陽気な教授様5
何で、俺の名前を知ってるんだ?
…………こんな知り合い居たっけか?
探索者の男の顔を見て、俺は自分の記憶を探った。
単に、俺の事を一方的に知っているという可能性はあるが、この顔には何となく見覚えがある。
だが、これだ、という人物が思い浮かばない。
華菱の名で警告してきたという事は、多分コイツは華菱所属の探索者なのだろう。
そうなると思い当たるのは、前に受けた依頼で、一緒にダンジョンに潜った小僧どもだが、生き残った奴らは既に華菱を辞めたと聞いている。
俺には、華菱に所属する探索者の知り合いは、あいつらしかいない。
となると……
「誰だっけ?」
結局、俺は探索者に直接尋ねる事にした。
俺の問い掛けに、男はどこか残念そうな表情を浮かべたが、自分が忘れられていた事に関して怒ったりはしなかった。
「大友泰志です。覚えていませんか?」
その口調と態度からは、先程までの警戒の色が抜け落ちている。
少なくても、俺に対して敵意を持っている人物では無さそうだ。
「何となく、見覚えあるんだが……お前、そんな名前だったっけ?」
もうちょっとで思い出せそうなのに、どうしても顔と名前が一致しない。
モヤモヤする……
「無口です。こう言えば分かりますか?」
無口……何言ってんだコイツ?
そう思った次の瞬間、その単語と目の前の男の顔が俺の脳内で結びついた。
「ああっ、思い出した!そうだ無口だ。何だよ、最初っからそう言えよな……」
そうそう、大友泰志こと無口くん━━前に華菱から依頼を受けた時、暫く鍛えてやった奴だ。
あの時は殆ど会話が無かったし、影が薄い奴だったので、今まで思い出せなかった。
その時の記憶と一緒に、嫌な事も思い出してしまう。
あれをきっかけに探索者を辞めた聞いていたのに、何でこんな所にいるんだ?
まあ、そんな事は後で聞く事にして、今はこの状況を収める為の話し合いをしなければならないだろう。
「で、警告だったっけか?まさかとは思うが……俺とやり合う気か?」
俺は脅しを掛けるように、低めの声でそう尋ねた。
見知った仲とはいえ、依頼内容によっては敵対するのが探索者だ。
油断はできない。
「いえ、決してそんなことはありません!失礼しました!」
無口くんは慌てて構えていたナイフを下げ、背筋をピンと伸ばして姿勢を正し、敬礼でもしかねない勢いでそう答えてきた。
その態度から、俺に対する恐怖心を感じ取り、こちらも警戒を解く事にした。
どうやら、俺の熱烈な指導がしっかりと体に根付いているようだし、バカな探索者ならともかく、こいつが急に襲い掛かってくる事は無いだろう。
「なら良い。それで、無口くんはこんな所で何やってたんだ?」
「えーと……今回の任務の話は、ちょっと外部の人には漏らせないものでして……」
俺は鞘にしまったナイフを、少しだけ抜いてみる事にした。
それは単に、さっきナイフの握った時に違和感を感じたからであって、その感触を確かめる以外には全く他意は無く、決して脅すなんて意味は含まれていない。
すると、無口くんは何を誤解したのか、その閉じた口を勝手に開いてくれた。
「華菱の極秘任務で、ある実験をしている所です!これ以上は……流石に言ません……」
まあ、あまり虐めるのもなんだし、この辺にしといてやるか。
「後ろの奴らも呼べよ。気配が鬱陶しいからな」
この場に近づいてきてたのは3人、あとふたり隠れている筈だ。
双方、既に戦う気が無くなっているのに、行き違いで遠距離から狙撃でもされたらたまったもんじゃない。
「了解しました!」
無口は元気よく返事をすると、今度は何故か本当に敬礼をしてきた。
誤解しないでもらいたいが、俺はそんな事を教えてはいない。
軍属でも無いのに、敬礼は無いだろ……
俺が敬礼をしないように伝えようとすると、無口くんは耳に手を当て、無線で仲間に連絡を取っているようだった。
注意する機会を失ってしまったが、まあ、そんなのは後で良いだろう。
「知り合いです?」
「ええ、前の依頼でちょっと……」
そんなやり取りが聞こえ、振り返ると、真夏は少し言いづらそうに結の疑問に答えていた。
ダンジョン攻略の事は風間さんに口止めされているし、フレッドという部外者、それも外国人の前じゃ、どう答えていいか分からんよな。
一方、そのフレッドは……
「モンスターいませんネ」
結の拘束から解放され、双眼鏡を覗いてモンスターを探していた。
「えーと、フリルだっけ?」
無口が呼んだ仲間の中に見知った顔を見つけたので、俺は再び記憶を呼び起こす事になり、今度は何とか自分が付けたあだ名を思い出す事ができた。
「中川弥生です。せめて名前で呼んでください!」
怒られた……そこまで若くは見えないが、難しい年頃なのか?
前はやたらとフリフリな服を着ていた筈だが、今は一般的な探索者の格好をしている。
どうやら、厳しい探索者生活の中で、自らのアイデンティティーを捨て去ってしまったようだ。
誰にでも、触れられたく無い、恥ずかしい過去というのはあるだろうから、あまりそこには触れないでおこう。
「自分も今は部下がいる立場なので、名前呼びでお願いします」
無口くんも、フリルちゃんと同様にそんな事を言ってくる。
そんなに俺の付けたあだ名が気に入らなかったのか?
だったら別のを付けてやろう。
「名前ねー……やすしとやよいだよな…………だったら、やーさんってのは?」
「「それはやめて下さいっ!」」
結局、名前を呼び捨てで呼ぶ事になった。
もうひとりは完全に知らない新顔で、小柄な若い男だった。
随分と幼い容姿をしていて、短く切り揃えている頭髪と相まって学生にしか見えない。
こんな場所にいなければ、間違っても探索者とは思わないだろう。
「うっす!あなたが新庄さんっすか、初めましてっす。自分、西村亮と言います。よろしくお願いしますっ!」
その容姿に似合った元気の良すぎる挨拶が、俺の耳にクリーンヒットしてしまい、耳が痛い。
だいたい、そんな事を言われても、何をよろしくしたら良いか分からんし、モンスターが寄ってきそうなので大声はやめて欲しかった。
どうやら俺の事は知ってるようで、多分、泰志と弥生から聞いたのだろう。
結と同じぐらいの年齢に見えるが、こっちはクソガキ感が無いので、まだ好感が持てる。
「ああ、よろしくな」
取り敢えず、俺にしては珍しく普通に挨拶を返しておいた。
結のように歪まず、そのまま素直な好青年に育つのを期待したい所だ。
それぞれ挨拶を済ませると、当然、お互いこんな場所で何をしているのかという話題になった。
泰志の方は、先程聞いた以上の事は話せないらしいので、自然と俺達の話になる。
こっちの依頼は秘密でも何でもないので、俺は隠さずに全部そのまま教えてやる事にした。
こちらの依頼内容を聞き終えると、泰志が何とも言えない表情を浮かべる。
「新庄さん……なんであなた程の人が、そんな依頼をやってるんですか……」
「別に、そんなんどうでもいいだろ……」
随分と俺の事を買っているみたいだが、泰志が言う、そんな依頼こそが寧ろ俺の本業だ。
とやかく言われる筋合いは無い。
「そんな事より……お前ら、確か華菱を辞めたんじゃなかったか?」
以前、冴羽に聞いた時、間違いなくそう言ってた筈だ。
俺の問いに、泰志と弥生が困った表情を浮かべる。
「まあ、そうなんですけど……やはり、華菱の条件は破格なものだったので、結局は戻る事にしました」
何故か申し訳なさそうに泰志は答えたが、条件が良いところで働きたいと思うのは当然の事だから、別に気にしなくて良いのにな。
まあ、俺自身はいくら条件が良くても、華菱なんぞで働きたくはないが……
「しかしお前、かなりお喋りになったんじゃないか?前は殆ど話さなかっただろ」
殆どというか、こいつとはまともに会話した記憶が無かった。
「まあ、今は部下もいてコミュニケーションも必要ですし……あの時、色々吹っ切れたってのもありますが……」
成程、確かにあの経験は、ひとりの人間の人格を変えるのに充分なものだったのかも知れない。
「それで、泰志さん達はこれからここで何かするんですか?」
真夏が、俺と泰志の会話に割り込んでくる。
今までのやり取りを聞いておきながら、今更こんな質問をするとは、わざとなのか、天然なのか、その表情からは読み取れない。
まあ、おそらく後者だろうが……
「極秘任務で言えないって、さっき言ってただろ……お互い、自分の仕事がある事だし、もう解散しようぜ」
「そうですか……折角また会えたんで、何か手伝えればと思ったんですが……」
おいおい、やめとけ……なんか嫌な予感しかしないから。
「流石にそれは……いや、でも……人手は足りてないし……新庄さん達なら……」
泰志と弥生が、何やら小声で相談し始めた。
ほら見ろ……絶対ヤバい方向に話が進もうとしている。
「済みませんが、上司に掛け合ってみるので、少しだけ待って頂けませんか?」
「いや、待て。こっちも仕事中なんだ。そういう訳にはいかねーんだよ」
今はフレッドっていう、大事な太客の依頼をこなしている最中だ。
華菱なんぞに関わってる暇はねーんだよ!
フレッドさん、ちょっと、こいつらに言ってやってくれよ……
「ン?ワタシは別に構いませせんヨ。新しいモンスターに会えるなら、後の事はどうでもいいデース!」
ああ……そう言えば、コイツはこういう奴だったよな……
これは拙い。
簡単にこの後の展開が予想できてしまう。
しかも、もう既に泰志がフレッドの返事を待つ事なく、その上司とやらに無線で連絡を取り始めている。
「許可が取れました」
いや、早くない?
極秘任務って言ってたよな?
「早速ですが、付いて来てもらっても良いですか?冴羽さんが待っていますので」
泰志が口に出した名前が、俺の顔を歪ませる。
だよなぁ……だって、華菱関連の仕事でコイツらはここにいるんだしな。
そりゃあ、アイツが出てくるよ……
俺は、自分の意思に反して、良くない方向に事態が進んでいくのを感じていた。




