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新太平洋大陸  作者: 双理
5章 師匠
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 まず初めに思ったのは、随分と暗い場所だなという事だった。

 目は開けているのに、まるでこの世の全てが黒一色で塗りつぶされてしまったのではないかと思えるほど真っ暗で、何も見えない。すぐに暗視スキルを使うがそれでも俺の視覚に変化は訪れなかった。

 何故か分からないが、スキル自体が発動しなかったらしい。仕方ないので、俺は手探りで周りの状況を確かめる事にした。

 だが、今は随分と機嫌が悪いようで、いつもは従順に働いてくれる俺の右腕は望んだ反応が返してくれない。何と言えばいいか……自分の意識と体の動きがズレている感じがする。僅かに動いた感覚はあるが、それはとても弱々しく、思考と体の動きにかなりのラグがある。

 そして、それは右腕だけの話ではないようで、まあ……つまるところ……何故か全身が麻痺しているようだった。

 そのせいか上下の感覚すら曖昧で、ふわふわとした浮遊感が全身を包んでいる。

 

『さて、どうしたもんか……』


 視覚に続き体の自由も失っている状況にも関わらず、俺は恐怖というものはまるで感じていなかった。

 まあ、それ自体はいつもの事なので別段不思議な事ではない。

 何故なら、あの時に手に入れた筈のその感情は滅多に表に出てきてはくれないからだ。

 今のような緊急事態に際してそれは有用な事ではあるが、その感情の欠落が自分と他者との決定的な違いのように思え、変な疎外感のようなものを感じてしまう。


 ━━自分の存在は酷く歪なもで、異質で、異物なんじゃないか━━


 そんな考えが頭をよぎり、この世界の全てに否定されている気がしてきて、自分は此処にいてはいけないのではないかという思いに駆られる。

 勿論、俺は世界に否定されるような事をした覚えはないし、そもそも俺みたいな小物がそこまで世界中に認知されているとも思ってはいない。

 なのでそれが気のせいだと頭では理解しているが……何故かそう感じてしまう。


 まあ、これもいつもの事か……


 そう自分を無理矢理納得させ、鬱屈とした思考を打ち切る。いつまでもこんな心の健康によろしくないであろうクソみたいな精神的ルーティンをかましている訳にもいかないだろうし、そんな状況でないのは明白だ。

 気を取り直し、再び手探りで周囲の状況を掴もうと腕を動かすとさっきまでより少しだけだが全身の感覚が戻ってきている気がした。体の前面に何かが当たっている感覚がある。

 恐らくそれは地面で、俺は多分うつ伏せで倒れている状態なんだろう。掌を地面に擦るように動かすと、少し遅れて地面の感触が伝わってくる。

 少しざらついたこの感覚は……


『……土か?』


 触覚が麻痺していているので断言はできないが、少なくても俺の部屋のフローリングの感覚ではない事は分かる。

 って事は、ここは屋外という事になるが……

 本来ならばもっと焦らなければならない状況なんだろうが、頭の中に白い靄がかかっているようで、それが思考と感情を鈍らせている。

 そんなボヤけた頭でも流石にこのままでは拙いかと思い始めた時、何の予兆もなく視界が真っ白に染まり、俺はそのあまりの眩しさに反射的に目を瞑った。


『何だ!』


 それは目が眩むほどの光に対してではなく、目を瞑る直前に一瞬だけ見えたもの向けられた驚きだった。

 麻痺しているせいか視界がボヤけていたが、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がったその白い輪郭は、小さい……


『……子供の……手?』


 攫われた?

 子供と一緒に?

 何故?

 誰に?

 どうやって?


 そんな疑問が次々と頭をよぎり、それと同時に自分の胸の奥底から熱い何かが湧き上がってくるのを感じた。

 麻痺した体に、暖かさという感覚を思い出させたその熱が徐々に強まっていく。 

 それは止まる事を知らず、体の内側で灼熱と言えるほど勢いを増し、内臓をドロドロに溶かしてしまうんじゃないかとすら思えた。

 その苦しみから逃れる為に自分の肉体を引き裂きたい欲望に駆られるが、いまだに感覚が戻りきっていない麻痺した体ではそれができない。そのもどかしさが腹の奥から一気に食道を通り抜け、喉を焼き、溶けた内臓が口から炎になって漏れ出すような感覚に襲われる。


「ア“ァ……ア“……」

 

 微かに聞こえてきたその高音の呻き声は、酷く掠れていて弱々しく、普段の自分の声とはかけ離れたものだった。それでも、喉を震わせる振動がそれが自分のものだと知らせてくる。

 酷く違和感を感じたが、それすら気にならない程のなんとも言い難い苦しみが体中を駆け巡っていた。それは今まで味わった事がない程の感情の奔流だった。

 その時、遠くからダーンッという大きな破裂音が響いてきたが、それすら気にならない。

 見知らぬガキの心配などしている場合じゃない。それは分かっている。

 だが、あの小さな手の映像が頭にこびり付いていて消えない。

 俺は……助けたい?

 子供を?

 なぜ?



 ……いや違う……俺は、ただ……




━━触れたい━━




 その思いを自覚した時、俺はきつく瞑っていた目を開いた。

 再びボヤけた視界にその手を視界に収めた瞬間、俺はもう感情を抑えることができなかった。

 それを掴もうと手を伸ばそうとするが、体がうまく動かせない。

 白い光があたりを覆うが、そんなものは気にならなかった。

 少しでも近づこうと体を捩り地面を這う。

 また破裂音があたりに轟くが、耳に入らない。

 少し体が動いた感覚があるが、それと同時に子供の手が遠かった気がした。

 逃すまいと更に手を伸ばそうとすると、今度は間違いなく腕が伸びた感覚がある。

 すると、やはりその手は遠かる。

 閃光が走り、轟音が轟く。

 周囲が光に照らされる間隔が短くなり、破裂音も回数を増して徐々に近づいてくる。


 『ア“ア“ーーーー』


 うるさいと叫んだ筈の声は言語にならず、喉の奥から絞り出されたのはやはり甲高いうめき声。

 視線はボヤけた子供の手にロックされて、逸らすことができない。

 ただ、あの手に触れたい。そんな思いに囚われて地面を這いずる。

 その間も光と音は近づいてくる。いい加減、今俺に襲いかかってきているものがなんなのかを確認しなければならないが、湧き上がる強い感情がそれを許さない。

 いや、微かに残る理性でそれが雷なんだと既に理解していたが、どうでもいい。

 手の甲に冷たい感覚がポツリと当たる。

 それを皮切りに、ポツポツと身体中に冷たい点が増え、更に勢いを増して体を濡らしていく。遂に降り始めた雨は俺の体を徐々に冷やしていったが、それでも体の内にある熱が引くことはなかった。地面を這いずり、前に進む。

 ダン!という破裂音が空気を震わせ、いよいよ雷が間近に近づいてきている事を知らせてくる。

 

 ダン!ダン!ダン!


 うるさく鳴り響く雷鳴が、あり得ないリズムを刻む。


『うるさい!』


 心の中でそう叫ぶが、口元からは呻き声しか出ない。それはまるで生まれたての獣の鳴き声のようで、話し方を忘れてしまったんじゃないかと思えた。

 地面が濡れ出して土が手に張り付くが、汚れるのを気にせず前に進む。


 ダン!ダン!ダン!


 またも不可思議な雷鳴がなる。

 先程までより甲高い音になり……これは、本当に雷鳴なのか?

 そんな疑問が僅かに浮かんできたが、それはすぐに打ち消されてしまい、ただ前に進む事しか考えられなくなる。

 雨足が強くなり土が水分を含み泥に変わっていく。

 泥の中を這って進むのはかなり不快だったが、それでも前に進む。


 ガン!ガン!ガン!


 それは、確実に雷鳴とは異なる金属が叩かれているような音に変わる。


 ガン!ガン!ガン!


 音が更に大きくなり、俺の耳を責め立ててくる。

 邪魔すんな!

 それどころじゃねーんだ!

 俺は、絶対!

 この手を掴むんだ!


 ガンガンガンガン!ガンガンガンガン!


 危機迫ってくるようなその打撃音は更に激しさを増し、俺の苛立ちを増幅させ、遂には我慢の限界を超えてきた。


「うるせーーーーーーっ!」


 心の底からの絶叫が自分の耳の鼓膜を激しく揺さぶり、それが急速な意識の覚醒を促し、俺を夢の世界からクソッタレな現実に引き戻した。

 全身が目覚めた直後特有の気だるさに支配されていく。

 打撃音の正体がアパートの部屋の薄いドアをノックする音だと気づいた頃には、あれほど俺の感情を強く揺さぶった夢の記憶は俺の頭からすっかり抜け落ちていた。

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