ポータル発見機2
「なあ、いい加減仕事を始めてくれないか?」
「…………」
俺の言葉に全く反応する事なく、冴羽が無言でシロを撫で続けている。
何故こんな事になってしまったのか……
それは、周辺のモンスターを狩り尽くした結が戻ってきたとたん、冴羽がその頭に乗っていた白い塊を強奪してしまったからだった。
それからというもの、ずっとこの状態が続いている。
たまにシロの腹に顔を埋め、思いっきり息を吸い込んでいるのを見ると、かなり犬が好きなんだろう。
シロが特に嫌がる様子を見せなかったので、今まで放置してたが、そろそろ立ち直ってもらいたい所だ。
「冴羽さんは、犬が好きなんですか?」
真夏が、一目見れば分かる事をわざわざ冴羽に尋ねる。
「ええ、仕事が忙しくて自分で飼うことは出来ませんが、このふわふわ感がたまりません」
無表情で子犬を愛でる姿は少し怖かったが、本当に好きなんだという事は十分に伝わってくる。
こいつって、結構ポンコツだよな……
まあ、こいつの世代では犬を飼う余裕なんて無かっただろうし、その気持ちは理解できなくもないが……
それにしても、真夏の問い掛けには答えた所を見ると、俺の言葉はあえて無視していた事が分かってしまう。
もう真夏に全部任せて、俺は帰ってもいいだろうか……
「ほら、暫く預けとくから、いい加減仕事しろって」
まさか本当に帰る訳にもいかないので、俺は冴羽の手からシロを奪い、頭の上に乗せてやる事にした。
取り敢えず、両手を開ければ動き出すのではないかという、浅はかな考えから起こした行動だった。
俺の突然の行動に冴羽は驚いたようだったが、結が同じように頭に乗せていたのを思い出したのか、恐る恐る頭を揺らしてみせる。
冴羽の頭上でお座りしているシロは、そんな場所でも何故かかなり安定していて、落ちる事はなさそうだった。
どんな原理でそうなってんだよ……
「では、仕事を再開しましょうか!」
どうやら、気に入ってくれたようだ。
ようやく再起動してくれた冴羽は、すっかりいつもの引き締まった表情に戻っている。
ただ、頭の上にでかい毛玉を乗せている姿は、とても大企業のお偉いさんには見えなかった。
「あー、駄目ですよ!それは結の役目なんです!」
こいつは何を言ってやがる?
お前の役目は護衛だ。
決して、犬を頭の上に乗せる事じゃない。
「お前はいつもやってんだから、少しぐらい我慢しろって」
俺がそう言うと結は少しグズり出したが、真夏の口添えしてくれた事で、渋々ながら納得したようだった。
そんな様子を見て、真夏は優しく微笑んでいる。
…………俺はホームドラマでも見せられてんのか?
そして、俺に止めを刺さんとばかりに、フレッドがモンスターを見つけて駆け出して行く……
「ホォーーーーーーオッ!あんなモンスターは、初めて見マース!」
俺はそれを止める為に、慌ててその後を追い掛けた。
華菱の探索者達と助手くんは、ただそれを呆然と見ているだけで、手助けはしてくれなかった。
フレッドが見つけたのは、カブトムシに似た昆虫型のモンスターだった。
確かに、俺も見た事のない珍しいモンスターだ。
「突っ込むなって言ってんだろうが!」
「ワット?邪魔しないでくだサーーーーーーーィ」
取り敢えず首根っこを掴み、そのままフレッドを後ろにぶん投る。
これで、護衛対象の安全は確保できた。
結構な勢いで飛んでったが、多分後ろをついて来ている、真夏か結のどっちかがキャッチしてくれるだろう。
いくらフレッドがそこそこ強いと言っても、この辺りのモンスターはかなり危険なので仕方ない処置だった。
まずは安全が第一だからな。
モンスターの数は5匹、こちらに向かって飛んでくるのが見える。
これまでは空を飛ぶモンスターなどいなかったのだが、ワールドクエストが発生した頃から、飛行するモンスターも徐々に現れるようになっていた。
その中の1匹が突出して、その長い角を突き刺す為に、俺に向かって突っ込んでくる。
その角がかなり硬そうに見えたので、俺はその攻撃に軽くナイフを合わせて逸らす事にした。
だが、思ったよりもその角は柔らかかったのか、ナイフが当たった箇所から簡単に折れてしまった。
「なっ!」
あまりの手応えの無さに驚き、思わず動きを止めそうになる。
それでも、次のモンスターが襲ってくるのが視界に入り、迎えうつ体勢を整えた。
今の光景を見ていなかったのか、馬鹿みたいにカブトムシが突っ込んでくる。
今回は、その攻撃を体を逸らして躱し、その突進の勢いを活かし、体に沿わせるようにナイフを押し付ける。
……手応えが軽い?
いつかのシャドーのような実体の無いタイプのモンスターかと思い、警戒しながら後ろを振り向くと、そのモンスターの体は真っ二つになって地面に転がっていて、消えていく途中だった。
更に襲ってくるカブトムシを同じように処理すると、最初に角を折った1匹が、間抜けにも地面に転がったままなのが見えたので、俺はそいつにナイフを突き立て止めを刺した。
「随分弱いな……」
これではフレッドの投げ損だったかと思ったが、ここで俺はある事に思い至った。
そういえば、これが6号と戦って以降初めての戦闘だ。
昨日は、フレッドが自分でモンスターを処理していたし、ここまでの道中も俺は手出ししなかった。
まさか、モンスターが弱いんじゃ無くて……俺が強くなってんのか?
「……少し、試してみるか」
俺は、残り2匹のモンスターに向って走る。
体が異常に軽く、流れる景色が今までに見た事が無い速さだった。
最近までスキルの反動で寝込んでいたので気付かなかったが、以前と比べるとかなりスピードが増している。
俺はフェイントすら仕掛けずに、そのまま正面からモンスターを切り付けた。
硬そうに見える昆虫の外殻が、あっさり切断できてしまう。
どうやら、攻撃力も以前とは段違いのようだ。
ここまでになると、逆にナイフが折れないかが心配になる。
残った最後の1匹が、翅を広げて逃げようとしているのが見えた。
それを逃すまいと、俺はモンスターに向かって思いきり踏み込む。
すると、予想以上の加速をしてしまい、俺の体はターゲットのモンスターの位置を遥かに通り過ぎてしまった。
すれ違いざまに、慌ててモンスターにナイフを突き出して攻撃を加えたが、手応えが無さすぎて、それで倒せたのか判断できなかった。
だが、俺が振り向いた時には、もうその姿は消え去っていた。
「成程な……」
俺が思ってた以上に、真のレベルというのはヤバい物のようだ。
そして俺は、初めてレベルが上がった時の事を思い出した。
自分が人で無くなったみたいな感覚……
「新庄は、すごく強いデスネ……デモ、もうちょっと、ゆっくり観察したかったデス……」
冗談めかしてそう言っているが、あまりの驚きからか、フレッドがその目を大きく見開いて俺を見ていた。
その後ろでは、華菱の探索者達が口を半開きにしながら、呆然とコチラを見てくる。
真夏たちがうまく手加減でき無かった理由が、今更ながら分かった気がした。




