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学園生活1

ニコレットは今日もアデルからの面会依頼の代役をククリに頼んだ。侍女はアデルからの手紙を満足げな顔で読むニコレットの勘違いを正すことはしない。侍女にとっては隣の領地の坊ちゃんの初恋よりも大事なお嬢様の心の安寧である。


「ここまできちんと手紙が書けるようになるとは……。これなら」


ニコレットはアデルの成長に喜び、手紙を最後まで読み終えると文箱に片付けた。


「アデル様がここまで成長したならククリも期待できますか?まぁ過剰に期待するのはやめましょう」


明るい未来を思い描き、嬉しそうに笑ったニコレットは窓を開けて夜空を見上げた。


「運命なんて信じません。目指すはめでたし、めでたしのハッピーエンド。そのためには」


ニコレットにとって悪夢の根源である未来のお騒がせ夫婦のことを考えるのはやめて、窓を閉めた。ニコレットは刺繍箱に手を伸ばした。刺繍は令嬢のたしなみの一つである。

もうすぐ刺繍コンテストがある。去年までのニコレットは刺繍コンテストに興味はなかった。だが今年は違う。

今年は大きな商会を抱える生徒会長の好意で優勝者は賞金がもらえる。ニコレットにとって大事なのはこの先である。優勝者の作品は商品として売り出される。ニコレットが欲しいのは生徒会長のお抱えの商会との繋がりである。商品化されれば商会の商人と知り合えるチャンスに恵まれる。優秀な商人と懇意になりたい。―――――できれば自領に引き抜きたい。


「目指せ、優勝!!優勝はできずとも商会の幹部の目に留まるかも、弱気はいけません」


ニコレットの芸術センスは平凡である。知識があっても独創的なデザインを考えるセンスはない。友人や兄に優勝を狙っていると話すと笑われた。でも挑戦しなければ何も始まらない。


「こちらの試作品はどうされますか?」


侍女はニコレットがハンカチへの刺繍を終えた頃、美しい花が刺繍された大量のハンカチを見ながら主に聞いた。


「欲しい方にどうぞ。粗品でよろしければ」

「かしこまりました」


ニコレットは模倣が得意である。ハンカチに刺繍された薔薇の花びらは本物にそっくりである。ただ独創的な発想を持つ生徒会長の目に留まるようにはニコレット贔屓の侍女にさえ思えなかった。



***






刺繍に夢中になっても、ニコレットは弓の鍛錬を怠ることはない。

的の中心に弓矢が当たるも、風を切る音はしない。

ニコレットの満足のいかない結果にさらに弓を構えて矢を放つ。

何度射ってもニコレットの満足のいく矢を放てない。

いつもニコレットの過度な鍛錬を止めるシリアンはいない。

弓の弦がプツッと切れ、ニコレットの頬を襲った。

頬と首筋に線が入り、血が流れたことに驚き何度か瞬きをした。そして服を汚す血のことよりも弓の劣化に気付き安堵の笑みを浮かべた。


「腕が鈍ったわけではありませんでした。そういえば弦を張りかえるのを忘れてました」


ハンカチを頬にあて、止血しながら一人で頷いていた。

体に傷がついたが深くない。髪をおろして隠せばいいかと一つに纏めて結っていた髪を解いた。

学園で髪を解くのは交際相手を探すアピールの一つという噂もあるがニコレットは気にしない。ニコレットは平凡な容姿で目立たない生徒という自覚を持っていた。

血に汚れた服を見て、心配して悲鳴をあげそうな侍女のことだけは気掛かりだったが。


***


「おい、見たか?ニコレット様がとうとう」


登校したアデルは友人に肩を組まれた。嫌味な笑いを浮かべながら勿体ぶりながら話される言葉に息を呑んだ。


「アデル!!おはよう!!お弁当を作ったの、え!?」


登校してきたククリがアデルの腕を掴む前に颯爽と教室から駆け出した。

アデルが目指した場所ではニコレットは男子生徒に囲まれていた。


「ニコレット」


バシンと勢いよくドアを開き、額から汗を流しながら近づくアデルに呼ばれる声にニコレットが視線を向けた。廊下で走ってきたであろうアデルへのため息を呑み込みニコレットはアデルが好きな慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


「おはようございます。アデル様、廊下は走ってはいけませんよ」

「おはよう、ご、ごめん」


椅子から立ち上がり、ニコレットは目の前に立ち息を切らしているアデルの汗をハンカチで優しく拭う。アデルはニコレットの行動に顔を赤面させ、口ごもる。


「そろそろ教室にお戻りください。武術の授業をされる演習室はアデル様の教室から遠いですよ。廊下を走らずとも今から行けば間に合いますよ。ご武運を」

「ありがとう」


アデルは自然な流れでニコレットの教室から追い出された。目が合い、微笑みかけてくれるのはアデルの良く知っている自分を案じてくれるいつものニコレットだった。しばらくして肝心な話をしていないことに気付いた。


「誤解だって言えてない」

「アデルにあげる。よくできたの」

「いらない。俺に触れるな」

「照れなくていいのに。ニコレットも応援してくれてるよ」


アデルの隣に座り、花のような笑顔で刺繍を入れたハンカチを渡すククリ。

アデルが首を横に振って拒否すると、ククリは笑顔のままアデルの手を握りハンカチを掴ませる。アデルの右手を両手で包むククリの手を解こうとすると、ククリはぐっとアデルに顔を近づけた。アデルの鼻筋にククリの吐息がかかった。


「離れて。いい加減にしろよ」


アデルは手を豊満な胸で包みこみ、口づけしようとするククリに目を見張り、慌てて無理矢理手を払いのけて立ち上がり逃げ出した。


「アデルは照れ屋なんだから。貴族は慎みを持つから場所が悪かったのか。ニコレットにアデルが照れないシチュエーションを聞いたら教えてくれるかなぁ」


ククリは無邪気に笑いながらアデルの落としたハンカチを拾った。予鈴の音を聞き立ち上がり、足早に教室を目指した。ニコレットに渡された課題には皆勤賞をとるようにと大きな字で書かれている。


ククリの両親は授かり婚である。

そっけない父をククリの母は酔わせて既成事実を作り結婚を迫った。ククリの恋を全面的に応援する母から秘薬を預かっていた。恋は狩りと同じ。容姿端麗でお金持ちのアデルと結婚すれば安泰である。

平民が王子様と結婚できるのは物語の中だけとククリもわかっている。でも貴族子息に平民の娘が選ばれる話は現実にある。ククリにとってアデルは現実的な手の届く王子様。物語に登場する美人で優しく賢い婚約者ではなく、正反対の冴えない婚約者。主人公の邪魔をする婚約者とは正反対にククリを応援してくれる。アデルとククリが結ばれるのは運命である。


「ニコレットはアデルと釣り合わない。ずっと敬称呼びのままだし、アデルは優しいからニコレットに気を使っているだけだもの」



学園で囁かれるのは平民の美少女と伯爵家の跡取りの恋物語。


「私は気にしませんよ。親に決められた婚約者ですから。私と婚姻する前に運命の相手と出会えたなら幸せでしょう?今だからこそ結ばれる方法は容易いですよ。好きな方と結ばれるのが許されるのは限られた方だけ。アデル様達はその一握りに入ってますのよ。私はハッピーエンドのお話を好みますの」



解いた髪を指でもてあそびながら、同情的な眼差しをニコレットに向ける後輩に優しく微笑むニコレット。


「時間は有限です。お話はここまでにしましょうか」


ニコレットは勉強会を再開するように声を掛ける。

権力を持たない名ばかりの貴族の家に生まれた貧しい令嬢をニコレットは招き定期的に勉強会件お茶会を開いている。

平凡顔でも優しく賢い先輩が情報収集のためにこの会を開いていると気づいている者はこの場にはいない。

ニコレットがククリとアデルを応援しているため、二人の仲を邪魔しようとする者はほとんどいない。

伯爵家嫡男でもアデル以上の優良株はたくさんある。

良識のある令嬢も野心家の令嬢も平民の女に振り回される中級貴族に時間を掛けるほど暇ではない。

またアデルと結ばれて伯爵夫人になっても、ニコレットやシリアンの不興を買えば害が大きい。

王族や上位貴族と親好の深い兄妹を蔑ろにしてまで、得るほどの地位ではなかった。



初恋を知らず夢に夢中の少女、初恋に翻弄され素直になれない少年、初恋に貪欲な少女、誰が勝者になるか。

その先にあるのはめでたし、めでたしのハッピーエンドか。

それがわかるのはしばらく先の話である。



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