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新太平洋大陸  作者: 双理
5章 師匠
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早朝の夜逃げ3

随分と話が脱線してしまったが、フレッドの応急処置が終わり、ひと段落ついた所で俺は本題を切り出す事にした。


「なあ、冴羽。わざわざフレッドを助ける必要があんのか?実際、人体実験の情報なんかいらねーだろ?」


 俺がフレッドを助ける理由が無いのは前述の通りだが、冴羽にしてもその必要があるとは思えなかった。

 何故なら、C R Mの情報さえあれば米国との交渉は成立させる事が出来るからだ。

 冴羽の本来の目的が華菱のトップに立つ事というのなら、企業そのものを潰しかねない人体実験の情報は無い方が都合がいい筈だ。


「あなたがおっしゃる事はもっともですが、目の前で人が死にかけているのを放置はできませんよ」


 随分とお甘い事だ。

 世界一の大企業を乗っ取ろうとしている女の言葉とは思えん。


「それに、今から他の伝手を伝って米国と連絡を取る時間が有るのかという問題があります」


「おいおい、流石に慌て過ぎだろ?まだモンスターを作る技術は完璧って訳じゃないんだろ?」


 前日の事を考えれば、モンスターを作る事自体はほぼ完成していると見ていいかもしれないが、それを制御する方法はまだ出来ていないと思える。

 もしその方法があったのなら、いくら6号の襲撃を受けた後だったとはいえ、華菱の研究所の被害はあそこまで大きくはならなかっただろう。

 モンスターを作れるだけでも既に驚異的な兵器と言えるかもしれないが、制御ができないのであれば欠陥品と言わざるをえない。

 如何に華菱慎二がイカれ野郎だと言っても、そんな物を使えば自分の首を絞めかねない事は理解している筈だ。

 モンスターを完全に制御できるようになるまで、他国に情報を流す時間くらいはありそうに思えるが……


「確かにそういう意味ではまだ時間はあるかもしれませんが、それでも、もう時間切れですよ。今朝方、黒服の一人がうちの支社を訪ねてきたのですから」


 ……………………


「ちょっと待て。じゃあ何か?お前等は黒服から逃げて俺の部屋を訪ねて来たって訳か?」


「ええ、その通りです。前日、念の為に泰志を支社に留めておいて助かりました。私ひとりではとても逃げきれなかったでしょうから……」


 フレッドの落書きを見た時の頭痛がぶり返してきて、俺はまたも頭を抱える事になった。

 何と言えばいいか……こいつらには俺の住んでるアパートが駆け込み寺か何かに見えてんのか?何なら今すぐテメーらの頭をバリカンで丸めてやるが?


「その通りですじゃねーよ!俺を巻き込むなっていつも言ってんだろっ!」


「うるさいですね……そう喚かないで下さい。仕方ないでしょう。黒服に対抗出来そうなのはあなたくらいしかいませんし、そもそも、昨日あれだけ顔を見られておいて無関係を装えると本気で思ってるのですか?」


 …………確かに。

 ぐうの音も出ない程の反撃をモロ受けてしまう。

 完全に今更って感じだが、顔くらいは隠しておくべきだった……


 絶望感に支配され、急激に目の前が暗くなっていく。

 何で……何で、こんな事で俺の人生が狂わせられなきゃいけねーんだ?

 いや、原因ははっきりしてるんだ。全ては冴羽なんぞに関わっちまったせいだと。

 それを自覚した時、冴羽に対する殺意が沸々と湧き上がってきて、それが人生を失ったという絶望感とぐちゃぐちゃに混ざり合い、その結果、俺は力無くその場に崩れ落ちた。

 その姿はうなだれて絶望に打ちひしがれているように見えるかもしれないが、心の中は波風ひとつ立たない程に凪いでいた。



 ━━━━虚無である。



 感情の限界値を超えてしまった俺は、頭の中が完全にホワイトアウトしてしまい、ついうっかりその境地に至っていた。

 そりゃそうだろう……もう……俺には……何もないんだから……

 真っ白な空間に……意識が……呑まれ━━



「━━さん……」


 誰かの声が聞こえた気がする……

 まあ、どうでもいいか……


「新庄さん!」


 声が大きくなり、何も無い筈の真っ白な世界がゆらゆらと揺れる……

 その揺れが少し不快だった。

 いったい何だってんだ?

 そんな疑問が湧いてきて、そのせいで、少しずつ自我が復元されていく……


「新庄さん!しっかりしてください!」


 その叫び声が俺を呼ぶ泰志の声だと認識すると、真っ白だった世界が見慣れた自分の部屋に姿を変えていた。

 状況が飲み込めずしばらく視線を彷徨わせたが、最初に俺の意識が認識したのは、泰志が必死に俺の肩を掴んで揺らしている姿だった。


「ああ……もう、大丈夫だ……」


 全然何も大丈夫ではないが、これ以上揺らされては平衡感覚的な意味で気分が悪くなりそうなのでそう言うしかない。

 俺が返事をした事で泰志はすぐに体を揺らす手を止め、安堵の表情を浮かべた。

 その後ろに、ショックを受けたように呆然と立ちつくしている冴羽の姿も見えた。

 まだ頭がぼーっとしていたが、だんだん何があったのかを思い出し始める。


 ああ、そうだ……俺は人生を失ったショックでおかしくなったんだった……

 それを思い出した事で、俺は心神喪失エンドを迎えるのを回避出来たのだと理解した。




 さて、自我を取り戻したばかりなのでもう少し頭を休ませたい所だが、そうも言っていられない。そろそろ、本当に、絶対に、真面目に、物事を考えようか。

 まずは現状の把握からだ。

 こんな朝っぱらから黒服が冴羽を訪ねてきたという事は、フレッドとの繋がりはバレたとみていいだろう。

 そうなると、これからどうするべきかとなる訳で……えーと、どうするよ?クソッ、頭が回らねー。


 迎え討つという選択肢は出来るだけ避けたい。

 その理由としてはフレッドがやられているという点が挙げられる。

 昨日のキメラ戦を終えた時点でフレッドは真のレベルが上がっていた。

 それだけでは黒服達が真のレベルに達しているとは断言できないが、少なくても3人がかりならフレッドを撃退するだけの戦力は持っているという事だ。


 対してこちらはフレッドは使い物にならないし、冴羽は戦闘において頭数には入れられない。更に言えば黒服達のレベル如何では泰志ですら足手纏いになる可能性すらある。

 暫くの間色々と考えを巡らせた結果、ようやく動き出した俺の頭が導き出したこの状況を解決する方法は、甚く単純なものだった。


「……げるぞ」


 しっかりと口に出したつもりだったが、自失していた時の精神的なダメージと、追い詰められているという緊張感でカラカラに乾いていた喉が声を掠れさせた。


「えっ?何ですか?まさか……また頭がおかしくなったのですか?」


 冴羽が心配している風を装って俺をディスってきたが、構ってやる時間すら惜しい。

 俺はキッチンの水道に駆け寄り、コップ一杯の水を飲み干した。


「今すぐ逃げるぞ!」


 喉が潤ったおかげで今度はすんなりと言葉が出てきてくれた。

 結局、戦うのを避けるには逃げるしかない。


 俺はまず真夏と結にも逃げるように指示する事にした。

 スマホを手に取ってメッセージを飛ばす。通話では、あいつらがごちゃごちゃ言ってきて時間が無駄になるのは明らかだからな。

 まだ寝ているという可能性はあるが、その場合は後で鬼電してやる。

 昨日、研究所であれ程の被害があったのに本社から送られてきた黒服はあの3人だけだし、俺達を追うのにそんなに人手は割けない筈だ。

 冴羽と泰志が追われていたなら戦力はこっちに集中するだろうし、少し連絡が遅れたとしてもあのふたりなら多分逃げ切れるから問題ないだろう。

 

「そんなに急がなくてもいいと思いますよ?黒服が追ってくる気配は無かったので」


 泰志が随分と呑気な事を言ってくる。


「絶対に追手がいないって言える程、お前に対人戦の経験があるのか?相手はモンスターじゃねーんだぞ」


 そう、相手は本能だけで動いているモンスターでは無く、知恵がある人間だ。

 相手がそれなりの手練なら、こっちの探索を惑わせるくらいの事はしてくる。

 その辺はある程度経験を積むことで見破る事も出来るが、泰志にその経験があるとは思えなかった。そういう面ではフレッドの方がまだ信頼できる。


 泰志の表情が引き締まり、それに釣られたのか冴羽の顔も強張っていく。

 どうやら、やっと現状が飲み込めてきたようだ。

 既にこの周辺は囲われているかもしれないし、下手をすれば今すぐに襲撃を受ける可能性すらある。


「泰志はフレッドを運んでくれ」


「了解です」


 正直こんな荷物は捨てていきたいが、冴羽がそれを許してはくれなそうだし、そんな事でモメる時間が勿体ないので連れて行くしかない。


「冴羽、気張って走れよ。ペースは合わせるが、いざとなったら遠慮なく見捨てるからな」


「昨日みたいに、あなたが私を運べばいいのでは?」


 コイツはバカか?

 本当に研究以外は頭が回んねー奴だな……


「俺の両手が塞がってたら、誰が追っ手と戦うんだ?お前を武器の代わりに振り回してもいいならそれでもいいけどな」


「仕方ありませんね……走るのは少し苦手ですが、まあ、見捨てられない程度には頑張りますよ」


 冴羽は妙に自信ありげにそう言って、その長い髪をヘアゴムを使ってで束ね始めた。

 …………なんだ、その強キャラ感溢れる態度は?

 実は、めっちゃ足が速いとかっていう設定じゃないよな?

 それならそれで非常に助かるが、何ともキモい設定である。


「それで?肝心の行き先を聞いていないのですが、私たちはどこに逃げればいいのですか?」


 軽くストレッチをしながら冴羽が行き先を聞いてきた。

 何故か強キャラムーブを継続しているが、その動きはかなりぎこちないもので、既に運動神経が壊滅的なのが透けている。

 万が一にもコイツの足が速いという事はなさそうだ。

 まあ、元々期待していなかたので、予定通りコイツはお荷物として扱う事にしよう。


「取り敢えずは集会所の前のポータルまで走る。行き先はカルミナ村って所だが、分かるか?」


「カルミナ村っていうと、あのN P Cが集団失踪したという場所ですか?」


 集団失踪?

 ……ああ、確かエルフ達が移住した事が、そういう話で広まってたんだったな。


「ああ、そこだ。行ったことはあるか?」


「ええ、大丈夫です。何度か調査に行ったことがあります。泰志も護衛で付き添っていたのでふたりとも問題ありません」


 冴羽の言葉の言葉を聞いて泰志も頷く。

 いい返事だ。それなら万が一離れ離れになっても合流は出来そうだ。


「了解だ。それなら、ポータルに触れ次第すぐに飛んでくれ」


 こっちの勝利条件は、ポータルで転移する事だ。

 転移さえしてしまえば、それを追跡する手段が今は存在しないからだ。

 そこから先、どこに逃げるのかというのはあえて話さなかった。

 誰かが逃げ遅れて捕虜になった場合、そいつの口から逃走先が漏れかねない。


「じゃあ、そろそろ行こうか。お前らは絶対に足を止めんなよ。俺が最後尾を走る」


 ふたりが無言で頷き、泰志がフレッドを抱え上げる。

 まだ動かしていいような状態には見えないが、もしこれでくたばったとしてもそれはそれで構やしない。別に俺は困らないからな。


 出口の前に移動してドアノブに触れると、いやでも緊張感が増してくる。

 そもそも、何で俺がこんな朝っぱらから夜逃げみたいな事をしなきゃいけねーんだ━━そんな疑問が湧いてきた。

 今更こんな事を言っても仕方ないが、どうしても世の中の理不尽さというものを感じてしまう。

 そんな理不尽さと、先の見えない不安を抱えながら、俺はドアを開けて危険が待ち受けているであろう外の世界に飛び出した。

 逃げる先は勿論、サラマンダーがいる精霊の森だ。

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