ワールドクエスト1
『只今、10ヶ所目のダンジョン攻略が確認されました。これによりワールドクエストの発生条件が満たされました。これよりワールドクエストが発令されます』
突如聞こえた無機質な声に辺りが騒然となる。
最初は自分の頭がイカれたのかと思ったが、少なくてもこの周辺にいる奴は同じ声を聞いているようだ。
「先輩、これは一体……」
「……俺が知る訳ないだろ」
混乱する俺達をよそに、その不思議は話を続ける。
『クエスト内容は、ひと月以内に5箇所のダンジョン攻略となります。
なお、クエストが達成されなかった場合、ワールド難易度が上昇します
ワールドクエストの発生により、ワールド難易度が最低値に再設定されました。
ワールドクエストの発生により、一部モンスターのロックが解除されました。
ワールドクエストの発生により、一部アイテムのドロップ率に調整が入りました』
何を言っているのか理解できなかった。
いや、言われている言葉の内容は想像はできる。
だがそれを現実に結びつけることが出来ない。
クエストだの何だの、これじゃ本当にゲームじゃねーかよ……
『これよりワールドクエストが開始されます。残り時間は、720時間となります』
……………………
訪れる静寂。
謎の声によるアナウンスは、それで終わったようだった。
周囲が徐々に騒がしくなる。
「おい!何だ今の声は!」
誰かがそう叫ぶと、辺りは一気に喧騒に包まれた。
「誰の悪戯だ!ふざけんなー!」
「そうよ!不謹慎だわ!」
数々の怒号が飛び交い、パニックが広がって行くのが分かった。
今はまだ罵詈雑言が飛び交っているだけだが、このままでは暴動が起きかねない危険な状態だ。
「ちょっとやばそうだな……真夏、着いてこい。俺から離れんなよ」
この街にいるのは大半が探索者だ。
一般人よりも身体能力が高い探索者が起こす暴動など、どんな規模になるか想像もしたくない。
「分かりました」
俺は真夏の手を取り、この場から抜け出すため移動を始める。
だがその時、今度はサイレンのような音が鳴り響いた。
この音は確か緊急事態を知らせるものだったはず。
何度か試験で流されたのを聞いた覚えがあった。
モンスターの襲撃に備え、この街には緊急用にスピーカーが配備されている。
『緊急放送!緊急放送!あー、こちらは集会所所長だ』
所長の声を聞いてパニックになった奴らが少し冷静さを取り戻し、周囲の人々が足を止める。
まだ騒ついてはいるが、放送の内容に耳を傾けているようだ。
『今しがた、謎の声を聞いたとは思うがまずは落ち着いてほしい。これより集会所の総力を持って情報の収集にあたるつもりだ。何か掴め次第、情報は逐次公開しよう。それでだが、取り敢えず今日のところは出来るだけ外出を控えてもらいたい。これは、パニックを回避する為だ。住人には、冷静な行動をとるように願う。以上だ」
放送が終わり喧騒が戻ったが、再び人々がパニックに陥ることは無かった。
どうやらあのハゲ頭は意外と人望があったようだ。
「少し落ち着いてきたようだな」
「ですね……でも、これからどうしましょうか?」
真夏が不安そうに尋ねてくるが、俺も考えが纏まらず、思考が空回りしていた。
冷静になるように自分に言い聞かせ、改めて考える……
「そうだな……今のところは、所長の指示に従って家に帰るしかないんじゃないか?」
それが正解なのかは判断しかねるが、この場に留まるのは危険だと思えた。
出来るなら集会所に行って色々と情報を集めたい所だが、今から行ったとしても同じ考えの奴らが押し寄せてそれ所じゃ無くなるだろう。
今は指示に従うしかない。
「そう、ですね……」
周りの奴らが、家に帰ろうと動き出し始めた。
まだ戸惑っている真夏の事が心配だったので家まで送ることにする。
「先輩はあの声の事、どう思いますか?」
「そうだな……」
誰かの悪戯であって欲しい━━正直、俺はそう思っている。
だが緊急放送が流れた以上、あの声は街中の人が聞いていたのだろうし、その線は薄そうだ。
謎の声は、レベルが上がった時に聞こえる声と同じものだった。
どこか機械的に聞こえる音声だったが、誰かの意思的なものを感じる。
だとしたら、そいつは探索者にダンジョン攻略をさせたがってようだ。
だが何の為にそんな事をするのか、目的が分からない。
「今は何とも言えないな。明日になれば少しは情報も集まるだろうし、今は考えても仕方ないんじゃないか?」
結局、俺はそんな事しか言えなかった。
「そうなんですけど……少し不安ですね」
真夏はいつに無く表情を曇らせている。
そっと手をこちらに伸ばしてきて、俺の服の裾を掴む。
その手の震えが伝わってくる。
「まあ何だ……俺とお前なら、そうそう対応出来ない事はないと思うぞ。だから、たぶん大丈夫だ」
安心させる為に真夏の頭を軽く撫でてやる。
真夏は少し驚いた様子だったが、俺の手を跳ね除ける事は無かった。
「少し落ち着きました……ありがとうございます」
そう言った真夏の表情は、いつもの笑顔に戻っていた。
「そうか」
俺は何だか照れ臭くなり、素っ気ない返事を返した。
その後は、下らない雑談をしながら真夏を送り届け、俺も自分の家に帰った。
今はただ夜が明けるのを待つしか無かった。
夜が明け、昼に近い時間になると、再び所長からの放送が街中に流れた。
『集会所所長だ。今現在、日本政府と連携し、情報を集めているところだが、取り敢えず分かった事を伝えたいと思う』
所長の説明によれば、昨日のアナウンスは新大陸の全ての地域で流れたという事だった。
これは、各国の街や基地などと情報交換して確かめたので間違いないと言う。
後は、集会所お抱えの探索者に街の周囲を調べさせた結果、今までに見た事が無いモンスターを何種類か確認したらしい。
しばらくの間はそのモンスターの戦力調査をする為、街の外に出ることは禁止するとの事だった。
下手をしたら死人が大量に出かねないので、仕方ない処置だと思える。
稼ぎを失う探査者がどう出るか分からない所もあるが、そこは所長が何とかするだろう。
さて、自分はどうしたもんかと考える。
まあ考えるまでも無く、俺に出来る事なんか何もありはしないが……
こういう時は慌てず寝るに限る。
そして、俺は夢の世界に旅立つ事にした。
2日、3日と経ち、少しずつ情報が集まってきたが、それでもまだ事態は迷走していた。
一時は新大陸から撤退するという話まで出たが、エネルギーを得るためには魔石が必要だという如何ともし難い事情もあり、今の所はそれは保留されている。
危うく住む所を失う所だった。
街の外に現れた新しいモンスターは、鑑定スキルでその能力を確認した所それほど強いモンスターはいなかったとの事だ。
寧ろかなり弱かったらしく、既知のモンスターも弱体化していたらしい。
何故こんな事になっているのか……あの謎の声の持ち主は、こんな事態を引き起こす力を持っているのか?
だとしたら、それはもう……
「先輩、最近ステータスウインドウは見ましたか?」
あれから、毎日真夏が俺の部屋を訪ねてきた。
きっと不安なんだろうとそれを受け入れてはいたが、流石に毎日はきついものがある。
「いや見てないが、それがどうした?」
「じゃあ見てみて下さいよ。今話題になってるんです」
言われるままに、俺はステータスウインドウを開く。
すると、そこには見慣れない項目が増えていた。
「何だ、このクエストってやつは?今までこんなの無かっただろ」
「そうなんですよ。それでですねー、それを選択してみて下さい」
俺はウインドウの中のクエストの項目に軽く触れてみた。
ウインドウの表示が切り替わる。
そこには、ワールドクエストの内容が表示されていた。
ワールドクエスト発令中
クエスト内容
5箇所のダンジョンを攻略する。
現在の進行度
ダンジョン 0/5
残り時間
636:10:24
ただ今、アイテムドロップ率が上昇中!
頑張って、ダンジョンを攻略しよう!
「何だこれは……ふざけてんのか?」
「たまたまステータスウインドウを開いた人が、見つけたみたいですよ」
真夏に聞いた話では、街では今この話題で持ちきりだそうだ。
そのふざけた内容もそうだが、探索者としてはアイテムドロップ率という所に惹かれるものがあるらしい。
ドロップ品は高値で取引される為、それは仕方ない事だと思う。
「これが本当だとしたら、今が稼ぎ時なんですけどね」
「そうだな。いくら美味い話があっても外に出れないんじゃ、どうしようもねーな」
モンスターを狩るのは面倒だが、こうなってくると話は別だ。
大金が得られるのなら、いかに俺であっても狩りに出向く事を考えてしまう。
まあ、今は外に出れないんだが。
「外に行かせろって言う人が増えて、集会所も大変みたいですよ」
そりゃあそうだろう。
俺でさえ惹かれるものがあるからな。
だが、いくら探索者が元々危険な仕事とはいえ、状況を把握しきれてない現状では集会所としても外に出させるのは躊躇われるのだろう。
「まあ、慌てなくてもそのうち外には出られるだろ」
「何でです?」
「そりゃお前、探索者が魔石を集めないで、どうやって国に魔石を送るんだよ?」
このまま国に魔石を送ることが出来なければ、発電を魔石に頼りきっている日本では電気が殆ど使えなくなってしまう。
集会所の調査がどうなったとしても、結局は探索者を外に出す事になるだろう。
さらに5日が経つと、俺の予想通りに街の外に出る事が許可される事になる。
「しっかし、暇だなー」
俺はここ数日、まともに仕事を受けれてない。
街が完全に封鎖された状態だった為、経済が回らなくなってしまい仕事が激減していた。
「じゃあ、折角街の外に出れる様になりましたし、ちょっとモンスターを狩りに外に出たみませんか?」
真夏は相変わらず俺の部屋に入り浸っている。
何をしている訳でも無く、テレビを見たり雑誌を見たりして暇を持て余していた。
そんな事なら、自分の部屋にいればいいだろうに……
「そうだなー……今は仕事がないしなー。どんな様子なのかも気になるし、ちょっと行ってみるか」
俺達は急いで身支度を整えて、早速街の外に出ることにした。
久しぶりに外に出た俺に容赦なく日光が降り注ぎ、あまりの眩しさに顔を顰めてしまう。
外を歩くと、風が心地よく感じた。
部屋に籠るのも悪くは無かったが、それが続いた為に流石の俺にも飽きがきていたようだ。
モンスターが生息している近くの狩場を目指して歩いていると、何とも奇妙な姿の生物が目に入る。
「何だ、この軟体生物は?」
俺がその生き物を蹴飛ばすと、そいつはボールのように弾みながら飛んでく。
それは緑色の不定形の軟体生物で、見た目はクラゲに似ていた。
グニグニと蠢いていて、気持ち悪い。
「スライムって言うモンスターじゃないですか?」
集会所の鑑定持ちが総出で調べ上げた結果、新モンスターの名前はある程度判明していた。
どうやら、この生物はスライムと言うらしい。
試しに、まだ近くに転がっていた別の個体をナイフで突き刺してみると、そのスライムとやらはあっさりと魔石にその姿を変えてしまう。
なるほど、魔石が出てくるのだから確かにモンスターのようだ。
だが襲いかかってくる訳じゃないし、恐ろしく弱い……
「でだ、今俺たちの周りを囲んでいる、この緑色の小人は何なんだ?」
「ゴブリンですかね?」
「グギャアアア!」
そのゴブリンとやらが、棍棒を片手にこちらに走ってくる。
そのスピードはとても遅く、子供が走る程度の速さだった。
横にかわして足を掛けると見事に地面に転がる。
「えい!」
真夏がハンマーを振り下ろすと、これまたあっさり消え去ってしまった。
コイツも随分と弱いようだ。
しかし真夏……いくらモンスターとはいえ、人型の生き物に躊躇なさすぎじゃないか?
……何か怖いんですけど。
「情報通り、かなり弱いですね」
「そう……だな。予想以上に弱いよな……」
俺は恐怖心を必死に抑えつつ、モンスターの残した魔石を拾い上げた。
「質がかなり悪いな。これじゃ大した金にならなそうだ」
モンスターの弱さを考えれば当然の事だが、折角倒したのにこれではやる気が削がれる。
「あっ、何かドロップしたみたいですよ」
「おっ、マジか!」
この間の焼肉を思い出してテンションが上がる。
魔石の方は期待できない為、ドロップ品に期待を寄せるが……
「何だこの汚い棒きれは?」
「棍棒、ですかね?」
それは間違いなく、さっきのゴブリン達が手にしていた棍棒だった。
ただの太い棒にしか見えないが、持ち手の部分は細くなっていて汚い布が巻かれている。
「武器って、ドロップするんですね?」
「俺も初めてみたな。噂では聞いた事あるが、眉唾物だと思ってたよ」
そんな事より、今問題となるのはひとつだけだ。
「これ、売れると思うか?」
「……どうですかね、仮にもドロップした物ですから、売れるのでは?」
だが、どう見てもただの棒だ。
これに高値が付くとはとても思えない。
ワンチャンただの木材としてなら、価値があるか……
「困りましたね。これじゃいくら倒してもまともな稼ぎになりませんよ……どうしましょう?もう少しモンスターを狩ってみますか?」
真夏が言う通り困った事になりそうだった。
周りが全部こんな状況なら、探索者が今まで通りに金を稼ぐのは難しくなるだろう。
「まだ来たばっかだし、もう少し粘ってみるか」
こんなおかしな状況では無理はしない方がいいのだが、せっかく外に出たのに街に戻るにはあまりに早い時間だった。
それにしても、スライムにゴブリンか……
背後に街がなければ、ファンタジーな世界に迷い込んだのかと思ってしまいそうだ。
その後も俺たちはモンスター狩りを続け、既知のモンスターにも遭遇したが、それらは集会所の公表した通りに弱体化していた。
あのシャドウウルフですら、普通の犬のような強さだった。
まあ実際に犬と戦った事などは無いので、多分だが……
その魔石も質がかなり悪くなっていて、以前ほどの売値が付くとは思えない。
「先輩あれを見て下さい!」
真夏が急に立ち止まり、上空を指差した。
その方向に目をやると、大きな鳥が空を飛んでいるのが見える。
「鳥がどうしたんだ?」
「新大陸に、普通の鳥はいませんよ!」
確かに、新大陸では普通の動物はペット以外では存在しない。
仮にいたとしても、すぐにモンスターに殺されて絶滅してしまうだろう。
それに、空を飛ぶモンスターは今まで確認されたことは無かったはずだ。
その為空に注意を向ける事など無いのだが……確かに何かが飛んでいるのが見える。
俺は、アイテムボックスから双眼鏡を取り出し覗いてみる事にした。
「あれは、まさか……ドラゴンか?」
翼が生えたトカゲのような生物が空を飛んでいるのが見えた。
「あれなら、いい魔石が取れそうですね……」
真夏がそんなずれた事を口に出した。
今見ている光景に上手く頭が働かないようだ。
「……冗談だろ?」
それは俺も同じで、そんな返事しか出来なかった。




