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2.降り続く雨に

彼は居間で。私はコンロの前で。

互いにどう接して良いのかわからず、居心地の悪い思いをしながら、どちらも口を開かない。


五分程、沈黙の時間が過ぎ、ヤカンの蓋がカタカタ鳴り始めた。考える時間は終わった。行動するより無い。


「お湯、沸いたけど。コーヒーで良い?」


居間にいる彼の姿を見ることなく、声をかける。不自然にならないように、平常心を装って。


返事を待たずに、キッチンの作業台代わりの小さなテーブルにマグカップを出し、インスタントコーヒーを手早く入れる。


コーヒーしか飲まない訳じゃないから、一応は尋ねるけど、甘いものを食べる時以外は、ほとんど「コーヒーで。」と彼が答えるのを知っている。


「あぁ、うん。」


いつもとは違う曖昧な返事が聞こえた。彼もまだ、私にどう接していいのか戸惑っているらしい。


二人分のカップにお湯を注ぐ。安いインスタントコーヒーの匂いがする。


彼とどう向かい合えば良いのか、答えは見つからないけど、これ以上、時間を稼げない。マグカップを手に、キッチンを出る。


マグカップの中でコーヒーは湯気を立てている。

雨は激しさを増し、バタバタと窓ガラスに叩きつける音が、沈黙が流れる部屋にひびいている。


寄る辺の無い、居心地の悪い思いを忘れるためか、彼は窓のそばに立って、叩きつける雨をジッと見つめていた。


私はそんな彼に声もかけず、ローテーブルに彼の分のコーヒーを置く。


「ありがとう。」


ローテーブルにマグカップが触れコトッと立てた音に、彼がようやく口を開いた。でも、こちらを見ない。


彼が恋人として私と向き合う時、無口でぶっきらぼうになるのは知ってる。甘い言葉を口に出来ないほどの照れ屋なのも知ってる。


だけど、昨日私の気持ちをぶつけたのに、これっぽっちも言葉をくれない彼が、私のことを、どう思ってるかなんて、わからない。わからないから不安になる。言葉にして、聞かせて欲しいと求めてしまう。


今だって、そう。

どういうつもりで来たのか、彼の口からはまだ何も語られていない。

降り続く雨の方が、彼よりよっぽど饒舌に思える。


沈黙は続く。雨は降り続く。


窓ガラスに叩きつける雨を眺めている彼の側に少し離れて立つ。


私が近づいてもこちらを見ようともせず、何も言わない彼の側にいる緊張で、指先が冷たい。冷たくなった指先を温めようと、コーヒーが入ったマグカップを両手で包み込んで一口飲む。


「ふぅっ。」


コーヒーの温かさにほっとして思わずため息をついたら、ようやく彼が私を見た。


それから彼は静かに近づいて、コーヒーを持っていた私の両手をそっと自分の手で包んだ。その手で私のマグカップをうばって、ローテーブルにそっと置いた。


「どう、したの? 飲・・」


言い終わらないうちに、肩を掴まれ、彼の唇に口を塞がれ、激しく、荒々しいキスをされた。


「・・・はぁ・・あぁ・・・はぁ」


遠くで雷が鳴り、空を駆ける稲光りに、頬を強張らせ、目を赤くした彼の顔が照らされる。


怖い。


逃げたい。


怖い。


彼を振りほどこうと、無意識に身をよじる。

肩を掴む彼の手から力が抜けた。


逃げられる。

そう思ったのに、私が逃げ出すより早く抱き締められた。強く、苦しいくらいに抱き締められて、身動きがとれない。


窓の外は、雷鳴も聞こえないくらいの、どしゃ降りになっていた。今ここで私が叫んでも、きっと誰にも聞こえない。


怖い。嫌だ。

何も聞こえなくした雨も、何も言わない彼も。


「イヤ! 離して。」


どれだけ暴れても、振りほどこうとしても離してくれない。抱き締めた腕の力を緩めてもくれず、彼は肩で息をしながら、私の頬に、耳に、首筋に、唇にキスを浴びせる。何度も、何度も。


「はぁ・・・はぁ・・・」


彼の吐息に交じって、チュッ、チュッと音がひびく。


「いやぁ。キスで誤魔化さずに、何か言って!」


貪るように口づけてくる彼に、もう何度目かわからない抵抗をしながら叫んだ。


彼はキスをするのを止めて、一瞬向かい合って目をあわせた後、私をギュッと抱き締めなおして、私の肩に顎をのせた。


抱き締められた耳元で泣きそうな声がする。


「ごめん。君を大事に思う気持ちは、嘘じゃないんだ。」


さっきまで荒々しく私を抱き締めていた手が、指が、こわれものを扱う様にそっと私の背中を撫でる。


「でも、この気持ちを言葉にしたら、なんだか違うんだ。好き、よりも、大好きよりも、俺の気持ちはもっと、もっと。」


彼の手に力が入る。また息ができないくらい強く抱き締められ、何度もキスをされる。


「君が愛おしくて堪らない。でも、言葉にすればするだけ、俺の気持ちが嘘みたいに、軽く響く。」


耳元で切ない声で、悔しげに告げる。


「そんな軽い気持ちじゃないんだ。愛してるも、好きも、そんなんじゃ足りない。」


いつも照れて見つめ合う事なんかないのに、私の目を見つめて彼が言う。


「君を想う俺の気持ちを現す言葉が無いんだ。愛してるとか、好きとか、そんな借り物の言葉じゃ伝えきれない・・・」


またキスをされた。チュッと音がする。

「愛してる。好きだ」とキスの音から伝わってくる。


だけど。


「私だけが一方的に好きで、あなたは何とも思ってないから、誤魔化してるんじゃないかって、不安だった。」


「・・・ごめん、不安にさせて。」


彼は謝りながら私の頭を撫で、おでこにチュッとキスをした。今度は「ごめんね、大好きだよ」に聞こえる。


彼の胸に顔を埋めて、言葉を続ける。


「怖かった。あなたが何を考えてるのかわからなかったから、言葉が欲しかった。」


彼がそっと私の頬に手を添えて、目が合うように顔をあげさせた。今までなら、目をそらすのは彼の方だったのに、恥ずかしくて目が泳ぐ。


「君への想いが重すぎて、嫌がられないように、表に出さなかったから。・・・言葉足らずは、認める。」


彼は目をそらさずに言い切って、唇にキスをしながら、私を強く抱き締めた。


「・・・はぁ、はぁ。・・・もう隠さない。」


外は雨。街の音を掻き消し、周囲の音が全て遮断されるくらい強い雨に覆われている。


彼の強く激しいキスの音も雨に消されそうだ。


気がつくとベッドに押し倒されていた。

今ここで、私が彼の想いに応え、快楽に身をゆだねた甘い声で叫んでも、誰にも聞こえないだろう。


私たちが過ごす、この安アパートも激しい雨音に包まれて、いつもなら聞こえる隣人の生活音も漏れ聞こえてすらこない。


雨音に包まれて、彼の腕に抱かれて。



最初にあげた二話と三話をまとめなおしました。


読んでくださる方がいれば幸いです。


気に入ってくださったら、評価、感想、お気に入り登録、よろしくお願いします。

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