無謀な依頼6
冴羽の読み通り、3階層の攻略は装備品の力によって順調に進んでいた。
「この剣すごいですよ!モンスターがサクサク切れます」
「ああ、そうか。よかったな」
そりゃ2千万はする剣だ、よく切れるだろうよ。
昨日は全く効果がなかった攻撃が通るようになり、さらに防具の質も良くなった為、攻撃を受けてもそれほどのダメージは受けなくなってた。
「装備が変わるだけでこうも変わるなんて、ほんとにゲームみたいですね」
真夏がそんなことを言ってくる。
確かに装備品の性能は異常といえるもので、そう感じるのもわかる気がした。
まあ本当にゲームだとしたら、バランスが悪すぎるクソゲーだがな……
「新庄さんは、本当に何もいらなかったんですか?」
「ああ、俺は大丈夫だ」
俺は用意された装備を使う気は無かった。
そんな事で華菱に借りを作りたく無いし、そもそも装備が必要だとも思わなかった。
決して、試着したマント状の装備が似合わないと笑われたからじゃ無い。
「お喋りは終わりだ、敵が来るぞ。恐らく熊だ、数は1」
「新庄さん俺たちに任せてください」
装備の力をまだ試したいのだろう。
イケメンがそう言ってくる。
「いや、俺がやる」
まだ3層目に入ったばかりだ。
気持ちは分かるが、こんなところで疲弊されても困る。
俺の判断に華菱組が文句を言ってくるが、その体力を温存して欲しいものだ。
「来るぞ!」
モンスターはゆっくりと目視できる位置に近づいてきた。
それは間違いなく昨日手こずった熊型のモンスター、フィアーグリズリーだ。
俺は相手に合わせにゆっくりモンスターに近づくと、2m手前といったところで一気に加速、そのでかい図体にナイフを突き立てた。
それだけで、モンスターは光の粒になって消えていく。
「先に進むぞ」
俺はそのまま進もうとするが、後ろがついてこない。
かなり驚いている様子だった。
昨日のが俺の全力だと思ってたんだろう。
昨日は本気を出す気がさらさら無く、実力を隠したかったというのもあってかなり手を抜いていた。
俺だけ突出するのもなんなので、慣れさせるためにそうしていた側面もあるが。
「ほら、ボケっとすんな。行くぞ!」
「「「は、はい!」」」
俺の言葉で気を取り直したのか、ようやく後について来る。
すると、真夏が俺に追いつき声をかけてきた。
「先輩、今日は随分やる気がありますね。どうしたんですか?」
「別に何もねーよ。早く仕事を終わらせたくなっただけだ」
いい加減、華菱に拘束されるのにも飽きてきたし、部屋に帰ってゆっくり風呂にでも浸かりたいからな。
決して、昨日変な話を聞かされたからではない。
せっかく、少しはやる気を出してみたのだが……どうやら俺はこの仕事に向いていないらしい。
順調にダンジョンを攻略を進めていた俺たちだったが、石壁だけの景色にいい加減飽きてきた。
もっとも、その景色にに変化が現れたからといって、全く嬉しい気分になりはしないが……
「大きな扉ですね」
真夏が見たまんまの景色を俺に伝えてきた。
「そうだな」
現実から目を背ける為に馬鹿みたいな会話をしてみるが、目の前の景色が変わることはない。
俺たちの前には、大きな石造りの扉がある。
それは、とても人力で開けられるとは思えない大きさだった。
「どうやら……目的の最深部着いたみたいだな」
「どうして分かるんですか?」
イケメンがそんなことを聞いてくるが、どうしてってそりゃ……
「前に俺が攻略したダンジョンにも、こんな扉があったからな。多分、ここが最深部だろ」
華菱組の奴らは、ほっとしたような表情を浮かべた。
どうやらもう、ダンジョンを攻略した気になっているようだ。
しかし、ダンジョンはそう甘いもんじゃない。
「この先には、強力なモンスターがいる可能性が高い」
「ボスってやつですか?」
イケメンの言葉に全員が息を呑むのが分かった。
ボスというかは分からんが、少なくても俺の経験ではそうだった。
他の攻略済みのダンジョンでも、そういった存在がいると報告が上がってるはずだ。
「そういう事だ。どうする一旦引き上げてもいいが……」
「いえ、行きましょう。今日はまだ余裕がありますし、明日もう一度この3階層まで来る位なら、今日終わらせてしまいましょう」
見回してみると、全員が同じ意見なのか首を縦に振る。
「分かった。じゃあ、行くか」
「「「了解!!」」」
やけに元気な返事が返ってきたが、ここでその空気に水をさすやつが現れた。
「盛り上がってるとこ悪いけど……これどうやって開けんの?」
ギャルがごく当然の疑問を口にした。
「……確かに、どうすればいいんですか新庄さん?」
イケメンの言葉で、全員が俺の方へ視線を送ってくる。
なに見てんだよ。
その視線に応えた訳ではないが、俺は扉の前に立ち、軽く手をあて押し込んだ。
ズザザザザザザァーーーーッ!!
特に強い力を込めた訳では無いが、扉がひとりでに奥に開いていく。
「ほら空いたぞ、さっさと中に入れ」
「意外と、簡単に開くんですね……」
腑に落ちない顔で真夏が俺を見るが、開く理由は俺も知らん。
少し気が抜けたが、油断出来る状況では無いので気をひきしめる。
扉の先はかなり大きな部屋になっていた。
部屋の中は依然として薄暗く、暗視のスキルが無ければ見渡すことも出来ないだろう。
不気味な雰囲気が漂う中、少しずつ足を前に進めると不意に索敵に反応が現れた。
「モンスターがいる!構えろ!」
言うと同時、モンスターの気配が俺の横を通り抜ける。
「なっ、早っ!」
「があーーーっ!」
振り向くと、無口が大きく後ろへ吹き飛ばされる姿が目に入った。
その体が地面に落ち、そのまま転がっていく。
壁にあたりようやく止まるが、地面に突っ伏したまま動かない。
急いでモンスターの姿を探すと、俺たちを逃がさないようにするためか、扉の前に立ち塞がっている。
それは、まるで獅子のような姿をしていた。
体長は2mぐらいあり、全身が白い体毛で覆われている。
その口からは牙が大きくせり出し、口が閉じきれない程だった。
堂々としたその姿は、その白い体毛の色も相まって神々しさすら感じられる。
全員が動きを止めて、ただ呆然とモンスターを見つめていた。
「メガネ、無口を後ろに下げろ!ギャルは全員にバフをかけてその後無口の治療だ!早くしろ!」
「りょ、了解!」
「わ、分かった!」
俺の指示でなんとか気を取り直したようで、全員が一斉に動き出す。
「真夏とイケメンは俺の後ろについて取り敢えず目を慣れさせろ。かなり早い奴だ、慣れるまで前に出んなよ。フリルは後ろに下がれ、お前じゃ対応出来ない」
「「「了解!」」」
獅子は、俺が指示を終えるまでただじっとこちらを見ているだけだった。
随分余裕そうじゃねーか……気に入らねーな。
「気を抜くなよ、下手したら1発でやられんぞ!」
再び、獅子がゆっくりと動き出す。
そして、地獄の戦いが始まった。




