混ざり合う陰謀9
ガチャ!
何かが地面に落ちる音が聞こえた。
恐る恐る目を開くと、目を潰すかような強い光は収まっていて、あれほどあったウインドウは全て消えていた。ナイフが地面に落ちているのが目に入り、俺は直ぐにそれを拾おうと手を伸ばすが、拾い上げる前にその手を止める。
見た目が変わってる……
形状には大きな変化が見られないが、欠けていた刃先が修復されていて、まるで下ろし立ての新品のように見える。
それは喜ぶべき事なのかも知れないが、問題なのはその色合いだった。
黒い刀身の刃先が赤黒く変化していて、日本刀の波紋のような模様が浮き出ている。それが、まるで鮮血で汚れているかの様に見えて、猟奇的な不気味さを醸し出していた。
これが俺のナイフなのかと疑ってしまうが、他に見当たらないのでそうなのだろう。
「うわっ、何です?その気色悪いナイフは……」
地面に落ちている俺のナイフを見て、結がドン引きしていた。
その手には、澄んだ銀色で美しい刀身のショートソードが握られている。だがそれは、柄の部分にゴテゴテとした装飾が施してあり、実用的なものなのか疑問に思える代物だった。
「新庄さんは性格が捻くれてるから、そんな風になるですよ。結のこの美しいショートソードを見習うといいです!」
妙に偉そうにそう言ってくるが、その理論で言えばコイツはやたらとデカい宝飾品で着飾った成金って感じになるが……それでいいのか?
だいたい、武器を見習った性格って何だよ?
もっとエッジを効かせた性格になれって事か?
「うるせーな!元はと言えば、お前が勝手に返事したせいだろーが!」
「そんなの、結は知らないです!」
小生意気なガキのように結がそっぽ向く。
確かに結が悪いとは言い切れないが、不気味な姿に変わり果てたナイフを見ていると愚痴を言いたくもなる。
メッセージを送って来た奴は魔を払う武器と言っていた筈だが、これでは寧ろ悪魔の武器って感じだろ……
「先輩。この武器、凄いですよ!何ていうか……持っただけで、全体に力が乗るような感じがします」
真夏の方も既に武器を手にしており、使い心地を確かめてる為か大きく振り回していた。
真夏のハンマーはシンプルなデザインで、ヘッドの部分に少しだけレリーフが施されている。持ち手の部分も含め、全てが金属っぽい素材で出来ていて、僅かに青みを帯びていた。
真夏がハンマーを振ると空中に青い軌跡を描いているように見えて、幻想的にすら見える逸品だった。
それを見て再び自分のナイフに視線を落とすと、より一層その禍々しさが増した感じがした。
……俺のだけ系統が違いすぎないか?
いや、これで耐久力が上がっているなら、見た目なんかどうでもいいと思わなくも無いが……
「これ……呪われたりとかしないよな?」
真夏と結に視線を戻すと、ふたりは露骨に視線を逸らす。
「そんな事は……無いと思いますけど……」
「………………ぷっ」
真夏は口では否定したが、とてもそう思っているようには見えない態度だ。結に至っては、どう見ても笑いを堪えているようにしか見えない。
コイツら……こっち向きやがれ!
人と話す時は目を合わせろって習わなかったのか?
「うわっ!何ですか……この物騒なナイフは……」
補給の手配のために、少し離れた位置で通信していた泰志が、戻ってくるなりそんな事を言ってきやがる。
やはり、誰が見ても一目でドン引きするような見た目なのは間違い無いようだ……
その様子を見て、遂に結が堪えきれなくなり爆笑し始めた。
クソッ、絶対後で締めてやるからな!
状況の掴めていない泰志に、今起きたことを掻い摘んでを説明してやる。
泰志の方には何かなかったかと尋ねるが、特に何も起きなかったらしい。やはり、あのメッセージは俺達だけに向けられたもののようだ。
「やはり……新庄さんは一味違いますね……」
泰志は、そんな褒め言葉とも悪口とも捉えられるような、微妙な事を口から漏らした。
どうやら、コイツも後で再教育する必要がありそうだ。
まあ、別に本当に呪いなんてものがあると思っている訳じゃ無い。それでも、なまじファンタジーな世界にも触れているだけに、この世界では何が起こるか分かったもんじゃないのも確かだ。
だが、貧乏人である俺の武器は、既に折れてしまった既製品と、この禍々しい姿に変わり果てた黒のナイフだけ。泰志が調達してきたナイフも多少あるが、フロントを務める俺の武器が破損すると、非常に拙い状況に陥りかねないので、出来ればそれは使いたくはない。
よってこの呪物を使わざるを得ないのだが、このナイフを拾い上げる事にはどうしても抵抗感がある。
『そう、警戒するな。それは君達が今まで使っていた武器より間違いなく強力なものだ。特にデメリットがある訳でもない。そんな貧弱な武器しか持ってないのは、ある意味こちらの責任ではあるし、救済措置だとでも思えばいい』
俺の心情を見透かしたかのようなメッセージが目の前に表示される。
やはり、こちらの会話も筒抜けだと思った方が良さそうだ。一方的に情報を抜かれるのは、拙い状況だし、気分のいいものじゃ無い。
ウインドウが本当に現れた事に泰志は驚いてはいたが、特に取り乱す事も無く、何も言わなかったので、どうやら事態を静観する事に決めたようだった。
「お前、何者だ?」
俺はメッセージが表示されたウインドウに向けて話し掛ける。
別に返事を期待した物では無い。
返事があったとしても、こちらの会話が聴かれてているのが確定するだけなのだが、少し情報を引き出せないか試してみたかった。
『別に教えてやっても構わないが、それは自分で調べるんだな。それが探索者ってものだし、その方が面白いだろ?』
コイツ……完全に俺達で遊んでやがる。こっちは命懸けで戦ってるってのに、ゲームでもやってるつもりかよ……
『これ以上、干渉するのも何だし、後は観戦を楽しむ事にしよう。君の健闘を祈ってるよ。新庄くん』
最後にそう表示されると、ウインドウは消えて無くなった。
観戦だと?ふざけやがって……
だがこれで、監視者とウインドウを操っている奴は同じだと見てほぼ間違いない。
最後に俺の名前を書いてきたのは、お前の事は知っているという脅しのつもりなんだろう。
だが、それは脅しの常套手段なので別に何とも思いはしない。寧ろ、こんな超常現象を起こせる奴が、そんなせこい脅し方をしてくることの方が俺には謎だった。
「新庄くーん!もうマジで限界だよー!」
どこからともなく、フレッドの情けない叫び声が聞こえてくる。さっきみたいに、幻影を送って来ない所を見ると、本当に限界なんだろう。
戦闘が行われてる方向に目をやると、フレッドの幻影がこちらに向かって走って来ているのが見えた。その背後には大きな土煙が上がっていて、幻影を追って接近してくるのが分かる。
「だから、こっちに連れて来ちゃった」
フレッドの幻影は俺にそう告げると、そのまま俺の横を通り抜けて走り去って行く。
すると土煙の中から大きな黒い塊が飛び出し、俺の頭上を飛び越え、フレッドの幻影の上に見事に着地して踏み潰した。
黒い塊の正体は、確認するまでも無くキメラだった。
「フレッド!てめー、さっきの当てつけのつもりか!」
「ホントに限界なんだってー!今のが最後の幻影体だったから、消えたらモンスターがどっかに行っちゃうと思って、こっちに連れて来たんだよー!後は観戦してるからヨロシクねー!」
監視者みたいな事言ってんじゃねーよクソが!
今のは恐らくフレッド本人が叫んだものだろうが、索敵にはやはり反応が無く、その位置が掴めない。かなり遠くから響いて来たので、もう戦闘に参加する気は無いのだと思われる。
キメラがフレッドの声の方に反応しないかと一瞬だけ期待したが、残念ながらそう上手くはいかない。キメラが俺の方に振り向く。
その体は最後に見た通り傷だらけのままだ。幸いにも、ダメージが回復しているという事は無い。
「クソッ。もう、やるしかないか……」
謎の武器を手に入れはしたが、監視者を信用してもいいものかは分からない。フレッドのおかげで少し休めたとはいえ、体力的な限界は近づいている。更にキメラが後どれぐらい体力があるのか不明で、倒し切れる保証は無い。
多くの不安材料を抱えながらも、次が最後の攻防になるだろうという事だけは何となく感じていた。
迷っている時間は既に無い。俺は、地面に落ちている不気味なナイフを手に取った。
持った感触は、黒のナイフと全く同じで、恐ろしい程手に馴染む。それは、まるで手とナイフが一体化したかのように感じられるほどで、真夏が言った通りに力が乗っているような感覚がある。
「ギィギィギィー!」
キメラが、でかい図体に似合わない甲高い声で威嚇してくる。
「泰志。お前は俺が攻撃したらこの場から離れてくれ。注意を引かないようにゆっくりとだ」
「……分かりました。俺が居ても足手まといでしょうから、申し訳ありませんが、そうさせて貰います」
弥生の仇討ちをしたい気持ちがあるだろうに、泰志は俺の提案をあっさりと受け入れてくれた。冷静に自己分析出来ている所は、リーダー向きだと言える。
俺としてはこれ以上の死者を出すのは御免なので、非常に助かる。
「真夏、結。さっきと同じ作戦で行く。この武器をあんまり信用すんなよ。どれ位強度があるかまだ分からないんだ……今まで通りに壊れるもんだと思って扱え」
監視者を信用して思いっきり武器を振るってしまっては、壊れた時に隙が出来てしまう。これは注意しなければならない。
これは真夏と結だけの話では無く、実は俺の武器が一番の問題だと言える。せめて黒のナイフと同等の強度が無いと、今までの作戦がうまく回らなくなってしまうからだ。
「了解です」
「分かってるですよ」
不安はあるが、ふたりの返事を聞いて俺は覚悟を決めた。
キメラは既に戦闘体制に入っている。
俺はキメラに向けて走り出し、戦闘開始の口火を切った。




