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新太平洋大陸  作者: 双理
四章 混ざり合う陰謀
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陽気な教授様1

 ワールドクエストが失敗した翌日、漸く体が動くようになった俺は集会所に顔を出す事にした。

 暫く働けなかった事もあり、リハビリも兼ねて、何か良い仕事があれば受けておきたかったからだ。

 まだポータル探しの報酬が残っているので、そこまで家計が逼迫している訳ではないが、貧乏暮らしが長いせいか働いてないと落ち着かないという側面もある。


 久しぶりに訪れた集会所は、何処かギスギスした空気が漂っていた。

 殺し合いにまで発展したという探索者が集まる場所なので、それは、まあ仕方のない事だろう。

 この街の話では無いが、各地で暴動や魔石強奪事件が起きたなんてニュースもあり、世界中が混沌としている状態なのが、それを更に後押ししているのかも知れない。

 そんな中でも、この場所で全く諍いが起きていないのは━━


「やあー、新庄ちゃんじゃないかー、久しぶりだねー。体の方はもう良いのかなー?」


 この人が、睨みを効かせているからだろう。

 こんなシケた空気の中にも関わらず、しおりさんはいつも通りの全くやる気のない表情を浮かべており、普段と変わらない様子で受付カウンターの向から俺に声を掛けてきたのだった。

 相変わらず、図太い人だ。


 受付カウンターに目をやると、別の受付嬢の前にはそれなりに人が並んでいるのに、しおりさんの前だけ誰も並んでいない。

 普段ならば、待ち時間を気にする奴がしおりさんの前に並んだりもするのだが、探索者達はその危険察知能力を活かして、現在しおりさんが不機嫌である事を感じ取り、避けているようだった。

 そのせいで暇を持て余しているのか、しおりさんはカウンターに頬杖をつき、周囲にいる馬鹿な探索者共の顔を眺めていた。


「ああ、まだ完全じゃないが、何とか動けるようにはなったよ」


 しおりさんがそうしたように、俺も普段通りの感じで話し掛ける事にした。

 俺だって不機嫌なしおりさんの相手などしたくはないが、だからといって、話し掛けてきたのを無視してしまっては命に関わる。

 それに、こうしておけば、探索者同士の無駄な諍いに関わらなくて済むかもしれないという思惑もあった。


「随分と空気が悪いな」


 俺は一応、周りの空気を読んで小声でしおりさんに囁いた。


「はっはっはー、自業自得だよねー。金に目が眩んでー、殺し合いまでするバカしかいないんだからー仕方ないよねー。まあー、報奨金を出した国と集会所も悪いんだけどねー」


 折角、人が気を利かせたというのに、しおりさんは笑いながら大声でそう言い放った。

 間違っても、集会所の職員が言うセリフじゃねーよ……

 その証拠に、周囲にいる探索者の内の何人かが、今にも襲い掛かって来そうな怖い顔でこっちを睨んでいる。

 それでも、しおりさんに絡む勇気は持ち合わせていなかったのか、どうにか堪えた様子だった。

 


「あんまり挑発すんなよ……巻き込まれたくねー」


 俺は、流石に少しだけしおりさんを嗜める事にした。

 今の俺のレベルならここにいる全員を相手にしても問題無いだろうが、まだ病み上がりなので激しい運動は控えたい。

 

 それにしても、今の言動からして、しおりさんは今回の件にかなりのご立腹のようだ。

 それは別に正義心から怒っている訳じゃ無く、ただ、この鬱屈した空気感が嫌いなんだと思う。

 どうせ人殺しまでしなんなら、徹底的に相手を潰すまでやり合って、遺恨を残すなと言いたいのだろう。

 妨害工作に走って大金を得る機会を失った探索者に、幻滅しているという事もあるかも知れないが……


「そんなー活きがいい子がいたらー、お姉さんがー、ちょーっとぐらいガス抜きしてあげても良いんだけどねー」


 そう言って、詩織さんは集会所を見回した。

 探索者達が一斉に目を逸らし、少しずつ距離をとっていく。

 心なしか、隣にいた受付嬢も遠のいたように見える。


「ちょっと、やり過ぎじゃね……」


「そうかなー?私はー、もっーときつく言っても構わないと思うけどねー」


 完全にこの場の支配者と化したしおりさんは、つまらなそうにそう吐き捨てた。

 流石にこれ以上周りの人間を刺激するのは拙いと思い、俺は話題を変える事にした。


「そんな事より、集会所はこれからどう動くんだ?」


 そんな事を聞いたのは、今後の方針を決めたかったからだ。


 俺は、今後自分がどう動くべきかを悩んでいる。

 今回のワールドクエストの失敗に対して、後悔と言う程では無いが、俺が動けていればという思いが少しだけあった。

 それもあり、基本的には真夏と結と一緒にポータルを探すのが良いんじゃないかとは思っている。

 だがそれと同時に、今回、探索者達がとった身勝手な行動を考えると、それに関わりたくないとも思う。

 そんな事情もあり、あくまで仕事探しのついでではだったが、情報収集の為に俺は一人で集会所を訪れたのだった。


「そうだねー、流石に前回と同じでは無さそうだねー。これはあくまで噂だけどー、前回のポータル発見数の多いギルドにー、固定額の報奨金で依頼するって感じみたいだよー」


 毎回どっから情報を仕入れているか知らないが、全く頼りになる人だ。


「そうか。それはそれで問題が起きそうだが……前回よりはまだマシか」


 前回は、ポータルひとつずつに報奨金が掛けられた為に、その奪い合いが発生してしまった。

 報奨金が固定となれば、それは無くなるだろう。

 だが、今度はどうせ金額が変わらないならとサボる奴が出てくるだろうし、依頼を受けれなかったギルドが騒ぎ出す事も考えられる。

 まあ、そうそう完璧な策なんかある筈もないので、妥当な案だと言えなくも無い。


「どうするー?新庄ちゃんが希望するならー、その枠にねじ込んであげるよー」


「そうだなー、どうしたもんか…………いや、今回はやめとくよ」


 前回の大盤振舞いを考えれば、固定額とはいえ、報奨金はそれなりの額になるだろうが何処か気乗りしなかった。


「分かったよー。まあー、私が何もしなくてもー、君達なら依頼されそうだけどねー」


 じゃあ、何で聞いてきたんだよ……

 まあ、こういうのはいつもの事なので気にしても仕方ない。


「珍しく悩んでるみたいだねー。何か困ってるのかなー?お姉さんがー、何でも相談に乗るよー」


 久しぶりに会ったのにも関わらず、しおりさんは俺の微妙な表情の変化を読み取ったようだった。

 

「やめとくよ。何か後が怖そーだ」


 俺の心配をしてくるなんて珍しい事だったので、何だか怖くなってしまい、その申し出は断る事にした。

 まあ、ただ単に暇つぶしをしたかっただけかも知れないが……


「そんな事ないんだけどねー」


 しおりさんが不満気な表情を浮かべる。

 これは拙いと思い、軽く挨拶をしてこの場を離れようとしたが、しおりさんはそれを許してくれず、俺を呼び止めてきた。


「悩みの相談はしないって言ってるだろ……それとも、何か面白い話でもあんのか?」


 今日は簡単に返してくれない日かと諦めて、俺は仕方なく長話に付き合う覚悟を決めた。


「うーん、多分面白くは無いかなー。ちょっと気分転換がてらにー、ひとつ仕事を引き受けて受てくれないかなーって思ってねー」


「気分転換?……どんな仕事だよ?」


 しおりさんから直接依頼される仕事は、かなりの儲けになる物が多いのだが、単に面倒ごとを押し付けられる事もある為、少し警戒してしまう。


「そんなにー警戒しないでよー、お姉さん傷つくなー。ちょうどー、新庄ちゃん向けの良いお仕事があったなーって、思い出しただけだよー」


 そう言ってから、しおりさんが話しだした仕事の内容は、どこかの国の、どこかの大学の偉い先生が、何かの調査で、護衛とガイドを探してるって事だった。


「いや、なにも分かんねーよ!」


「はっはっはー、元気出てきたねー新庄ちゃん。もし引き受ける気があるならー、後の詳しい事は直接依頼人に聞いて欲しいかなー。自分で調べるのはー、ちょーっと面倒だしねー」


 しおりさんは自分の本来の職務を放棄し、俺にその依頼人との待ち合わせ場所と時間が書かれたメモだけをよこした。


「って、今日かよ!時間も、もうすぐじゃねーか!」


「何かー、急いでるらしいよー。一応連絡先を聞こうとしたんだけどー、そういうのはいつも秘書に任せてるからー、自分の番号がわかんないってー。スマホのロックも解けなかったみたいだしー、頭のいい人ってどっか抜けてるよねー。こんな依頼受ける人いないよーって言ったんだけどねー。いやー、新庄ちゃんがー、今日復帰してくれて助かったよー」


 ただ面倒ごとを押し付けたかっただけじゃねーか……

 だが結局、俺の方針はまだ定まってないし、元々何か仕事を探しにきたのも事実。

 護衛というのはともかく、ガイドの方は俺の本業といえなくもない。

 積極的に受けたい依頼ではないが、気分転換と体の慣らしにちょうど良い依頼ではある。

 何か嫌な予感はしたが、結局俺はその依頼を受ける事にした。

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