精霊の王2
翌朝、朝食を簡単に済ませるとすぐに出発する事になった。
地べたで寝たので身体中が痛くて仕方ない。
こうなってくると、何としても今日中にけりをつけて、二日連続の野宿は回避しなければならない!
痛む腰を摩りながら、俺にしては珍しく、やる気に満ち溢れた目標を設定する事になった。
「体が痛いですー。もう野営は嫌です!」
「大丈夫ですか?」
どうやら、結は僅か1日でその心境に達したようだった。
昨日、あれだけ楽しみにしていたというのに、そんな感情は今となっては見る影もない。
野営なんて物を気に入られてはたまったもんじゃないので、俺にとっては非常に喜ばしい事だ。
「皆さん、大変だとは思いますが急ぎましょう。また探索者が来るかと思うと、村のことが心配です」
「ああ、そうしよう。何日もこんなのが続いたら、俺の腰が保たないしな……」
「先輩の腰の事はともかく……先を急ぐのはには賛成です」
俺の言葉に、真夏が頷いてきた。
真夏も腕が痛むのか摩っているので、久しぶりの野営は真夏にとってもかなり堪えたようだった。
俺達は昨日よりの早いペースで森の中を進む事にした。
「モンスターの反応があります。数は1匹……変ですね?」
真夏の索敵スキルにモンスターの反応があったようだ。
昨日は群れで行動する奴しか見かけなかったので、単独で行動するモンスターには違和感を感じる。
もしかしたら、気付かない内に階層を跨いでしまったのかも知れない。
「迂回しますか?」
「いや、1匹なら回避するよりやっちまった方が早いかもな。まだ遭遇して無いモンスターだとしたら鑑定もしておきたいし、取り敢えず近づいて確認するぞ」
精霊王の心証を考えて戦闘は控えていたが、相手が1匹となるとそれも面倒に思えてきた。
ここまでもモンスターを倒してしまっているし、今更少し増えたところでそう結果は変わらないだろう。
「分かりました」
俺達はモンスターに気付かれ無いように、音を立てずに反応がある位置まで近づいた。
だが、とっくに目視できる距離に近づいているのに、モンスターの姿を確認できない。
周りの草木が邪魔して視界が悪すぎる。
「拙いな……姿が見えない。全員、奇襲に警戒しろよ」
そう伝えた直後だった。
ガサッと茂みが動き、何かが結に飛びついた。
「結ちゃん!」
真夏の叫び声が響く。
俺は腰からナイフを引き抜き、急いで結の元へ駆けつける。
「結、無事か!」
「くすぐったいです。やめるですよ」
「ワンワン!」
俺の心配とは裏腹に、そこに見えたのは何とも微笑ましい光景だった。
結は、完全に子犬にしか見えない生物に顔をなめられていた。
こんな所に子犬がいるはずが無いので、多分モンスターなのだろうが、どうやら結に攻撃した訳じゃ無さそうだ。
「もしかして、本当にただの犬なのか……何でこんな所にいるんだ?」
見れば見るほど、そうとしか思えなくなってくる。
「変、ですよね……でも襲ってはきませんし……モンスターじゃなさそうです」
真夏も訝しがっていたが、見ている内に子犬の可愛さに耐えられなくなったのか、終にはその頭を撫で始めた。
一応エレンにも確認してみるが、見た事のない生き物だと言う。
「結、念のために鑑定をかけてくれ。犬じゃないかもしれん」
俺は結から子犬を引き剥がし、鑑定させてみる事にした。
「分かったです。やってみるですよ」
モンスターには見えないが、念の為だ。
もしかしたら、見た目で取り入ってから攻撃してくるタイプの可能性もある。
この新大陸では、見た目に騙されたら命を落とす事に直結してしまう。
「あれ?変です……何も解らないですよ」
「失敗したのか!」
モンスターが強すぎる場合、鑑定に失敗する時がある。
俺は思わず子犬をぶん投げそうになったが、次の結衣の言葉が俺にその行動を踏み止まらせた。
「失敗はしてないです!ウインドウはちゃんと出てるですよ。でも、何も書かれてないんです……」
「何だよ、それは?」
意味が分からない。
動物には鑑定が効かないという可能性はあるが、だったら何で人には効果があるのかって話になる。
実際、鑑定は発動しているようだし、状況から考えると、表示する為のデータが無いって感じだ。
一応、もう一度結に鑑定を掛けさせてみたが、結果は変わらなかった。
そうなると、一番困るのはこいつをどう扱うかだった。
念の為に処理するにしても、もし死体が残ってしまったらと思うと……想像したく無い。
「この子、どうしましょう?」
「可愛いから連れてくですよ!」
結は、俺から子犬を奪い取り、しっかりと両腕で抱えながら俺の傍から逃げていく。
完全に連れていく気になってやがる。
「無理言うなよ。そいつを連れて戦闘が出来んのか?ここに置いてくしかねーんだよ」
モンスターでは無さそうだが、本当に唯の犬なのかも判明してない。
連れていくのは遠慮したいところだ。
「ですね。ここに置いていくのも可哀想ですけど……戦闘もありますからね」
これには、真夏も俺の意見に賛成のようで、子犬を放してやるように結を説得し始めた。
「ううー、分かったです……」
真夏に何度も説得された結果、結は何とか子犬を置いていく事に納得したようだった。
しばらく子犬を撫で回した後、地面にそっと放す。
だが、先に進もうとした俺達の後を追い掛けるように、子犬がついて来てしまう。
「ついて来るですよ。可愛過ぎです!」
結がしつこく子犬を指差して真夏にアピールしていたが、俺達はそれを無視して先を急ぐ事にした。
戦闘が始まれば、その内に何処かに逃げていくだろう。
しかし、俺の考えとは裏腹に、その子犬はいつまで経っても俺達の後ろをついて来てる。
戦闘が始まると一時的にいなくなるが、移動を再開すると、いつの間にか現れて俺達の後を追いかけて来てしまうのだ。
今や、子犬は完全に結に懐いてしまい、その足元を駆け回っているような状態だった。
「私が連れてきたんじゃないです。勝手について来るですよ」
結は言い訳がましくそう言ってるが、その目がずっと子犬を追っている。
どうしても連れて行きたいと言う思いが、態度に出過ぎだ。
「ああ、分かってる……何も言ってねーだろうが」
俺はもう諦めていた。
戦闘の邪魔になる訳でも無いし、ただ付いて来る分には別に構わないだろう。
たとえ戦闘に巻き込まれて死ぬことになっても、俺の責任じゃ無いしな……
今の所はそう思っているが、きっとその時が来たら子犬を俺は助けてしまうだろう。
俺は犬が嫌いじゃ無いからな。
そうして、俺達4人と1匹は黙々と森を進んでいると、少しずつ辺りの風景が変わり始めた。
あれだけ視界を覆い尽くしていた草木が姿を消し、大きな石が転がる岩場に変わっていく。
「雰囲気が変わったな。違う階層に入ったのかも知れない、気を引き締めろよ」
階層が変わると、モンスターが一気に強くなる可能性がある。
子犬の件で緩みまくっていた真夏と結の表情が引き締まり、緊張感が高まっていく。
エレンもここまで来るのは初めてのようで、この先は情報が無いらしい。
それもあり、ここからは慎重に進む必要がありそうだ。
岩場はかなり歩きにくく、俺達でも進むのに苦労するぐらいだったが、子犬はまだついて来ているようだった。
小さな手足で、器用に岩と岩の間を飛び移っているのが見える。
こうも必死に付いて来る姿を見ると、結の肩を持つ訳ではないが、俺にも段々可愛く思えてきた。
さらに進むと岩の大きさがだんだん小さくなり、岩場というよりは砂地に近い感じになってきた。
その時、索敵に反応がひとつ現れる。
「モンスターがいるぞ!数は1、警戒しろ。また犬だとも思えないからな……」
「また、シロみたいな子犬がいるですか!」
「ワン!」
シロ言うのは子犬の名前らしい。
いつの間にか、結が名づけてしまったようだ。
「違うって言ってんだろ。いいから警戒しろ!」
全く、こいつは気を抜きすぎだっつーの。
俺がナイフを抜き索敵に反応がある場所に近づいていくと、モンスターの気配に気付いたのか、シロがこの場から離れていくのが見えた。
下手したら、結より賢いんじゃないか?
モンスターの姿が見えると俺はその姿に息を呑んでしまった。
炎を身に纏った人型のモンスターで、まだ結構な距離があるのに、纏っている炎の熱気がここまで伝わってくる。
一目見ただけで、今までのモンスターと格が違うというのが分かった。
「結、鑑定をかけろ」
「了解です。……駄目です。何もわからないです!」
さっきの子犬と違い、今回はモンスターの強さが原因で鑑定に失敗したらしい。
かなり高レベルのモンスターのようだ。
何か情報が欲しかったので、エレンに視線を向けるが……
「俺も、初めて見るモンスターです」
首を振ってそう返してきただけだった。
そうなると迂回して接触を避けたい所だが、この周辺は見晴らしが良く、見つからずに通り抜けるにはかなり移動しなければならなそうだ。
敵にはまだ動く気配がない。
俺は後ろを振り返り、念の為に退路を確認した。
炎の熱さを考えれば、近づく事すらやばそうなモンスターだ。
移動は面倒でも、迂回するしか無いだろう。
そう思って移動の指示を出そうとした時、突然知らない声が聞こえてきた。
「ここで何をしている?人間風情が立ち寄っていい場所ではないぞ」
話し掛けてきた奴を探すために周囲を見回すが、周りには俺達とモンスターしかいない。
確かに知らない声だった……というか頭の中に直接響いた感じがする。
まさかと思いモンスターを見ると、視線が交わった気がした。
「まさか……お前、話せるのか?」
驚きのあまり、ついモンスター相手に話し掛けてしまった。
すると、そいつはこちらの言葉を理解したのか、一度頷てから更に言葉を返してきた。
「意志を伝えることはできる」
その反応を見るに、このモンスターが声の主なのは間違い無い。
しかも、急に襲いかかってこない所を見ると、ちゃんと理性も持っているようだ。
「マジかよ……」
どうやら、俺はモンスターと初めて会話した人間になりそうだった。




