無謀な依頼2
冴羽に会った日から3日経ち、俺は何事も無く過ごしていた。
このまま連絡がなけれは良いと思っていたが、もちろんそんな訳もなく、遂に連絡が来てしまう。
直接話したいと言う事で、仕方なく街の中にある花菱の支社に出向くことになった。
よく考えれば、連絡先なんて教えてないがどうやって知ったんだか……
「華菱なんて、一生関わりがないと思ってましたよ」
「だな。まあ関わりたいとも思わないけどな」
どうやら真夏の方にも連絡があったらしく、俺たちは一緒に華菱の支社に向かっている。
真夏は何故か機嫌が良いようで、足取りも軽く俺の前を歩いている。
俺はこれからの事を思うと、気が重くて仕方ないのだが……
「先輩あれじゃないですか?思ったよりは、小さいですね」
「こんな所にあまりでかい建物を建てても仕方ないしな。あんなもんだろ」
それは、3階建てのビルだった。
決して小さいわけではないが、華菱が建てたにしては小さいという事だろう。
俺達はビルの中に入り、受付を済ませ冴羽を呼び出してもらう。
しばらく待っていると冴羽が姿を表した。
「お待たせいたしました。お話はこちらで」
冴羽の後について行く間に周辺を見回すと、どこか閑散としている。
従業員は5人程度だろうか、会社の規模を考えるとかなり少なく感じた。
「随分と人が少ないんだな?」
無言で歩くのも気まずかったので、どうでも良い話を振ってみる。
「そうですね。ここには事務方の人間しかいませんから。うちの専属の探索者はここには寄り付きませんし、いつもこんなものですよ」
意外にも、冴羽はまともに返答してきた。
まあ、これから一緒に仕事をする相手を雑に扱いはしないか。
「2階が会議室になっています。そちらでお話をさせて頂きます」
エレベーターに乗り込み2階に行くと、その会議室に通される。
「随分、広い部屋ですね?」
「ええ、本来ならこの部屋を埋めるくらいの人手を確保したい所なのですが、なかなか……いくら華菱といえど、命を賭けてまで入社する人はそうはいないという事です」
「……そうですか。いろいろ大変なんですね」
意外と喋る冴羽に、真夏も戸惑っているようだった。
「どうぞお掛け下さい」
勧められた椅子はパイプ椅子で、その他は安っぽい長い机とホワイトボードがあるだけだった。
俺達は、勧められたまま椅子に座る。
「質素な部屋だと思われましたか?」
「まあな、華菱らしくはないかな」
「ほとんど使われない施設に、お金を掛けさせるほどうちの経理は甘くないのですよ。うちにも面子というものがありますから、建物だけは少しお金をかけましたが……」
華菱は余計なものには金を掛けない主義なのだろう。
周囲に余計な飾り気はみえない。
何なら、窓からの光を遮るカーテンすらない。
「それで、俺達は一体何をしたら良いんだ?」
「あなた方にはダンジョンを攻略して頂きます」
頭が良さそうに見えたが、どうやらコイツはイカれてたみたいだ。
この大陸にはダンジョンが存在している。
見た目は様々で、ダンジョンというイメージ通りに、洞窟であったり、塔の形をしたものもあるが、なかには一軒家みたいな形のダンジョンも確認されている。
では、どうやってダンジョンと判断するか。
それは、ダンジョンに入るとレベルが上がった時と同じ声で『ダンジョンに侵入しました』とアナウンスが流れるのだ。
まあ、ダンジョンと言ってるんだからダンジョンなんだろう。
「正気か?ダンジョンは一般企業がどうこうできるもんじゃねーぞ」
ダンジョンを始めて発見したのは、アメリカの調査隊だった。
そのままダンジョンに潜り調査を始めたが、誰ひとり戻る事が無かった。
その後、調査は米軍に任される事になり、1千人規模の部隊が組まれ突入する。
わずか1日だった……
部隊はほぼ壊滅。
僅かな生き残りの証言によると、ダンジョン内はモンスターの巣窟だったという。
その後も新大陸の各地でダンジョンが発見され、各国の軍隊が調査の為ダンジョンに突入したが、その結果は芳しく無くただ犠牲者が増える結果になった。
今でこそダンジョンを攻略したという報告もちらほらあるが、それでも一般企業が手を出して良いものではないだろう。
「我が社ではそうは考えておりません。ダンジョン攻略が失敗していたのは、当時まともにレベルを上げもしない軍主導の作戦であったからと考えています」
「なかなか面白い考えだ、続けろよ」
馬鹿馬鹿しいが、話ぐらいは聞いてやってもいいだろう。
「モンスターは大陸の中心部に近づくにつれ、強力になっていくことは既に確認されています。ダンジョンでもその傾向が見られ、その深部に侵入するほど強いモンスターが生息しています」
それは事実だった。
まだ新大陸全ての調査が終わった訳ではないが、これはほぼ間違いないとされている。
ダンジョンにしても、まだ少ないデータではあるが、おそらくそうであろうと予測されている。
「今の探索者は、当時犠牲になった軍人達よりレベルが遥かに上です。それを踏まえば、大陸外縁部にあるダンジョンならば少数精鋭の探索者で十分攻略可能であると考えています」
「確かに言ってる事は間違てないように思えるが、ダンジョンはそんな甘いもんじゃねーよ」
今や軍人でもレベル上げをするなんて当たり前の時代だ。
それでも、ダンジョン調査の進捗具合は芳しくない。
軍隊でもそれなのだ。
いくら探索者がモンスターを狩り慣れているとはいえ、無事で済むとは思えない。
「ええ、それは分かっています。ですから、世界で初めてダンジョンを攻略したという、あなたの力が必要なのですよ」
「おい……それ以上言うな。殺すぞ」
俺は静かに冴羽に向けそう告げる。
真夏も俺の余りの怒り具合に戸惑ったのか、何も言う事はなかった。
トントン
「失礼します」
ドアがノックされ、5人の男女が会議室に入ってくる。
「冴羽支社長、呼ばれたんで来ましたけど……ってどういう状況です、コレ」
若いイケメンの男が入ってきたのだが、状況が飲み込めずに困惑しているようだ。
おそらく冴羽の部下だろうが、入ってくるなり上司を睨みつけている見知らぬ男がいたのだ。
反応には困るだろう。
「うわ、こわっ!すんごい殺気ですね」
「どうせ三月さんが、また変に口を滑らせたんでしょ」
やたらとフリルの付いた服を着た痛い女と、露出狂かと思えるほど露出しているギャルが、好き勝手な事を言ってくる。
どうやら空気が読めない人種のようだ。
「すいません。ちょっとみんな、初対面の人に失礼だよ!」
「………………」
後はやたらと腰が低い眼鏡を掛けた男と、やたらとでかい男が入ってきたが、でかいやつはこちらを睨むだけで無言だった。
5人は随分若く見えた。
俺よりは全員年下だろう。
「遅刻ですよ。まあ良いですが……あなた達も座りなさい」
5人は、口々に返事しながらパイプ椅子に座る。
珍客の乱入に、俺の怒りが若干削がれた。
「なんだ、お前らは?」
俺は入ってきてからずっと睨みを聞かせているでかい男に問いかけた。
「……」
「何か言えよ!」
何も答えない男に苛立ちを感じ、語気が強くなってしまう。
「すみません、こいつ人と話すのが苦手で……目つきも悪くて誤解されやすいんですが、こういう奴なんです。申し訳ない」
イケメンの男がそういうと、でかい男は謝罪のつもりが頭を軽く下げた。
「彼らが、あなた達と一緒にダンジョン攻略をするうちの探索者です」
冗談のような冴羽の言葉に、頭痛がしてきた。
「こんなガキどもを、ダンジョンに送り込む気か?」
冴羽は、俺の言葉に頷き言葉を続ける。
「これでも、彼らはレベル20を超える探索者です。実力的には問題ないと思っています」
確かに、レベル20と言えば第一特区でもかなり高い方だと言える。
見た目の若さを考えれば、相当苦労してレベルを上げたのだろう。
「あなた達、自己紹介をしなさい」
「金田拓哉と言います。一応まとめ役をやってます」
「中川弥生です。よろしくね」
「佐藤あゆみ。あゆみって読んでね〜」
「すいません。米田圭です」
「……大友泰志」
……覚えられるか!
イケメン、フリル、ギャル、メガネ、無口で良いだろ。
「新庄さんには特別顧問という形で、彼らを率いてダンジョンを攻略していただきます」
「ちょっと待て、本気でダンジョンに入る気か?」
「断れるとでも?」
そういうと冴羽は視線を俺からずらした。
釣られてそちらを見ると真夏の姿が目に入る。
「何ですか?」
急に俺と冴羽に見られた真夏は反応に困っていた。
なるほど……人質って訳かよ。
「……ああ、分かったよ。だが真夏ははずせ」
ダンジョンの様な危険な場所に、真夏を行かせたくは無かった。
「先輩!わたしもいきますよ!元々私が先輩を巻き込んだようなものですし、先輩が行くなら私もいきます!」
「駄目だ。お前をダンジョンなんかに連れて行けるか!」
真夏が食い下がってくるが、これは譲れない。
「それは困りますね新庄さん。須藤さんも凄腕の探索者だと聞いております。その為に彼女も呼んだのです。一緒に来て頂きます」
有無を言わせない口調でそう告げてくる。
拒否権はないってことか……
「……分かったよ。だが引くときは、俺の判断で引かせてもらうぞ」
「それは構いません。うちも優秀な探索者を失うわけにはいかないので」
冴羽の口調には、探索者の身を案じる優しさは感じられなかった。
この女は、探索者を道具としてしか見てないのか?
冴羽にはそう思わせる冷徹さを感じる。
「それでは、3日後からダンジョン攻略を開始したいと思います。お話は以上です」
冴羽は、そう言うと直ぐに退室してしまう。
「ではお開きですね。出口まで案内しますか?」
イケメンが聞いてくる。
「いらねーよ。行くぞ真夏」
「はい先輩」
俺は不機嫌を隠そうともせず、吐き捨てるようにそう言って部屋を出た。
あー胸糞悪い。
俺は、怒りが収まらないまま帰り道を歩いた。
大企業なんて碌なもんじゃないとは思っていたが、まさか脅迫まがいの事までしてくるとはな。
幸い、真夏はその事に気づいていない様だが、これからは目を離さないほうが良さそうだ。
「先輩、お腹空きません?何か食べてきましょう」
「……お前なあ」
急に、気が抜ける事を言ってきやがる。
まあ本当に腹が減っている訳ではなく、俺が不機嫌なのを気にしてそう言ったんだろうが、いつもと変わらない態度の真夏を見ると怒っているのがバカらしくなってきた。
すこし落ち着いたので、今日の事を振り返ってみると俺は何となく違和感を覚えた。
いい歳した大人が、ダンジョンだのモンスターだのそんな話を真面目にしている。
誰も、おかしいと思わないのか?