精霊の王6
「サラマンダーから少し聞いたかも知れませんが、私達は元からこの世界のいた存在ではありません。ある不測の事態が起こり、この世界に飛ばされて来たのです。それ故、いつかは元の世界に戻らねばなりません。その時はあなた方を置いて行くことになるでしょう」
「元の世界に……」
エレンはそれを聞いて深く考え込んでしまう。
精霊王の言う不測の事態が何なのかは気になるが、今はエレンに全部任せているので口は挟まない。
オベロンは、悩むエレンの姿を心配そうに見守っていた。
しばらく考え込んでいたエレンが、何かを決断した表情で精霊王に視線を戻す。
「その世界に、我々も連れていって頂く事は可能でしょうか?」
あっさりと自分の生まれた世界を捨てる覚悟を決めたようだった。
探索者達からの仕打ちはかなり酷いものだったので、それは仕方ない事なのかも知れない。
「不可能ではありませんが……余りお勧めはしません。私たち精霊は半実体とも言える存在で、この世界に馴染む事はそう難しくはありませんでしたが、あなた方のように肉体を持つ存在が、向こうの世界で馴染めるかは私にも分かりません。最悪、死を覚悟しなければならないでしょう」
「そうですか……いや、それでも…」
エレンが何か言う前に、その先を言うのをオベロンが遮った。
「そう焦る必要はありません。元の世界に戻ると言っても、まだ先の話なのです。この条件に関しては、その時が来るまで考えて頂ければ結構です」
それは実質、精霊王がエルフの保護を受け入れたという事を意味していた。
「はい、ありがとうございます!」
エレンが頭を地面にこすりつけそうな勢いで頭を下げる。
取り敢えず、交渉は上手くいったと言えそうだ。
条件面で若干の不安はあるが、オベロンの今までの言動を振り返れば、エルフ達がそう酷い扱いを受ける事は無いと思える。
「話が纏まったようだな」
「はい、期間限定とい事にはなるでしょうが、それまでは私が彼らの安全を保障しましょう」
ここまで来るのに苦労はしたが、交渉自体はあっさりと片付いてしまった。
これに関しては、オベロンの性格による所が大きい。
エレン達がこれから王として崇めるのなら、これ以上に理想的な奴はいないだろう。
「これでクエスト達成ですね、先輩」
「やったです!」
そういえば、これってクエストだったな……
その事を思い出し、ステータス画面を確認する。
だがクエストはまだ終わっていないのか、まだクエストの欄がステータスウインドウから消えてない。
まさかとは思うが、エルフ達を全員無事に移住させないとクエストが終わんないのか?
今更投げ出そうとは思わないが、村人全員を護衛しながら、また同じ道のりを繰り返すのは流石に面倒過ぎると感じた。
「早速、この知らせを村に伝えたいのですが……」
エレンは逸る気持ちを抑えられず、今にも村に向けて駆け出してしまいそうに見えた。
妹も待っているだろうし、その気持ちもわかるんだが……
「ああ、分かってるよ……仕方ない、戻るとするか」
俺としては安全そうなこの場所でもう少し休息を取りたかったが、女どもとエレンがそれを許してくれない事は分かりきっていた。
事実、こいつらは既に帰るための計画を立て始めている。
「では、近くまで送りましょう」
「そんな事出来んのか?」
オベロンの善意の言葉に、俺の顔が緩んだのは仕方ない事だった。
「はい、あなた方が使っている転移陣に干渉して、村の近場に繋がる道を作りましょう」
「転移陣?……ポータルの事か?」
「ええ、多分そうだと思います。あなた方はそう呼んでいるのですね」
オベロンが何か言っているが、もう俺にはそんな事は関係なかった。
ここからリルクドアの最寄りのポータルまで一気に転移できるなら、今日中にリルクドアに戻る事が出来る。
それは詰まり、野宿を回避出来るって事だ!
後、こちらはついでだが……リルクドアの住人を移動させるのも楽になる。
「ぜひ頼む!」
「え、ええ……分かりました」
俺のあまりの食い付きっぷりに若干オベロンが引いてるように見えるが、そんな事より今は楽な道ができた事を喜ぶべきだろう。
「ですがその前に、エレンと主従の契約を済ませましょう。転移陣を繋いだままにする訳にはいきませんので、連絡をとる手段が必要だからです。それが済み次第、転移陣を繋ぐことにしましょう」
そういえば、サラマンダーがそんなこと言ってたな……
主従の契約とやらをするだけで、どんなに遠方にいても連絡を取ることが出来る━━何か、携帯電話みたいな機能だが、所謂テレパシーのような感じだろうか?
「分かりました。では、よろしくお願いします」
その返事を聞いたオベロンは、エレンを近くに呼びよせその右手を両手で包み込む。
その会わされた手から、淡い光が漏れ始める。
光が徐々に強まり目を背けようと思った時、突然その光が消え去った。
オベロンがエレンの手を放し、離れる。
「終わりました。エレン、これであなたは私の眷属という事になります」
「もう……終わりなのですか?何も変わったようには……」
エレンが自分の体を確認していくと、さっきまでオベロンに包まれていた右手の位置で視線を止める。
「それは、私の眷属の証です」
エレンの右手には、白い紋様が現れていた。
「エレン、両手をあげなさい」
「えっ?ああっ!」
エレンがオベロンの命令に従いバンザイをする。
「体が、勝手に…」
何を遊んでいるのかと思ったが、どうやら勝手に体が動いてしまったようだ。
「契約は無事に成功したようですね。ふふ、もう手を下ろしてもらって結構ですよ」
オベロンは微笑みを浮かべ、何処か楽しそうにエレンを見ていた。
一見、微笑ましい光景に見えたが、これは……思わず眉間に皺がよってしまう。
「安心して下さい。今回の契約はサラマンダーに施してあるものと違い、連絡をとるための簡易的なものです。今は不意をついたので効果が強く現れましたが、強く思えば、私の命に背くことができる程度のものですよ」
俺の思いを察してか、オベロンはそう教えてくれた。
「ああ、済まない。あんたを信用してない訳じゃないが、自分がその契約をさせられたたと考えたらな……」
「それも、心配には及びませんよ。今回はエレンが契約を受け入れていたために、簡単に契約を結ぶ事が出来ましたが、強制となれば意思と意思のぶつかり合いになり、殆どの場合は契約が失敗に終わります。意思を操る契約とはそれほど難しいものなのですよ」
「そうか、ならいいんだが……」
主従の契約がどういったものなのかさっぱり理解出来ないので、その言葉を信じるしかないが……
仮にオベロンが本当の事を言っているとしても、意識がない時や、薬物で意識誘導された時など、抜け道が色々ありそうに思える。
こいつの前じゃ、気が抜けねーな……
「それでは、転移陣を繋げましょう」
そう言ってオベロンは軽く右手を振るうと、俺たちの目の前に大きな鏡のようなものが現れた。
恐らくこれが転移陣というやつなんだろうが、ポータルとはまるで見た目が違う。
まあ、機能が同じなら見た目の違いなんかどうでもいいか。
「これに触れれば、あなたの村近くの転移陣まで転移できます」
「はい、ありがとうございます!一刻も早くこの知らせを伝えたいので、失礼してもよろしいでしょうか?」
いや……少し落ち着け。
早く帰りたすぎて、散歩をねだる犬みたいな状態になってやがる。
「ええ、行きなさい」
オベロンはエレンに優しい眼差を向け、この場を立ち去る事を許した。
「はい、それでは失礼します!」
エレンがもう待ちきれないとばかりに急いで鏡に触れると、一瞬でその姿が消え去った。
それを見て、俺はある考えを思いついた。
「なあ、これって俺達の街に繋げないのか?」
「人間の街ですか?可能ですよ」
俺は、期待を込めて真夏と結の方に振り返る。
「ダメですよ!村人さん達の引っ越しが終わるまでは、私達が探索者をなんとかしないといけませんからね。それにクエストがまだ終了してません」
「そうです!エルフさんを守るですよ!」
そう言って、ふたりは転移陣に触れてあっさりと消えていった。
この場に取り残された俺に、オベロンとサラマンダーの視線が集まる。
「……どうしますか?」
オベロンがそう聞いてくれたが、流石に俺だけ街に帰る訳にもいかないだろうな……
「このままでいいよ……」
俺は落胆を隠す事なく、転移陣に向かう。
「少し待って下さい。確かあなたは新庄と言いましたか……」
転移しようとしていた俺を、オベロンが呼び止めてくる。
何だ、慰めてくれんのか?
「あなただけでも構いませんので、明日また来ていただけますか?お話ししたい事があります」
「話し?俺にか?」
はっきり言ってしまえば、無関係の人間でしかない俺に何の話があるんだ?
不思議に思い、オベロンの方を振り向く。
「あなたも、私に聞きたい事があるのではないですか?」
何とも意味深な事を言ってくる。
確かに、聞きたい事というか謎に思っている事は事は山ほどあったが、俺はそこまで深入りするつもりは無かった。
それでも、わざわざ教えてるれるってんなら特に拒否する理由は無い。
どうせ、しばらく街には戻れなさそうだしな。
「ああ、分かったよ」
俺だけを呼び付ける事に何か理由があるのかは気になったが、俺はその申し出を受ける事にした。
「では明日、エレンに連絡をよこすよう伝えておきます。その時に再び転移陣を繋ぎましょう。お待ちしておりますよ新庄」
オベロンの表情は穏やかなままで、何か企んでいる風には見えなかった。
なので、俺もそう警戒せずに別れを告げて、転移陣に手を触れてその場を後にした。
一瞬で目の前の景色が変わる。
転移した先は妖精の森の中だった。
すぐ近くにリルクドアの村が見える。
その事から、俺達が最初にこの村に来た時とは違うポータルなんだと分かった。
「遅かったですね先輩。まさか一人だけ帰ろうとしてませんよね?」
「……そんな訳ねーだろ」
真夏が露骨に怪しんでくる。
既にエレンはいないので、多分急いで村に戻ったのだろう。
目の前で結がでシロと遊んでいるのが目に入る。
そういえば、シロを置いてこなくてよかったのだろうか……
「全くもー。まあ、街に帰らずに戻ってきたんだからいいですけどね……」
そう俺に言い残して、真夏は先に村に向かって歩き出した。
もう何日、家に帰ってないんだろう……そんな家出少年みたいな事を考えながら、真夏の後に続いて歩き始める。
あたりは暗くなり始めていて、夕日が綺麗だった。
ああ、帰りてーな……
後になってよく考えてみれば、そのままそこでポータルを使えば街に帰れたはずだったが、俺がそれに気付いたのは、リルクドアで夜を明かした後だった……




