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新太平洋大陸  作者: 双理
三章 精霊の王
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精霊の王5

「着いたぞ」


 そう言ってサラマンダーが立ち止まったのは、密林の只中だった。

 少し先には開けた場所があり、一本の巨大な樹木が見える。

 その樹木の根は、あまりの大きさからかその一部が地表に大きくせり出している。

 一筋の陽光がその根を照らし、そこに腰掛けている人影がひとつ。


「こちらの方が精霊王だ」


 いつの間にかサラマンダーが精霊王の横に控えていて、俺は声を掛けられた事でそれに気付いた。

 それは、俺があまりにも幻想的な光景に見惚れてしまったのが原因だった。

 その場で呆然として立ち止まってしまい、サラマンダーが移動した事に気付かなかったのだ。

 真夏達も俺と同じ状態だったようで、サラマンダーの声を聞いてようやく正気を取り戻したようだった。


「私の名はオベロンと申します。精霊王と呼ばれている存在です」


 オベロンと名乗った精霊王は、人間と殆ど変わらない姿をしていた。

 人間と違う点を挙げるとすれば、その背中には蝶を思わせる形の半透明の羽がある事ぐらいだろう。

 最も、それが無くても、その余りの美しさから人間では無いと気付けたかも知れない……


 その白い肌は、全ての色素が抜け落ちてしまったのではないかと思えるほどで、更にその白を覆い隠すよう全身に白い布を纏っていた。

 風に靡く髪の色すらも純白の白で、それが陽光を反射させて銀色に輝いて舞っている。

 白で統一されたその姿が全体のイメージを薄く感じさせて、今にも消え入りそうな儚げな雰囲気を漂わせていた。

 俺は明らかに人外の美しさを持つ精霊王の姿を目の当たりにしても、警戒心を抱くことが出来なかった。

 いや、完全に思考が停止していたと言ってもいい。


「何をしている。お主らも名乗らぬか!失礼であろう!」


 サラマンダーからの叱責の言葉が飛んでくる。

 だが、どうしても俺の頭は働いてくれず、それに答える事が出来なかった。

 

「やめなさいサラマンダー。ここまで招待したのはこちらの方です。客人として扱うように」


「……はっ、承りました」


 怒りで身を乗り出していたサラマンダーが、元の位置に戻って行く。

 その時に露骨に嫌そうな態度を覗かせていたが、やはり精霊王の言葉には逆らえないようだった。

 そのやり取りで、サラマンダーが精霊王にかなり心酔している事が見て取れる。

 この間に、少しだけだが思考力が戻ってきた。


「いや、悪かったな……何か頭にモヤが掛かってる感じがして……」


 俺が何とか言葉を搾り出すと、何故かオベロンがこちらをじっと見つめてきた。

 美人に見つめられて悪い気はしないが、余りにもまじまじと見てくるもんだから何だか照れ臭くなってくる。

 その事を伝える為に俺が口を開こうとした時、オベロンは何かに気づいたようにハッとした表情を見せた。


「申し訳ありません。こちら側に問題があったようです。あなた方は、私の魅了の力に当てられたのですね。気付きませんでした……」


 オベロンがそう言って頭を下げた直後、頭が完全にクリアになる。


「……今のは何だったです?」


 それは結も同じだったようで、自分の置かれた現状が理解できずに困惑している様子だった。


「唯ちゃん、大丈夫?」


 真夏が結を心配して駆け寄るのが見える。

 魅了に対する耐性があったのか、真夏は俺達の中で一番早く立ち直ったようだった。


「済みません。魅了と分かっていれば対策が出来たのですが……俺も初めて受けたものだったので、対処する前に魅了に掛かってしまいました」


 エレンが急に使えなくなった気がするが、今までは役に立ってくれていたのだし、責めることは出来ない。

 俺なんか、魅了なんて物がある事すら知らなかったしな。


「ふん、情けない奴らだ」


「サラマンダー!」


 オベロンがサラマンダーの態度に我慢出来なくなったのか、今まで温和だった表情を怒りに変えて諌める。

 サラマンダーの性格から推測して、精霊は傲慢な種族なのだと思っていたが、どうやらそうでも無いらしい。


「……申し訳ありませぬ」


 叱られたサラマンダーは、意気消沈といった感じだった。

 嫌々ながらもここまでオベロンに従うという事は、何か弱みでも握られているのだろうか?

 もしそんな事情があるなら、可哀想な気もしてくる。

 いや、今はそれよりもオベロンの能力の事を確かめねば……


「オベロン…だっけか?今のはあんたの力って事でいいのか?」


 俺の言葉使いを失礼だと感じたのか、サラマンダーがまた何か言いたげな反応を見せたが、今度はそれをオベロンが手で制した。

 現代、それもこの新大陸で偉い人に会うなんて事はまず無い。

 そんな中で育った俺に、礼儀なんかを期待されても困るんだが……


「ええ、その通りです。魅了の力は私が生まれつき持つ特性で、意識しなければ抑えられないのです。本来なら私に好意を持つ程度のはずですが、この世界の人間は精神干渉に全く耐性が無いのですね」


「ああ、そうなんだろうな。あんな感覚は初めてだ」


 俺は正直にそう返事をした。

 こちらの弱みを見せるべきではないかもしれないが、あんな醜態を既に晒してしまっているので今更だ。

 もしかしたら、こう思っている事が好意を持つという事かもしれないが……

 エレンが言うには対抗手段はあるそうなので、後で確認しとかないといけないな。


「それではあなた方も落ち着いてきたようですし、そろそろお名前を教えて頂けますか?」


 そこで、俺はいまだに名乗ってすらいなかった事に気付いた。

 ここまで敵対心を持たない相手に名乗りもしなかったのは、確かに失礼だったかも知れない。

 俺達はオベロンにそれぞれの名前を伝える事にした。


「それで、あなた方は何故私に会いに来られたのでしょうか?」


 自己紹介を終えると、オベロンが早速本題を切り出してくれた。


「ああ、頼みたい事があるんだ。あんたにエレンの村の住人を保護してもらいたくてな」


 これを精霊王に言うためだけに、どんだけ苦労したかと思い返すと、一気に気が抜けてしまった。

 それに対して、オベロンは困った表情を見せる。

 まあ、突然見知らぬ奴を保護しろと言われては当然の反応だろう。

 その反応を見て『こりゃ面倒な交渉になりそうだ』と思い、こっから先の交渉はエレンに全部任押し付ける事にした。

 エレンとしても、自分の村の命運を他人に決められたくは無いだろうしな。


 交渉を任されたエレンは、リルクドアの現状を話し始めた。

 探索者たちの仕打ち、自分たちの体の事など、同情を誘うなかなか良い話し方をしたと思う。


「そうですか、事情は理解出来ました……」


 エレンの話を聞き終えた後、オベロンは表情を曇らせて長く考え込んでしまった。

 その姿を見ると、俺には交渉が決裂するのではないかと思えた。

 だが、オベロンは再び懇願するエルフの姿を一目すると、今度は何処か安心させるような慈愛に満ちた目をエレンに向けてくる。

 どうやら同情を引く事には成功していたようだ。

 これで、どう転ぶか分からなくなってきた。


「分かりました。幾つか条件を飲んで頂ければ、あなたの言うリルクドアの住人の保護を約束致しましょう」


 オベロンが長く考えて出した答えは、こちら側としては充分に満足できるものだった。

 エレンの表情が喜びに染まる。


「王よ、正気ですか!こやつらを保護する理由などありませぬ!精霊でも無い者な

ど…」


「良いのです」


 当然、サマンダーが反対の意見を述べてきたが、オベロンはその言葉をさえぎり、更に言葉を続けた。


「たとえ作られた命だとしても、その者達に意思があるというのであれば、虐げられてよい存在だとは私には思えないのですよ。それに、私を頼ってわざわざこの地まで訪れたのです。その願いを叶える力がある以上、出来るだけその思いには応えてあげたいと思います」


「王よ……あなたと言う方は……」


 サラマンダーが呆れと諦めが合わさった様なため息を漏らす。

 この様子だと、今までにも似たような事があったのかも知れない。

 俺からしても、余りにも人が良すぎる思える程の考え方だった。


「感謝します……」


 一方、エレンの方は嬉しさの余りその瞳に涙を浮かべ、精霊王の前に跪き深く頭を下げていた。

 オベロンとは会ったばかりのはずだが、最早心酔しているようにすら見える。

 まあ、それが本当のエレンの意思か魅了の力なのかは俺には判別出来なかったが……


「それで精霊王様、条件というのはどの様なものなのでしょうか?」


 エレンにとってはそれが最も気になる所だろう。

 オベロンの今までの言動からしたら、そう無茶な要求はしてこないだろうが確認はしなければならない。


「それではひとつずつ確認していきましょう。まずひとつ目は、私と主従の契約を結んで頂くという事です。これは、あなた方が私の命に背けなくなるという事を意味しますが、それでも構いませんか?」


 なる程、まずはエレン達エルフが裏切らないようにしようって事か。

 向こうからしたら、当然の要求だった。

 だが、エレン達にすればどの程度契約に縛られるか現段階では判断出来ない。

 簡単に決めれる事とは思えなかった。


「構いません」


 だが、エレンは迷わず了承してしまう。

 交渉を任せたのは失敗だったか?

 まあ、当人が決めた事だし、口を挟む事じゃないか……


「ふたつ目は、あなた方がこの森に移住するという事です。情けない話ではあるのですが……現在、私の配下はサラマンダーただひとりなのです。あなた方の村を守るにはとても手勢が足りません」


「そう、なのですか?……いえ、それで構いません!どの道、村は捨てなければならなかったでしょうし……」


 エレンが言う通り、現在リルクドアには探索者が押し寄せて来ていて、村に留まるのは不可能になりつつあった。

 まだ場所の知られていないこの森に住めるというならば、かえって都合がいいかも知れない。


 それにしても、配下がサラマンダーだけとは驚きだ。

 王というからにはもっと手勢がいるのかと思っていたが、何か事情がありそうだ。


「三つ目、これで最後になりますが……」


 オベロンは今までとは打って変わって、その先を話すの躊躇っているように感じた。

 どうやら、あまりいい条件では無さそうだ。


「あなた方を、保護出来る期間が限られているという事です」


 そうして前置きをした後、オベロンは自らの置かれている立場を話始めた。

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