後編 其の十一
目前の人形を視て、心音が跳ね上がる―
その顔は―
その見覚えの在る思い出せない眼は―
十一
―8月8日(月) 夜11時15分過ぎ―
―千代田区 プルス・アウルトラ本部 エントランス―
一際大きく心臓が脈動する。
眼の前が霞む。
眼は閉じていない。
だが、視界がぐにゃりと歪む。
頭を金槌で叩かれた様に世界が霞れる。
ギチギチと現れたその人形は―
顔の斜め半分が人間、半分がセルロイドの人形―
生身の顔の眼はつくりもの―
セルロイドの顔の眼はつくりもの―
身体は球体関節の人形―
身体はつくりもの―
生気は無い―タダの人形―
人をつかった―ただのにんぎょう―
顔は―…見覚えが在る…あの女―…
あの時―…そう…たしか、あのとき―…!
あのときが頭を掠める―
**「********! 化物!」
…ばけもの…
あれだけしたのに…
あれだけあったのに…
ばけもの―?
オレは…ばけもの―?
ばけものの―オレ?
オレは彼女の為にがんばった―
オレは必死で彼女を…良くなってもらいたいと―
…なら?
オレの思いは?
オレの助けようとしたおもいは―?
まちがっていた―?
でも、彼女は喜んで―?
なにが―?
なにをしたら―?
なにを信じたら―?
オレはどうしたら―?
オレはだれのために―?
なんのために―?
その思考が巡る中、一際大きく頭の中で声が響く―
―魔は狩れ―
魔…は?
―悪を滅しろ―
あ…く…
―その"怒り"を―
オレの…怒り…
―忘れるな―
おぼえている…
―その怒り―
覚えている…!
―あの裏切り―
忘れるワケ無い…!
―ヒトでなくなったとしても―
―!
一瞬フラついたかと思うと、左手で顔を押さえる。
黒い男「…」
押さえた指の間から左目が除く。
警告灯の赤い光りが指の隙間を縫って照らした眼は、そのせいか、朱く視えた。
その瞬間、傀儡女は警戒し、一瞬構えた。
…刹那、もう目前に対峙する男の刀が迫っていた。
何をしたか解らない。
気付いたらもう目前…指を動かそうにも人形は動かない…いや、動かした部分からバラバラと五体が崩れだす。
膾斬りになった人形を視覚に捕らえながらも、自分の身体に深く刃が突き刺さるのを感じていた。
思い切りエントランスの壁に串刺しの形で叩き付けられる。
痛みと苦しさで涙が出てくる。
胸が苦しく呼吸もし辛い。
手に力が入らず、眼の前の男に抗う力も出ない。
刀を雑に引き抜かれ、生ゴミの様に床に倒れ込む。
倒れた拍子に顔を床に打つ。
途端、痛みが走るが、それどころではないくらいに胸の痛みが全身に広がり、服と床を真っ赤に染める。
傀儡女「―…!」
声を出そうとしても口が動かない…というより声が出ない。
喉が引き攣り、呼吸もままならず、力も入らず…床にぱたりと手が落ちる。
そこには生温い液体が拡がり、顔もそれに浸かる。
額を流れ落ちるそれと床を満たすそれの違いも判らず、彼女の意識は遠退いていく―
―しあわせになりたかった…のに…
それが、彼女の最後の思いだった。
その思いなど全く意に介さず、刀を抜き身のまま、通路を進んだ。
傀儡師を斃し、先へ進むと―
そこには見知った顔が三人現れる…




