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1. 降り始めた雨と

周囲の音が全て遮断されるくらい強い雨が街を覆っている。


私たちが過ごす、この安アパートも激しい雨音に包まれて、いつもなら聞こえる隣人の生活音も漏れ聞こえてすらこない。今ここで私が叫んでも、誰にも聞こえないだろう。


******************

強い雨に覆われる、少し前。

薄曇りの空が徐々に黒雲に覆われて行き、雨の匂いと気配と共にポツポツ雨粒が落ちてきた。


十人いれば十人が「あ、雨だ」と気付く程度には強かったけれど、「傘ささなくても良いよ」と二人くらいは言いそうな、そんな雨。


雨に気付いて洗濯物を取り込もうとしたタイミングで、アパートの合板のドアがノックされた。


コン「居るよね?」、コン「俺。・・・良い?」。

ノックの音と同時に声がした。


私は窓から物干しに手を伸ばしていたので、ハンガーをいくつか掴んだまま振り返り、玄関に向かって大きな声で返事をした。


「開いてるから、入って。今、手離せないの。」


取り込んだ洗濯物をハンガーラックにひっかけ、カチャンと窓を閉めると雨足が強くなった。


「わぁ、ひどい雨。洗濯物濡れなくて良かったぁ。」


振り返ると狭い玄関にポツンと彼が立っていた。


「あ・・。いらっしゃい。・・・上がって。」


「あ、うん。お邪魔、します。」


靴を脱ぎながら返事をする彼に尋ねる。


「雨、降り始めてたけど、濡れてない? タオル要る?」


「・・・大丈夫。」


昨夜ケンカをしたばかりで、お互いに相手の顔を見れない。


「あっ。コーヒーでも淹れようか。お湯沸かしてくる。」


彼の方を見ないでキッチンに向かい、ヤカンに水を入れようと流しの前に立った。


******************

昨日。

昼間二人で夕飯の買い出しに出掛けた。

スーパーで食べたいものを選びながら買い物をした。


「これ、うまそう!」


「良いね、それ。あとは、何にしようかな。」


「荷物は俺が持つから、夕飯作ってね。」


料理が苦手な彼が会計を済ませて、レジ袋いっぱいの食材をかかげながら言った。


「仕方ないなぁ。代わりに何してくれる?」


「片付けも、俺がする。」


「うん、わかった。私が作るから、片付けは任せた。」


「よし、任された!」


アパートに帰って、彼は居間でくつろぎ、私は夕飯の用意を始めた。


ご飯を炊いて、サラダを冷やして、お肉を焼いて。付け合わせは、何が良いかな。


炊飯器がピーピーと炊き上がりを知らせると、彼がキッチンに顔を出す。


「そろそろ、飯?」


フライパンから皿にお肉を移しながら、用意してあったお箸と小皿を持っていってもらおうと声をかけた。


「あ、良いところに来た。ここの、置いてあるの持ってって。」


「おう。」


彼の返事を聞きながら、フライパンをコンロに置き、付け合わせを載せようとさっき肉を盛った皿を見たら、無い。


「それじゃなくて、これ持ってって欲しかったんだけど。」


お箸と小皿を手に居間に行き、ローテーブルの上に置いて、肉の付け合わせを取りにキッチンに戻る。


ついでにご飯も入れてこようと思っていると、彼がイラッとした様に吐き捨てた。


「さっき、これ持ってけって言ったじゃん。」


私はキッチンで炊き立てのご飯をほぐして、茶碗を手にしながら答える。


「ここに置いてあるの、持ってってって言ったよ?」


「え?肉を置きながら言ったら、これだと思うだろ。君はいつも言葉が少し足んないんだよ。箸と取り皿持ってって、って言えば良かったろ。」


彼の言葉に涙と怒りが沸いてくる。あまりの腹立たしさに、ご飯も、用意してた付け合わせも持たずに居間に戻った。


「いつもそうやって、揚げ足とって! 自分だって言葉足らずなのに!」


「俺のどこが言葉足らずなんだよ。」


彼が怒鳴るように言って、こちらを見た。


「いつも言うよね『君は言葉が足りないんだ。』って。」


私は涙が零れるのも構わずに言い返す。


「じゃあ、あなたは?」


彼は、意味がわからないというように、眉間にシワを寄せて黙って見つめ返してくる。


「そんな細かな事は言うくせに、「愛してる」とか、「好きだ」とか。大事な言葉は少しも。言葉が足りないのは、あなたも同じ。」


溜まっていた不満を涙と共に吐き出して、彼をジッと見つめる。


沈黙が訪れる。


しばらくして、彼が戸惑いを露にして、目をそらしながら言う。


「嫌いなら、今ここに居ないよ…。俺の気持ち、わかってるだろ?」


「何でこっち見ないの? そんなんじゃ、わかんないよ。」


蓋を開けっぱなしにしていた炊飯器が、ビービーと警告音を出す。


「・・・飯、冷めるだろ。」


それまでローテーブルの前から微動だにしなかった彼が、立ち上がってキッチンから二人分のご飯と、肉の付け合わせを持ってくる。


「サラダは、冷蔵庫、だよな?」


彼は目も合わさず、冷蔵庫からサラダとドレッシングを取り出し、黙々と食事の準備をしていく。


「いただきます。・・・、君も、食えよ。」


「いただきます・・・。」


互いに一言も喋らず、気まずい空気のまま食事をする。


二人とも頭に血がのぼってるから、食事の感想さえも話さず、あっという間に食べ終わる。


「ごちそうさま。食器、俺が下げるから。」


二人分の食器を洗い、彼は「じゃあ。」と、帰っていった。


******************

彼が帰った後、一人になった部屋で思った。


今日は二人で楽しく食事をするはずだったのに、どうしてこんな事になったんだろう。


いつも「愛してる」も「大好き」も、私が言うばかりで、彼からは言ってくれない。せいぜい「俺も」と小さく返してくれたら良い方。


私から言うばかりじゃ、寂しい。

独りよがりの「好き」で、一方通行な「愛してる」、なんじゃないのかと、不安になる。


会うたびに毎回言って欲しい訳じゃない。

たまには、彼の方から一言欲しいだけ。


次会ったら、謝る?

また私から「ごめんね。大好きだよ。」って?


そもそも、次はある?

独りよがりの好きかもしれないのに?


いろんな感情がない交ぜになって襲ってくる。彼の愛情を信じきれず、不安なまま眠りについた。


目覚めも最悪で、ムシャクシャした気分を晴らしたくて、天気予報も見ずに今朝、洗えるものをありったけ洗った。


洗濯をして少しは気が晴れたけど、彼とどう話していいのか、まだ心の整理がついていない。


******************

そんな中、降り始めた雨と共に、彼がやってきた。


戸惑いを取り繕う様に、「コーヒーでも淹れようか。」なんて言った手前、お湯を沸かし始めたけど、身の置き場がない。


いつも、お湯が沸くまで居間で彼とおしゃべりをするけど、今日は隣には座れない。コンロの前から動けない。


気まずいのは彼も同じ様で、「今、良い?」と話がありそうに訪ねてきたのに、居間に座ったまま一言も発しない。


二人の沈黙に比例するように、雨の音だけがどんどん強くなっていく。


思い付きで書き始めたため、二度ほど加筆修正しています。


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