クレープ
俺は朝からウキウキしていた。
バイト代が入ったのでこれでせとなを誘えるからだ。せとなの好きな物はリサーチ済みなので、それを使えば絶対来てくれる自信もある。せとなを探して構内を歩いていると、いつものようにヘッドフォンを耳につけたせとなを発見。俺は後ろから声をかけても聞こえないと思い、せとなの目の前に両手を広げ、立ちはだかった。
「せとな おはよう!」
せとなは無言のまま目の前に居る俺を左に避けて歩いて行った。昨日の事もあって、話かけるのは難しいとは思っていたが、ここまでとは…だが、俺は諦めない。せとなが反応さえしてくれれば、俺の勝ちだ。
「せとな!
再び、せとなの目の前に立ちはだかる。
「…何? いつも以上にウザイんだけど」
俺はせとなに切り札を投入した。
「クレープ食べに行かない?」
思った通りせとなはクレープと言う言葉に反応して足を止めた。せとなの事をリサーチした結果、無類のクレープ好きだとわかった。クレープの話をすれば少なからず興味を示す筈だと。
「最近、話題になってるクレープ屋さんがあるんだけど、男一人で行くのは流石に恥ずかしいから一緒に行ってくれない?」
「…なんでお前と一緒に行かないといけないんだよ」
「せとなクレープ好きだろ?」
「…」
「奢るから一緒に行こうぜ!」
「…」
せとなは少しの沈黙の後
「…奢ってくれるなら」
俺は冷静を装いながら、心の中でガッツポーズした。大学からそれほど遠くない場所にあるクレープ屋にせとなと向かう。お店は飲食スペースもないほど小さく狭かった。人気店と言う事もあり、平日の昼過ぎなのに、お店の前に何人か並んでいた。少しすると俺達の順番がきたので、せとなはイチゴと生クリームたっぷりのクレープ、俺はチョコとバナナのクレープを頼んだ。
「うまっ!」
クレープは俺が想像していた以上に美味しかった。隣のせとなを見ると、ニコニコしている。余程クレープが美味しかったのか無防備になっていた。二人でクレープを堪能しながら歩いているとせとなの名前を呼ぶ女性の声がした。
「せとなちゃん?」
せとなの名前を呼ぶ女性の方向を向くとそこには、セミロングの小柄で可愛らしい女性が立っていた。せとなは女性をみた瞬間いつもの無表情に戻る。
「せとなちゃんだよね?」
「…」
せとなは俯き返事もしなかった。無言のせとなに構わず話を続ける女性。
「久しぶり、綺麗になったね」
女性はせとなに笑顔で話しかけていたが、せとなは俯いたまま一言も発しなかった。女性は察したのか、せとなに話しかけるのをやめ。
「たまには、うちに遊びに来てね」
そう言うと、俺に会釈して去って行った。俺はさっきの女性が誰なのか気になってせとなに聞いてみると、せとなは暫く沈黙した後静かに答えた。
「…センパイの奥さん」