無謀な依頼1
「あ“ー……頭痛てー……」
昨日は完全に飲みすぎてしまって、どうやら二日酔になったようだ。
だが、これは仕方ない事だった。
焼肉じゃ酒も捗るってもんだろ。
「……よし、今日は休むか」
昨日は結構金が手に入ったし、こんな体調では仕事にならない。
と言うわけで2度寝を……
ピンポーン!
インターホンがなんともレトロな音を鳴らす。
すまんが、今この部屋は留守だ。
俺は2度寝をする!帰れ!
ピンポーン!ピンポーン!
ドン!ドン!ドン!
「あー、うるせーーーーっ!」
ドアを叩くな!
この安アパート壁が薄いんだよ!苦情がきたらどうする。
俺は、仕方なく起き上がりドアを開ける。
「先輩お早うございます……って、なんでパンツしか履いてないんですか!」
ドアの前には真夏が立っていた。
俺の部屋でどんな格好をしようと俺の勝手だと思うが、流石に女の子の前に立つ姿ではないか……
なんか真っ赤になってるしな。
「あ゛ー、ちょっと待ってろ。着替えてくる」
その辺に脱ぎ捨ててある服に着替え、再度ドアを開ける。
「それで、今日はどうしたんだ真夏?」
真夏はまだ少し動揺しているようだったが、なんとか口を開き……
「すいません先輩!昨日のことが所長にバレちゃいました!」
朝っぱらから爆弾を投げ込まれた気分だった。
今日はいい天気だ。
雲ひとつない綺麗な青空の下を歩くと、清々しい気持ちになる。
こんな日は、お弁当でも持ってピクニックに行きたくなるってもんだ。
「……と言うわけで、ピクニックにでも行くか?」
「なに言ってるんですか先輩?」
真夏が、凍りつきそうなぐらい冷たい目で俺を見てくる。
「変な現実逃避をしないでください!」
誰のせいだよ!と言いたくなるが、今更そんなことを口にしてもどうしようもない。
真夏に話を聞くと、昨日3バカを締めたのが集会所の所長にバレたらしい。
それで所長直々に呼び出しが掛かった訳だ。
アイツら……だいぶキツめにお仕置きしておいたはずだが、チクリやがった。
次に会ったら、絶対に許さねーぞ……
「クソ!何で朝っぱらから、あんなハゲの説教を聞かなきゃなんねーんだよ……」
ハゲとは所長の事だ。
それは見事に禿げ上がっていて、どこか仏様に通じる有り難みすら感じる。
当然、嫌味だが。
「私だって嫌ですけど、仕方ないですよ。それに所長をハゲって言わないで下さい。ホントに気にしてるみたいですから。可哀想ですよ」
所長の頭の話なんてどうでもいいが、流石に出向かない訳にはいかないだろう。
昨日、やり過ぎたのも事実だしな……
全く気乗りせずゆっくりと歩いたが、そんな事をしても結局は集会所にたどり着いてしまう。
おとなしく中に入ると、そこにはしおりさんが待っていた。
「やっと来たねー、こっちだよーついて来てー」
どうやら、しおりさんが案内してくれるらしい。
「事情は聞いてるよー、新庄ちゃんもやるねー。真夏ちゃんを虐められて、怒っちゃったんだねー」
「えーと、そうなんですか先輩?」
真夏が、顔を赤くして聞いてきた。
何か変に誤解されているようなので、訂正する事にした。
「いや、あいつら俺をオヤジ呼ばわりしやがるからキレただけだが」
「何照れてんのー?新庄ちゃんもいい歳なんだからー、素直になりなよー」
だから、何の話だよ。
まあ、少しはそういうのもあったかもしれんが……
「所長もホントに怒ってるわけじゃないんだけどー、ちょっとやりすぎちゃったねー。立場的に何もしない訳にもいかなかったみたいでねー。今日のところは、大人しく説教を聞いてあげてねー」
「やっぱ怒られんのかよ……」
「まあ、仕方ないよねー」
俺はしおりさんに宥められながら所長室まで案内される事になった。
しおりさんが、所長室のドアをノックする。
トントン
「所長ー、入りますよー」
しおりさんがドアを開けると、室内には5人の人物がいた。
1人はもちろん所長で、後は昨日のバカ3人と、知らない女が1人。
予想しなかった訳じゃないが、こいつらもいんのかよ……
「来たか。新庄、須藤、中に入れ」
所長が偉そうに言ってきたので少しイラつくが、逆らっても仕方ないので大人しく中に入る事にする。
何故かしおりさんも一緒に中に入り、ドアを閉めた。
いや、何故入ってくる?関係ないんだからあんたは出てけよ。
「まずは、こちらの方々が言いたいことがあるそうだ」
何故か所長も、しおりさんがいる事を気にしない。
謎ではあったが、しおりさんには所長も何も言えないのかも知れない。
それはさておき、所長の言葉を受け3バカが俺たちの前に立つ。
俺は何か、文句でも言われるのかと思い身構える。
「昨日は、申し訳ありませんでした!」
それは、腰を90度に曲げた見事な謝罪だった。
俺は面食らって固まってしまう。
「この度は、うちの社員がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
俺が固まっているうちに、知らない女までも頭を下げてくる。
「えっと……だ、大丈夫ですよ?」
真夏は混乱しながらも何とか返事を返したが、急な謝罪に驚いたのか助けを求めるように俺を見てきた。
こっちを見られても、俺だってどうしたらいいのか分からん。
「それで、これはどう言う事だ?」
てっきり説教されると思っていた俺は、ハゲに状況の説明を求めた。
「こちらの方が、どうしてもお前たちに謝罪をしたいとおしゃってな」
「ええ、うちの3名に事情を聞いた所。今回の件は、完全にこちらに非がありましたので謝罪に伺ったのです」
つまり、俺たちは説教で呼ばれたんじゃないのか?
しおりさんが後ろで笑いを堪えているのが分かった。
この人、絶対に知ってただろ……
「あー、まあ、何だ……話は分かった。それであんたは誰なんだ?」
「失礼しました。私は華菱産業の新大陸支社で支社長を務めている冴羽三月と申します」
女はそういうと、名刺を差し出してきた。
「華菱って言うと、あの華菱か?」
「ええ、ご想像の通りかと」
華菱産業といえば世界有数の大企業だ。
元は日本国内でクリーンエネルギーの研究や、その技術提供をしている小さな会社だった。
そんな会社が大きくなったのは、世界で唯一、魔石からエネルギーを取り出すことに成功したからだ。
その特許を取得すると、瞬く間に世界のエネルギー産業を牛耳る超巨大企業に成長し、化石燃料を文字どうり化石に変えてしまった、そんなとんでもない企業だった。
思わぬ大物の登場に、俺は困惑してしまう。
「まあ……何だ。こっちも、少しやり過ぎた。悪かったな」
これ以上、厄介事はごめんなので、適当に謝っておく。
「いえ、今回は完全にこちらの落ち度ですので、謝罪していただく必要はありません」
冴羽はそう言うと、3バカに視線を移した。
3人はどこか怯えた様子で、再び謝罪を繰り返した。
余程この冴羽という女が恐ろしいのか、ひや汗まで浮かべている。
「もういい、謝罪は受け入れた」
「そう言って頂けると幸いです」
随分とそっけない返事が返ってくる。
「では、あなた達はもう帰りなさい」
「はい、冴羽支社長。それでは失礼します!」
男達は、いわれるままに部屋を出ていった。
「話が終わったんなら、俺たちも帰るぞ」
「まあ、少し待て」
部屋を出ようとすると、所長に呼び止められた。
やっぱり説教されるのかと身を硬くすると、次に口を開いたのは冴羽の方だった。
「少しあなたに話があるのですが。よろしいですか?新庄守さん」
どこか、気に入らない物言いだった。
嫌な予感がする。
しかし相手は大企業のお偉いさんだし、聞かない訳にはいかないだろう。
権力ってやつは怖いからな。
「では、私は外した方がいいでしょうか?」
おい、真夏……俺を見捨てて帰ろうとしてんじゃねー!
「須藤真夏さんでしたね。貴方もいて頂いて構いません」
「はい、そうですか……」
真夏が露骨に肩を落とす。
ほらみろ、人を見捨てようとするからだ。
「まあ、立ち話もなんだ。そこに掛けてくれや」
所長が応接用のソファを指差した。
そこに真っ先に座ったのは、しおりさんだった。
なぜ当然のように居座ろうとしているのか……どういう神経してんだよこの人は?
冴羽が一瞬しおりさんを見たが……
「では、話を始めさせて頂きます」
いや、おまえもスルーしてんじゃねーよ!
見かけによらず天然か?
「単刀直入に言います。新庄さん、うちで働いてみませんか?」
「はあっ?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
なに言ってんだコイツ、正気か?
「唐突で申し訳ありませんが、現在、我が社では新大陸での事業に力を入れております。そこでぜひ、新庄さんのお力をお借りしたいと思っております」
何で華菱のような大企業が、俺を必要としているのか理解できない。
優秀な奴なんて他にいくらでもいるだろうに。
「昨今では新大陸の危険性が周知された為か、華菱でも人材の確保に苦労しております。情けなくはありますが、あのような輩を雇わざる得ない状況です。つまり、優秀な人材、もしくはそれを育てる事が出来る人材はぜひ抑えておきたいのです」
つまりは、俺に3バカのお守りをしろってことか?
……絶対に嫌だ。
「新庄ちゃんが優秀ー?ぷっ」
しおりさんが横で笑いをこらえている。
まあ……この人は、もうほっとこう。
「あー、折角のありがたい話だが断らせてもらう。おたくみたいな大企業で働くのは、俺のガラじゃないしな。この街には探索者が腐るほどいるんだ。他を当たってくれ」
「断るんですか先輩?もったいない。華菱ですよ華菱」
断るに決まっている。
嫌な予感がするし、何か裏がありそうに思える。
触らぬ神にってやつだ。
「そうですか。まあそれに関しては望み薄だと分かっていたので、構いませんが」
冴羽はやけにあっさりと引き下がった。
「代わりと言っては何ですが、ひとつ仕事を引き受けていただけませんか?」
なるほど、こっちが本命か。
無茶な要求をしてから本題に入るとは……かなり頭が切れそうだ。
「なんで俺にこだわる。他を当たれと言ったはずだが?」
「私も言ったはずですが?優秀な人材が必要だと。貴方のことは、一通り調べさせて頂きました。随分ユニークな経歴の持ち主ですね」
「あ“ーっ!」
「先輩!」
気がつけば、立ち上がった俺を真夏が抑えていた。
怒りで我を忘れ、思わず殴りかかりそうだった。
「新庄、まずは落ち着け。座るんだ」
怒りは収まらなかったが、所長に言われた通りにソファーに座り直す。
冴羽は表情一つ変えずにその様子を見ていた。
気に入らねー。
しばらく間を取り、俺が落ち着いたと思ったのか冴羽は話を続けた。
「それで、この話は受けていただけますか?」
「受ける訳ねーだろ!」
俺は当然の返事をした。
勝手に人の事を調べやがって……
冴羽は一つ溜息をつくと、真っ直ぐに視線を向けてきた。
「あまり、こういう言い方は好きではないのですが……今回の件、本来であれば華菱に楯突いたあなたを潰す為に使ってもよかったのですよ。それを、わざわざこんなと所まで来て、謝罪までしているんです。こちらのお願いを断ると言うのが、どういうことを意味するか分かりますね?」
この女、初めから謝罪に来た訳では無かったようだ。
俺と接触するために、一芝居うったって事か。
「おい、嬢ちゃん。そいつは一体どういう事だ。俺のナワバリでそんな勝手許すと思ってんのか?」
冴羽の言葉が許せなかったのか、所長はドスの効いた低い声で冴羽を問いただす。
所長がグルという事はなさそうだ。
「宜しいんですか所長さん。集会所の経営が、うちの出資で成り立っているのをお忘れなく」
「ぐっ、この!」
集会所の経営は複数の民間企業の出資で賄われているが、なかでも華菱の出資率は高く、その権力は強かった。
所長は何か言いかけたが、それを飲み込むしかなかったようだ。
「はいはい、みんなー、少し落ち着いた方がいいですよー」
ここで、なぜかしおりさんが割って入ってる。
「冴羽さんでしたっけー、あなたはー、少し言い過ぎではないですかー?」
冴羽は、しおりさんを見ると少し考え込む姿を見せた。
「……そうですね。少し口が過ぎました」
何を思ったのかは分からないが、あっさり自分の非を認めてしまう。
「まあー、今回はー新庄ちゃんもやり過ぎたって所もありますしー、ひとつだけ仕事を引き受けてー、手打ちってことでどうですかー?」
しおりさんが、俺を笑顔で見つめてくる。
断れない圧を感じて、正直怖い。
「……分かったよ」
まあ、しおりさんに言われては仕方ない。
反抗すると、後が恐ろしい。
「そうですか、話を受けて頂きありがとうございます。仕事の詳細は、後日連絡させて頂きます。それではお話は以上です。失礼します」
そう言うと冴羽は直ぐに席をたち、そのまま退室した。
話が纏まったら、後はどうでも良いらしい。
全く、最後まで気に食わねー女だ。
後日、何で俺は仕事の内容を聞かなかったのかと後悔することになる。