混ざり合う陰謀12
キメラが出現した場所に戻ると、そこには中々デカい穴が開いていた。
その中を覗くと、所々崩れてはいるが、間違いなく地下施設があるようだった。
キメラはその地下施設の何階層かをぶち抜いて登ってきたようで、底は結構深そうに見える。
「ここから降りるのか?」
「近くに正規の入口があるでしょうが、今は時間がないのでそうするしか無いでしょう」
確かに周りの建物は瓦礫と化していて、入口を探すとしたらどれくらい時間が掛かるのか分かったもんじゃない。冴羽の言う通りここから降りるしかなさそうだ。
冴羽がさっさと行けよと言わんばかりに俺を見てくる。
だが、生憎と俺はあんなモンスターが出てきた穴に、無防備に飛び込むような勇気は持ち合わせていない。
「シロ。モンスターの反応はあるか?」
俺の索敵には微かにモンスターの反応がある。この程度の反応なら大したモンスターはいないだろうが、フレッドの例もあるのでシロの感知能力を当てにする事にした。
「幾つか反応がありますが、そう大きなものはありません。障害にはならないでしょう」
シロの見解は俺と一致したものだった。
そうなると、後は実際に降りてみて確かめるしかないが……
「フレッド、頼めるか?」
「仕方ないねー。ひとつ貸しだよ」
よく言う。フレッドが俺に貸しを作る為だけにこんな事を引き受けるとは思えない。単に自分が情報を集めたいだけだろう。
次の瞬間、フレッドが二人に分裂したように見え、その姿に瓜二つな幻影が姿を現す。
どっちが本物なのか、見た目では判別できない。こうして、改めて目の前で見せられると、その精巧さがよく分かる。
「まだ、幻影体ひとつ分しか魔力が回復してないから、少し時間が掛かるかも知れないよ」
片方のフレッドがそう言うと、別のフレッドが穴の中に飛び込んで行く。
どうやら飛び込んだ方のフレッドが幻影だったようで、全く躊躇する事無く、いっきに一番下まで降りた。まあ、地下施設の全てのフロアにあんな化け物がいるとも思えないので、索敵が目的ならそれで構わないだろう。
「どうだ?」
「四階分ぐらい落ちたかなー、かなり深い。水槽みたいなもの複数あって、幾つかが割れてるね。多分、これはモンスターの培養槽なのかな?破片の散らばり方から見ると、その内のひとつの水槽は内側から破られてる。どうやら、キメラはここから出てきたみたいだね」
「培養槽が割れてる?他にモンスターがいるのか!」
だとしたら、もう放置して逃げるしか手が無くなるが……
「いや、大丈夫だよ。外に出てるのはもう死んでるみたいだ。まだ培養槽の中にいるのが、索敵に引っ掛ってるみたいだね。しかしこれは……まあ、実際に見た方が早いかな。後は問題なさそうだし、先に行くよ」
フレッドは俺にそう言い残して、穴の中に落ちていった。時間が掛かると言っていた割には決断が早過ぎないか?
それに、そこまで見えるなら、わざわざ本体が行かなくてもいいと思うんだが……
「穴の中では無線が通じないでしょうから、泰志は残って下さい。本社から探索者が派遣されてきた時に、亮と真由には連絡を入れるように指示してあります」
「了解しました。どうかお気を付けて……」
泰志が本気で冴羽の心配をしているように見えた。どうやって言いくるめたのか知らんが、泰志の忠誠心が増しているように思える。
「じゃあ、行くか」
俺がそう言うと、シロが肩の上に飛び乗ってきた。こいつなら自分で降りれそうなもんだが、そうしたい気分なのだろう。邪魔になる訳じゃ無いので、それは別に構わない。
問題なのは、冴羽が俺に向けて両手を差し出している事だ。
「何のつもりだ?」
「逆に聞きますが、私が自分でこの高さを飛び降りる事が出来ると思いますか?」
つまりなんだ……俺に抱えて飛び降りろって言ってんのか?
だったら、お前が地上に残れよと口に出しそうになったが、専門知識はコイツしか持っていないので連れて行くしかない。
仕方なく冴羽を抱き上げると、何を思ったのか、両手を俺の背中に回して思いっきり抱きついてきた。飛び降りるのがかなり怖いのか、僅かに震えている。
「あんまりくっ付くなよ……」
「いいから、早く行って下さい!」
度胸が有るのか無いのか……コイツはいったいなんなんだ?
冴羽は目を瞑って体を硬直させたまま動きそうにない。仕方ないのでこのまま飛び降りる事にする。
「舌噛むなよ」
冴羽を抱えたまま穴に飛び込む。自由落下の浮遊感を感じると、あっという間に底が見えてきた。
俺は床に足が着いた瞬間、膝のクッションをフルに使って衝撃を逃し、着地した。自分一人ならここまでする必要は無かったが、冴羽がどれ位の衝撃に耐えられるか分からなかったからだ。
「もう着いたから、さっさと離れろ!」
「えっ……もう着いたの?」
冴羽は妙に可愛らしい声でそう言って目を開けると、俺の顔を見つめてくる。
急に女を全面に出してきやがって、気持ち悪いとしか言えない。その姿に俺の精神は耐えきれず、思わす両手を離して冴羽を床に落としてしまった。
「痛っ!」
「しっかりしやがれ!探しものがあるんだろ?」
「そう……ですね。失礼しました。では急ぎましょう」
ようやくいつもの愛想のない表情に戻り、取り繕う様に上着の裾を直し始めた。
そんなんで誤魔化されると思ってんのか?いっそカメラでさっきまでの醜態を撮影して、笑いのネタにでもしてやればよかったと思う。
「そうは言っても……これでは何も見えませんね」
周囲は暗闇に包まれていて、電気が通ってのが分かる。これ程の施設なら予備電源がありそうなものだが、多分それごと破壊されたのだろう。
俺とフレッドは暗視スキルがあるので問題ないが、低レベルの冴羽が暗視スキルを覚えている訳が無かった。
「私に任せて下さい」
シロがそう言うと、目の前に光の玉が現れ、天井近くまで浮かび上がり辺りを照らした。何て便利な生き物なんだろう。
「ありがとうございますシロちゃん!これなら問題ありません」
「では急ぎましょう。時間が無いのでしょう?」
シロの言葉に背中を押され、冴羽はようやく仕事に取り掛かった。どこか嬉しそうに見えるのは、シロと話が出来たおかげだろう。
冴羽の後に続いて歩き始めると、まず目に入ったのはキメラに殺されたと思われる研究者たちの死体だった。切断された体の一部や、踏み潰されたのであろう肉塊が飛び散っていて、原形を留めていないものが殆どだ。血生臭いにおいが辺りに充満していて吐きそうになる。
フレッドが見た方が早いと言った理由が分かった気がした……
人の死体など見慣れているが、それでも目を背けたくなるような光景だったからだ。
「うえっ。これは、酷いな……」
「ええ、ここまでとは思いませんでした……」
冴羽も吐き気を覚えたのか、ポケットからハンカチを取り出して口元を覆う。
真夏を連れて来なくて、本当に良かったと思える。間違ってもこんなものをあいつに見せたくは無い。
臭いを我慢して探索を続けると、施設の全貌が見えてきた。
かなり広い空間になっていて、壁際に大小様々な円柱状の水槽の様なものが並んでいる。これがフレッドが言っていた培養槽だろう。
その中には、前に真夏が見つけた様なモンスターのなれ果てが、ホルマリン漬けにされているかのように浮かんでいた。その内の何体かは培養槽が割れて外に飛び出していて、漏れ出た液体の水溜りに浸かったままピクリとも動かない。既に死んでいるようだ。
培養槽の前には大きな机が並んでいて、様々な実験器具が散乱している。その中に壊れて基盤が見えてる状態のノートパソコンを見つけ、俺は念の為に冴羽にそれを見せる事にした。
「これはまだ使えそうか?」
「ストレージが生きていれば何とかなりますが……ダメですね。物理的に破損してます」
一目でダメと分かる状態のようだ。もはやゴミでしかないそれを冴羽が放り投げる。
分かりやすく紙媒体で置いてあれば俺にも探しようがあるが、今時そんな事は無いだろう。それっぽい物を見つけたら、後は冴羽に丸投げするしかない。
「冴羽。ちょっと、こっちにきてくれるかなー。動いてるパソコンがある」
急いでフレッドの元に向かうと、そこのは確かにモニターが点いているパソコンがあった。
冴羽がすぐさま操作し始める。
魔力を温存する為か、既にフレッドの幻影は姿を消していてどこにも見当たらない。成程、だから本体で降りたって訳か……
「サーバーが生きてる……既にログインした状態です。しかも、ほぼ全ての情報にアクセスできます。運が回ってきたようですね……これの使用者はかなりの権限の持ち主のようです」
この場所は壁に区切られて個室になっているので、この地下施設の管理者の部屋だったのかも知れない。そいつに感謝したい所だが、多分もう死んでるだろう。
「それで、肝心の情報はあるのかい?」
フレッドが言ってるのはC R Mプロジェクトの事だ。
コイツからしたら、それさえ手に入れば見知らぬ子供も事なんかどうでもいいだろうしな。まあ、冴羽の目的に沿う事でもあるので、最優先になるのは仕方ないのかも知れない。
「見つけました。じっくり見ている時間はありませんから、コピーします」
「そうしてくれると助かるよ。僕が見ても理解できないだろうしね」
冴羽がアイテムボックスから板状の何かを取り出しパソコンに取り付ける。外部ストレージってやつだろう。
「今の内に、他の情報を探りましょう。誘拐された子供の情報があるかも知れません」
正直、俺はそんな物は出てきて欲しくは無かった。たまたま親を訪ねてここに来ていた子供だった━━そういう事であって欲しい。
子供が6号に誘拐されたという問題は残るかも知れないが、まだその方がマシに思える。
「見つけました。多分この子です」
モニターには一人の子供の写真が映し出されていた。
「おいおい、冗談だろ……」
「華菱慎二は……本気でイカれてるみたいだね……」
そこに写っていたのは、6号と瓜二つな顔をした子供だった。




