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「なあ、シロ。6号の狙いが魔石自体ってのはどういう事だ?魔石なんか金に変える以外使い道ねーだろ?」
それ以外で魔石を活用するとなると、まず思い当たるのはエネルギー資源としての性質だが、まさか6号がこれから電力事業を始めようとしているとも思えないし、後考えられるとすれば……
世の中には魔石を収集するなんて変わった趣味の持ち主がいるにはいるが、それはかなり少数だし流石に……
アイツが魔石を見つめてニヤニヤしている姿を想像すると、それはそれで面白いけどな。まあ違うだろう。後は…………
駄目だ。思いつかん。
「自らを強化する為ではないですか?私がしたように、魔石を経験値に変換する手段を持っているのかもしれませんよ」
成程。確かに、それならアイツが魔石を集める理由としてはしっくりくる気がする。
俺自身がその恩恵を受けていないのもあって、そこまで頭が回らなかった。
「でもなー、そんな事が本当にできんのか?いくらアイツが強いって言っても、お前と違ってただの人間なんだぞ」
「人間というのは存外器用な生き物ですし、緻密な魔力の操作方さえ覚えれば可能だと思いますよ。所詮は魔力操作で行なっている事ですから。本質的にはスキルを使うのとそう変わりませんよ」
スキルね……そう言われると、出来ないこともない気がしてくるが……
スキルはただ思考しただけで発動するものなので、魔力の操作なんて意識した事は無い。
だが、スキルを使った時に魔力が動くような感覚があるにはあるので、要はそれを意識的に動かすって事なんだろう。
「えーと、なんかさっきからキミたちの会話にイマイチついていけないんだけど……」
だろうな。俺だってシロと出会う前だったら、こんな話を信じなかったしな。
でも、実際に精霊なんてもんが目の前にいるからな……信じざるを得ないんだよ。
「仮に今の話が全部本当だったとして、6号はそんなにレベルを上げていったい何をするつもりなんだろうね……」
いや……待てよ。もしかしたら、コイツ……まだシロの事を、ただ喋るだけのモンスターだと思ってるんじゃないか?
考えてみれば、フレッドにシロの正体をバラした記憶は無い。
ここで俺の頭の中に、あるアイディアが浮かんできた。
このまま何の予備知識も与えず、フレッドとサラマンダーを御対面させてみたらどうなるか……さぞ面白い反応を見せてくれるに違いない!
そんな風に俺が悪知恵を働かせているうちにも、シロとフレッドの話は続いていく━━
「まあ、普通に考えれば自分より強い者と戦う為でしょうね……」
「ええー……ねえ、それマジで言ってるの?」
勘弁してくれ━━フレッドの表情がそう物語っていた。
それは俺も同感だったが、6号がレベルアップの為に魔石を集めているのなら、そうしなければならない程の敵がいるっていうのはあり得る話だ。想像もしたくないけどな。
「私としても、この世界にそれ程強い人間がいるとは思っていませんでした。ですが、実際に6号という、私の世界の人間に匹敵する実力を持つ者がいます。であれば、他に隠れている者がいてもおかしくは無いでしょう?」
隠れている者━━シロがわざわざそんな表現したのは、それが監視者である可能性を指摘したいのだろう。
「そうかもな。俺が初めて遭遇した時、アイツは明らかに何者かを警戒してた。それが監視者ってのは十分あり得るか……」
いや、こらは俺らに都合が良すぎる考えだな。
これ以上、訳の分からん連中に絡まれたくないという思いが多分に含まれている。
「だが、情報が少なすぎる。今は断定しない方がいいな」
こちらから6号や監視者に接触出来ない以上、それを確かめる術は無い。
決めつけて動くのは危険な気がするし、今はその可能性を把握するだけに留めておこう。
「ねぇ、だから話についていけないって……その監視者ってのはいったい何なんだい?それに、シロちゃんが私の世界って━━」
「ちょっと待ってくれフレッド。そいつを説明するには、かなり時間が掛かるんだ。色々と複雑に絡み合っててなー」
あぶねーあぶねー。
このままいったら、あっさりシロの正体がバレてしまう所だった。
でも、そうはさせねーよ。
なんせ、こっちにも段取りってもんがあるからな。
「急にどうしたんだい新庄くん。水臭いじゃないか。まさか、今更ボクに隠し事をする気かい?」
おーっと、随分と威勢の良い脅しだな。
まあ、安心してくれ━━隠す気なんてさらさらない。
「勘違いすんなって。俺とお前の間で隠し事なんかする訳無いだろ?ただ、説明する前に、お前に紹介しておきたいヤツがいるんだ。言ってる意味……分かるよな?」
俺自身、何を言ってるのか意味が分からない質問だった。
ただ思わせぶりな雰囲気を醸し出しながら、それっぽいセリフを適当に並べ立てただけだ。
そんなものでも効果はあった様で、フレッドが少し考え込む様な仕草を見せる。
「つまり……君の後ろ盾を紹介してくれるって言うのかい?随分太っ腹だね……」
コイツはいったい何を言ってんだ?
俺の後ろには、今の会話についてこれず頭の上にクエスチョンマークを浮かべまくってる真夏しかいないんだが?
フレッドさん……流石にスパイ映画の見過ぎですよ……ひくわー。
少し意味深な言い方をしただけで、簡単に喰いついてきやがった。
あんま笑わせんじゃねーよ。我慢できなくなるだろ……プッ……
「もう歩けんだろ?ついてこい……」
ここで嘘を吐くのは野暮ってもんだろ?
よって、俺はフレッドの問いには答えず、ただ部屋を出るように促す事にした。
「……ああ、分かったよ。せっかくの招待だし、挨拶させてもらうとするよ」
うまく隠してはいるが、一瞬だけ言葉に詰まった事で動揺していると分かる。
そりゃそうだろう。
コイツが俺に接触する際、それなりにこっちの身辺調査はしているはずだ。
その際、俺が変な組織と関わりが無い事は調べが付いているだろうから、フレッドはこれから正体不明の人物と面会するって事になる。
こんな状況で動揺しない訳が無い。
フレッドを連れて部屋を出ると、シロを抱えた真夏が小走りで俺の横まで近づいてきた。
「新庄、何をするつもりですか?」
シロが小声で囁いたのは、俺が何をしようとしているか薄々勘付いているからだろう。
「何って……だいたい分かんだろ?フレッドには散々いいように使われたんだ。ちょっとこの辺で、あの方にシメといて貰おうと思ってな……」
「ああ、成程。それはいい考えですね……」
子犬の口角が、少しだけ上がったのを俺は見逃さなかった。
どうやら俺の犯行動機は、精霊王様にもご満足頂けるものだったようだ。
まあ、シロは意外とイタズラ好きな面があるからな。予想の範疇だ。
問題なのは真夏の方だが━━
「……ほどほどにして下さいね」
シロが賛同したからか、意外なほどあっさりと犯行を容認してくれた。
真夏としても、フレッドに騙された事に関しては思うところがあったのかも知れない。
「ねぇ、目の前で内緒話されると何か不安になってくるんだけど……因みに、これからボクが会うのはどんな人なんだい?」
別に意図した訳じゃないが、今の内緒話がフレッドの不安を煽ってしまったようだな。
いい感じだ。この辺で一発かましとくか━━
「そう警戒するな……気難しい所はあるが、悪い、人じゃないからな……」
「ブフォッ!…………ワン!」
…………………………
おい、シロ!
精霊王にあるまじき声で吹き出してんじゃねー!
だいたい、最後の鳴き声はいったい何のつもりだ?
まさか、それで誤魔化したつもりじゃねーだろうな?
ふざけんな!逆に怪しまれんだろうが!
思わず、心の中でシロを罵倒してしまう。
今のは流石に何か勘付かれそうなものだったが、考え事に没頭していたのか、幸運にもフレッドに突っ込まれる事はなかった。
ふー……助かったぜ……
ひと安心した所でシロに避難の視線を送ると、真夏の胸に戯れ付いている無邪気な子犬の姿が目に入った。
こいつ……先を見越して子犬と入れ替わりやがった……
まあいい……バレなかったってんなら計画は続行だ。
目指すのは謁見の間。
昨日、サラマンダーが大抵はそこに居ると小耳に挟んだからだ。
目標に向かって歩いていると、エルフ女がひとり、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
折角だし、念の為にサラマンダーの居場所を確認しとくか。
「悪い。ちょっと聞きたいんだが……今アイツがどこにいるか分かるか?」
「ええと……サラマンダー様の事ですか?でしたら、謁見の間にいらっしゃいましたけど……」
エルフ娘は少し考える仕草を見せたが、一瞬だけシロに視線を向けた後、すぐにそう返答してきた。
その観察眼はたいしたもんだが、できればサラマンダーの名前は伏せて欲しかった。
でもまあ、さっきのシロの失態を考えればまだ及第点だ。何も知らない奴を責める訳にもいかないしな。
俺が軽く礼を伝えると、よほど忙しいのか、エルフの娘はそそくさとこの場を去っていった。
「今のって……N P Cだよね。あの耳の形状……集団失踪したあの村の住人って事でいいのかな?」
やば……そこに喰いついてくるか……
普通に考えれば当然の事なんだが、昨日から滞在していて見慣れてきていたのもあって完全に失念してしまった。
だが、こんな事で諦める訳にはいかない……目標地点まで後少し、ここは強引に乗り切る!
「そう焦るなよ……全部アイツが説明してくれるはずだからな……」
ただの言い訳だが、完全に嘘という訳でもない。
これから会いに行くお方は、こういった説明をするのは三度目になる。さぞ饒舌に語ってくれるだろうさ。
「サラマンダーか……偽名だとは思うけど、聞かない名だな……」
「ブッ!」
拙い!完全に不意打ちだ!
フレッドの口から漏れ出した囁きに、今度は真夏が耐えきれずに吹き出してしまった。
シロほど無様な声は上げなかったが、鼻から液体が飛び散る様を、俺ははっきりと目撃してしまった。
真夏が笑いを堪えながら、慌てて懐からティッシュを取り出して鼻をかむ。
そんな珍しい光景が目の前で繰り広げられているというのに、フレッドは全く気付きもしない。
……何でこんな奴がスパイになれたんだよ?
「いや、コードネームか?まさか……まだ自衛隊と繋がりがあるのか?」
クソッ!俺ももう……限界だ。
うっすらと聞こえてくるその見当違いな推理は、もはや笑わせにきているとしか思えなかった。
それでも、堪えてみせる!謁見の間はすぐそこだ!
フレッドの寝かされていた部屋からそう離れていないってのに……ここまでくるのに二人も犠牲をだしちまった……
真夏は俯いてただ震えるだけになっており、シロに至ってはただの子犬と化している。この犠牲を無駄にする訳にはいかないんだ!
その思いを胸に進んだ結果、俺はようやく、目的の扉に触れることができた。
「さあ、入ってくれ……」
それは、俺だけの思いが込められたものではなく、儚く散っていった真夏とシロの思いが込められた一言だった。




