陽気な教授様2
しおりさんに渡されたメモによると、依頼者が待ち合わせに指定した場所は商業地区と住宅地区の間にある公園のようだ。
その辺りには観光客用の宿があるので、多分そこに宿泊しているのだろう。
これから俺はその依頼者に会いに行く訳なのだが、考えてみれば、肝心な依頼者の顔を俺は知らない。
もしかしたらと思い、メモを見返してみるが、そこには待ち合わせの時間と場所しか書かれていなかった。
これで、いったいどうやって依頼者を探せというのか……
本来なら、集会所に戻って依頼者の特徴ぐらいは聞いてくるべきだと思うが、既に目的の公園が見える場所まで来ていて、いちいち戻るのは面倒だった。
待ち合わせの時間が迫っているというのもあり、結局俺は手掛かりなしで依頼者を探す事にした。
俺は公園の中に入り、どうやって依頼者を探そうかと考え始めたが、どうやらその必要は無かったらしい。
何故なら、この探索者だらけの街で、明らかに浮いる奴が公園に入ってすぐの場所に立っていたからだ。
小太りで、眼鏡を掛けた白髪混じりの金髪白人男。
年齢は50を超えている感じだ。
ここは日本が作った街なので、外国人がいる事自体が珍しい。
しおりさんもどっかの国の大学の先生だと言っていたので、コイツで間違いないだろう。
「なあ、あんたが依頼者か?」
俺がメモをひらつかせながら声を掛けると、白人男は少し驚いた様子だった。
あれ、人違いだったか?
まさか……日本語が話せないんじゃねーだろうな?
そうなってくると、英語が話せない俺にとっては非常に面倒な仕事になってしまう。
正直、そんなのは御免だ。
しおりさんには依頼者に会えなかったと言う事にして、俺は軽く頭を下げて、この場を立ち去る事にした。
すると、その男が慌ててこちらに話し掛けてきた。
「オウ。もしかして、あなたが依頼を受けてくれル、探索者ですカ?」
少しおかしなアクセントだったが、男が話したのは間違いなく日本語だった。
言葉が分かるんなら、もっと早く返せよな……
そう思いはしたが、まあ、急に話し掛けたこちらも悪かったかも知れない。
依頼者であるのは間違いないようなので、俺は取り敢えず名乗る事にした。
「ああ、新庄だ。よろしくな」
「ワタシの名前は、フレッドと言いマース。よろしくお願いしまース」
互いに名乗り終えると、フレッドは両手で強引に俺の手を握ってきて、無理やり握手をさせられた。
その近い距離感にかなりの鬱陶しさを感じたが、まあ、そこは外国人なので仕方ないだろう。
「いやー、助かりまース。ダレも、来ないと思ったデース」
フレッドが、心底安心したような表情を見せる。
そんな表情を見せると言うことは、かなり前から待っていたのかも知れない。
それでも、俺は依頼者に謝ったりはしない。
依頼者だからといって、あまり舐められても困るからだ。
そもそも、待ち合わせ時間にそう遅れた訳でもないし、変な依頼の出し方をしたコイツが悪い。
「まあ、暇だったからな。一応、依頼内容を確認したいんだが、構わないか?」
俺は依頼内容を知ってる感じで、さりげなく話を切り出したが、実際には初めてどんな依頼なのかを聞く事になる。
しおりさんの話では、護衛とガイドの仕事だという事しか分からなかったからだ。
その為、これから何処に何しに行くのかを確認してから、この依頼を引き受けるかどうか決めるつもりだった。
フレッドが依頼の詳細を話し始める。
その詳細を簡単にまとめると、モンスターの生態を調べる為にフィールドワークをしたいとの事だった。
このフレッドと言う男、どうやらミシガン大学の教授様らしいいのだが、モンスターに対して強い興味を持っているらしく、それを個人的に調べたいんだそうだ。
全く、世の中には物好きな奴がいるもんだ。
「つまり、俺にその時の護衛と案内役をやれって事か?」
「イエス。それで、お願いしまース」
フィールドワークといっても無理の無い範囲で構わないらしいし、報酬は現金即日払いで、金額もなかなかの金額を提示してきた。
現金払いという事は、集会所を通していない依頼という事になってしまうので少し拙い気がしたが、多分、この依頼は集会所で正式に受理されていないだろうから、別に構わないか。
でなければ、流石のしおりさんも紙一枚渡しただけで、依頼の受付を終わらせたりしない。
となると、中間マージンが発生しないという事になるので、報酬が通常よりもかなり高いものになっている訳だ。
それを考えると、少しだけだがテンションが上がってきた気がする。
別にデメリットはなさそうだし、俺はこの依頼を引き受ける事にした。
「ああ、分かった。引き受けたよ」
何はともあれ、金が稼げるのは嬉しい限りだ。
契約成立の握手を再び交わしたが、俺は先程よりもスムーズにそれを受け入れる事が出来た。
「それで、急ぎって事だったが、いつ出発するんだ?」
「出来れバ、今すぐにでも行きたいデス」
何か事情があるのか、フレッドはかなり急いでいるようだった。
「ちょっと待ってくれ。俺は今さっき依頼の話を聞いたばっかで、全然、街の外に出る準備をしてねーんだよ……」
流石に何の準備も無く、探索者でも無い素人を連れ回したりはしたく無い。
まだ昼前なので、今から準備をすれば街の外に出る事はで出来るだろうが、それは少し面倒だった。
「研究目的っていうなら、今日は準備に充てて、出発は明日にした方が時間が取れると思うんだが?」
ごく当然の提案をした俺に、フレッドが急激に距離を詰めてきた。
「もう、このドキドキ、パッション、止められませーん!今すぐ出発するデス!ハッハー!」
あっ、ヤバい……こいつ……イカれてやがる。
俺はこの依頼を受けた事を、早速、後悔し始めた。
教授のパッションに水を刺すようだったが、流石に準備もしないで遠出は出来ないので、街の近場で我慢してもらう事にした。
今日は街の外に出る気は無かったんだが、俺にはこのオヤジを止めれる気がしなかったので仕方ない。
取り敢えず、俺は観光案内で慣れているファーストキャンプまでフレッドを案内する事にした。
それぐらいならば準備はいらないし、余裕を持って夕方までには街に戻れる筈だ。
「新庄!あれはスライムですカ?」
「ああ、スライムだな」
フレッドはモンスターを見かけると、無警戒に近づきカメラのシャッターを切り始めた。
ファーストキャンプなんぞ歩いて1時間ってとこだが、もうすでに倍は時間が過ぎている。
それは、フレッドがモンスターを見かける度に立ち止まって写真を撮り、何かメモを取り始める、という行動を繰り返していたからだった。
初めのうちは危ないからと止めていたが、俺は既に、この男を止めるのを諦めている。
何度注意しても、フレッドはその危険な行動をやめなかったからだ。
護衛としては失格かもしれないが、まあこの辺のモンスター相手に一撃で死にはしないだろう。
「ハッハー!では、そろそろやりますカー!」
フレッドは拳を振り上げると、それをスライム目掛けてめり込ませた。
哀れなスライムは、その一撃だけで姿を消してしまう。
「フム、魔石はこのサイズですカ。とても小さいですネ」
実はこの男、結構強かったりする。
いくらこの周辺がザコしかいないと言っても、ワールドクエストの失敗によって、多少は強化されいる。
素人では倒すのが難しい筈なのに、フレッドは拳によるたった一撃で仕留めてしまう。
その職業と見た目に反して、レベルは結構高いようだった。
「なあ、護衛っているのか?」
「ナニ言ってます?新庄、わたしはプロフェッショナルな探索者ではありませーン。ひとりでは危ないでス」
言いたいことは分からんでもないが、ここまで護衛しがいの無い奴も珍しい。
まあ、仕事が楽になる分、俺としては一向に構わないのだが、何か腑に落ちない感じがした。
そんな感じで中々に進まない道中だったのだが、特に大きな問題は起きなかった。
最も、その遅々とした歩みのせいで、街に帰ってくる頃には完全に日が暮れてしまったのだが……
「新庄、明日もお願いしたいのデスが、かまいませんカ?」
フレッドが、報酬の現金を手渡しながらそんな事を言ってきた。
心なしか約束の依頼料よりも多い気がする。
世間知らずのぼんぼんかと思っていたが、その辺の機微は分かっているようだった。
「ああ、分かった。明日も特に予定はないしな」
フレッドの依頼を受けてぶらついているうちに、少し気分が上向いてきた気がした。
初めは依頼を受けたことをしくじったかと思ったが、仕事内容は楽だし、手に金も入る。
もうちょっとだけなら、フレッドに付き合ってやっても構わないという気になっていた。
それは現実逃避しているだけなのかも知れなかったが、今後どう動くかうじうじ悩んで過ごすよりは、こうやって体を動かして稼いでいる方がマシだと思える。
そういう訳で、今は明日も仕事にありつける事を喜ぶことにしよう。




