探索者?3
途中で妙なトラブルは有ったが、日が暮れる前にはなんとか街にたどり着くことができた。
この街は正確には第1新太平洋大陸開発特区という名前があるのだが、長ったらしいのでただ『街』とか『第1特区』と呼ばれることが多い。
一応第3特区まであるが、他の街には行った事はない。
第1特区は、そのほとんどが探索者とその落とす金が目的の商売人で構成された、人口約5千人程の街だ。
ファーストキャンプに近い為、観光客も結構いたりする。
「取り敢えず、集会所に行って魔石を換金しますか」
「そうだな」
辺りは暗くなり始め、街にはポツポツと灯りが見え始める。
夕食の準備を始めているのか、時折良い匂いが鼻に届く。
「あー、腹へった。さっさと終わらせようぜ」
「ですね、私もお腹空きましたよ」
俺たちは集会所へ急ぐ為、歩みを早めた。
街の中心部に近づくにつれ、人が増えていくのが分る。
狭い街なので顔見知りが多く、何度か声をかけられるが今は軽い挨拶だけに留めている。
「先輩、今日はすいませんでした……変なことに巻き込んでしまって」
「ああ、まったくだ」
巻き込まれたのは間違い無いので、相槌を打っておく。
「あんな奴らぐらい、お前だけでも片付けられんだろ。どうしてほっといた?」
ああいう輩は、いっぺん徹底的に上下関係を叩き込んでやるに限る。
でないと、調子に乗って何度でも絡んできやがるからな。
「あれでも、この街に新しく来てくれた人達ですからね……」
新大陸が民間に解放された当初は移住者がそれなりに多かったが、今では新大陸の危険度が認知され、その勢いは無くなっていた。
探索者という仕事はモンスターと戦う必要があり、もちろんその際に死亡することもある。
人の流入が止まれば、当然その数は減る一方となる。
探索者が減れば、国に送る魔石の量が減る。
エネルギー資源が少なくなってしまう為、この事は結構問題視されていた。
あんな奴らでも、貴重な人材であるのは間違いなかった。
「せっかくの新しい住人を、雑にはあしらえませんよ」
「雑で悪かったな!」
真夏にも色々考えはあるんだろうが、本当の理由はそうではと感じられる。
真夏は単純にこの街が好きなんだと思う。
真夏に接していると、何故かそう感じられる。
だから街の将来の事を考え、あんな奴らでもこの街にいて欲しいと思っている節がある。
俺はあんな奴ら、居なくて良いと思うが……
「うわっ、混んでますね……」
ようやく集会所にたどり着いたが、その中を覗いてみるとかなり混み合っていた。
今は魔石の換金で混み合う時間帯なので、仕方ないが……
「……真夏さん?」
「なんですか?急にさん付けとか気持ち悪いんですけど……」
気持ち悪いとか、ちょっと酷くないですかね……
俺だってさん付けぐらいするわ!
まあ、主にお客さんだけだが……
「かなり時間が掛かりそうだし、取り敢えず店を抑えにいってても構わないか?」
「良い訳ないですよ!絶対先に食べてるつもりですよね!」
ばれてやがる。
「いやぁー、だって腹減ってんだよー。昼も抜いてるしな」
「私だってそうですよ!」
そんな、怒らなくても良くないか?
俺はただ、効率よく事を運ぼうとしただけなんだが……
「全く……換金だけなら、混んでてもそんなに時間かかりませんから」
やっぱりダメか。
結局、無理やりに手を引かれながら集会所のなかに連れていかれる。
「分かったから手を離せ。また厄介事はごめんだぞ」
「えっ、あ、ごめんなさい……」
真夏はそう言って、やっと手を離してくれた。
若干顔が赤くなっている気もするが、気のせいだろう。
集会所のなかに入ると、より一層人が多く見える。
「おっ、珍しいな。新庄がこんな時間に来るなんて」
「別にいいだろ……」
顔見知りが、声をかけてくる。
俺は、基本モンスター狩りをしない。
その為この時間に換金に来ることはほぼ無かったので、そいつの言うことはあながち的外れでは無かった。
そいつは、俺から視線をずらし真夏を見る。
「何だ、相変わらず尻に敷かれてんのか?」
「んな訳ねーだろ!」
「そうですよ!今日は、たまたま一緒に狩りに行っただけですから」
真夏が探索者を始めた当初、俺が色々と面倒を見てやった時期がある。
それを覚えている奴が、未だにこんな事を言ってくる時があった。
今は真夏と組むなんて事はほぼ無いので、いい加減やめて欲しかったりする。
「まあまあ、仲良くやれよお二人さん」
「うっせー!」
そいつは、もう換金が終わったのか片手を上げて去っていった。
真夏との間に、微妙な空気が流れる。
………………
「次の方どうぞー」
15分ぐらい待っただろうか、ようやく順番が回ってきた。
もう、腹減って死にそうだ。
「意外とかかりましたね」
真夏も待ちくたびれたようだ。
受付の前に行くと、顔馴染みの受付嬢が俺の顔を見てギョッとしていた。
「新庄ちゃんじゃないかー!場所を間違ってるんじゃないかなー?ここは買取カウンターだよー」
「知ってるよ。換金しに来たんだからな」
この受付嬢は、しおりさんという名前で苗字は知らない。
かなりミステリアスな人物で、おそらく集会所の職員ですら苗字を知らないんじゃないだろうか。
集会所が発足した時からいるベテランらしい。
綺麗なロングの黒髪で眼鏡を掛けており、知的な雰囲気が漂う美人なのだが、見た目に反した間伸びした喋り方が若干うざい。
かなり若くは見えるが、この人に年齢の話は禁句だ。
噂では、しつこくしおりさんに年齢を聞いた探索者が、次の日から姿を眩ませたそうだ。
「こんばんわ、しおりさん」
「こんばんわー、今日はー真夏ちゃんもー、一緒なのかなー?」
しおりさんは、俺と真夏を交互に見て何かニヤニヤしている。
「ええ、朝にたまたま一緒になりまして」
「なるほどー、真夏ちゃんが新庄ちゃんを連れ出してくれたんだねー」
「金がなくて、仕方なくだ」
しおりさんは、深くため息をつき俺を睨んできた。
「全く、新庄ちゃんは相変わらずだねー。変な仕事ばっかりしてないでモンスターを狩りなさいよー。無駄にレベルは高いんだからさー」
あんたは俺の母ちゃんかよ!
思わず突っ込みたくなったが、しおりさんが怖くて何も言えない……
この人は底が見えないと言うか、なんというか……
あり得ないとは思うが、仮に俺よりしおりさんのレベルが高くても納得できそうではある。
「それよりー真夏ちゃん、この間は大変だったんだってー?」
「ええ、まあ……」
「私が休みじゃなかったらー、とっちめてやったんだけどねー」
「大丈夫ですよ、もう解決しましたし……」
真夏は、とても言い辛そうに答えた。
まあ集会所の職員の前で、そいつらはさっき締めてきましたとは言えんよな。
「しおりさん。いいから、早く買い取ってくれよ。シャドウウルフの魔石と毛皮だ」
「えっー、毛皮ドロップしたのー!」
随分と驚いているが、それも無理はない。
それほどモンスターが、魔石以外を落とすのは珍しい事だった。
ドロップ品は、主に探索者用の装備品に加工される事になる。
理屈は分からないが、ドロップ品の素材で作られた装備はモンスター相手にとても有効だった。
武器を作ればモンスターの皮膚を簡単に貫き、防具を作れば通常なら耐えられない一撃もかなり軽減してくれる。
その有用性の為に、モンスターのドロップ品は高値で取引されていた。
「持ってるねー新庄ちゃーん。えーと、シャドウウルフの魔石が1つ2万で毛皮が50万だねー。半分ずつでいいかなー?」
「ええ、それで構いません。私はふり込みでお願いします」
「俺は、現金にしてくれ」
「はいよー、ちょっと待ってねー」
ようやく晩飯代が手に入りそうだ。
まじで、腹がへって死にそうだ。
「はいどうぞー、現金で31万。無駄遣いしちゃダメだよー」
いや、だから母ちゃんかよ!
俺は金を受け取り財布に入れると、さっさと立ち去る事にした。
しおりさんは、無駄に長話を始めることがあるからだ。
「新庄ちゃん、明日も待ってるからねー」
いや、もう狩りはしないって……まあ、また金に困ったらするかもしれないが……
どうして、どいつもこいつも俺を死地に送り込もうとするのか理解できん。
何故か妙に疲れさせられたが、この後に待っている焼き肉に思いを馳せ、集会所を後にした。