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新太平洋大陸  作者: 双理
四章 混ざり合う陰謀
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混ざり合う陰謀10

 俺が攻撃が届く位置まで近づくと、キメラは馬の前脚を高く上げて踏みつけてきた。

 その見慣れた攻撃を、軽く横に体をずらし回避すると、まずはナイフの切れ味を確かめる為に、掠らせるようにカウンターを加える。

 すると、今まではかなり力を込めないと傷を付ける事が出来なかった毛皮を、布切れをハサミで裁断するかの様にあっさりと切り裂いてしまった。予想よりも手応えが無く、勢い余って少しだけ体が流れてしまう。


 その隙をつくように、キメラがヒヒの手で横なぎに引っ掻いてきたが、相変わらず大振りで遅い攻撃。それを深く沈み込むことで回避して、今度は半分ぐらいの力を込めて腕の部分を切りつける。

 流石に硬さを感じたが、途中で刃が止まる事なく、ヒヒの腕の肉を深く切り裂いた。


「ギィーーアアーー!」


 甲高い悲鳴を上げながらキメラが後退する。今までに見られなかった行動を取った事で、明らかにダメージ量が上がっていると分かる。


「泰志!今のうちに退避しろ!」


 念の為に指示を出したが、泰志は既に動き出していた。キメラの注意を引かないように泰志は返事をせず、ゆっくりと後退していく。


「武器はまともに使えそうだ!かなり攻撃力が上がるようだから、力加減に注意しろ!」


「「了解!」」


 次いで真夏と結に注意を与えると、俺は更に力を込めて攻撃を加える為に、再度キメラに接近した。武器の強度を確かめる必要がある。

 すると、キメラは逃げるように大きく後ろに飛び退いた。どうやら、さっきの攻撃が効きすぎたようだ。


 それが真夏のいる方向だったので一瞬ヒヤリとさせられたが、真夏はそれを冷静に回避すると、馬の前脚にハンマーの一撃を加える。鈍い打撃音と骨が折れるような音が鳴り、キメラが悲鳴を上げながらバランスを崩し、横倒しになって地面に崩れ落ちた。

 更に、結が斬りやすい高さになった背中にある羽を目掛けて切り掛かり、一撃で切断してしまう。

 だが、力加減を間違った上に、かなりのスピードで切り掛かったようで、盛大に顔から地面に突っ込み、その体勢のまま土煙を上げて俺の所まで滑ってくる。足でトラップするように頭を踏みつけてやると、結の体はようやく慣性を失って静止した。


「痛いです……」


 俺に頭を踏みつけられながら、結が当たり前な事を呟く。仕方なく足を退けて、立たせてやると、顔面が擦り傷だらけな上、血まみれになっている。


「だから、力加減に気を付けろって言っただろうが……大丈夫か?」


 余りにも悲惨なその姿に、俺としてもそう強くは言えなくなってしまった。

 仮にも女の子なんだから、顔は大事にした方が良いと思うんだが……


「これ位、大丈夫です。自分で直すですよ」


 結はそう言うと、自分の顔にヒールを掛け始めた。みるみる内に傷が消えていく。

 その姿は、顔に付着している血液と相まって、完全にホラーと化していた。あっという間に傷を治した結は、自分がいるべき位置まで元気一杯に走って戻って行く。

 ……アイツは……本当に人間なのか?

 俺は、今までに経験した事の無い類いの悪寒を感じた。


 いや駄目だ。頭を切り替えろ!今はまだ戦闘中、結の生物学的な分類を考えている場合じゃ無い!


 俺がキメラに視線を戻すと、既に立ち上がっていて、真夏に攻撃を仕掛けている場面だった。結がこけた辺りから、囮役を引き受けてくれてたみたいだ。

 その役目を引き継ぐ為に、俺は再びキメラに接近する。




 その後の戦闘は、気は抜けないながらも、非常に楽なものになった。

 キメラの二本の前脚には既にかなりのダメージを与えていて、もはや使いものにならなくなっている。後ろ足の一本は端から使えてないので、まともに動くのは後脚の一本だけ。機動力はほぼ皆無だと言える。

 たまに放ってくる閃光だけは注意が必要だったが、その威力は徐々に弱まっているように感じられた。

 立っているのがやっとといった状態になり、更に攻撃を加えていくとキメラはその動きを止め、地面に崩れ落ちた。


「……死んだのか?」


「はい、全く生命力を感じられません。ようやく仕留めたようですね」


 シロがキメラに近づき、その死亡を確認した。

 だが、その死体は残ったままで、全く消え去る気配がない。


「死体が消えないみたいだが……本当に死んでるのか?」


「私の感覚ではそう思えますが……」


 シロ答えた瞬間、身に覚えの有る高揚感が俺を襲った。

 これは間違いなくレベルが上がった時と同じもの。

 俺の経験上、レベルアップはモンスターを倒した時にしか起きない現象だ。キメラは倒したと思って構わないだろう。


「レベルが上がったみたいです……倒したですか?」


「……みたいですね。やりましたね、唯ちゃん!」


 真夏が結の側に駆け寄り、その頭を撫で始める。それで、戦闘が終わったと実感したのか、結は武器を放り出してその場に座り込んでしまった。

 よほど疲れたのか、かなりぐったりとしていて、今にも眠ってしまいそうに見える。

 無理もない。フレッドの依頼を受けて街を出たのが昨日の朝で、今は陽の高さからして昼過ぎって感じだ。

 疲れを感じるのは当然の事だった。


 改めてキメラの死体を見る。

 戦闘中にも感じていた違和感が、この死体を見る事で強まった気がした。


「これが、作られたモンスターの特性って事か。常識外れなもん作りやがって……」


 人の手が加わった事によって、この世界の常識から外れてしまったのだと思うと少し哀れな感じもする。


「そうですか?私には、寧ろこの方が自然に感じます」


 シロは何気なく言っただけだろうが、その言葉は妙に俺の胸をざわつかせた。

 死体が残る方が自然━━普通に考えればそれは当たり前の事だと理解できる。

 だがこの世界の人間は、何故かモンスターは死ぬと消えるものだと認識している。

 何だって、そんな事になってる?


 常識から外れているのは……寧ろ……


「新庄くーん!」


 まだ、いまいち形を成していなかった俺の考えは、陽気なフレッドの声で掻き消された。

 フレッドは妙にテンションが上がっているようで、片手を振りながらこちらに向かって走ってくる。


「モンスターは倒せたようだね。いやー、良かった良かった」


 フレッドは俺の近くまで駆け寄ると、笑顔で俺を労ってきた。その顔に張り付いた笑顔は本当に嬉しそうに見えて、はっきり言って気色悪い。

 頭がいかれたか?

 半ば本気でそう疑ったが、俺の疑問は次のフレッドの言葉で解消される事になった。


「新庄くん。今、ボクが感じているこの高揚感がなんなのか、君には分かるかなー?正直に話して貰えると助かるんだけど……まあ、どうしても君が答えたくないっていうなら、力尽くって事になるけど……構わないよね?」


 コイツ……まさか……


「シロ!」


 嫌な予感がして、シロにその判断を迫る。


「ええ、間違いなくレベルアップしています……」


 フレッドも戦闘に参加したと言えなくもないので、レベルが上がってもおかしくは無かった。

 拙いな……コイツのスキルは、そのレベルに関係なく俺を翻弄するものだった。

 レベルが上がって、それなりの攻撃力を身につけられてしまうとかなりの脅威になるのは目に見えている。その手に掛かって、暗殺されてしまう自分の姿すら容易に想像出来てしまう。

 フレッドの助力は有難いものだったが、こうなるとずっと観戦してくれていた方がマシだったとすら思える。


「レベルアップ?ボクは、今までにこんな感覚を味わった事はないんだ。そんな訳ないよね……馬鹿にしてるのか?」


 フレッドの表情は笑顔で固定されたままだったが、はっきりと気配が変わったと分かる程の殺気を俺にぶつけてきた。

 俺も同じ目にあったので分かるが、高揚感に飲まれ、明らかに好戦的になっている。


「まあ、落ち着けよ。その高揚感はレベルアップ時に感じるものだ。嘘じゃない。少し待てば、直に収まる」


「それを信じろって言うのかい?」


 そんなもん知るかよ……こっちは本当の事を言ってるんだ。だいたい、信じるか信じないかはテメーに匙加減だろうが。

 疲労の中で、決着のつけようのない押し問答をさせられているようで、段々と苛立ってくる。俺にも高揚感の影響はあるので、これ以上詰められるとキレてしまいそうだ。


「じゃあ、お前は今の戦闘を見ていてどれ位レベル差を感じた?その差が埋められる程度だと思えたか?」


 自分の力をひけらかす様で余りこういう言い方はしたく無かったが、互いのレベルの差という現実を突きつけてやる事にした。

 コイツも幻影だったとはいえ、同じモンスターと戦っていたのだから俺との実力差はだいたい把握しているだろう。


「…………」


 事実を突きつけられては、流石のフレッドも反論できないようだった。


「そういう事だ。今上がったのは普通のレベルとは別物だ。この世界じゃあ、考えもつかないような事が起きる時もあるんだよ……」


 ダメ押しに、フレッドにキメラの死体を見るように促す。


「キメラ……倒したんじゃ無いのか?……まさか、死骸が残ってる!」


 この事実は、フレッドを驚かせるのに十分過ぎる効果があったらしい。今まで保っていた笑顔が完全に消え去り、素で驚愕しているのだと分かる。


「新庄。お前は……何を知っている……」


 その言葉には今までのような余裕は感じられず、陽気な男の演技をするのも忘れているようだった。

 もはや裏切り者でも見るような感じで、疑いの視線を俺に向けてくる。


「知りたい事は教えてやる。こっちとしても米国を敵に回したくは無いからな……でも、後日にしてくれ。こっちは夜通し戦ってて、疲れてんだよ……」


 もう、考えるのが面倒臭くなってきた。どうせ国家規模の相手に対していつまでも情報を隠し続けるのは無理があるってもんし、フレッドみたいな奴を何人も相手にして、ずっとビクビクしながら生活するのは正直御免だ。

 だったら、いっそこちらから提供してしまった方が、後々の事を考えると良いのかも知れない。


「逃げるなよ」


「どこに逃げるって言うんだ。どうせ俺の家の場所なんか、とっくに調べてんだろ?」


 正直に言えば、いざという時は精霊の森に逃げ込むという手がある。あそこならばサラマンダーが居るし、追跡自体が不可能な筈だ。

 まあ、こちらが情報提供に協力すれば、そんな事にはならないだろうが、もし、それ以上の協力を求められるのなら、それも考えなければならないだろう。


「分かってるじゃないか新庄くん。君とは、末長く仲良くしたいもんだねー」


 フレッドはすっかりいつもの軽薄な感じに戻り、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。立ち直りの早いやつだ。

 一刻でも早く切りたい縁だったが、フレッドを納得させる為に、その言葉には反論はしないでただ頷くだけにした。

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