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新太平洋大陸  作者: 双理
5章 師匠
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早朝の夜逃げ4

 現在、俺は精霊の森の中のエルフが移住した場所にいる。


「新庄よ……お主はこの地に何の結界が貼られているか理解しておるか?」


 より正確に言えば、謁見の間と言うらしい大広間にだ。


「人間を寄せ付けぬ為の結界ぞ」


 前に俺が倒れた時に運ばれた建物はサラマンダーが精霊力とやらを使って作り出したものらしいが、この謁見の間はエルフ達が精霊王への敬意を込め、自分たちの手で建てたらしい。


「にも関わらず、見知らぬ人間をこの地に引き入れるとは、お主はいったい何を考えておる?」


 引っ越してからそんなに時間が経っていないと言うのに、たいしたものだ。


「まさかお主、謀反を起こす気ではあるまいな?」


 その謁見の間で、俺はサラマンダーがチクチクと小言で責め立ててくるのを敢えて受け入れていた。

 サラマンダーの怒りが熱気として伝わってきて暑苦しいが、俺は寧ろ、この時間がずっと続いてくれとさえ思っている。

 それが単に嫌な事を先送りにしているだけで、何の解決にならない事は理解している。

 それでも、この後に俺を質問攻めにしようと控えている面子の事を考えると、少しでも心の準備をする時間が必要だった。

 だが、神様は俺の細やかな願いを聞き流してしまったようで、その願いは結局叶わなかった。

 何故なら、サラマンダーの説教が始まって早々にシロが止めに入ったからだ。


「まあまあ、その辺にしておきなさいサラマンダー。新庄にも色々と事情があったのでしょう。そう責めるものではありませんよ」


 うなだれて説教を喰らっている俺を見て憐れんだのかもしれれないが、完全に余計なお世話である。

 それでも、サラマンダーは説教を続けようとしてくれたが、精霊王のひと睨みであっけなくその口を噤んでしまう。


「とは言え、新庄には色々と聞かねばなりませんね。ここではサラマンダーが邪魔ですし、別室でお茶でも頂きながら詳しい話を聞きましょうか……」


 いくら何でもサラマンダーの扱いが酷すぎる気がしてきた。

 朝早く起こされてご機嫌斜めなのかもしれないが、久しぶりに会った自分の同族にはもう少し優しくしてやってもいいと思うんだが……

 後、今のお前は子犬みたいなもんなんだから、飲むなら水にしとけよ。


「いいですねー。朝からメッセージひとつで走らされて、ちょうど私も喉が渇いていたんですよ」


 どう考えても、皮肉だよな……

 どうやら真夏は、俺が送ったメッセージにすぐに返信したのを、ガン無視されて怒っているようだった。

 痺れを切らして電話も掛けてきていたようで、スマホをチェックした時に着信履歴が真夏の名前で埋め尽くされているのを見て、俺は戦慄した。

 だが、それは逃走中で着信に気づかなかったのであって、つまり、仕方無かったんです……


「…………」


 いつもうるさい結が何も言わないのは、謁見の間の玉座と思われる立派な椅子に座って寝ているからだった。

 そこは決してこいつみたいなクソガキが座っていい場所では無い気がするが、その膝の上にシロが座っているのでギリギリセーフなんだろう。

 現に、サラマンダーはその事については何も言ってこない。

 

 突然だが、犬を抱えたまま眠りこけている少女の姿とは実に微笑ましいものだと思わないか?

 そんな姿を見ていると、思わず和んでしまって笑みがこぼれてしまうってもんだ。

 最も、俺の心が和んだのは、ひとりでも俺を責め立てる人物が減った事が要因だがな。

 ここにきて、ようやく運気が上向いたように思える。


 だが、その直後に目に入った人物が再び俺を奈落の底に叩き落とした。

 そいつの目は白い毛並みをした獣を捉えていて、そこから全然動いていない。

 その姿は、俺とは逆に安らぎに満ちた天国へと旅立っているように見えた。羨ましい限りだ。

 だが、これは非常に拙い状況だと言える。

 冴羽がこの調子では、俺に全ての説明責任がのしかかってくるのは明白だからだ。

 

「じゃあ、行きましょうか先輩」


 まるで仲のいいカップルがそうするように、真夏が接近してきて俺の腕を絡みとる。

 ふんわりと良い匂いってきて、腕に柔らかい感触が少しだけ触れたが、俺はそれを素直に喜べなかった。

 これが決してそういった甘い雰囲気のものでは無く、単に逃亡を防ぐ為だと分かっているからだ。


 真夏が俺を引き摺って移動を始めると、シロが結の膝から飛び降りて足元に駆け寄ってる。

 更にその後ろを冴羽が夢遊病患者のような足取りでふらふらとついてきた。


 もはや俺に抵抗する気は無い。それが如何に無駄であるかは、ここ最近嫌と言うほど味合わされている。

 別室に連行されている最中、泰志の驚愕する声が聞こえてきた。


「……喋るモンスター?」


 かつて俺が通った道を、今、泰志が歩み始めたようだった。


 おいおい、泰志……お前はまだ、そんな所にいるのか?

 そんなスローペースじゃ、俺に追いつくなんざ到底無理な話だぞ。

 さあ、もっとペースを上げろ!

 そして、一緒に行こうじゃないか……これから待ち受ける、地獄のお茶会にな……


「たわけ!あのような物と一緒にするでないわ!」


 何か聞いたことが有るようなセリフが聞こえてきた事で、俺は泰志がお茶会に遅刻するであろう事を悟ってしまった。

 きっとこれから、あの時と同じようなやり取りが繰り広げられるのだろう。

 何だか……今日は全てが噛み合っていないように思える。

 それでも、俺は心の中で早く泰志が追いついて来てくれる事を願っていた。

 どう考えても、俺ひとりで女どもの相手をするのは無理だからな……

 そして、謁見の間の扉は閉ざされた。





 俺が連行された場所は、謁見の間の隣に設けられたそう広くない部屋だった。

 部屋の中は、以前シロと対談した時のように殺風景という事は無く、適度に家具が置かれているし、彩りとして花なんかも飾られている。

 後はテレビと小さい冷蔵庫でもあれば、ちょっとセンスの良いホテルの一室といった感じだ。

 俺達は、その部屋の中央に備え付けてある丸テーブルを囲むように椅子に座る。

 テーブルの上にに飾られた花からカルミナ村に似た雰囲気を感じとり、間違いなくここでエルフ達が生活をしているのだと感じられた。

 ここにくる途中、何人かのエルフとすれ違ったが、あの時とは打って変わっていきいきとしているのが伝わってきた。

 きっと、この森で幸せに暮らせているのだろう。


 良かったな………………なんて思えるわけねーだろ!


 如何にここがセンスの良い部屋だからといって、俺の現状が変わる訳じゃ無い。

 どんな見た目でも今の俺にはここは取調室としか思えないし、ましてやエルフ達の生活に気を配っている余裕など有りゃしない。


「では先輩。早速ですが今朝あった出来事を最初から全部教えてもらっても良いですか?」


 取り調べはそんな真夏のひと言から始まった。

 意外だったのは、その言葉からは真夏の怒りが感じられなかった事だ。

 これは奇跡といって良いだろう。真夏は純粋に今朝あった出来事を知りたがっているようだった。


 ここで、黙秘権を行使するほど俺は馬鹿では無い。

 真夏の機嫌を損ねないように、フレッドが朝訪ねて来た所から、真夏と合流するまでの出来事を事細やかに説明した。


 滑り出しは好調だった。

 真夏は話をちゃんと聞いてくれるし、シロはテーブルの上に置かれたクッションの上に佇んでいるだけで、口は出してこなかったからだ。

 冴羽が何をしていたかは……別に言わなくても分かるだろうから省く事にする。


 その流れに変化が訪れたのは、真夏にメッセージを飛ばした話を始めた時だった。

 それまでは少なかった横槍が、急激に増えた出したのだ。

 まずは、何故電話しなかったのかという事を詰められた。

 まさか、ごちゃごちゃ言われて時間を無駄にしたく無かったとは言えないので、俺は別の言い訳を考える事にした。

 だが、そこで少し言い淀んだのが拙かったのかも知れない。

 急激に機嫌を損ねた真夏は、何故ああしなかったのかだの、どうしてそんな事になるのかだの、話が少し進むだけで口を出すようになっていった。


 それからは真夏の勢いを止める事ができず、俺は話を進めながら幾度も謝罪させられるという、何とも風変わりな拷問を味わう事になった。

 途中、お茶を持って来てくれたエルフがいたが、場の雰囲気を読み取ったのか、ただお茶を置いて無言でいそいそと立ち去る姿が印象に残っている。

 結局、俺はそのまま昼過ぎまで追跡者がいない逃走劇の話をさせられる事になった。


 ああ、そうだった……

 ここは重要なのでもう一度言うが、結果的には冴羽と泰志を追っている奴なんかいなかったのだ。

 それ自体は喜ばしい事で、そのおかげで俺は今、全く味が感じられないお茶を味わっている訳だが、寧ろ襲撃があった方が説教が短くなったかも知れないと思うと何とも複雑な心境だった。


 そんな中、もはや精神の限界を迎えそうだった俺を救ってくれたのは、眠りから覚めた結だ。


「お腹すいたですー」


 その救世主はお腹を抑えながら、絶望的にセンスのない救いの言葉を俺に与えてくれた。どうやら腹が減って起きてしまったようだ。

 この場にいる全員が、そのありがたい言葉を受けて空腹という感覚を思い出してくれたようで、取り調べはそれでお開きになった。

 この時、カツ丼を食べてーなと思った俺は、食欲がある事を喜ぶべきか、取り調べを引きずっている自分の精神を心配するべきか分からなくなっていた。


 その後少し遅い昼食を全員で済ませると、今朝の出来事が全部幻だったんじゃないかと思える程にまったりと過ごすことが出来た。

 真夏の小言は続いていたが、実に平和だったと言える。


 事態が動き出したのは、その翌日、フレッドが意識を取り戻してからだ……

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