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先見の令嬢の幸せ

王国には時々特殊な能力を持った女性が生まれる。

伯爵令嬢ニコレットもその一人である。

ニコレットの特殊能力は夢見である。

些細なことだが夢に見たことが現実で必ず起こる。

伯爵領の所有する鉱山の落石、兄の落馬、小麦の値上がりなど事は大なり小なりである。

ニコレットの家族は現実主義である。

ニコレットが夢を見ると備えるが、普段はあてにしない。



「いい加減になさいませ!!」


ニコレットは叫び声を上げて飛び起きた。

ニコレットの人生の中で最低と断言できる夢だった。

大事なお嬢様の叫び声に侍女が沈静作用のあるお茶を用意して入ってきた。

ベッドに座り、深呼吸して必死に心を落ち着けようとしているニコレットにお茶を渡した。

ニコレットは無言でお茶を受け取り、口に運ぶ。

お茶の香りが体中に広がり、混乱していた心は落ち着きを取り戻した。

そしてお茶を飲みながら思考を巡らせ始めた。

侍女は落ち着きを取り戻したニコレットを微笑ましく見守り、思考の邪魔をしないように静かに控える。朝食の時間までまだまだ時間があり準備を急ぐ必要はなかった。

また伯爵家が誇る平凡な外見以外は完璧なお嬢様はスケジュール管理も完璧である。侍女が声を掛けなくても、起床の時間になれば思考の海から上がってくるのはいつものことだった。



ニコレットには幼い頃に決められた婚約者がいる。

2歳年下のアデルである。

いくつになっても弟のように手のかかるアデルは夢の中でククリという少女と恋をした。ニコレットと婚約破棄しククリと結婚。ここで終わればめでたしめでたしだった。

ここで終わってくれればニコレットは動揺せず、思考の海に浸る必要もなかった。


「問題はここからです。ありえません!!わが伯爵領が、そんなことは絶対に許しません」


アデルはお隣の領地を治める伯爵家の唯一の跡取りである。

伯爵夫妻が遅くに授かった嫡男はニコレットにとってはちょっとおバカでお調子者。でも悪い人間ではないのでニコレットはアデルを上手に使いながら伯爵家を治めていくつもりだった。

夢の中ではアデルとククリというお調子者のお気楽夫婦は豊かな伯爵領を貧困の渦に呑み込んでいた。

一番問題なのはニコレットの大事な伯爵領は隣である。

生家第一のニコレットはアデル一家が路頭に迷おうと気にしない。

困ったことにアデル達の領地から逃げて来る貧民を受けいれたり、魔物や盗賊が襲ってきたり、きちんと管理されず、統治されていない広大な伯爵領の所為で甚大な迷惑をこうむっていた。

ニコレットは領民を大事にしている。アデルとの婚約破棄はどうでもいい。ただ伯爵領をしっかり統治してもらわないと困る。


「仕方ありません。私の夢は外れません。領民のため。この光景を守るためなら手間さえ惜しみません」


ニコレットはベッドから出て、窓を開けた。窓の外から見えるのは農地を耕す民。

夢は外れない。それでもニコレットにとっては受け入れられない悪夢のために足掻く決意をした。


「お隣の領地をきちんと統治していただけばいいだけですもの。アデル様がおバカでも構いませんでしたが、事情が変わりました。ばあやの教えの通り、おバカな男も使いようですもの」


侍女はニコレットの独り言のような決意表明に突っ込みをいれない。

顔以外は完璧な兄とは正反対の悪戯好きの将来性のなさそうな婚約者をあてがわれたニコレットを不憫に思い乳母がかけた言葉は適切だったかは疑問であるが。

ニコレットにとって大事なものを守るため、アデルを鍛える決意をしたニコレットはまずはアデルの両親に手紙を書いた。

手紙の返事はすぐに届いた。

ニコレットのアデルと毎日会いたいという願いをアデルの両親は婚約者同士の仲が深まるのは良いことと歓迎した。

ニコレットは隣の伯爵領に馬車を用意するように命じ、支度を整え朝食の席に向かって足を進めていく。

ニコレットにとっての日常の始まりだった。


***



「ニコレット、なんだよ?」


アデルは遊びに出かけようとすると、突然部屋を訪ねたニコレットを迷惑そうな顔で見た。ニコレットはアデルの迷惑そうな顔は気にせず、優しく微笑みながら手に持つ紙を見せた。


「ごきげんよう。お出かけするのはこれが終わってからです」


アデルはいつも笑みを浮かべて寄り添うだけの婚約者の提案に驚き凝視した。


「伯爵夫妻には許可をいただいてあります。頑張ったら褒めてさしあげますので、今日はこの1枚を頑張ってください。ほら、座ってください。少し難しいですがアデル様ならきっと理解できますわ」


ニコレットは社交デビューしたばかりの子供が解くような問題を笑顔を浮かべたまま渡す。アデルがどこまでバカなのかはわからない。それでもお調子者のアデルの扱いをニコレットはよく知っている。


「もしかして、難しすぎますか?私で良ければお教えしますよ。それとも、私では……」


凝視したまま動かないアデル。

優しく微笑んでいたニコレットは悲しそうに目を伏せ、口をつぐんだ。アデルは罪悪感に襲われ、ニコレットの手から紙を取り上げる。


「こんなの簡単だ」


「まぁ!?さすがアデル様ですわ。私はアデル様の年齢の頃は苦労しましたのよ」


ニコレットに初めて尊敬の顔を向けられ気分が良くなったアデルは問題を解き始める。そしておだてられて、2時間ほど勉強した。勉強嫌いのアデルの最長の勉強時間だった。

この日からニコレットによるアデルをおだてて立派な教育にしよう計画が始まる。嫡男なのに真面目に学ばないアデルに頭を悩ませていた両親はニコレットの手腕に感激し全面協力を申し出ていた。



ニコレットはアデルの教育と同時にククリを探した。

そして、貧しい平民のククリ一家を伯爵家に迎え入れ、令嬢教育を始める。


「お嬢様、これは必要なんですか?」

「ええ。生きるために必要なの。可愛いククリにはできるわ」


ニコレットは飽きっぽいククリに優しく接する。伯爵家の使用人達は礼儀に厳しいニコレットのククリへの贔屓に不審な視線を向けている。ただ優秀なお嬢様は領地のためにならない無駄なことはしないと知っているので邪魔はしない。我儘なククリ達を客人として命令通り丁重に扱っていた。





「ニコレット、本当にあれは必要なのか?」


ニコレットの兄のシリアンはククリに礼儀作法の授業を終えた妹の部屋を訪ね、勧められた席に座る。ニコレットはシリアンに手ずからお茶を淹れ向かいの席に座る。お茶に口をつけて兄好みの仕上がりに満足しやわらかな笑みを溢した。


「わが伯爵領のために必要ですわ。いずれアデル様とククリは婚姻します。頭の軽い二人の治める伯爵領は破たんし、うちに被害が出ないようにきちんと教育致しませんと」

「アデルがか?」

「はい。夢では婚約破棄された私は嫁がずにお兄様のお傍で悲鳴を上げていましたわ。でもアデル様達がしっかりしてくだされば心配いりません。私も嫁ぎ先を真剣に探さないといけませんが婚約中はできませんし、無謀ですかね。私は容姿は平凡ですもの。よっぽどククリの方が令嬢らしいお顔をしてますわ」

「お前は、まぁいい。うちは平凡顔だから仕方ない。バカが寄ってこないからいいだろう。それに紛れやすい」

「そうですね。さて、そろそろお勉強の時間ですわ」

「気をつけて行っておいで」

「はい。行ってきます」



シリアンはアデルが美人だが短気で我儘なククリと恋に落ちるようには思えなかった。とはいえ妹の夢はよくあたり、妹が策を巡らせるなら協力する姿勢である。可愛い妹の夫がバカよりも優秀な方がいいかと時々自ら手を貸すことにもしていた。

シリアンは妹の幸せを願っている。もしもニコレットの夢通りになるなら自分達に被害が出る前に隣の領地を焼け野原にすればいいと物騒な思考を持っているが。

自領が第一で他領はどうでもいいという思考は兄妹そっくりだった。




ニコレットは時間の節約のために馬に乗りアデルに会いに出かける。アデルの待つ伯爵邸に着く前に「お嬢様!!」と手を振る領民達に笑顔で手を振り返し、アデルを鍛える決意をさらに固める。

ニコレットがアデルの部屋を訪ねると本を読んでいた。勉強嫌いのアデルが読書できるように成長を遂げた姿にニコレットは笑みを浮かべた。


「やぁ、ニコレット。時間通りだ」

「ごきげんよう。アデル様。お邪魔ではありませんか?」

「まさか。会えて嬉しいよ。今日はどんな宿題?」


本を片付け、目を細めて笑うアデルにニコレットは課題を渡す。そしてアデルの隣に座り、真剣に取り組む姿を慈愛に満ちた笑みを浮かべながら眺める。昔は簡単な問題しか与えなかったが、少しずつ難易度の高いものを与えている。理解できない問題を与えても逃げ出さないとわかってからは年相応なものを用意していた。

年相応の課題でもニコレットが同じ歳の時に取り組んでいたものとは雲泥の差があるが、できて当然とは決して口にしなかった。褒めておだてて、立派な伯爵に!!がニコレットの方針である。

ただ一つだけ問題が発生していた。

ニコレットが毎日アデルに会いにこれる日々ももうすぐ終わる。16歳のニコレットは来週から3年間全寮制の学園に入学しないといけないのに、まだアデルの教育は終わっていない。


「ニコレット」


呼ばれる声に、顔を上げたニコレットは得意げに課題を見せるアデルに微笑み優しく頭を撫でる。アデルが気持ち良さそうに目を細め、しばらくして課題の採点を始めたニコレットを眺め始めた。アデルの視線に気づかないニコレットはアデルの両親から聞いた自分がいないと勉強をしないアデルの今後について思考を巡らせながら採点するため手を動かした。

採点を終えたニコレットは顔を上げて、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


「さすが、アデル様ですわ」


ニコレットから合格をもらいアデルは嬉しそうに笑う。


「聞いて!!俺、魔物退治で」


アデルの騎士達と魔物退治に行った話を優しい笑みを浮かべながらニコレットは聞く。魔物や野獣退治は領主一族の役目であるから当然とは口に出さない。ニコレットは兄が騎士を率いて出向き、後方支援担当であるが弓の腕を磨いている。実戦は兄の同行がなければ許されないが魔物を射殺したこともある。いずれ伯爵になるアデルは最終的には指揮するまで成長しないといけないが、そこはアデルの父とシリアンに頼んでいた。


「頼もしいです。いずれアデル様が率いる姿をお目にしたいですわ」

「ニコレットはシリアン様が」

「はい。父の次に尊敬してます。お兄様が騎士を率いて鮮やかに討伐するお姿はいつ見てもうっとりしてしまいますわ」

「そう……。うっとり」

「でも私はアデル様の一心に努力する姿も尊敬してます。きっと立派な伯爵になっていただけると誰よりも願っております」

「誰よりも……。し、シリアン様よりも?」

「ええ。もちろん。私はアデル様の立派に成長されるお姿を誰よりも」


ニコレットの大事な伯爵領のためには絶対に必要なことだった。


「ニコレット、学園に入学したら……」

「お許しいただけるならお休みの日にお伺いしていいでしょうか?」

「うん。その日は予定を全部開けるよ!!」

「まぁ。嬉しいですわ。では今日のお勉強も終わりましたし、私は失礼しますわ」

「え?」


ニコレットは笑顔で固まるアデルの頭を優しく撫で、礼をして立ち去る。机に腕を枕に伏せったアデルの姿にニコレットは気付かない。

ニコレットはアデルが予定を開けてくれるなら、飽きさせないように1日かけての教育計画を立て始める。アデルの部屋を出たニコレットは伯爵夫妻に挨拶をして、邸に帰る。

アデルはいい感じに育っていた。問題はククリだった。

飽きっぽく、どんなに教育しても身に付かない。アデルの扱い方はわかってもククリの扱い方はニコレットにはわからなかった。


ニコレットの努力の甲斐がありアデルが学園に入学する頃には教育が終わった。教育が終わったためニコレットはアデルに会いに行くのはやめた。


「アデル、お弁当を作ったの!!一緒に食べよう」

「いらない。誤解を招くから近寄らないで」

「ニコレットの許可はあるよ。どうぞごゆっくりって」

「は?」

「アデルの言うこと聞くならお嫁さんにしてもらっていいって」



ニコレットの夢の通りククリはアデルに夢中だった。

ニコレットは二人の邪魔をしないように弓の稽古に励んでいた。学園内で二人の噂が流れていても気にしない。


「いいのか?」

「ええ。運命ですから。アデル様がまともに成長してわが領に迷惑をかけずに自治してくださればそれだけで構いません」

「冷めてるな」

「貴族の令嬢なんてそんなものよ。自分の家が一番なのは当然でしょう?」


ニコレットは友人の問いかけを流し、的の中心に矢を的中させニコリと笑う。

アデルの手が離れたので空いた時間でククリの教育をしたかったが無駄だった。ククリは時間ができるとすぐにアデルの傍に行く。ククリにはニコレットの言葉は届かない。ククリとの待ち合わせは3回逃げられ、すでに匙を投げていた。


「当主さえしっかりしていれば問題ないでしょう。社交界で会えばお隣のよしみでフォローはしてあげますよ。さて土台は整えました。これからは私はうちの栄華のために尽力します」

「楽しそうね。うちもニコレットの頼みならきいてあげてもいいわよ」

「高利はごめんです。とはいえ、これでめでたし、めでたし。ハッピーエンド」


淑やかで慎み深いと褒められるニコレットの本性を知るのは一部の者だけである。

もちろんアデルも知らない。

無邪気に笑いながら的を射ることに夢中なニコレットは婚約者が自分の想像よりも成長しているとは気づかなかった。

夢の世界に囚われるニコレット。

その意味を知る者、救い出せる者があらわれるかはまた別のお話である。


読んでいただきありがとうございます。

中編予定で、亀更新になりますがお付き合いいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 周りを気にしすぎていたレティシアとは真逆の主人公ですが これもまたアリですね 楽しくなりそう  楽しみにしています✨
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