混ざり合う陰謀3
「どうだ?」
「ダメです。なんか画面がおかしいです。表示がバグってるですよ……」
結を連れてきてすぐに鑑定をかけてももらったが、結果はご覧の有り様。
とはいえ、ヒールに続き鑑定まで使う小娘の存在に、フレッドが目を剥いて驚きを隠せないでいる姿は実に痛快に思えた。
この程度で喜ぶような小さい男ではありたく無いが、これまでのコイツの行動を考えれば、そう思ってしまうのは仕方ない事だろう。
それはそれとして、鑑定がバグってるってのはどういう事だ?
確か、シロの時は何も表示されないって言っていたよな?
まあ、それはシロが新しく生まれた精霊だったって事で、まだ納得出来るが、バグってるってなると……
「それは、ここで作られたモンスターの失敗作だと思われます」
冴羽が言ったその言葉は、俺を驚かせるには十分なものであり、この場にいる全員がそうだったのか、冴羽を凝視して固まってしまう。
冴羽がこの場にいるのは、結を連れてくる際に事の経緯を説明した所、一緒に連れて行くようにと言い出したからだった。
そんな周囲の反応を気にすることなく、冴羽は説明を続ける。
「この施設では、魔石からモンスターを復元する実験が行われていますので……」
パチンッ!
乾いた破裂音が響く。
それは、真夏が冴羽の頬をはたいた音だった。
十分に手加減されたものだったが、それでも、その衝撃で冴羽が地面に崩れ落ちる。
「モンスターを作ったって……何をやってるんですかあなたは!」
その怒声に、周りが静まり返る。
真夏が、こんなにも怒りを露わにするのは珍しい事だ。
あの結でさえも、あまりの衝撃からか、呆然と真夏を見つめるだけだった。
「今までに、どれだけの人がモンスターと戦って亡くなっているか分かってますか?それを人の手で作り出すなんて……あなたはそんな事が許されると、本気で思ってるんですか!」
真夏の怒る理由、それは倫理的な観点からは理解できる事だ。
だが、恐らくこの場にいる真夏以外の全員が、共感はできないものだろう。
その証拠に、冴羽の説明に対し不快感を浮かべる者はいたが、真夏ほど怒りをあらわにした者は誰もいない。
「落ち着け真夏。言いたい事は分かるが……」
これは本心では無く、真夏を宥めるためにそう言っただけだ。
このモンスターを作り出す技術によって、世界のパワーバランスが崩れる事で自分が不利益を被るのじゃないか━━そういった思いから、俺にも怒りの感情は確かにある。
だが、それは真夏が感じているものとは別物だろう。
他の奴らにしても、モンスターを作り出すという行為に嫌悪感を感じる事はあっても、人の命がどうのといったものでは無いと思う。
顔も知らない他人の命になどに、価値は見出せない━━地震があった以前ならともかく、現在ではそれが通常の反応だった。
「冴羽、大丈夫か?悪いな、真夏が興奮しすぎたみたいだ」
未だに興奮してる真夏の代わりに、俺は冴羽に謝罪して手を差し伸べた。
冴羽は素直にその手を取り、立ち上がる。
真夏に叩かれ顔を赤く荒らしながらも、冴羽が怒り出す事はなかった。
寧ろ、どこか申し訳なさそうな顔をしている。
「いえ、構いません。そんな人だからこそ、私は真夏さんを信頼しているんですから……」
その言葉が、逆に真夏の怒りを煽ってしまった。
「どんな言い訳ですか?ふざけないで下さい!」
俺は慌てて真夏と冴羽の間に割って入る。
この場で真夏を止められるのは俺と結だけで、結は未だに先程のショックから抜け出せないでいる。
結果、俺が間に入るしかなかった。
「言い訳ですか……確かにそう聞こえるかもしれませんが、聞いてください。これは人類にとって必要な計画ではあるのです……」
冴羽にしては、随分と歯切れの悪い言い方だ。
理由があると言うならば、いつものコイツなら勝手に話し出しそうなものだが……
「それは、ボクが聞いても構わない事なのかな?随分と気前がいいねー」
成程、フレッドの前では話ずらい事か……
そう思ったが、冴羽は少し考え込んだ後に、構わないと答えた。
どういうことだ?
冴羽の意図が読めない。
そんな俺をよそに、冴羽はその計画の内容を話し出した。
「この施設で行われているのはCRMと呼ばれるプロジェクトです。先程も言った通りに、このCRMプロジェクトは魔石からモンスターを再構築することを目的としています。モンスター作り出し、それを利用して野生のモンスターに対抗する。そういう建前でこのプロジェクトは進められていますが……」
冴羽が再び言葉に詰まり、真夏の方を見た。
その先を、真夏の前で言うことが憚られたのかも知れない。
「実際にそんな事が出来るなら、まずは軍事利用を考えるよね」
簡単に予想できてしまう話の続きを、フレッドが遠慮なく言い放つ。
まあ、つまりはそういう事だ。
真夏が怒った理由には、こういった事も含まれていたのだろう。
人が作ったモンスターが、人の命を奪う。
それが許容できるような性格じゃ無い。
「華菱の人なら、私なんかよりぜんぜん頭がいい筈なのに、何でそんな事を考えるんですか……」
最後の方は、消え入りそうな程小さな声だった。
その目に涙が浮かんでいる。
真夏の疑問に答えるとすれば、それは単純に金儲けの為だろう。
この技術を利用すれば、どんな小国やテロリストでも軍事的な主導権を握れてしまう。
いくらでも金を生み出す技術なのは、間違いない。
「済みません真夏さん。この計画は、私が入社する以前から始まっていたのですが……」
「そんなっ!それじゃ、私……叩いてしまって、済みませんでした……」
その表情から嘘はないと読み取ったのか、真夏はあっさりとそれを信じ、冴羽に謝罪までしてしまう。
あまりにも簡単に人を信用するのはどうかとは思ったが、いつもの調子に戻った真夏を見て、俺はホッしていた。
こいつ、怒り出すとなかなか収まんねーからな……いきなりビンタするのは完全にやり過ぎだった。
「謝らないでください……私には、その謝罪を受け取る資格が、ありませんから……」
「どうして……ですか?」
「私はこの計画を知ってからも、それを止めようとは思わなかったからです」
真夏の謝罪を台無しにするような言葉だったが、あまりに冴羽が申し訳なさそうにしているためか、再び真夏が怒りだす事はなかった。
それが後押しになったのか、冴羽が話を続ける。
「最初にも話しましたが、この計画が今の人類にとって必要であるのは間違いありません。それは、この新大陸のモンスターに対する戦力という以上に、重要な目的があるからです」
確かにそんな事を言ってたな……
少し考えてみるが、人類規模という大層な目的は俺には想像する事が出来なかった。
「現在、世界中で活用されているエネルギー、その殆どがモンスターの魔石によって賄われているのはご存知の事かと思います」
「まあ、それは知ってるっていうか、一般常識の範囲だろ」
冴羽の質問に、俺はそう答える。
そして、その利権を華菱が握っている事もまた、周知の事実だ。
「では、その魔石が入手出来なくなるとどうなるのか……だいたいの想像ができるかと思います」
そんな事になれば、恐らくだが、人類の生活水準は大震災直後の状態に戻ってしまう。
再びそんな状態に陥る事に、人という種が耐えられるかどうかは分からない……
「常にモンスターと戦っているあなた方には、中々思い当たらないのかも知れませんが、モンスターが無限に湧き出る……そんな保証はどこにもありません……」
言われてみれば、確かにそうである。
なまじ、モンスターが一定時間でリポップする事を知っている為、今までその考えに至らなかった。
よく考えてみれば、モンスターという如何に不可思議な存在とはいえ、実体のある物が無限に出現すると考える方がおかしい。
実際に、人間は乱獲によって幾種類もの動物を絶滅させた過去もある。
今更ながら、そんな不安定なものに依存して生活をしている異常性に気付かされた。
「待ってくれよ冴羽、それはおかしな話だよね。魔石を使ってモンスターを作り出し、そのモンスターを倒して魔石を得る。それじゃあ、結局はプラマイゼロだろ?」
フレッドのいう事は最もだった。
それは、全く意味のない行為に思える。
「ええ、分かっています。魔石からモンスターを作り出す事、それ自体はあくまで最終目標に向けての前段階に過ぎません。本当の目的は、その研究結果を元に、モンスターが発生する原理を突き止める事。そして最終的には魔石そのものを人工的に作り出す。それこそが、このプロジェクトの正しい在り方だと私は思っています」
冴羽が一息ついた事で、話がそれで終わりなのだと分かった。
語り終えた冴羽は、内心では様々な葛藤があったのか、憔悴しているように見えた。
「事情も分かってなかったのに、叩いたりしてごめんなさい……」
いまにも崩れ落ちそうなその姿を見て心配したのか、真夏が優しく包み込むように冴羽を包容した。
その言葉と行動に安心を得たのか、冴羽は安堵の表情を浮かべる。
「いえ、さっきも言った通り真夏さんが謝る事なんて、何もありません。寧ろ、こんな話を聞かせてしまって申し訳ありませんでした」
冴羽が、恐る恐る真夏の背中に手を回す。
こうして、女ふたりが涙目になりながら抱き合い、謝罪しあうという謎の空間が生まれてしまった。
かなり気まずい雰囲気なんだが……俺はどうしたらいい?
先程まで真夏にビビり散らかしていた結が、今は難しい話に付いて来れなかったからか、シロと遊び始めている。
普段ならば絶対にゴメンだが、今だけはそれに加わりたいと切実に思った。
「なあ、ボクは何でこんな茶番を見せられてるんだい?」
俺に聞かれても困るが、思わずフレッドに同意しそうになってしまう。
コイツからしてみれば、どんな理由があろうと知ったこっちゃないだろうしな……
「そもそも、そんな事をしてるから華菱は信用できないんだよ。僕が華菱を疑ったのだって、このプロジェクトの情報をある程度入手してたからだ。米軍基地を襲って魔石強奪テロを起こした6号と、魔石からモンスターを作り出し、何か企む華菱。疑われて当然だと思うけどね?」
…………6号が、米軍基地でテロ?
ふざけんな!
そんな情報、いきなりぶっ込んでくんじゃねぇーよ!
いや、確かに米軍基地でテロがあったってニュースを聞いた記憶はあるが、まさかその犯人が6号だとは……どうりで、米国が必死こいて追っかける訳だよ。
「そんな事実は無いと言った筈です。ですが、私が知らない所でそのような密約があったとしても、別段、不思議とは思いませんけど……」
「それは、華菱のテロへの関与を認めるって事でいいのかな?」
おいおい、かなりきな臭い話になってきたな……
しかし、テロに華菱の人間が絡んでいたとして、何で自分の施設を6号に襲撃させたってんだ?
意味が分からない……
「いえ、そうは言ってません。事実として、6号はこの施設に襲撃を仕掛けました。ここはC R Mプロジェクトにとって大事な場所。仮に米国の目を逸らすためだとしても、別の施設を使うでしょう。華菱と6号の間でどのような密約があったにしろ、決裂したのは明白です。ですが、私には確かに、そのような密約を交わしそうな人物に心当たりがあります。あなたに協力出来ると言って連れてきたのは、その為です」
「何が言いたい?」
全くだ、もう少し分かりやすく言いやがれ。
頭がいい奴は、話が長過ぎんだよ……
「恐らく、その人物はCRMプロジェクトを立ち上げた者と同一人物です。その人物をを米国に差し出しましょう」
コイツ……自分の会社の人間を米国に売り渡す気か?
しかも、今までの話を聞いた感じでは、冴羽さえも知らない事を実行できる程の力を持っている人物だって事になる。
「正気か?」
フレッドが正気を疑うのは無理もなかった。
その人物を差し出すという事は、プロジェクトの情報を丸々、米国に渡す事を意味している。
それが、冴羽にとってどんな意味を持つのかが分からない。
そんな俺とフレッドの困惑を他所に、冴羽は話を続ける。
「正直、私はそのような密約があったとは思っていませんが、6号の情報を得られる可能性はゼロでは無いでしょう。そもそも、C R Mプロジェクトの情報自体が、米国にとって放置できる問題では無いと思いますが?」
確かに、テロ活動にもってこいなこの技術を米国が放置できるはずもない。
「……それは誰なんだ?」
結局、フレッドのその余計な一言のせいで、俺はその知りたくもない名前を知る事になった。
「花菱産業代表取締役社長、花菱慎二。現在、華菱のトップと言える人物です」




