追憶
何故か今、俺が宛てがわれた部屋には真夏がいた。
一緒に食堂で夕食を済ませた後、話があるとついて来てそのままここに居座っている。
だが、真夏は無駄話をするばかりで一向に本題に入ろうとはしない。
なので仕方なく俺の方から先に、確認しておきたい話を切り出すことにした。
「なあ、明日も付いてくるつもりか?」
「勿論です。何を言われても、絶対について行きますからね!」
どうあっても、その意思を曲げるつもりはなさそうだ。
何とか諦めさせようと考えるが、無理に断っても別の方向から手を打ってきそうな感じがする。
例えば、冴羽とか……
「……ああ、分かったよ。でも、くれぐれも無理はすんなよ」
どうせそんな事になるなら、いっそ自分の目が届く範囲に置いておいた方がマシかと思い直し同行を認めることにした。
「はい、分かってます」
俺が許可を出したことを喜び、真夏の笑顔がはじける。
何故そこまでダンジョンに入りたがるのか、俺には理解できない。
「それで、話ってなんだよ?」
俺の話が終わっても、真夏はまだ自分の要件を話さない。
もう眠くなってきた俺は、早く話を切り上げる為にさっさと本題に入って欲しかった。
「……ここにいると、先輩が辛そうに見えて……心配なんです……」
真夏は少し俯き言葉を詰まらせながらも、ようやく本題を切り出してきた。
そんな事かよ……俺は正直そう思った。
ここにいるとどうしても昔の事を思い出してしまい、決していい気分じゃないのは確かだ。
だが、それだけだ……たいした事じゃない。
周りに気づかれるほど顔には出してないつもりだったが、真夏には気づかれていたようだった。
「それは悪かったな。昔を思い出して、少しイラついてただけだ」
真夏にそんな思いをさせてたのかと反省して、俺は素直に謝った。
「それですよ。昔って……いったい何があったんですか?」
その質問には答える気が無かった。
誰にもその話をすつもりは無いし、真夏には特に聞かれたくはなかった……
「たいした事じゃねーよ。気にすんな」
「誤魔化さないで下さい!」
興奮して声を荒げた真夏は、目を潤ませていて、今にも泣き出しそうに見えた。
真夏がそこまで怒るとは思わなかったので、面食らってしまう。
それだけ心配させてたって事か……
「……聞かせてください。知りたいんです、先輩の過去に何があったのか……」
あまりに真剣な問いかけにどうやって誤魔化そうかと考えたが、その表情を見るとこの件を有耶無耶にするのは無理そうだと思えた。
「気分がいいもんじゃねーぞ。それでも聞くのか?」
真夏はまっすぐ俺の目を見て、静かに頷いた。
「はあ……」
ため息が出てしまう
どうしても引く気は無いらしい。
泣き落としとは卑怯だろと思っていたが、俺は諦めて話す事にした。
「俺が昔、自衛隊にいてダンジョンを攻略したのは聞いただろ?」
「はい、かなり大変だったとか……」
実際は、大変なんていう次元では無かった。
多くの死亡者を出し、ぎりぎりの瀬戸際で何とか成し遂げる事が出来たものだったからだ。
当時、自衛官だった俺は、命令を受けるままに訓練でモンスターを討伐する日々をを過ごしていた。
その時は特に戦闘が怖い物だと感じてなかったので、順調に訓練をこなしてレベルを上げていった。
すると、まだ10代の終わり頃と若過ぎた俺は、だんだんレベルを上げる事自体に傾倒していくようになる。
単に自分が強化されるのが面白かったというのもあるが、他の隊員との差が開いていく事実が俺を気分よくさせていた。
非番の日すらも、自ら志願してモンスターを狩りに出かける有様だった。
「今の先輩とは、だいぶ違いますね?」
「まあ、そうだな。今考えると、何でそこまでしていたのか……」
気づけば、俺のレベルは周りとはかけ離れたものになっていた。
その頃に自衛隊でダンジョンを攻略するという話が持ち上がり、選抜で部隊を組む事になる。
俺はそのレベルの高さから部隊に組み込まれることになり、俺自身それは当然の事だと思っていた。
俺ならダンジョンを攻略できると、なんの根拠もない自信を持っていた。
部隊が集められると、その中でも俺のレベルは群を抜いていることが分かった。
俺は部隊のエースとして、ダンジョン攻略に取り掛かることになる。
初めの内は順調で、力押しで攻略を進める事ができた。
俺がひとりで突っ込んでモンスターを倒し、部隊の奴らがその後に続く。
そんな感じで攻略は進んでいく。
この頃の俺は完全に天狗になっていた。
俺の力がなきゃダンジョン攻略なんかできないだろって感じで、周り奴らにかなり傲慢な態度で振る舞っていたと思う。
今思えば、部隊の奴らは支援や補給で手を貸してくれていたのに、調子に乗っていた俺には、そんな事すら目に入らなかった。
「天狗になった先輩……それはそれで見てみたいですね」
真夏が茶々を入れてくる。
「うるせーな。そんなんなら、もう話を止めるぞ」
「ダメです。ちゃんと続きを話して下さい」
もう夜も更けてきたので次の機会に回して貰いたかったが、真夏は逃してくれそうに無い。
仕方なく話を続ける。
ひとりでダンジョンを攻略してやる━━それぐらいの意気込みだった俺は、周りの奴の事なんか気にも留めていなかった。
だが、攻略が進んで階層が変わると、出現するモンスターが強くなり、俺はすぐに行き詰まる事になる。
一人でダンジョン攻略するのは無理だと理解し始めた頃、俺は少しずつだが周りの人間と関わるようになっていった。
いざ話してみると気のいい奴ばかりで、馴染むのにそう時間は掛からなかった。
俺に対して、不快な気持ちを持っているのではないかと聞いてみたが、寧ろひとりで突っ込んでいく俺を見て心配してくれていたようだった。
ある日、俺に「怖くないのか?」と聞いてきた奴がいた。
俺は恐怖心など持った事が無かったので、正直に無いと答えた。
すると、そいつはお前はおかしいと指摘してくる。
考えてみれば、既にダンジョン攻略で死人も出ている状況なのにも関わらず、俺は全く恐怖を感じて無かった。
それで、俺は自分がおかしくなっていた事に気がついた。
恐怖を感じてなかったのは、戦闘をこなして強くなっていく自分に酔っていたからだった。
それに気づいた俺は、無茶な戦闘は控えるようになっていく。
あの時、それを指摘してくれた奴には感謝している。
あの言葉が無ければ、俺はとっくに死んでいただろう。
「良い人ばかりだったんですね……」
「人柄はな……どっかおかしい奴しかいなかったけどな」
俺が部隊に馴染み始めると、ダンジョン攻略は加速するように進んでいった。
何も言わなくても、互いが思い描くように動けるようになっていく。
部隊がひとつのチームになっていく感覚を感じていた。
そして、俺たちはダンジョン最深部の扉の前にたどり着いてしまった。
そこからは地獄だった。
その当時は、その扉の先が最深部だとは知らずに不用意に侵入してしまったからだ。
部屋の中のいたボスに、部隊の仲間達が次々と殺されていく。
圧倒的な強さだった。
中には主力の俺を守ろうと、自分の体を盾にして死んでいったやつもいた。
ボスには俺の攻撃しか通らなかったので、出来るだけ生存率を上げる為にはそうするしか無かったんだと思う。
何とかボスを倒せた時には、生き残っていたのは俺ともうひとりだけになっていた。
そして、あの声が聞こえてくる。
『初のダンジョンボスの撃破を確認しました。
特典として、貢献度が最も高かった人物にユニークスキルが贈呈されます。
特典として、ラストアタックに使用された武器が強化されます』
その時に手に入れたスキルが『鬼神』であり、強化されたのが俺の持つ黒のナイフだ。
後でスキルの性能を確認した俺は、これがもっと早く手に入っていれば被害をもっと減らす事ができたはずだと、苦い思いをさせられる事になる。
ボスは何とか倒したが、俺の体は立っているのがやっとの状態で、もうひとりの生き残りも虫の息って感じだった。
回復のスキルを持っていたそいつは、最後の力を振り絞って俺に回復魔法を施すとそのまま息を引き取った。
そいつのお陰でなんとか動けるようになった俺は、ダンジョンコアと宝箱の中身を回収し、帰還する事にした。
帰り道は、生きた心地がしなかった。
部隊のみんなの力を合わせて、やっと辿り着けるほどの道のりだ……たったひとりで、戻れるとは到底思えなかった。
今思えば、俺はこの時に初めて恐怖を感じたんだと思う。
俺は気配を消し、極力戦闘を避けて帰り道を辿った。
帰り道では殆どモンスターに遭遇することなく、俺はなんとか後続部隊がいる所まで引き返す事ができた。
行きの道中で出来るだけモンスターを殲滅していたので、まだリポップして無かったからだ。
死んだ部隊の皆んなが助けてくれたのだと感じた。
その後、ダンジョンを出るまでの記憶はほとんど無い。
ただ、後続部隊の後に続いて出口を向かって足を動かしただけだ。
ダンジョンから出た後、俺には暫く休暇が与えられる事になった。
怪我を治す必要もあったので当然だったが、特に何かをする訳でもなく、何かしようとも思わなかった。
ただ、呆然と抜け殻のように過していたと思う。
休暇が明けると、叙勲伝達式に出席させられた。
下らない式だったので、特に感想はない。
その式が終わると、待っていたのは俺を褒め称える人々の称賛の言葉と、どこか憐れむような視線だった。
仲間を失いながらも、世界で初めてダンジョン攻略を成した自衛隊の英雄……何度そう言われたか分からない。
それは、俺が元々所属していた部隊に戻っても変わることはなかった。
勲章を得て階級も上がり、周りには自衛官として順風満帆と思われていたが、いつからか、俺は周囲の人間の視線に恐怖を感じる始めるようになる。
初めは違和感を感じる程度だった。
それが次第に強まっていき、ひどい時は恐怖のあまり身動きが取れなくなるほどだった。
俺に何かを期待するような視線が、ダンジョンでの体験を思い出させる。
ひとりだけこんな扱いを受けるのは、死んでいった仲間達に悪いという思いもあったかも知れない。
俺は次第にそんな環境に耐えられなくなり、信頼できる上司だった風間一佐に相談して自衛隊を去ることにした。
それから俺は今住んでいる街に移住して、たいして稼ぎも無い何でも屋をやり始める事になる。
「まあこんな所だ……たいした話じゃ無かっただろ?」
椅子に座っていた俺の視界が、不意に何かで塞がれた。
俺の頭を抱えるように、真夏が正面から抱きついてきた。
「先輩……辛かったんですね」
涙声だった。
真夏がまるで子供をあやすように、俺の頭をそっと撫でる。
あまりに突然の事だったので、俺は動けなかった。
心が落ち着いていくのを感じる。
しばらくの間沈黙が続き、その間、真夏は俺を離さなかった。
だが、時間が経ち、冷静に今の状況を分析すると次第に恥ずかしくなってくる。
「えーと、真夏……昔の話だし俺は大丈夫だ。そろそろ離してくれないか?」
「あっ!済みません。私、話を聞いて、つい……」
真夏は慌てて俺から離れると、今更自分の行為に照れたのか、顔を真っ赤に染る。
そんな反応をされても、こっちも困るんだが……
「まあ、何だ……少しは気が晴れた気がする。ありがとな」
照れ隠しに、少し乱暴に真夏の頭を撫でてやった。
「いえ、私は何もしていませんよ。逆に、話してくれてありがとうございます。先輩の事が知れて嬉しかったです」
俺を心配してくれる気持ちが、素直に嬉しかった。
話をした事で嫌な気分が紛れた気がする。
「さて、話も終わったし今日はもう遅いから、部屋に戻った方がいい」
話し込んでいるうちに、時間はとっくに深夜を回っている。
このままここに居座られるのも何か気まずいので、真夏には帰ってもらう事にした。
「そうですね。私、明日は頑張りますね!」
「ああ、まあ程々にな……」
真夏がもの凄いやる気を見せてくる。
こいつ、こんなテンションでこれから寝れんのか?
真夏が部屋から出ていくと、俺はダンジョン攻略に備えてさっさと寝る事にした。
今からではそんなに寝る時間は無いのだが……
寝る前に、『真夏って意外と胸があるんだな』と思ったのは俺だけの秘密だ。




