ポータル発見機3
何だか、今だに真夏と結以外から変な視線を向けられている気がする……
まあ、冴羽は仕事を始めてくれたようなので、あまり気にしないようにしよう。
冴羽が言うには、装置自体はほぼ完成しているそうで、後は実際に使用してポータルが見つかるか確認している所らしい。
この場所の近くにポータルの反応があるらしく、それが見つかりさえすれば俺達の仕事は終了となる。
だが、周囲の視界の悪さも相まってか、なかなか見つけられずにいるようだった。
しかも、この装置自体かなり繊細な物のようで、他の探索者を遠ざけていたのは単に危険だからというのもあるが、探索者が放つ微弱な魔力波動がノイズになるからだそうだ。
そのノイズは、データを採って修正すれば軽減はできるそうなので、泰志達は近くにいても問題無いそうだ。
そのデータを収集するために、俺はしばらくの間、例のアンテナを向けられる羽目になった。
製品化の際には、まずその見た目から改良した方がいいと思う。
「それでは、あちらに移動しましょうか」
装置の調整を終えた冴羽は、俺達が向かう方向を指差した。
その姿はいかにもできる女って感じだが、頭の上にはまだシロ乗っている。
そんなんでも雇い主であるのには違いないので、少し抵抗はあったが、その言葉には素直に従う事にした。
周辺は草木が生い茂り、道がある訳でもないのでかなり歩きづらい。
更に、俺はある問題に直面していた。
「邪魔だって言ってんだろうが!」
俺は今、左腕に絡みつく生ぬるい感覚と、背中にそれに反するような冷たい視線を同時に感じている。
そのせいか、ただでさえ歩きづらい地面が、泥沼になったかのような錯覚を覚えていた。
なんとも言い難い焦燥感が、俺の心を少しずつ蝕んでいく。
「別にいいじゃ無いですかー」
そう答えたのは杉浦真由、華菱の探索者のひとりだ。
この女、何故か先程から俺の腕に組み付いて来て離してくれない。
背後から感じる視線の主に関しては、振り返る事が恐ろしくて、まだ確認で出来ずにいた。
「モンスターが急に出てきたら危ねーだろ。いい加減離れろ!」
探索スキルを使っているのでそんな訳は無いのだが、無理やり理由をつけてでも今すぐこの状況を打破しなければ、危険が危ないと俺の勘が告げている。
いっそ力尽くで引き離そうかとも考えたが、先程の戦闘を思い出すと、腕に力を込める事を躊躇ってしまう。
それでも、どうにか腕を引き抜こうと奮闘しているが、この女、何か妙な体術の心得があるのか、全く振り解けない。
しかも、動くたびに、何か柔らかい感触のものが腕に当たるのを感じてしまう。
男としては喜ぶべき事態の筈なのに、命の危機を感じるような状況ではとてもそんな気にはなれない。
「あん!もー、あんまり揺らさないでくださいよー。敏感なとこにあたっちゃうじゃないですか。新庄さんって結構、大胆ですねー」
「変な声出すな!」
自分から押し付けといて、俺に責任をなすりつけるとは何て女だ……
何を考えてるのか知らんが、盛るにしても場所を考えろよな。
それに、いくら見た目がいい女でも、ここまで露骨に迫られては逆に引いてしまうってもんだろ。
少しぐらい怪我させても無理やり引き離すかと、俺が考え始めた時……
「先輩。ずいぶんと楽しそうですねー?」
遂に動き出したのは、俺の背中を凍えさせていた視線の主だった。
普段と変わらない温和な声に聞こえるが、若干震えを帯びているのが長年の付き合いからか分かってしまう。
絶対、怒ってるよな?
「どう見たら、そう思えんだよ!」
何故こんな状況に陥っているのか分からず、思わず語彙が強くなったのが不味かった……
「そんなに喜ぶなら、私もしてあげましょうか?」
そう言うと、真夏が俺の空いている左腕に絡みついてきた。
その豊かな膨らみが俺の腕を包み込み、更にその手を俺の腕をさする様に沿わせて、指を絡めてくる。
「何のつもり……ダアアアアアアーーーー!」
凄まじい痛みが、俺の左手を襲った。
真夏の持っている俺の左手が、いつもとは違う方向を向いている。
完全に手首を極められた状態。
真夏がさらに腕を捻り上げると、次の瞬間、俺は体が宙を舞う感覚を味わっていた。
気付けば、いつの間にか俺は地面に突っ伏していて、真夏にのし掛かられている。
だが、不意を突いたからか、あれほど振り解けなかった真由の腕からは解放されていた。
「イダイ!お前、ばか!やめろ、それ以上は折れ…」
しかし、今度は真夏が俺の手を離してくれない。
俺の降伏の悲鳴が耳に入っていないのか、真夏はさらに腕の関節を極めてくる。
「せんぱーい、イチャつくのは構わないですけどー、場所は選びましょうね?」
更に腕を捻られ、肩の関節まで極められた俺は、これまでの人生で最大級の悲鳴を上げる事になった。
「あ゛あーー、クソ。腕の痛みが取れねー」
真夏の奴は、いったいどこで覚えてきたのか、手首と肘と肩の関節を同時に攻めてきやがった。
ぎりぎり折れてはいないが、痛みでのせいで、左手はしばらく使えそうもない。
「先輩、どうかしましたか?」
真夏が全く悪びれる事も無く、そう宣ってくる。
その顔にはいつもの微笑みが戻っていたが、不自然に固定されているその笑みは、むしろ恐怖心を増幅させる効果をもたらしていた。
「……何でもねーよ」
腕が酷く痛み、腹立たしい思いがあるが、何か言い返せばまた関節を極められそうなので何も言えない。
次は絶対折られる。
そう感じさせる何かを、真夏が全身から放っているように思えた。
一方、真由の方は泰志から説教されているようだった。
「だって、あのふたり付き合ってないんでしょ?別にいいじゃん」
うっすらと聞こえてくる会話からは、到底反省の色は感じられない。
俺の腕の命運が掛かっているので、泰志にはもっと強く説教してもらいたいものだ。
「全然、ポータルが見つからないです……」
そんな愚痴を漏らしたのは、シロを冴羽に奪われ、いまだに不満げにしている結だった。
結はロープを手にしていて、その先はフレッドの腰に巻きつけてある。
モンスターを見かける度に突進していってしまうので、苦肉の策としてそうするしか無かったのだ。
冗談で『シロを散歩させてると思えばいいだろ』と言ったら『こんなペットいらないです……』と露骨に嫌な顔をしていた。
絶対に依頼主にしてはいけない事のように思えるが、本人は嫌がるどころか寧ろ喜んでいるように見えるので問題は無いだろう。
やっぱり、頭が良過ぎる奴はどっか狂ってんだな。
「反応は間違いなくこの付近にあります。見落とさないよう気を付けて下さい」
冴羽がそう言うので、周辺を見回してみたが、目に入るのは豊かな自然と凶暴なモンスターだけ。
いい加減見飽きた景色に、気が抜けるのは仕方のない事だった。
更に言えば、俺はさっき腕を痛めているので、モンスターの討伐を他の奴らに任せているのもあり、完全に飽きている。
そんな中でも、泰志達は集中を切らさず、モンスターと戦っていた。
この辺のモンスターに慣れ始めたのか、先程までよりも早いペースでモンスターを処理している。
「お前もさっさと行けよ。また怒られんぞ」
ちゃっかり戦闘から抜け出した真由が、いつの間にか俺の隣に陣取っていた。
一応、泰志の説教が少しは効いているのか、今回は腕を絡めてこない。
「いいんですよ。上司だから仕方なく怒ってるって感じ出してますけど、だだ妬いてるだけですから。あんなのほっといて、もっとお話しましょ」
「妬いてる?」
好きだ嫌いだとか、そんな話か?
若いこいつらにはそんな事もあるんだろうが、俺を巻き込むんじゃねーよ。
めんどくせーな……
「そうそう、自分があんまり新庄さんと話せないからって、妬んでるんですよ。知ってます?あいつがナイフを使ってるのって、新庄さんに憧れてるからなんですよ」
んなもん、俺が知るってるはずねーだろ。
そう言えばあいつ、前はナイフなんか使ってなかったような……
もしあの後から得物を変えて、現在あれほど使いこなしているというのならば、相当な努力をして訓練したのが伺える。
「憧れねぇ……」
泰志が戦闘する姿を見ていた俺は、それを見続けることが出来なくなり、視線を外した。
戦闘中にモンスターから目を背けるなどあってはならない事だが、どうしても見る事が出来ない。
周囲の空気が質量を増し、体中に絡みついてくるように感じた。
手足が痺れ、体に力が入らなくなる。
精神が、底なし沼に沈み込んでいく……
「先輩、腕の調子はどうですか?」
真夏のそのセリフは、決して俺を心配した物では無かったと思う。
だが、意図して無かったであろうそのひと声が、俺の沈み込んだ精神を引き上げてくれた気がした。
同時に腕の痛みが蘇り、俺に纏わりついて体の自由を奪っていた物が解けていくのを感じる。
拳に力を込める……
しっかりと力を込めて握る事が出来た拳は、もう大丈夫だと、俺を安堵させた。
「どうしました先輩……ほんとに大丈夫ですか?」
そんな俺の姿を見た真夏が、今度は本当に心配してしまったらしく、俺を気遣う言葉を掛けてきた。
背の低い真夏が、見上げるように俺をみてくる姿を見ると、何故だか妙な安心感を覚える。
飽き飽きしていた森の景色に陽の光が差し、少しだけ暖かくなった気がした。
「ああ、大丈夫だ……ありがとな」
思わず口から出たのは、自分でもどんな感情を込めたか分からない、感謝の言葉だった。
「??」
真夏はその言葉の意味を理解できずに、不思議そうな表情を浮かべていた。
━━こいつは、いつも俺を助けてくれる。
俺は真夏の疑問の表情に対しては、何も答えなかった。
その代わりでは無いが、真夏の頭に手を乗せて軽く撫でてやる。
「えっと……急になんなんですか?」
真夏は少し恥ずかしそうにしていたが、俺が頭に乗せた手を退けると、それ以降は機嫌が良くなったようだった。
「見つけました!ポータルがありましたよ!」
そんな事をしている内に、どうやら泰志がポータルを見つけたようで、こちらに向かって手を振っているのが見える。
その手には現在の得物であるナイフが握られていたが、その姿を見ても、俺の心が再び沈みこむ事は無かった。




