人形の村9
市原は、まず縛られた女を助ける選択をしたようだ。
口を塞いでいた布を取り、手足を縛りつけている縄を切って女を解放してやる。
まあ、見た目が人間の女そのものなので、無視してこの部屋を漁るのも気が引けるしな……
「大丈夫ですか?」
市原が安否確認をすると、その女は口を開き話し始めた。
「助けて頂きありがとうございます。申し訳ありませんが、私をカルミナ村まで連れて行ってもらえませんか?」
女から返ってきた言葉は特におかしいものではなかったが、やはり口の動きが一致していないので違和感がある。
その後も何があったのかと尋ねてみるも、女は同じセリフを繰り返すだけ。
あの村の住人と同じ存在なのは間違いない。
「それで、そいつをどうする?」
市原に判断を仰いぐ。
俺は、責任を持つつもりは無いので丸投げにした形になる。
「取り敢えず駐屯地に連れ帰って、久保さんに見てもらいましょう」
久保って言うと、確かカルミナ村で長々と説明してきたあいつか。
まあ、いきなりこの女の指示に従うよりは妥当な判断だと思える。
「だな。じゃあ、ここにある物を回収してさっさと戻るか」
俺の言葉を皮切りに、隊員達が物品の回収を始めた。
俺は何か目ぼしい物がないかとその様子を見ていたが、あるのはたいした事のないガラクタばかり。
どうやら、宝箱の中身も品質が下がってるようだった。
最もこんなに人の目がある中で、それをちょろまかす事なんか出来る訳もないのでどうでもいいのだが……
変化が起きたのは、市原がダンジョンコアを回収した時だった。
『初のネームドダンジョン攻略が確認されました。これによりポータル機能が解放されます』
「ポータル?」
俺は、聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「誰か分かる奴はいるか?」
声を掛けて、周りの奴らに確認する。
隊員達は互いに顔を見合わせ、それぞれの知識を交換し始めた。
そうして、俺の問いに答えてくれたのは柄本だった。
「……合ってるかは分かりませんが、ゲームなんかでよくある、街と街を繋ぐ瞬間移動できるやつですかね?」
ゲームに詳しいらしい柄本が、自信なさげにそう教えてくれた。
自信がないのは無いのは、瞬間移動という所だろう。
現実でそれが出来るとは思えない。
考えこんでいると、俺の横で柄本がステータスウインドウを開いた。
「ゲームなんかだと、マップを開いて移動先を選ぶなんてタイプもありますが、マップなんてありませんしね……ん?これは、ステータスウインドウを見てください!クエストのところです」
俺は言われた通り、自分のステータスウインドウを開きクエストを選択する。
すると、ワールドクエストの進行度が3/5に変化していた。
「どうやら、俺たち以外にもダンジョンを攻略した奴がいたみたいだな」
今回のワールドクエストが発生してからまだ5日目だ。
かなり早いペースに感じるが、今のダンジョンの難易度を考えると、そう驚く事じゃないのかも知れない。
まあ、ワールドクエストの攻略が進むのは、悪い事ではないはずだ。
「ここにいても何も分かりませんし、やはり一度戻りましょう」
「そうだな」
有りもしない知恵を絞っていても埒が明かないので、市原の指示に従う事にした。
念の為、もう一度周辺を確認してから撤退を始める。
帰り道は拘束されていた女と一緒だったが、まだモンスターがリポップしてなかった事もあり、特に問題は起きなかった。
駐屯地に戻った俺たちは、すぐに騒ぎが起きている事に気付いた。
複数の隊員達が、武装をして慌ただしく動いている。
「どうした、何かあったのか?」
市原が近くにいた奴を捕まえ、何があったのかを尋ねる。
「はい!現在、駐屯地内に突然扉のようなものが現れ、警戒体勢中であります!」
敬礼と共に帰ってきた言葉に、俺と市原は思わず顔を見合わせた。
「もしかして、それがポータルってやつか?」
「分かりませんが、まずはそこに行って見ましょう。済まないが、その扉まで案内してくれるか」
「了解です!」
俺たちは、そいつの案内に従いその扉を目指した。
しばらく駐屯地内を歩くと扉が見えてきた。
遠目でもかなりでかいのが分かる。
扉に近づくと、よりその大きさがより際立つようだった。
高さは3mぐらいあり、銀色の金属で出来た両開きの扉に見える。
何かに支えられている訳でもなく、奥行きがそうある訳でもないので、風が吹けば今にも倒れそうだった。
下を覗いても、外枠が地面に埋まってるという感じでも無いので、どうやって自立しているのかが分からない。
扉の前には風間さんと久保、ついでに冴羽がいた。
まずは、コイツらに事情を聞いた方が良さそうだ。
「風間さん、いったい何があったんだ?」
「おっ、新庄か。やっと戻ってきたか。ダンジョンは無事攻略出来たようだな」
風間さんは、俺達がダンジョン攻略に成功した事を既に知っていたようだった。
帰ってきたばかりなので、誰もそのことを知らないはずだが……
「なんで、知ってんだよ?」
「ダンジョンを攻略した時にアナウンスが流れただろ?こちらでもそれが聞こえてたんだ。お前らの事だろうと思って喜んでたんだが、それと同時にこの扉が現れてな……今は念の為に警戒している所だ」
「ここでも、あれが聞こえてたのか?」
「ああ、まだ確認中だが、恐らくワールドクエストの時と同じで大陸中に流れたと思われる」
だとすれば、あのダンジョンは特別な物だったってことか?
確か、ネームドダンジョンとか言ってたが……
ステータスウインドウを信じるならば、他にも後ふたつのダンジョンが攻略されたはずだが、俺たちはそのアナウンスを聞いていない。
その事も気になる所だったが、今は目の前の問題に集中しよう。
「これがポータルってやつなのか?」
「恐らく、そうだと思われます」
俺の問いに答えたのは、風間さんでは無く、やたらと興奮している様子の久保だった。
「現在調査中ですが、もしもこれが私の想像通り、一種の転移装置だとしたら……世紀の大発見です!世界の有り様を根本から変えてしまい兼ねない、それくらい素晴らしいものなのです!クックック……」
最後の含み笑いは何だ……研究のしすぎでイカれたか?
全身を震わせ、血走った目で何処か虚空を見詰めている。
ポータルの事をもっと聞きたい所だが、先にこいつに薬物検査をした方がよさそうだ。
「その通りです。出来ればこの調査は我が社に一任して頂きたいものです」
冴羽は一見すると冷静そうに見えたが、その視線がまったく扉から離れない。
内心では、興味津々といった感じだろうか。
「あー、気持ちは分かるがまだこれには触らないでくれよ。現在、これをどう扱うか本国にお伺いを立ててるところだからな」
風間さんはそう言って宥めるが、ふたりは扉を熱心に観察していてまったく聞いていない。
こいつら、今は使い物になりそうも無いな……
だが、そうも言ってられない問題を俺達は抱えている。
聞いてくれるかは分からないが、話を切り出すことにした。
「ちょっといいか?こいつを見てもらいたいんだ。村で攫われたっていう例の娘だ」
久保と冴羽が一斉に振り向き、俺に詰め寄ってくる。
「本当にいたのですか!」
「それは、興味深い話ですね!」
ヤバい……こいつら完全に目がイッてやがる……
その妙な迫力は、俺に恐怖を抱かせるのに十分なものだった。
「お前らは、その扉にご執心だったんじゃねーのか?」
「「それはそれです!」」
ふたりの声が合わさる。
「うるせー!変なとこで合わせくんじゃねー!」
幸いにも俺の鼓膜は無事だったが、こいつらにはもう二度と近づいてほしく無い。
そう思って俺が二人から距離を取ると、久保が自分の見解を喋り出す。
「あの村とダンジョンに、どのような繋がりがあるのか興味がありまね」
さっきまでのふざけた感じが無くなり、久保が急に真面目ぶる。
冴羽も同意見だったのか、久保の言葉に頷いてみせた。
こいつら……優秀なのかもしれんが、どっか人として終わっているよな。
まあ、なんだかんだ見てくれるってんなら、それでも構わないが……
「それで、その方はどちらに?」
「こいつだ。ダンジョンの奥で拘束されてた」
あまり長くこのふたりと絡みたくなかったので、さっさと娘を引き渡す事にした。
早速、ふたりで娘を囲んで何やら調べ始める。
その動きに反応したのか、女は何度も同じセリフを繰り返した。
「どうだ?」
「反応を見た感じでは、カルミナ村の住人と同じ存在みたいですね」
久保は俺達と同じ結論に至ったようだ。
まあ、この反応を見れば誰でもそう思うだろうが……
「私もそのように思います。身体的な調査はこれ以上できる事はありませんので、後は村に連れていくしかないのでは?」
俺は風間さんを見て判断を仰ぐ。
村に連れて行っていいかの確認だ。
「そうしてくれ。危険はなさそうだが、ここに置いておく訳にもいかんからな」
風間さんの許可を得て、俺たちはすぐにカルミナ村に向かった。
行くのは俺、真夏、冴羽、久保、市原の5人だ。
他の奴らは、ダンジョンから帰還したばかりとあって休息を言い渡されていた。
羨ましい……俺もそっちの方がいいんだが?
俺や真夏を連れて行っても意味がない気がするが、なぜか同行させられる羽目になった。
本当に、ここの奴らは俺に何を期待してるんだよ……




