精霊の王1
『ダンジョン[精霊の森]に侵入しました』
無機質な声がダンジョンに侵入した事を告げる。
ここまでの道のりは、たいして距離があった訳でも無く、そう苦労せずに辿り着く事が出来た。
そんな中で今のアナウンスが流れたので、少し気が抜けていた俺達はかなり驚いてしまった。
ダンジョンに入ったのにも関わらず、周りの景色には大きな変化は見られなかった。
強いて挙げるとすれば、周りの樹木が大きくなり、その密度が濃くなっていることくらいだ。
アナウンスが無ければ、ダンジョンに入ったのだと気づけなかっただろう。
ここから先は、気を引き締めなければならない。
「武器を木に引っ掛けないように気をつけろよー」
こんな注意をすると、何だか自分が引率の先生にでもなったかのように思えてくる。
まあ、引き連れているメンバーを考えれば、そう思ってしまうのも仕方ない所があるが……
「これは確かに邪魔ですね。足場も悪いし……」
ハンマーを振り回す真夏とっては、お世辞にも好条件とは言えない。
それに、真夏はだいぶ足元を気にしていて、全然進行方向を見ていなかった。
多分、そのうち障害物にぶつかる事になるだろう。
「へぶ!」
変な声がしたのでそちらの方向に目をやると、今真夏が言ったばかりだと言うのに、結が木の根っこに足を引っ掛けて盛大に転んでいた。
大した怪我をした訳でも無いのに、すぐに自分にヒールを掛けて治療を始める。
いきなり魔力を無駄使いしてんじゃねーよ……
「はぁー……」
思わずため息が出てしまい、頭を抱えてしまった。
まだ、精霊の森に入ったばかりだと言うのに、早速こんな有様だ。
本当に、このメンツで先に進んでしまってもいいのだろうか?
「俺が先行して案内をします。ついて来て下さい」
今の所役に立ってくれているのは、エルフ兄妹の兄、エレンだけだった。
ここまでの道中もそうだったが、そのエレンが引き続き森の中を案内をしてくれるらしい。
エレンも精霊の森の奥までは立ち入った事が無いそうだが、精霊王のいる位置はだいたい把握していると言う。
なぜ分かるのか、それはエレン自身もよく理解して無いようだが、気配みたいなものを感じるらしい。
俺の索敵スキルでは、そんなに遠距離のモンスターを感知する事ができないので、おおまかな位置でも分かるのはこの広い森の中では非常に助かる。
エレンの後に続いてしばらく進むと、索敵にモンスターの反応が現れる。
視認できる位置まで移動してその姿を確認する。
そこには、人型をした手のひらサイズの小型モンスターが5匹、背中の羽をはためかせながらフワフワと空中に漂っていた。
「結、鑑定を頼む」
折角、結が覚えたスキルだ。
有効活用してやった方が喜ぶだろう。
「了解です!むむっ…………名前はピクシー、能力はそんなに高くないですよ」
いや……それじゃ名前しか分からないんだが?
嬉しそうにそう報告してきたが、実に結らしい、何の役にも立たない情報だった。
「ええ、ですが空中から魔法を使ってくる厄介な妖精です。そこには十分に気を付けて下さい」
どうやらエレンも知っているモンスターのようだ。
こちらは魔法を使うという、まだ有用性がある情報が含まれている。
恐らく、前に来た時に実際に戦ったんだろう。
「倒してしまっても問題は無いのか?どう見ても、俺にはあのモンスターが精霊王の仲間に見えるんだが……」
妖精っていうと精霊の親戚みたいなもんだろ?
クエストの失敗条件に精霊王との決別とあったので、敵対行動と捉えられそうな行動は避けたい。
「正直、それは俺にも分かりませんが、襲ってくるなら仕方ありません」
エレンも精霊王には会った事が無いので、どんな反応があるか分かるはずも無い。
だだエレンを精霊王の元に連れて行くだけで済むと思っていたが、随分と厄介な状況だな。
全部のモンスターを回避できるとも思えないし……
「一応、出来るだけモンスターとの戦闘は避けていくぞ」
結局、俺にはそんな指示をする事しか出来なかった。
「はい、了解です。見た目が可愛くて、攻撃しずらいですもんね」
「かわいいです!」
そう言う問題じゃねーよ……
まあ、いつも真っ先に突っ込んで行く結が戦闘を避けるってんなら、それはそれでいいんだけどな。
俺達は、ピクシーが気付かないように迂回して進むことにした。
出来るだけ戦闘を避けるようにこそこそと森の中を進んだが、流石に全てのモンスターを回避するのは無理があった。
モンスターに見つかってしまい、戦闘に突入してしまう。
「何だこいつ?攻撃がすり抜けるぞ!」
「私のハンマーも当たりません!」
俺のナイフがモンスターの体をすり抜け、真夏のハンマーもただ地面を叩くだけだった。
結もショートソードで何度も斬りつけているが、全く効果がない。
そのモンスターは人影のような姿をしていて、いくら攻撃を仕掛けても全く手応えが無い。
「闇の精霊、シャドーです。実体を持たない、魔力の塊みたいな奴です!」
何言ってんだ?
意味わかんねーよ……
「うお!」
シャドーが俺に拳を振るってきた。
思わずナイフで拳を受け止めると、そこには確かな感触がある。
「向こうの攻撃は当たんのかよ!」
流石に卑怯すぎんだろ!
逃げ出したい所だが、コイツら、実体が無いせいか足が早すぎて逃げきれそうもない。
何とか倒す手段を見つけたいが……
「攻撃するときだけ、影が濃くなってるです!」
結の言葉を確認する為に、わざと隙を作って攻撃を誘発させると、確かに攻撃の瞬間だけ影の色が濃くなっているように見える。
多分向こうとしても、俺達に攻撃を当てる為には実体化しなければならないのだろう。
つまり、その瞬間を狙えってことか……難易度高くね?
「皆さん、一度下がって下さい!俺が何とかします!」
どうやら、エレンに何か策があるようだ。
その言葉に従って全員がモンスターから一斉に距離をとる。
引き際の追撃が怖かったが、幸いにもシャドーがすぐに追ってくる事は無かった。
今の内に作戦を聞こうと思いエレンに近づこうとすると、急に俺が持っているナイフが輝き出す。
真夏と結も、自分の武器が輝き出したこと事に驚いている様子だった。
「マインドエッジのスキルです!実体を持たないモンスターにも攻撃が通るようになります!」
どうやら、エレンの仕業だったらしい。
NPCのエレンでもスキルは使えるようだ。
その事実にはかなり驚かされたが、今はまだ戦闘中。
まずは、目の前の敵を倒さなければならない。
「了解!試してみる!」
早速その効果を確かめるために、俺はシャドーに向かって一直線に近づき、ナイフを突き刺す。
すると、影が薄い状態では感じられなかった感触があり、シャドウは声も出さずにそのまま消え去った。
「よし、いける!一気にたたみ掛けるぞ!」
「「「了解!」」」
その後は呆気ないものだった。
攻撃さえ通れば、耐久力はそんなに高く無いモンスターだったからだ。
全滅させるまでに、たいして時間は掛からなかった。
「攻撃が当たれば、どうって事なかったですね」
「楽勝です!」
真夏と結は深く考えもしないでそう言ってるが、エレンのスキルが無かったら、逃げる事も出来ずに全滅させられる可能性もあった。
かなり拙い状況だったと言える。
マインドエッジか……出来るなら、ぜひ取っておきたいスキルだ。
その後も、何度か戦闘になったものの、そう苦戦するという事は無かった。
それは、エレンのスキルのお陰で、実体の無いモンスターが相手に手こずらずに済んだのが大きな要因だった。
それに加え、エレン自身もかなりの剣の使い手で、充分に戦力になってくれている。
それがある意味6号のおかげかと思うと、素直に喜べはしなかったが……
順調に精霊の森の探索が進んでいたが、日が暮れ始め、周囲が暗くなってきたので、野営をする事にした。
暗視スキルがあるので夜でも移動する事はできるが、既に結構な数の戦闘をこなして疲れが溜まってきているので、そこまで無理をする事もないだろう。
結は野営するのが初めてだったらしく、やたらとテンションを上げてはしゃぎ始めた。
「外でお泊まりですよ!楽しみです!」
「良かったですね、唯ちゃん」
そんなはしゃいでいる結を見て真夏が一緒になって喜んでいるが、俺にはその心境が全く理解できなかった。
もしかしたら、野営とキャンプを同じ物だと考えているのかも知れない。
残念だが、ただ携帯食を食って硬い地面の上で寝るだけだぞ。
「なあ、精霊王の所までは後どれぐらい掛かりそうだ?」
「そんなに遠くはありません。この速さなら、明日には着くでしょう」
エレンの返事は、物凄く有難いものだった。
明日も野宿するのは、絶対に嫌だ。
それを聞いて安心した後に、俺達は持ち込んだ携帯食で食事を済ませる事にした。
決して不味くはないし、取り敢えず腹を膨らませることは出来るが、全く満足出来ない。
俺は、それを噛み締める毎に、自分の精神が少しずつ削られていく感覚を味わう事になった。
「……こういう時は、カレーを皆んなで作って食べるんじゃないんですか?」
俺と同じように味気ない携帯食を食べている結の表情が、徐々に暗いものに変わっていく。
「キャンプじゃねーんだよ……」
やはり結はキャンプと勘違いしていたようだ。
その後、結がキャンプファイヤーをご所望したが、当然それは却下される。
こんなモンスターだらけの場所で、そんな事ができる筈も無い。
更に後は寝るだけだと知らされると、その目からは完全に光が失われ、膝から崩れ落ちてしまった。
真夏がそんな姿を見て慰めようとしたが、結が立ち直る事は無く、静かに自分の寝床に行ってそのままふて寝してしまった。
「……酒でも飲むか」
結が眠って落ち着いた所で、俺は酒を呑もうと思い、アイテムボックスから取り出す。
それに口を付けようとすると、真夏が俺の手を掴んで阻止してきた。
「先輩駄目ですよ!仮にもダンジョンの中ですし、折角、エレンさんが見張りをしてくれてるんですから……早く寝ましょう」
エレンは寝なくても大丈夫だからと、自ら見張り役を引き受けてくれた。
それもあって、真夏の言い分が正しい事は分かっちゃいるが、まだそんなに遅い時間では無いので全然眠くならない。
「一口だけだよ。寝酒ってやつだ」
そう言って、俺は一口だけ酒を口に含む。
そんな俺を見て、真夏が呆れた表情をした。
真夏に怒られなかったので調子に乗って更に酒を呑もうとすると、今度は何も言わずに俺を睨みつけてきた。
無言の圧力が掛かる……
「分かったよ……もう寝るって」
「そうして下さい!」
真夏はそう言って布を敷いただけの地面に、毛布にくるまって寝てしまった。
特に寒くも無いのでそれで充分だろうが、明日の朝にはどこか痛めている事だろう。
いまだに全く眠気を感じていなかったが、仕方なく俺も同じ様に横になって寝る事にした。
地面が硬くて、なかなか寝付けなかった。




