精霊の王4
「ついてこぬのか?お主達が帰ると言うのならば、止めはせぬがな」
サラマンダーの急な態度の変化に俺達は顔を見合わせたが、こちらとしては後について行く選択肢しか無い。
戦う意思はもう無いようだし、武器を納めて、おとなしくついて行く事にした。
「どういう心境の変化だ?」
「ふん、何も変わってなどおらぬわ。今でも人間、それも異世界の者など王に合わせる訳にはいかぬと思っおるが……」
サラマンダーは立ち止まり、こちらに振り返ると、俺達を睨みつけてきた。
再び高まる緊張感にナイフに手を伸ばしそうになったが、それは何とか踏み止まる。
「精霊王からの勅命だ。お主達にお逢いになるとな。我は王の命に背く事が出来ぬ。仕方なくだ……」
つまり、あの時サラマンダーは独り言を言っていた訳ではなく、何らかの手段で精霊王と通信を行っていたという事か。
「そうかよ。それで、その精霊王様ってのはどこにいるんだ?」
「あの先に見える森の中だ」
サラマンダーが進行方向を指差す。
まだかなり距離があるが、その指が差した方向に森があるのが見て取れる。
「あんな遠くから命令されたのか?精霊王は随分と声がデカいんだな。それともお前の耳がいいのか?」
「たわけが!精霊王と我は主従の契約をしておるのだ。当然、どれだけ距離があろうと主と意思を通わせる事が可能だ」
「成程ね」
サラマンダーは当然というが、俺には当然そんな事は出来ない。
いざという時、その通信手段を遮断できないかと思いカマをかけてみたが、主従関係を結んだだけでどこでも通信できるってんなら、防ぐ手段は今の所思いつかない。
このことを冴羽や久保あたりに教えてやったら喜びそうだが、下手にそれを実用化されては、世界中の通信会社が根こそぎ潰れてしまうだろう。
変な恨みは買いたくないので、自分の胸の内にしまっておくことにした。
暫く無言で歩き、そろそろ森の中に足を踏み入れようかという時、急に後ろの方が騒がしくなった。
「ワン!」
「わっ!びっくりしたです」
「シロちゃんが戻ってきたんですねー」
どうやら、今まで姿を眩ませていたシロが戻って来たらしい。
結がシロを抱きかかえると、真夏がそこに近づき子犬の頭を撫で始めた。
もう完全にシロを飼う気になっているとしか思えない。
「おい、先に進むぞ!」
これ以上サラマンダーの機嫌を損ねてしまっては、また気が変わってしまうかも知れない。
そうならないよう再び先に進もうとして前を向くと、そこにイフリートの姿は無かった。
どこに消えたのかと思い辺りを見回すと、シロを愛でている女どもの近くに移動していた。
「サラマンダーさんも犬がお好きなんですか?」
何とも間の抜けた質問をしたのは真夏だった。
サラマンダーはその問いには答えず、ただじっとシロを見つめている。
「撫でてみるですか?」
そう言って、結が無警戒にシロをサラマンダーに近づけてしまう。
そいつが触ったらシロが燃えてしまいそうだが、それでいいのか?
「これは犬と言うのか?」
サラマンダーがシロに手を伸ばす。
一瞬、子犬が燃え上がる姿を想像してしまったが、そうはならなかった。
どうやら、今は普通に触っても燃えることはないようだ。
「はいです!とっても可愛いですよ!」
サラマンダーの手は撫でるというより、その白い毛並みの感触を確かめているかのようだった。
暫くシロを撫で回すと、十分にシロの毛並みを堪能したのか、その手を離して話し始めた。
「恐らく……その犬とやらは精霊のようだな」
「何言ってんだお前……どう見てもただの犬だろ?」
本当に何を言ってやがる……
確かに最初は怪しいと疑っていたが、これ以上余計な設定を増やして欲しくは無い。
仮に本当にそうだとしても、そこは何も言わずに流しとけよ……
「いえ新庄さん、恐らくですがサラマンダー様の言っていることは正しいと思います。僅かにですが、その子犬からはサラマンダー様と同じ力を感じられます」
エレンまでもが、シロが犬では無いと言い出した。
「今更過ぎんだろ。もっと早く教えてくれよな……」
思わずエレンを睨んでしまう。
「見比べてやっと分かるレベルなんですよ……」
そういう事なら仕方ないんだろうが……何か釈然としないものが残る。
まあ、それが分かっていた所で何か変化があったとも思えないので、エレンを責めるのはここまでにしておこう。
「正確には、我の力と言うよりは精霊王の力がその犬に宿っているようだ」
「じゃあ何か、こいつは精霊王の子供だってでも言うのか?」
「ある意味ではそう言えるな。この辺りは、この世界の中では比較的精霊力が高い場所だ。恐らく、そこに精霊王から漏れ出す精霊力が合わさり、発生したのであろうな」
随分とファンタジーが過ぎる話だ。
そもそも、精霊力って何だよ……
「随分とあの娘に懐いているのだな……」
そう言って、サラマンダーが結の方に視線を向ける。
今は結の手を離れその足元にじゃれついているシロを見て、そう思ったようだった。
「そうだな。ずっと後をついて来て離れねーんだよ」
「精霊の子は悪意に敏感だ。懐くという事は、お主達に悪意が無いという事なのだろうな」
どうやら、ようやく敵意がない事をを理解してくてたようだった。
危うく戦闘になりかけたが、これでやっと安心出来るってもんだ。
「最初からそう言ってるだろーが」
とはいえ、散々ハラハラさせられたのだから、つい責めるような言い方をしてしまった。
「そうだったな……では行くとしよう」
だが、サラマンダーは特に怒ってくるような事も無く、寧ろ先ほどまでと比べて表情が少し緩んだように見えた。
「ああ、さっさと案内してくれ。お前ら先に進むぞ!」
サラマンダーが先に進む気になってくれたようなので、いまだにシロと戯れている女どもに注意して進むように促す。
これ以上足を止めていては、日が暮れてしまう。
しかし、今ふと思ったんだが……これって下手したら、子供を盾に精霊王を脅しに行くように見えないか?
まあ、先ほどまでよりはサラマンダーの口数が増え、警戒も解いているようなので、あまり気にしないようにしとくか……
同族のシロを結から取り上げようとしない事から考えても、少しは信用を得たと思っていいだろうしな。
その後、精霊王に会いに行く道中で、サラマンダーが実は結構な喋り好きな奴だと判明した。




