逃亡戦2
「オベロン!お前……大丈夫なのか?」
オベロンは身体を失って無事な筈が無いのに、驚きのあまり、俺はそんな質問をしてしまった。
それにしても、随分と可愛らしい姿になったもんだ……シロに乗り移ったって事でいいんだよな?
オベロンが生きていたと知って、その安堵感からか、どうでもいい事を考えてしまう。
「そんな事は後です!サラマンダーがこちらに向かっています。今は、少しでも時間を稼ぐ方法を考えなさい!」
オベロンは、いつの間にかサラマンダーと通信していたらしい。
それならもうちょっと早く助けて欲しかったもんだが、これで6号に対抗出来るかも知れない。
でもな━━
「無茶言うな!こっちは逃げに徹してボコられてんだ。どうやって時間を稼げってんだ!」
このまま6号とまともにやり合ったら、秒でやられる自信が俺にはある。
かと言って、逃げ出したとしてもさっきの二の舞になるのが目に見えている。
俺には、時間稼ぎの方法なんか思いつかねーぞ……
「あの者は、まだ私を倒した時の経験値を得ていません。精霊力を魔力に変換するのに手間取っているようです。今からその精霊力を横取りして、無理やり貴方に流し込んで強制的にレベルを上げます!」
「何だそのヤバそうな提案は?そんな事出来るんなら、自分でやれ!」
オベロンが言った事を全部理解できた訳じゃ無いが、碌でも無い提案だというのは分かる。
絶対に嫌だ……
「この体に、そんな力を流したら破裂しますよ!」
俺の脳裏に、シロの身体が爆散してその内臓がぶち撒けられる映像が浮かぶ……
ああ……それは色々と拙い。
「時間がありません!覚悟を決めなさい新庄!」
完全に視力を失っていた6号が、瞬きを繰り返し、視力を回復しつつあるように見えた。
「俺は破裂しねーんだろうな!」
「……たぶん?」
子犬の姿でオベロンが首を傾げてみせる。
可愛けりゃなんでも許されると思うな、クソが!
そうしている内に視力を取り戻したのか、6号の視線が完全にこちらを捉える。
時間切れだ。
「ああ゛っーークソッ、やれオベロン!」
「身体にかなりの負荷が掛かります。耐えて下さい!」
そのオベロンの注意を飲み込む間もなく、俺の体に何かが流れ込んでくる。
その流れが急激に早くなり、体の中に何かをぱんぱんに詰め込められている感じがした。
「くっそ!本当に、体が、弾けそうだ……」
全身が軋み、とてつもない痛みが襲ってくる。
俺はその痛みに耐えきれなくなり、思わず大声で叫んでしまった。
「ぐっ、ガッガアアアアァァァァッーーーーーー!」
もう限界だと思った時、その力の流れがぴたりと止まった。
徐々に体の軋みが収まり、痛みが引いていく。
「新庄、来ます!」
気を抜く暇もない。
正面を向くと、6号が距離を詰めてくるのが見えた。
俺は慌ててナイフを構え、その攻撃を受け止める。
ギャリィイイーーーーーーンッ!!
互いの持つナイフが擦れ合い、とてつもない金属音が鳴り響く。
それと同時にかなりの衝撃が襲ってきて、真後ろに体ごと吹き飛ばされた。
その一撃で体勢を大きく崩してしまったが、それでも今回は何とか立っているし、あっちも後退りしているようだ。
そして何より━━
「攻撃が見える!」
今までは、6号の攻撃が全くと言って良いほど見えなかった。
それが見えるってんなら、何とかなるかもしれない。
6号が、俺を警戒して距離を取ったのが見えた。
「おいおい、これははイイ感じだな!」
体が軽い。
力が段違いに上がっているのが分かる。
全能感と言えばいいのだろうか━━そんな感覚が、全身を包んでいるかのようだった。
「これなら、アイツを……」
殺れる!
溢れるように、妙な自信が無限に湧き出してくる。
俺は6号を睨みつけ、ナイフを強く握り直した。
さて、狩りを始めるか……獲物はモンスターじゃなくて、あのクソヤローだけどな!
「新庄!レベルアップの高揚感に飲まれては行けません!」
高揚感?
俺がか?
………………いや、俺は一体……今、何を考えていた?
「くそっ、なんだこれは!」
「レベルアップは、急激な肉体の変化と共に強い高揚感を伴います。まずは落ち着きなさい!」
「そういう事は、先に言え!」
危うくあんな化け物に特攻するところだ。
「成程。俺が得るはずの経験値奪い、真のレベルの力を手に入れたか。精霊王というのは、随分と姑息な手段を使うんだな」
「元は私の力です。そのような事を言われる筋合はありません」
今は子犬の姿に変わっているが、その言葉には威厳が感じられた。
それが気に食わなかったのか、6号が怒りで表情を歪ませる。
「核石を飲み込んだ者を乗っ取り、復活するとは、精霊とは全く面倒なものだな!」
言い終えると同時、6号が距離を詰め、オベロンに切り掛かった。
だが、その斬撃は空を切る。
俺がオベロンを抱きかかえ、回避したからだ。
だがその斬撃は凄まじい威力で、さっきまで子犬がいた場所の地面を抉り取るほどだった。
「おいおい、あんま怒らせんなよ……」
俺は、片手で抱えているオベロンに小声でそう伝えた。
あんな攻撃はそう何度も躱せる気がしないし、受けたくない。
「あの者、レベル10は超えているようです。ですが、今のあなたはレベル4程度。会話でも何でも良いので、サラマンダーが来るまで時間を稼がなくてはなりません」
オベロンも俺に倣って小声で返してきた。
「レベル10って……サラマンダーも弱体化してんだろ、いけるのか?」
「考えがあります。今はそれに賭けるしかありません」
ギャイイイィィーーーーンッ!
6号の追撃の一撃が再び俺を襲う。
今度はその攻撃をうまく逸らすことができ、体勢も崩されずに済んだ。
だが、余りの一撃の重さに手が痺れてしまう。
「何をコソコソと!」
6号は自分の攻撃を完全にいなされ、完全に怒り心頭といった感じだ。
「まあまあ、そう怒んなって!」
手の痺れから内心ではヒヤヒヤしていたが、俺は更に6号を煽る。
奴が冷静さを失えば、少しは対応できそうだったからだ。
「新庄、もう直ぐそこまでサラマンダーが来ています。耐えて下さい!」
「って言われてもなあ……」
いくら俺が強くなって奴が冷静さを失ったとしても、今のままじゃあ、もって数分って所だ。
「本当にすぐに来るんだろうな?」
「ええ、間違いありません!」
じゃあ、もうそれに賭けるしかないか━━いい加減、やられっぱなしなのもムカついてきたしな。
「じゃあ、ちょっと離れてろ」
俺はオベロンをそっと地面に下ろした。
「正面からでは勝てませんよ」
「分かってるって」
だが、俺は自分が言った言葉を裏切るように、正面から全速で6号に迫った。
「狂ったか!」
俺の特攻に、6号は正面から迎え撃つ構えのようだった。
「かもな!」
間合いまであと一歩という所で、俺は更に加速した。
ズバアーーーンッ!
俺は、その瞬間空気の壁を突き破ったのを感じた。
そのスピードの変化についてこれなかったのか、6号の防御行動は間に合わず、俺は渾身の一撃を奴に当てる事に成功した。
確かに人体を切りつけた感覚があったが━━少し浅かったか?
振り返ると、6号が片腕を抑えているのが見える。
血を流しているが、深手という程ではなさそうだ。
「貴様……何をした?」
「さーな、自分で考えろ。簡単にタネを教えちゃ、面白く無いだろ?」
タネと言っても、ただ鬼神のスキルを使っただけだ。
今の俺が、このスキルの負荷に耐えられるかは分からなかったが、どうやらその賭けには勝ったようだ。
だが、凄まじい加速に反応が追いつかず、掠らせるだけで精一杯だった。
「お前のレベルで、あれほどの動きができるとは思えんが……」
「油断してるからだバーカ!傷は大丈夫か?逃げた方がいいんじゃないか?」
余裕なフリして挑発をかましたが、もちろん俺に余力は無い。
もう既にスキルの反動が現れ始め、体が軋み始めている。
「余程、死にたいようだな!」
「俺はそんなにマゾじゃねーよ!」
互いのナイフがぶつかり、金属音が響き、火花が散る。
先程までとは違い、明らかに本気の攻撃。
ヤバい……煽りすぎた。
どうやら、奴の沸点は結構低かったようだ。
「このっ!」
「そう無気になるなってっ!」
更に二撃目、三撃目とナイフで打ち合う。
スキルのお陰で力が拮抗しているのか、何とか戦えているといった感じだ。
これ以上煽るのは拙いと分かっているが、戦闘に伴う興奮のせいか、軽口が止まらない。
でも、それもそろそろ限界だ。
……タイムリミットが近い。
「何をしたか知らんが、スピードが落ちてきてるぞ!」
「そうか?まだ隠し玉があるかもしれないぜっと!」
クソ!
ナイフを交えながら、煽る事で何とか誤魔化していたのに、動きが鈍ってきている事を感付かれちまった。
完全に怒りで周りが見えていないと思っていたが、そうでも無かったらしい。
だが、俺の言葉を間に受けたのか、6号は俺から距離を取り後ずさる。
「本当に、ふざけた奴だ……」
その姿を見て、俺は助かったと思いながらも、つい、次はどう煽ってやろうかと考えてしまう。
「サラマンダー、力場を展開しなさい!」
「御意!」
俺と6号の周囲に、炎の壁が現れる━━間に合った!
サラマンダーの姿が目に入った瞬間、全身から力が抜けてしまい、俺はそのまま地面にぶっ倒れた。
「新庄!」
オベロンが俺を呼ぶ声が聞こえ、起き上がろうとするが力が入らない。
それどころか、少しずつ意識が失われていく……
「サラマンダー、ゲートに注いだ力を自分に戻しなさい!」
「王よ、そのお姿はいったい!」
「いいから早く!」
「ですが、それは……ぬっ、これは!」
薄れていく意識の中で、周囲を囲む壁の火力が強くなっていくのを感じた……
どうやら、オベロンが主従の契約を使って、無理やりサラマンダーに行動させたようだ。
「フィールドを完全に支配された!クソッ、サラマンダーが力を取り戻したか!」
慌てる6号の姿が見えた。
「ざまあ……」
俺は最後にそう言葉を絞りだすと、そのまま意識を失った。




