとなかろうとどうでもよいわ!」
国王は怒りにまかせて隣に置かれていた黄金の台をひっくり返した。
けたたましい音がして、上に乗っていた果物やグラスの中のワインが床に飛び散る。
シェーナはその剣幕と音に怯え、ナルの背にぎゅっとつかまった。
台座の階段を下りたカナスは、ふっと息をついた。
スロンに見えないようにシェーナのほうを見ていたから気がついたのだが、彼は嫌悪するような表情を浮かべていた。
(え・・・)
それは一瞬だったけれど、確かだった。もしかして、仲が悪いのかと思う。
「ではどうするのです、父上。とりあえず彼女はフィルカの姫とお認めになるので?」
「そのようなこと、どうでもよいわ」
「しかし、正式にフィルカへ兵を動かすとなれば軍を分散させねばなりません。そうなれば、1月とお命じになられましたカーシャール地区を落すのにはもう少しお時間をいただかなければ。それに、別の部隊を動かす大将も・・・」
「ああうるさい!うるさい!好きにせよ!わずらわしいことから解放されるためにそなたに全権を任せておろう!」
「では、フィルカへ軍を送ることは今回見送らせていただいてもよろしいでしょうか?フィルカを落したところで得られる戦益は・・・」
「お前に任せると言っておろう!だが、その娘は許さぬ!余をたばかった!余が求めていた金の娘ではなかった!」
スロンが怒りに震える手でシェーナを指差した。
それを見て、ナルがぐるるるっと唸り声を上げる。
飼い主に今にも飛び掛りそうな勢いだ。シェーナはそれをそっと押さえた。
「いま・・・今のこと、本当でしょうか?」
「許さぬと言ったら許さぬ!期待はずれだけでなく、貴様は余の顔に泥を塗った。その獣ごと始末してくれるわ!」
「違います!そうじゃなくて・・・フィルカに攻め入らないと・・・今・・・」
「フィルカなど興味ないわ。あのような小国」
「本当に・・・。私をフィルカの姫と認めてくださるのですね?これで・・・これで和睦はなったと考えてよいのですね?フィルカは、貴国と戦わなくてよいのですね・・・?」
シェーナはへなへなとその場に崩れた。役目を果たせて気が抜けたのだ。
「・・・・よか・・・った・・・。これで・・・」
「お前・・・」
安堵の声を涙と共にこぼしたシェーナを、カナスが驚いたように振り返った。
それに気がつかず、シェーナは深く深く頭を下げた。
「アキューラ王国スロン国王陛下に、心よりお礼申し上げます。陛下の御世の栄光と貴国の末永い繁栄をフィルカの民は願い、ここに忠誠申し上げます。この和睦がなった以上、わたくしの命は貴国のもの。いかようにもご処断くださいませ。意図せぬことではありましたが、結果として貴国をあざむいたことになった罪、重々に承知しております。お怒りを静めていただくためであれば、この場で胸を刺しつらぬことすらためらわぬ覚悟にございます」
「心がけだけは一人前だな。いいだろう、望みどおりこの場で手打ちにしてやる」
そんな言葉も、すべてをやり遂げたシェーナには何の恐怖ともならなかった。
もう満足だ。
こんな自分でも一つだけ人の役に立てたことがあったことに、もう満足だからあがかない。
だから、ナルが唸るのも止めさせた。
ただ、床に平伏したままそのときを待つ。
すべての光も、音も、匂いも、もうシェーナにはどうでもよかった。
一度だけ、かつん、とごく近くで靴の音がした。
(・・・これで終わり・・・)
16年というのは長い人生ではない。でも、別にもういい。
あきらめることばかりの生活は、こんなときでさえ穏やかでいられるだけの強さをシェーナに与えてくれていた。
だが。
ぐいっと体を引っ張られたと思えば、突然足まで浮いた。
小さな子供のように、腕に座る形でシェーナは抱き上げられていた。
ぎょっとして目を開けば、ライトブルーの瞳が目の前にあった。
近い、と思っていると、そのままどんどんドアップになって、唇に柔らかい感触があたる。
温かなそれはすぐに離れ・・・なくて、ちゅっちゅと何度か吸われた。
どういうことかときょとんとしていると、今度はぬるりと口の中に何かが入ってきた。
気持ちの悪さに首を振ろうとしたがどういうわけだかうまく逃げられない。
嫌だ嫌だと必死で自分の舌で押し返そうとすると、ますます絡め取られて逃げられなくなった。
「・・・ぅ・・・うう・・・」
息が苦しい。このままでは死んでしまう。
窒息死なんかよりも、いっそばっさり言ってくれれば苦しくないのに・・・とシェーナは酸欠で真っ赤になった顔で恨みがましく思った。
いや、死に方の指定はできないのだけれど。
だが、意外にもシェーナが息絶える前に、それは離れた。
「父上、これは私が引き取ります。名目は・・・そうですね、“シアン”にでもしておいてください」
シアン、という単語にざわざわと広間が騒がしくなった。
けれど、シェーナにはもうどうでもいい。とにかく、目の前が暗くなっていって意識が遠のく。
「・・・え、おい。おい、お前?」
何故だか焦ったような声を聞きながら、シェーナはこれで死んじゃったんだ・・・と真っ暗な世界に落ちていった。




