ポータル発見機4
「さて、装置の精度には多少問題がありますが、実地試験はこれで終了にします」
冴羽が仕事の終了を告げたのは、もう日が暮れ始めるような時間だった。
拘束時間こそ長かったが、俺としては楽な依頼だったと言える。
モンスターの相手は泰志達がしてくれたし、フレッドは結が散歩させていたからだ。
俺は冴羽の横に張り付いて、ただボーッとして過ごしていただけだったが、それだけで今回の依頼は終わってしまった。
度々真由が近づいてきて、命の危険に晒されるなんて事はあったが、無事に五体満足で帰宅出来そうだ。
冴羽なんかに関わったにしては、随分と平和的に終わったもんだと思う。
「あなた達は、先にこれを社に持ち帰って下さい。私は新庄さん方と少し話をしてから戻ります」
冴羽は例の装置を助手に預けて、華菱の奴らをすぐに引き上げさせようとした。
だが、流石に外部の人間だけに護衛を任せるのは拙いだろうとなり、泰志だけはこの場に留まる事になった。
冴羽と泰志を残し、華菱の連中がポータルに触れて消えていく。
去り際に真由が何か言ってたが、いい加減鬱陶しくて仕方なかったので無視しておいた。
さて、こっちも早く退散したいので、さっさと冴羽に話を聞く事にしよう。
「で、話って何だよ?」
冴羽は俺の問い掛けに反応して一瞬だけこちらを見てきたが、何の返答もする事なく、シロを自身の頭から下ろして無言で撫で始めた。
お別れの挨拶でもしているのかと思い暫く放置していたが、それ以降、全く口を開く気配が無い。
…………
「まさかお前……ただシロを撫でたかっただけとか言わねーよな?」
返事が無い……
どういう事だ?
そう思い、部下である泰志に非難の視線を送りつけると、泰志は諦めた表情をして首を横に振るだけだった。
その様子を見るに、冴羽は本当にシロを愛でたかっただけなのかも知れない……
「そんなもんに、付き合ってられるか!」
さっさと帰る為に、俺は冴羽からシロを取り上げる事にした。
だが、冴羽に近づこうとする俺を、真夏が止めに入る。
「まあまあ、先輩。落ち着いて下さい。別にいいじゃ無いですか……子犬に触れる機会なんて、そう無いんですから。もう少しだけ待ってあげましょう」
随分と呑気な事を言ってくるが、もう日が暮れ始めているのに、こんなモンスターがうじゃうじゃいるような場所にいつまでも居る訳にはいかない。
俺がその肩に触れてどかそうとすると、真夏はその手を掴み返してきた。
その瞬間、関節技を極められた恐怖が蘇り、俺は反射的にその手を振り払って、真夏から大きく間合いを取っていた。
「どうしたんですか……先輩?」
夕日に照らされて落ちる濃い影が、真夏の姿を不気味なものに見せる。
その姿を見て冷静な判断力を失った俺は、その言葉が脅しにしか聞こえなかった。
だが、冷静になって改めてその表情を見ると、真夏はかなり困惑している様子だった。
「いや、何でもねーよ……少し待てばいいんだろ、分かったよ……」
今のは俺の勘違いだったが、今日の真夏には何か逆らい難いものを感じる。
俺は仕方なく、冴羽がシロを解放するのを待つ事にした。
真夏はまだ不思議そうな顔をして見てきたが、それでも、俺が待つと極めたことで納得したのか、追求してくる事はなかった。
「いいかげん、シロを返してほしいです!」
暫く近くにあった木に寄りかかって冴羽とシロを眺めていると、結が何故か俺にそう訴えてきた。
「知るか!直接アイツに言え!」
何で俺が、ペットの奪い合いなんかに口を出さないといけねーんだよ……
このままこいつらを放っといて、家に帰るか?
そう思って、ポータルに視線を向ける。
冴羽から目を離してしまったのは、索敵に反応がなく、完全に油断していたからだった。
「さてと……そっちの仕事は終わったようだし、今度はこっちの要件に付き合ってもらえるかな?」
聞こえたのはフレッドの声。
だがそれは、今までのフレッドからは想像出来ないぐらい、冷たい声色だった。
「冴羽さん!」
焦る泰志の声が響く。
慌てて振り返ると、視界に入ってきたのは巨漢の男が人質を取っている様だった。
「おいおい……何のつもりだフレッド?」
何の冗談か、フレッドは冴羽を拘束して、そのこめかみに向けて銃を突き付けていた。
その行為は前時代的なもので、俺には冗談である以上に意味がある事とは思えなかった。
何故なら、現在の人間はレベルをひとつでも上げていれば、小口径の銃撃程度では死んだりしないからだ。
多少怪我をするかも知れないが、その程度で済む。
それでも、感覚的に人に銃口を向けるなんて事はイタズラとしても質が悪い。
そんな馬鹿な真似を辞めさせようと、俺が一歩前に踏み出すと、それを止めたのは冴羽だった。
「動かないで下さい!この銃は……拙いです……」
「拙いって……まさか、お前レベル上げてねーのかよ!」
常識的に考えると、それはあり得ない事だった。
この危険な大陸でレベルをひとつも上げてないなど、自殺願望があるとしか思えない。
「そうそう、動かない方がいいのは確かだよ。でも、君は何か勘違いしてるみたいだね……冴羽さん、説明してやりなよ」
フレッドの口調からはおかしなイントネーションが無くなり、その口ぶりは若々しいものに変化していた。
「この銃は……新大陸で産出された素材で作られています。今の私のレベルでは、その銃弾に耐える事ができません……」
おいおい、ふざけんな!
レベルを持ってる奴に効果がある銃なんて、俺は聞いたことねーぞ……
信じ難い事だったが、冴羽の表情がそれが事実だと伝えてくる。
クソッ、華菱の新兵器って事か……
「そう言う訳だから、後ろの人も動かないでねー」
真夏が少しずつ移動してフレッドの後に回り込んでいたが、それは読まれてたようだ。
コイツ、索敵スキルを持ってやがる。
銃を奪う事ぐらいなら訳ないが、こうも冴羽に密着されていては暴発の可性がある。
「いやぁ、助かったよ。この銃を見せても反応無かったから、ハズレかなって思ってたんだけど……見事に冴羽の所まで案内してくれたよね」
「何言ってんだテメェ!」
当然、俺はそんな事をした覚えは無い。
俺と冴羽が仲違いするのを狙ってんのか?
ここまで有利な状況を作っておいて、そんな事をする意味があるとも思えないが……
「何度か冴羽から依頼を受けててだろ?なんか繋がりがあるのかなーって思ってね、君を釣る為にあんな依頼を出したんだよ。あまり期待はして無かったんだけどね」
フレッドはいちいち癇に障る口調で事情を説明してきたが、それは納得できるようなものでは無かった。
初めから冴羽に近づく為に、俺を利用したとでも言うつもりか?
俺がこの依頼を受けたのは偶然だった筈。
そんな訳が無い……
いや、だがよく考えてみれば、あんな依頼を引き受けるのは、あの街には俺ぐらいしかいないのか……
前に俺が冴羽から依頼を受けた話は少し調べれば分かる事だし、この周辺で華菱が何かしているというのは、探索者を追い払うという行動をしていた事から情報が漏れていた可能性が高い。
俺達の進む方向は、主に真夏と結が決めていた筈だが、フレッドはその奇怪な行動で行先をコントロールできる状態だった。
つまり、コイツは馬鹿なふりをして俺達に案内させてたって事かよ……
その行動は大掛かりかつ、随分と迂遠に感じられるもので、情報収集の手間を考えれば単独犯とは思えない。
間違いなく、他にも仲間がいるだろう。
「じゃあ、あまり長話するのも何だし、そろそろお暇させてもらうよ。あんたの強さはヤバ過ぎるしね」
フレッドが、冴羽を引きずるようにしながらポータルに向かう。
拙い━━ポータルを使って移動されては、追跡ができなくなる。
「まあ、そう焦んなよ。こっちはまだ依頼の報酬をもらってないんだぞ。まさか踏み潰す気か?せめて、報酬代わりになんでこんな事してんのか教えろよ」
俺が咄嗟に出した言葉は、時間稼ぎ以外何ものでも無かった。
コイツがどうしてこんな事をするのか━━そんなのは正直どうでもよかったが、このままでは冴羽が連れ攫われてしまう。
最も、時間を稼いだ所で、この状況が変わるとも思えないので意味は無いだろうが……
「嫌だね。教えないよ」
フレッドが見せた表情は人を見下したものだったが、それ以外にも、どこか憎しみのようなものを含んでいた。
冴羽を盾にしながら、フレッドがじりじりとポータルに向かって後退して行く。
もう、冴羽が死なない事に賭けて、無理やり突っ込むしか手立てがないように思えた。
フレッドの手がポータルに伸び、俺が飛び掛かろうと足に力を込めた時、ポータルが輝き出し、ひとつの人影が飛び出してきた。
「冴羽さん、やばいっス!って、えっ?」
「なっ!」
ポータルから出てきたのは、華菱の探索者の亮だった。
その勢いのままにフレッドにぶつかり、冴羽から銃口が外れる。
俺はそれを見逃さず、ナイフを抜きながら一瞬で距離を詰め、銃を持つ腕を切落とすつもりで刃を振り下ろした。
だが、フレッドにナイフが当たった瞬間、その姿がグニャリと歪み、人質にしていた冴羽だけを残し、その姿が消え去る。
攻撃を加えた俺の手には、何の感覚も無かった。
幻覚?
クソッ、スキルか!
取り敢えず冴羽の確保を━━
「後ろです!」
シロの声が聞こえた。
そのお陰で、俺は真後ろに新たな気配が現れたのに気付き、気配の主が放つ一撃を躱すために前方に向かって全力で跳躍。
首の後ろを何かが掠めるのを感じる。
それでも、自分の首がまだ繋がっている事で回避に成功した事が分かった。
「人質確保!」
その真夏の声で振り返ると、確かに、冴羽を抱えて人影から距離を取るのが見えた。
後はフレッドを捕えれば━━そう考え、その人影に意識を戻す。
「誰です!」
俺の言葉を代弁してしてくれたのは結だった。
結が何故そんな事を言ったのかというと、それは、その人影がフレッドでは無かったからだ。
俺達の前には、見知らぬ若い白人男がひとり。
その男を挟んで結が俺の対面に位置取っていて、真夏が冴羽を抱えてその後ろに退避している。
そこに、泰志が冴羽に駆け寄って冴羽に声を掛けていた。
「どんな状況っスか?」
ポータルの前で呆然とた立ち尽くしていた亮が、そう聞いてきたが、その質問には誰も応える事ができなかった。
それは、こっちが知りてーよ!




