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新太平洋大陸  作者: 双理
5章 師匠
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早朝の夜逃げ1

 キメラ戦を終えた翌日、早朝から俺の部屋を訪ねてきたのはフレッドだった。

 やたらと傷だらけでボロボロになっているのは、あの後黒服と戦闘になってしまい痛めつけられたって所だろう。

 幻影を使うような奴なのでこの傷自体が偽物という事も考えられるが、その表情からは全く余裕が感じられず、流石に演技には見えない。そもそも昨日手を組んだばかりの相手にそんな事を仕掛ける理由が俺には思い付かない。

 寝起きの頭を覚醒させ、追っ手がいないか確認する為に外に出ると血の匂いが漂ってきて実に不快だった。

 街中なので索敵に人の反応が複数あるが、それっぽい動きをしている奴は見当たらない。その辺は流石にプロというだけあって途中でしっかりと撒いてきたようだ。

 俺が警戒を緩めて振り向くと、フレッドが自前の赤黒いペンキで塗りたくったであろう落書きが描かれたドアが目に入る。


「おいおい、勘弁してくれ……勝手に人ん家のドアをリフォームしてんじゃねーよ。汚ねーな」


 朝っぱらから理解不能で前衛的過ぎるアートを見せつけられ、何だか頭痛がしてきた。フレッドには目もくれず、思わず俺はその場にうずくまり頭を抱える。

 朝っぱらから血まみれの姿で人ん家のドアをキャンパスにしてんじゃねーよ。それとも何か?これは米軍式の奇抜な朝の挨拶か何かなのか?

 一体どんな教育を受けてきたんだコイツは……


「いやー……こんな姿の友人を前に……ドアの心配かい?シビれるねー……今にも天国に旅立ってしまいそうだよ……」


 俺がどうやったらこの汚れを落とせるかを思案し始めると、いまだに逃走もしない間抜けな落書き犯が地面に横たわりながら声をかけてきた。

 コイツがシビれているのは間違っても俺の言葉責めのせいじゃない。失血が原因だろう。

 身に纏った衣服は所々刃物で切られたような跡があり、そこから盛大に出血しているのが見てとれる。このまま放置すればくたばってくれるかもしれない。


「旅に出るって?別に構わねーけど、行き先を間違ってないか?お前が行くのは地獄だろ」


「……違いない。でも……出かける前に、お茶を一杯……ご馳走して……もらえると助かるんだけど?」


 おいおい、ふざけんなよ?その汚いなりしたお前を家にあげろってか?

 絶対やだね。部屋が汚れんだろーが。

 図々しいにも程ってもんがあんだろ……


「水道水でいいならペットボトルに入れて持ってきてやるよ」


「もー……何でもいいから……とりあえず……タスケテ……よ」


 そう言い残してフレッドは意識を失い、その後は身じろぎひとつしなくなった。

 こっちの冗談に乗ってくるもんだからまだ余裕があると思ってたが、どうやらマジで限界だったらしい。まだ息はあるようだが、このまま放置すれば助からないだろう。


 さて、コイツをどう処分したもんか……


 状況からしてフレッドは黒服にやられたと見て間違いない。これほどの深手を負ったフレッドはここに逃げ込むだけで精一杯だったはずで、多分、まだ米軍とは接触していないだろう。

 あの後、コイツが人体実験の情報を持ち出せていたとしてもそれはアイテムBOXの中にあって意識が無い現状では手が出せないし、持ち出せていないのならそもそも現物が無い。

 要するに人体実験の情報が手に入る可能性は限りなくゼロであり、米軍との密約は未成立な訳だ。今コイツを消してしまえば全部有耶無耶に出来るって事だ。

 流石にこのままここで死なれるのはご近所の目があるので御免被るが、助けてやる理由は全く無いよな……


 結論、どっかに捨ててくる。以上!


「生ゴミの日って今日だったか?」


 俺は少しニヤけながらも寝起きの頭を急速に回転させ、まだ息をしているフレッドの死体を人目に付かずに如何に街の外に運び出すかを考える事にした。

 今はまだ早朝で人出は少ない。ここは街の外縁部だし上手く道を選べばいけるか?いや、コイツはそもそも街の住人でもないし、多少見られても騒ぐ奴はいないよな……何だかいける気がする……いや、いけるぞ!


「後はこの汚ねー落書きを消せば証拠は残らねー……完璧だ!」


「新庄さん…………あなたは、一体何を考えてんですか…………」


 俺の完全犯罪を打ち破ったのは、蔑んだ目でこちらを見てくる泰志だった。

 その視線の冷たさは真夏ものには遠く及ばないものの、昨日まで向けられた熱い眼差しとの寒暖差が酷く、うっかり風邪をひいちまいそうだ。


 さて、既に目撃者が生まれてしまい俺の計画は完全に破綻したように思えるが、俺はまだ諦めていない。要はそいつがいなくなりさえすれば問題は解決するからだ。


 おっと、勘違いしないでくれよ。決して目撃者を消そうなんて物騒な話じゃない。

 泰志もそれなりの修羅場を潜ってきたんだろうが、俺から見ればまだまだ純粋なガキにすぎない。口八丁で丸め込んで共犯者に仕立て上げればいい……


「なあ、泰━━」


「泰志、その犯罪者の言い訳を聞く前にまずは中に入りましょう。ここでは人目に付きます」


 泰志の大きな体の陰から聞こえた女の声が俺の言葉を遮った。

 それは出来れば二度と聞きたくないと思っていた冴羽という女の声であり、現状では真夏と結に次いで出てきてほしくない人物の登場である。

 これは非常に拙い……泰志とは違い、この第二の目撃者の口を封じるのは容易じゃない。近隣の住人が動き出すまでそれ程余裕がある訳じゃなし、早く何とかしないと。


「了解です」


 俺がふたりを言いくるめる方策を考えている内に、泰志がフレッドを両手で抱え上げて俺の部屋へ不法侵入を図る。


「おいコラ、ちょっと待て!その生ゴミを人ん家に入れんじゃねー!」


 時間が無い焦りからか、うっかり本音が口から飛び出してしまった。その軽率な行動にしまったという思いに駆られたが、幸いにも俺の心からの叫びが伝わったのか冴羽がピタリと動きを止めてくれた。

 おっと、このまま勢いで押せば意外といけるか━━そう思えたのは、ほんのひと時だけだった。

 冴羽の眉間に徐々に皺が刻まれ、口元が引き攣り始める。

 

「そんな事を言っている場合ではないでしょう……あなたには道徳心というものが無いのですか」


 今まで被っていた無表情という仮面が完全に砕けちった瞬間、そこに浮かんでいた表情は完全に酷い悪臭を放つ生ゴミを前にした時のそれだった。


『テメーにだけは、んな事言われる筋合いねーよ』


 そんな表情を向けられた俺は怒りに任せてそう言いかけたが、流石にそれは飲み込んだ。

 昨日あんな事があっただけに、普段冷徹なこのクソ女に対してでもこの言葉は効き過ぎるだろうと考えたからだ。それを言わなかっただけまだ道徳心はある方だと思うのは俺だけか?

 それでも不満をぶつけたくて他の言葉を探したが、昨日の戦闘の疲れもあってか何も思い付かなかった。


 俺が言葉を詰まらせたのを無言の了承と勘違いしたのか、俺と上司が言い合いをしているのを困った顔で見ていた泰志が俺の部屋に侵入していく。

 冴羽がそれに続いてバタンとドアが自動で閉じると、家主である俺は一人屋外に締め出される形になり、朝の冷たい空気を全身に浴びながら妙な無力感と虚無感に駆られた。


 何で俺の周りの奴は人の話を聞かないんだろう?

 そんな命題について考えてみるが、当然そんな問いに答えがある筈が無い……


 とはいえ、いつまでも屋外で悠長に考え事をしていては奴らに部屋が荒らされてしまう。そう思直し、ふと我に帰った俺は気力を奮い立たせて部屋の中に戻る事にした。

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