無謀な依頼5
翌日、俺たちはダンジョンの3階層の攻略に取り掛かっていた。
階段を降りた先は、全てが石壁で覆われている大きな通路だった。
床にも同じよう石が敷き詰められ、足場としては洞窟よりはマシになっている。
「……ぐっ!」
自分より大きいクマ型モンスターを、無口が両手で持った大楯で使い押し込むように支えていた。
一見、ただクマに襲われているように見えるが、その力は拮抗している。
俺が昨日抱いた嫌な予感は的中し、3階層の魔物はこれまでとは別次元の強さになっていた。
このクマ型モンスター、フィアーグリズリーという名前だが、こいつ1匹対し全員で取り掛からなければならない有り様だ。
「よし、そのまま抑えてろ!ギャルはパワーアップのバフを切らすなよ。切れたら一気に押し込まれるぞ!」
そう注意すると、俺はクマの後ろに回り込みその後ろ足の腱をナイフで切り裂く。
「グアァアアーーーッ!!」
クマの叫び声が響き渡り、その巨体がぐらつく。
その隙をついて、無口が盾を押し込み完全に体勢を崩す。
「今だ!!」
体制を崩し、頭を下げたクマに真夏はハンマーで頭をぶん殴る。
さらに、イケメンが両手剣で首筋を狙って切りかかった。
だが、その攻撃は鈍い音を立てただけで、弾き返される。
「うわっ、硬すぎですよ!手が痺れます……」
「硬っ、刃が通らない!」
「ガァッ!」
クマがイケメンに向けて、前足の爪を振るってくる。
俺は、ギリギリの所でイケメンの襟首を掴み後ろにぶん投げた。
何とか回避させることに成功する。
だが、無口が巻き添えを喰らって吹っ飛ばされるのが見えた。
「ぼさっとしてんな!」
「すいません。助かりました!」
どうしたものかと考えていると、クマが再び前足を振り上げる。
その時、横から炎の玉がクマに炸裂する。
「ガアアアアアッ!」
「ナイスだフリル!」
俺はまだ炎に包まれているクマに肉薄して、その胸ぐらにナイフを突き刺した。
炎のせいでクソ暑いが、確かな手応えを感じた。
「ガアアアアァァーーーーーッ!!」
大きな叫びを上げた後、ようやくクマが沈黙し、その巨体が消えていくのが見えた。
「大丈夫か無口?」
「……なんとか」
盾のガードが間に合ったらしく、軽い怪我で済んだようだ。
ヒーラーのギャルがまめに回復スキルを使っているが、モンスターが強くなり生傷がたえない状態だった。
俺や真夏はまだ良いのだが、イケメンの斬撃が通らないのが一番の問題だった。
そこを突かれれば、下手をしたら前衛を抜かれかねない。
だいぶキツくなってきたな……
「先輩!モンスターがきます。おそらく3匹です!」
考える間も無く敵が迫る。
「一旦引くぞ!俺が殿をやる!」
もう完全に引き際だ。
華菱組が疲弊しすぎているし、この階層のモンスターの強さを考えると複数を相手にするのは無理だ。
これ以上無理を通せば死人が出かねない状況だった。
「早く行け!」
「「「了解!」」」
俺を残し、全員が後ろに向かって全力で走り出す。
俺の前にフィアーグリズリーが3匹現れる。
こいつら、足はそう速くないので時間を稼げば逃げることは出来るだろう。
「さて、ちょっと遊んでやるか……」
俺はクマの相手をする為に、一歩前に踏み出す。
1匹が俺の左手に噛み付いてくる。
俺はその攻撃を回避しなかった。
牙が腕に少しだけめり込む感覚があったが、気にしない。
少し血が出るくらいだ。
これで、少しは苦戦したように見えるだろう。
噛みついているクマの脳天に、ナイフをブッ刺す。
脳を刺されたためか、叫び声を上げることもなくそいつは消え去った。
残り2匹。
「少しは粘ってくれよ。じゃ無いと不自然だろ?」
俺はフィアーグリズリーに向かって、ゆっくり歩き出した……
俺は時間稼ぎをした後、無事に他の奴らと合流する事が出来た。
全員が思いの外消耗が激しいようで、最早ダンジョンから脱出するしか選択肢はなかった。
どうにかベースキャンプまで逃げ帰ると、待っていた冴羽が声を掛けてくる。
「やはり……一筋縄ではいきませんか?」
冴羽は傷だらけの探索者達を見て、状況を理解したようだった。
「ああ、3階層から一気にモンスターが強くなりやがった。このままじゃあ、死人が出るかもな……」
このままではダンジョンの攻略などできないだろう。
俺が本気で取り掛かればいけるかもしれないが、そんな気はさらさら無い。
それを考えれば、こちらの戦力が絶対的に足りなかった。
「そうですね……ですが、すでに手は打ってあります。こちらへどうぞ」
随分と自身ありげなので、とりあえずは冴羽について行く事にする。
戦力になる奴でも連れてきたならいいのだが、見渡す限りそんな奴はいない。
「こちらです」
「これは……すごいな」
そうとしか言えなかった。
そこには、さまざまな武器や防具が並べられていた。
かなりの数があり、まるで装備品の専門店のようだ。
「ドロップ品から作られた装備です。すぐに準備出来るものを根こそぎ集めました」
「よくこんなに準備できたもんだ……」
ただの装備品だとしても驚きの量なのだが、それがドロップ品から作られた物となると、もう開いた口が塞がらなかった。
華菱の探索者たちが、傷だらけなのにもかかわらず装備に群がり騒ぎ始める。
無理もない。
ぱっと見ただけだが、かるく数千万はする装備も見受けられたからだ。
「好きに使っていただいて構いません。これを使えば、3階層は突破できるのでは?」
確かに、この装備を使えば3階層は突破出来るかも知らない。
その先は知らんがな……
「かもな。だが、俺はもう引き際だと思うけどな」
「そう簡単に、諦められては困ります」
そう言う冴羽の目は、何か強い決意を感じさせる。
暫く睨み合いになるが、どのみちこの女には逆らえない。
「分かった……」
俺は、諦めてそう言う事しか出来なかった。
「お前らその辺にしとけ。明日もあるんだ、さっさと休めよ!」
「分かってるってー」
ギャルは口ではそう言ったが、装備を漁る手を止めなかった。
いや、まずお前が怪我を治してやれよ……
周りが奴らが何とか諭し、装備品からギャルを引き剥がす事に成功する。
ギャルが治療を始め、全員の傷を癒し終わると、ようやくひと段落ついたような気がした。
その後は、夕食を済ませ早々に就寝する事になった。
夕食後、俺がひとりで酒を楽しんでいると、昨日に引き続き冴羽が声をかけてきた。
「あなたは、今日もまだ余裕がありそうに見えますね。もしそうなら、もう少し本気で取り組んで補しいのですが!」
冴羽にしては珍しく語気が強い。
少し顔が赤いので、多分手に持っているマグカップにはアルコールが入っているのだろう。
おぼつかない足取りで俺の横に腰掛ける。
「ふざけんな、こっちだって怪我してんだよ!」
俺はモンスターに噛まれた跡を見せつけてやった。
酔っ払いの相手をしたくはないので、適当にあしらう事にする。
「私は!本当にあなたに期待しているんです……あなたならもっと先に行けるはずです!」
今日はやけに絡んでくるなと思い、冴羽を見ると、俺を睨みつけてきやがる。
その眼差しは、まるで想いの強さが見えるような気がする程鋭いものだった。
俺は視線を逸らし、冴羽に問いかける。
「なあ、どうしてそこまでダンジョンにこだわる?」
「それは昨日もお話ししたはずです!」
確かに昨日も聞いたのだが、俺が聞きたいのはそう言う話ではない。
「昨日のは華菱の話だろ。俺には、あんた自身がダンジョンに囚われてるように見える。何故だ?」
冴羽は俺の言葉に何かを言いかけるが、それを飲み込み何も言わなかった。
話すつもりは無いのか、俺から視線を逸らしてしまう。
「こっちは命をかけてんだ、教えてたっていいだろ……」
冴羽はマグカップの中身を少し口に含み、それを飲み込んだ。
その後、神妙な面持ちで静かに語り出した。
「……新庄さん、あなたご家族はいらっしゃいますか?」
「いや、いないな。俺にはツレはいないし、親はとっくに死んじまっったみたいだしな」
「そうですか、私も同じ様なものです……」
それは、別に珍しい事では無い。
今この世界では、ごくありふれた話だ。
特に日本は島国だった為、津波の被害が大きかったのだ。
誰に質問したとしても、近しい誰かを亡くしていると答えるだろう。
「私は許せないんですよ、私の父や母、まだ幼かった妹を奪った全てが!別にダンジョンにこだわっている訳ではありません。あの地震や津波を引き起こした全てが許せないんです!新大陸もモンスターもダンジョンもそんな訳のわからないものに、何故私の大事なものを奪われなければならなかったのか……」
冴羽は自分の全てを曝け出すように、話した。
かなり酔いが回っているようだった。
「だから私はその全ての謎を解き明かし、屈服させてやる!今の私なら出来る!出来るだけの地位を手に入れた。もう何も出来なかったあの時とは違う。そうすればもうあんな思いをする人はいなくなる……はずです」
「ようは、復讐したいのか……」
冴羽は、家族を失った悲しみをダンジョンに、いや、新大陸自体にぶつけているのかもしれない。
大陸に復讐するなど普通なら考えはしない。
自然災害なら仕方ない、そう考え、諦める。
だが、冴羽は違ったんだろう。
華菱という力が、そうさせたのかもしれない。
次第に大きくなる華菱を使って復讐することを考えてしまった。
「まあ、なんだ……」
どう答えたら良いのか分からず、言葉に詰まる。
冴羽に目をやると、感情的になったことを恥じているのか俯いていた。
「お前の事情は分かったよ。でもな、無理にダンジョン攻略を進めてどうする?本当に人が死ぬ事になるぞ」
……………
暫く待つが、返事がない。
よく冴羽を見てみると、いつの間にか寝息をたてていた。
「おい、ここで寝んじゃねーよ!」
肩を揺すって起こそうとするが、起きる気配がまったく無い。
「たく、しょうがねーな」
仕方なくテントまで送り届けようと冴羽を抱え上げる。
ただの酔っ払いじゃねーか。
随分大層な話をされたが、昨日の聞いたものよりはよっぽど納得がいった。
まあ無理をすることはないが、それでも、もう少し本気を出してもいいかと思うには十分だった。